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Photo bymodern_zinnia776

それが愛だと思っていた

    「〇〇のために言っている」
    「俺は〇〇のためにこうした」

    それら全てを愛だと思っていた。
    愛ゆえの言葉なのだと信じていた。

    だからずっと私が悪いと思っていたし、優しい彼がこんなに言うのだから、きっと私が変なのだと言い聞かせていた。

    少しずつ少しずつ澄んだ川に淀が溜まり濁っていく。
    見て見ぬふりをして、気がつけば川底が見えなくなった。


    濁った水の中では、失くしものも探せない。
    初めてのデート、手を繋いだ時の胸の高鳴り、楽しかった旅行の記憶。

    流されていくそれを茫然と眺めながら、最後に彼と心から笑い合えたのはいつだったかを考える。


    いつから、こんな関係になったのだろう。
    いつから、こんなにも息苦しくなったのだろう。
    いつから、一人の方が楽だと感じていたのだろう。

    明確な答えのないまま、自分を騙してやり過ごしてきた。
    でも、もうとっくに限界は過ぎていたようで。


    きっかけは忘れたが言い争いになり、家庭内別居。
    十日ほどの家庭内別居中、彼の足音や扉を閉める音がするたびに気持ちが沈んで、神経が張り詰めたような状態になり食欲が減って眠れなくなった。

    眠れないせいで体の疲れも取れず、頭の回転も鈍いはずなのに思考だけがぐるぐると目まぐるしくまわる。

    何がつらいのか、何をしたいのかも分からず、勝手に溢れてくる涙をそのままにした。


    ある夜、ふと「これ以上は無理だ。もう耐えきれない」と雷が落ちたような、天啓のようなものが降りてきた。

    眠れぬ日が続いて、今思えばあまりまともな判断ができていなかった気がする。

    翌日、弾かれたように荷物をまとめて実家に帰った。

    直接顔を合わせて話す気力も勇気もなくて、手紙だけ置いて家を出た。


    帰りの道中、情けなさにまた涙が出そうになる。
    もうとっくの昔に成人したいい大人にも関わらず、
    両親に心配ばかりかけ、生涯の伴侶と決めた人とまともな話し合いもできない。


    心では離婚を決めていても、口に出すことが恐ろしかった。

    関係が終わることが怖いのではなく、その二文字を出した時の彼の反応が怖かった。

    いつも私のせいだった。

    論点が変わることはもちろん、うがった見方をされたり、責任転嫁も。

    「普通はそんなことしない」
    「俺だったら〇〇するけど」
    「俺は〇〇のことを考えてけどね」

    私のために言ってくれているのだから嬉しいはずなのに、積もっていくのは重たい荷物ばかり。

    苦しい。苦しい。

    私のためという免罪符で何もかもが許されるなら、そんなことしなくていい。
    私のためにやった行動で、私を責めるくらいなら自分のために行動してほしい。

    今なら分かる。
    あれは愛ではなかった。

    愛という形に溶け込ませた罪悪感と罪の意識の植えつけ。
    ずいぶんと長い間、その環境下で生きてしまった。

    離れた今も、胸が締め付けられるような苦しさが時々私を飲み込む。

    私が悪かったのかな。
    彼も頑張ってくれていたのに。
    私が根性がないだけ?

    溜まった淀はまだ消えない。
    透明な水に戻るまで、ゆっくりと時間をかけて生きていくしかないのだと思う。


     
     
    蒼汀(そうてい)と読みます。 主に掌編小説を書いています。

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