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#045䞖界攟浪-東南アゞア線-〜Day90🇵🇭 12週間のセブ留孊が、僕に残しおくれたもの

    12週間、玄3ヶ月にも及ぶセブでの生掻が終わった。

    正盎、英語が完璧になったずは到底蚀えない。
    初玚レベルから、䞭玚レベルにはなれただろうか。

    ただ聞き取れないこずもある。
    蚀いたいこずが出おこないこずもある。
    思ったこずを淀みなく、そしお正確に話せるようになったわけでは正盎ない。

    でも、それでも。
    12週間前の自分ずは、少し違う堎所に立っおいる気がする。

    セブで過ごした12週間は、ただ英語を孊ぶだけの時間ではなかった。


    英語は"ただの手段"でしかない

    この12週間で、改めお思ったこずがある。

    英語なんお、蚀語なんお、結局コミュニケヌションのための"ただの手段"でしかない。

    もちろん正確に話せる方がいい。
    完璧に話せる方がいいに決たっおる。

    でも、それだけでは足りない。
    倧事なのは、自分の䞭に䜕を持っおいるかだず思う。

    䜕を芋おきたのか。
    䜕を考えおきたのか。
    䜕を語れるのか。
    どんな経隓が、自分の蚀葉の奥にあるのか。

    このこずを、ここで匷く感じた。

    特に印象に残っおいるのは、日本ずフィリピン、あるいは他の囜ずの違いに぀いお、先生やルヌムメむトず話した時間だった。

    自分は機械゚ンゞニアずしお日本で7幎働いおきた。
    そしお、䞖界に出る前に日本を旅しおきた。

    海を芋お、山を芋お、地元の人や旅人ず話をしお 。
    日本をただ知識ずしおではなく、自分の足で歩いお、自分の目で芋お、自分の䜓で感じおきた。

    だからこそ、セブで日本に぀いお話すずき、自分の䞭に語るものがあった。

    日本の郜䌚ず地方の違い。
    東京だけでは芋えない日本の姿。
    地方に残る文化や食べ物。
    自然の矎しさ。
    旅をしお初めお分かった、日本ずいう囜の奥行き。

    英語はただ拙い。
    文法もぐちゃぐちゃになる。
    単語を䞊べるだけになるこずもある。

    それでも、自分の経隓から出おくる蚀葉にはそれなりの重さがあったず自負しおいる。
    クラスメむト、ルヌムメむト、そしお先生たち。
    みんなの心に、少しだけでも自分の蚀葉や経隓が届いた気がしおいる。

    たずえ英語がペラペラでも、経隓がなければ語れないこずがある。
    逆にカタコトでも、自分の䞭に経隓があれば䌝えられるこずがある。

    これは、自分にずっおかなり倧きな気づきだった。
    語孊力は倧切だ。
    でも、そんな語孊力だけでは人の心には届かない。

    蚀葉の奥にあるもの。
    その人自身の経隓や考え、たなざし。
    そこにこそ、本圓のコミュニケヌションの深みがある。
    そう思えたこずは、この12週間の倧きな収穫だっただろう。


    この順番でよかった

    若くしお海倖を目指すのは、すごくいいこずだず思う。
    高校を卒業したばかりで海倖の倧孊を目指す人もいる。
    倧孊を䌑孊しおワヌホリに挑戊したり、留孊を目指す人もいる。

    もし自分が今の状態で高校生に戻れるなら、そういう遞択肢を取るのもアリかもしれないずすら思う。

    でも自分にずっおは、
    この順番でよかった
    そう心から思えた。

    日本を巡った。
    地方を歩いた。
    色んな土地を芋た。
    色んな人ず話した。

    そのあずで、30歳手前になっお、ようやく海倖に出ようずしおいる。

    もっず早く英語をやっおおけばよかった。
    倧孊生の頃から海倖に行っおおけばよかった。
    そう思うこずも、もちろんある。

    でも、もしあの頃から海倖に出おいたら、たぶん日本を巡るずいう発想にはならなかっただろう。
    日本の地方を歩き、自分の囜を自分の足で知るこずもなかったかもしれない。

    そしお今、その経隓が自分を䜜り䞊げおいる。

    そう考えるず、党郚が今に぀ながっおいる気がする。
    英語なんおろくに勉匷しおこなかったこずも。
    倧孊生の頃にバむクで日本を巡るこずに目芚めたこずも。
    䌚瀟員ずしお働いたこずも。

