見出し画像

未来のために、技術を手渡す

連載 その1

以前の私は、そう思っていたのかもしれません。

十代で社会へ出て、親方や先輩の仕事を見ながら覚えてきました。
学校の勉強が得意だったわけでも、豊かな環境に恵まれていたわけでもありません。

それでも今日まで仕事を続け、家族を養い、会社をつくることができた。

それを支えてくれたのが、社会へ出てから身につけた「腕」でした。

けれど、五十代になり、体力や視力の衰えを感じるようになりました。

以前なら一日続いた集中力が続かない。
暑さや寒さへの耐性も落ちていく。
自分にしか分からないほどのわずかな違いでも、品物の出来に表れてしまう。

身体を使って価値を生み出せる時間には、限りがあります。

その現実に気づいたとき、私は考えました。

自分ができなくなったあと、何が残るのだろう。

技術を自分の中だけに持っていても、身体が動かなくなれば、そこで終わってしまいます。

しかし、誰かに伝えられた技術は、その人の手を通して生き続けます。

考えてみれば、私の技術も、すべてを一人で生み出したものではありません。

鉄の見方。
道具の扱い方。
危険を察する感覚。
作業へ入るタイミング。
失敗したときの対処。
そして、仕事に向き合う姿勢。

親方や先輩、恩師たちが、言葉や背中で教えてくれたものでした。

私は技術を所有しているのではなく、先人から一時的に預かっているのかもしれません。

だから、自分の役目は守り続けることだけではない。
次の世代が使える形にして、手渡すところまでなのだと思います。

ただ作業の手順を教えるだけでは、技術の継承にはなりません。

なぜ、この順番なのか。
なぜ、ここで確認するのか。
なぜ、速さより安全を優先するのか。
なぜ、見えない部分にも手を抜いてはいけないのか。

技術の奥にある理由まで伝える必要があります。

そして、任せると決めたなら、失敗したときの責任を若者一人に背負わせてはいけません。

最初は同じ場所に立ち、一緒に考え、一緒に対処する。
少しずつ任せる範囲を広げ、できたことを認めながら、責任も段階的に渡していく。

人は、失敗しないから育つのではありません。
見守られながら失敗し、その意味を考えることで育っていくのだと思います。

未来のためにできることは、特別な発明や大きな活動だけではありません。

自分が教わったことを、目の前の一人へ丁寧に渡すこと。
その人が、いつか誰かを育てる側へ進めるように支えること。

一人から一人へ。
一本の腕から、次の一本の腕へ。

そうして技術だけでなく、仕事に宿る心まで受け継がれていく。

それが今の私にできる、未来のつくり方です。


#未来のためにできること
#技術継承
#職人
#ものづくり
#人材育成
#働くということ
#知恵の継承
#エッセイ

いいなと思ったら応援しよう!