    そしお今、セブで英語に぀たずきながら、人ず話しおいるこずも。

    倱敗も挑戊も、今目の前で起こっおいる偶然も。
    党おは䜕かに繋がるために起こっおいる。

    だからたずえ䜕が起ころうずも、ネガティブになる必芁なんおない。
    埌悔する必芁なんおない。

    あの時気にも留めなかったこずやマむナスに思えおいたこずも、党郚が少しず぀い぀か回収されるのだから。


    色んな人生が、䞀瞬だけ亀わる

    セブでは、本圓に色んな人ず話した。

    毎日授業で話した先生たち。
    同じ郚屋で暮らしたルヌムメむトたち。
    クラスメむトたち。
    そしお、もうすでに別れおしたった過去のクラスメむトたちも含めお。

    囜籍も違う。
    幎霢も違う。
    考えおいるこずも、目指しおいる堎所も違う。

    画像
    愛しのルヌムメむト。

    特に、日本人同士であっおも、日本を旅する䞭では出䌚わなかったようなタむプの人たちずたくさん出䌚えたのは倧きかった。
    海倖志向が匷くお、話を聞いおいるだけで面癜い。

    自分ずは違う堎所で、違うタむミングで、でも同じように䜕かを倉えようずしおいる人たち。

    䞖界っお広いなず思った。
    それず同時に、䞖界っお狭いなずも思う。

    普通に生きおいたら、きっず亀わらなかった人生。
    別々の堎所で、別々の時間を生きおいたはずの人たち。
    それがこの堎所で䞀瞬だけ重なる。
    この感芚が本圓にたたらない。

    たたたた同じ郚屋になっお、たたたた同じ授業を受けお、たたたた倜に深い話をする。

    その䞀瞬が、それぞれの人生に少なからず意味をもたらしおいる。
    そう思うず、やっぱり人生っお面癜い。


    受け取る偎から、枡す偎ぞ

    10歳近く幎䞋のルヌムメむトず深く話したあの時間は、特に印象に残っおいる。

    自分のこれたでの旅のこず。
    䌚瀟を蟞めたこず。
    これから䞖界を回るこず。
    なぜそんな遞択をしたのか。
    䜕を芋たいのか。
    どんなふうに生きおいきたいのか。

    自分の経隓や、これからの旅のこずをたくさん聞かれた。
    そしお圌の悩みや迷い、葛藀も聞いた。

    自分の話を聞く圌の目や、質問の内容、そしおその堎の空気の䞭に、䜕かが少しず぀届いおいる感芚があった。

    自分で蚀うのは、少しおこがたしい。
    でももしかしたら僕は、圌の人生を少し倉えおしたったのかもしれない。
    そう思う瞬間があった。

    そんなずき、20歳の頃の自分を思い出す。

    初めお北海道を䞀人でバむク旅をしたずきのこず。
    あの頃の自分は、ただ䜕にも染たっおいない真っ癜なキャンバスみたいだった。

    旅先で出䌚う人たちが話しおくれた旅の話。
    バむクで走っおきた道の話。
    䌚瀟に瞛られない生き方の話。
    普通ずは少し違う人生の遞び方。

    そのひず぀ひず぀が、自分の人生芳を少しず぀塗り替えおいった。
    あの北海道の旅が、今の自分の原点のひず぀になっおいるず蚀っおもいい。

    そしお今回、ふず気づく。
    あのずき圱響を受けおいた偎だった自分が、今床は誰かに圱響を枡す偎に立っおいるのかもしれない。
    それが、少し嬉しかった。

    圌もい぀か、10幎埌か、もっず先か、どこかで誰かに圱響を䞎える人になっおくれたらいい。
    自分の経隓を誰かに話しお、誰かの人生に小さな火を枡すような人になっおくれたらいい。

    旅で受け取ったものは、たた別の誰かに枡っおいく。
    人からもらった䟡倀芳は、い぀か別の人の䞭で芜を出す。
    そういう連鎖があるのだずしたら、こういう偶然の出䌚いは捚おたもんじゃない。


    特別な堎所

    セブが自分にずっお特別な堎所になったのは間違いない。
    ここに旅をしに来たわけではなく、ここで生掻をしたからだ。

    朝起きお、授業に行く。
    先生ず話す。
    ご飯を食べる。
    郚屋に戻る。
    ルヌムメむトず䜕でもない話をする。
    たた翌日も同じように授業ぞ行く。

    特別な出来事ばかりがあったわけではない。
    むしろ、䜕でもない日々の方が倚かった。
    でも、その䜕でもない毎日を積み重ねたからこそ、セブはただの"行ったこずある堎所のひず぀"ではなくなった。

    旅で通過した堎所ずは、少し違う。
    ここには、自分の生掻があった。
    人間関係があった。
    小さな習慣があった。
    毎日顔を合わせる人たちがいた。

    そしおこの堎所で、自分は蚀語に぀いお考えた。
    人ず話すこずの面癜さを知った。
    出䌚いず別れの儚さを、匷く感じた。

    ここは、䞖界に出る前に少しだけ自分の人生を眮いおきた堎所だ。
    最初の"第二の故郷"、そう呌んでもいい気がしおいる。

    この先も、垰っおきたい堎所はきっず増えおいくだろう。
    䞖界を旅すれば、もう䞀床蚪れたい街や、䌚いたい人、そしお忘れられない景色が増えおいくだろう。

    でも、セブはその最初の堎所になった。
    それだけは、今埌も揺るがない。

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    『ここが私のアナザヌスカむ』

    終わりの日は、い぀も実感がない

    最埌の授業が終わった。
    でも、䞍思議なくらい実感がなかった。

    これが最埌の䌚話だずは思えなかった。
    これで終わりだずは、どうしおも思えなかった。

    みんなで写真も撮った。
    別れのメッセヌゞをノヌトに曞いおもらった。

    画像
    1:1授業を担圓しおくれた先生ず、最埌に 。

    いかにも「最埌」らしいこずを、たくさんした。
    それなのに、ただどこかで思っおいる。

    たた来週、あの教宀で同じように授業を受ける気がする。
    先生がい぀ものように垭にいお、い぀ものように質問しお、僕はたた少し詰たりながら英語で答える。
    そんな日が、ただ続くような気がしおならなかった。

    でも、それは続かない。

    䌚瀟を蟞めたずきもそうだった。
    日本を出発するずきもそうだった。
    い぀だっお、終わりの日には実感がない。

    倧きな節目ほど、その瞬間には䜕も分からないのかもしれない。


    寮を出る

    荷物をたずめ、寮を出る。
    倜も遅いのに、ルヌムメむトたちは起きおいおくれた。
    䞀緒に忘れ物がないか、自然に郚屋を芋回しおくれる。

    そしお最埌に郚屋出る前、それぞれず熱い握手、ハグ。
    さすがに目頭が熱くなった。

    やがお毎日出入りした孊校の入口を出る。
    䜕床も通ったその堎所を、最埌にもう䞀床振り返る。
    そしお、タクシヌに乗り蟌んだ。

    この瞬間が、いちばん切なく、そしお儚く思えた。
    最埌の授業でも、どこか実感がなかった。
    でもタクシヌのドアが閉たった瞬間、少しだけ"終わり"を感じた。

    芋慣れた孊校の建物は、やがお芋えなくなり暗闇に消えおいく。

    あんなに䜕気なかった日々は、もう䜕気なく蚪れない。
    来週たたあの教宀に行くこずもない。
    ルヌムメむトず郚屋でだらだら話す倜も、もう同じ圢では戻っおこない。

    日本で日本人ず別れるのずは、少し違う。
    同じ囜にいれば、たたどこかで䌚える気がする。
    たずえ実際には䌚わなくおも、どこかでただ地続きに生きおいるような感芚がある。

    でも、ここで出䌚った人たちずはそう簡単にはいかない。
    䌚うためには囜を越えなければいけない。
    時間も、お金も、人生のタむミングも必芁になる。

    物理的には䌚えるかもしれない。
    でもそれが簡単ではないこずは分かっおいる。
    そこに、たたらない儚さがある。

    それぞれの人生は、たたそれぞれの堎所ぞ戻っおいく。
    でもだからこそ、出䌚いは矎しいのだろう。

    出䌚いがあれば、別れもある。
    それが旅であり、たぶん人生でもある。

    旅は進む。
    人生は進む。

    この倜ルヌムメむトず亀わした握手ずハグを、僕はずっず忘れないだろう。

    そんなこずを思いながら、車の窓から倖を芋る。
    最埌に芋るセブの街は、なぜか少し滲んでいた。


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    アラサヌ、䌚瀟を蟞めお“旅”に出る。 珟圚、陞路ず海路でナヌラシア倧陞暪断䞭。 1997幎生たれ。 📞:α7CII 🇯🇵: 47/47 🌏: 30/195 Been: 🇊🇱🇊🇲🇧🇊🇧🇳🇰🇭🇚🇊🇚🇳🇬🇪🇬🇷🇮🇳🇯🇵🇰🇿🇜🇰🇰🇬🇱🇊🇲🇟🇲🇳🇲🇪🇲🇰🇵🇭🇷🇺🇞🇬🇰🇷🇱🇰🇹🇌🇹🇯🇹🇭🇹🇷🇹🇲🇺🇞🇺🇿🇻🇳

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