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第3回・なぜ人は最後に逃げるのか。「俺が責任を取る」の違和感の正体。自律したチームを作るための『持ち場の責任』とは

    「何かあったら、俺が責任を取るから」 上司から言われるこの言葉、一見頼もしく聞こえますが、どこかモヤッとした違和感を抱いたことはありませんか? 「責任を取る」とは、本当に上司だけの役割なのでしょうか。現場のメンバーは、ただ指示に従っていればいいのでしょうか。今回は、多くの人が誤解している「責任」の正体を、語源や具体例から解き明かします。上司と部下、それぞれが持つべき「持ち場の責任」について考えてみましょう。

    「何かあったら、俺が責任を取るから思い切ってやってくれ」

    ドラマやビジネス書でよく見る、頼もしい上司のセリフです。 でも、私はずっとこの言葉に違和感を抱いていました。

    「責任を取るのって、本当に上司だけの仕事なのだろうか?」と。

    確かに、最終的な経営上のリスクや、対外的な謝罪、ペナルティを引き受けるのは上司の役目です。しかし、だからといって「現場のメンバーは責任を持たなくていい」なんてことは絶対にありません。

    むしろ、「自分の持ち場には、その人にしか果たせない責任がある」。これが、本来の仕事のあり方ではないでしょうか。

    今回は、巷に溢れる「上司に任せた」という甘えの言葉を解剖しながら、そもそも『責任』とは何なのか、という本質について考えてみたいと思います。


    責任とは「怒られること」ではない


    多くの人が「責任を持つ」と聞くと、なんだか「失敗したら怒られる」「減給される」といったネガティブなペナルティを想像します。

    だから「責任は上司が取るもの=上司が怒られればいい、自分は関係ない」という、子供のような丸投げが生まれてしまう。

    しかし、「Responsibility(責任)」という言葉を分解してみると、興味深い本質が見えてきます。

    これは Response(反応・応答) + Ability(能力)という2つの言葉の組み合わせである、という説明をされることがあります。

    つまり、責任の本当の意味は「ペナルティを受けること」ではなく、「起きた出来事に対して、当事者としてどう振る舞うかを選択し、最後まで打ち返す(対応する)能力」のことなのです。


    持ち場には「持ち場の責任」がある


    この説明を踏まえると、上司と部下の責任は「上下関係」ではなく、ただの「役割(持ち場)の違い」であることが分かります。

    イメージしやすいように、「一つの目的のために、それぞれが異なる持ち場を守るプロフェッショナルたち」の事例で考えてみましょう。


    事例1:船の運行

    • 船長(上司): 嵐が来たら針路を変更する決断をし、沈没のリスクを背負う。

    • 機関士(現場): 船長がどれだけ偉かろうと、機関室のメーターの異常や、レーダーに映らない小さな流氷は、その場にいる担当者にしか見えません。「船長が責任を取るから」と言って、水漏れを黙ったまま持ち場を離脱したら、船は静かに沈没します。


    事例2:飲食店の厨房

    • シェフ(上司): お店の味の全責任を持ち、クレームが出たら矢面に立つ。

    • 焼き方(現場): シェフがどんなに天才でも、今目の前で肉が焦げていること、洗った皿に汚れが残っていることは、その担当者にしか分かりません。「シェフに任せた」と言って、焦げた肉をそのままお客様に出せば、お店の信用は一発で終わります。


    システムエンジニアも全く同じです。技術のディテール(設計書のわずかな考慮漏れ、コード1行のタイポ、本番環境での違和感)、日々の進捗、現場のリアルな課題……これらは上司には見えません。

    その持ち場に立っている人にしか、起きた問題にいち早く気付き、応える能力はないのです。

    自分の持ち場から何も引き継ぎをせずに逃げ出すことは、ただの「職務放棄」です。


    現場に責任を持たせることと、「丸投げ」は違う


    ここで、多くの上司が勘違いしてはいけない極めて重要なポイントがあります。

    「現場に『持ち場の責任』があるなら、上司は『現場で起きたトラブルは、そっちの持ち場なんだから自分でなんとかしろ』と冷たく突き放していいのか?」

    それは大間違いです。

    それは「責任の明確化」ではなく、ただの「丸投げ(放置)」です。

    上司の本当の「持ち場」とは、ただ決断を下すことだけではありません。

    現場のメンバーが自分の持ち場で必死にボールを打ち返し、それでも「もう自分の能力やリソースの限界を超えて、打ち返しきれません!」とSOSを上げてきたときに、全力でその打球を代わりにキャッチしにいく「セーフティネット」になることです。

    「ヤバくなったら、いつでも上司が最後に受け止めてくれる」という絶対的な安心感が日頃からあるからこそ、メンバーは恐怖に怯えることなく、自分の持ち場で100%のパフォーマンスを発揮できます。

    逆に、上司がセーフティネットとしての責任を果たさず、失敗した人間を感情的に責め立てるような職場では、部下は自己防衛のために「免責カード」を隠し持つようになります。

    部下に「持ち場の責任」を全うしてほしいなら、まず上司が「お前の持ち場の限界を超えたら、いつでも俺の持ち場に逃げ込んできていい」という器を見せなければならないのです。


    自由と責任は、自分を縛るものではない


    「責任」という言葉を重く捉えすぎる必要はありません。

    私たちは、誰と働き、どんな技術を使い、どうやって目の前の課題を解決するかを、ある程度「自由」に選ぶことができます。

    そして、自由と責任は完全にセットです。自分の意志で選べる自由があるからこそ、その結果を自分で受け止める責任が生まれます。

    裏を返せば、「自分の持ち場の責任を果たす」ということは、「自分の仕事の手綱を、自分でしっかり握る」という、最高に自立した、カッコいい生き方そのものなのです。

    「誰かが責任を取ってくれるから」と、自分の持ち場を手放して逃げる人は、自分の仕事のプライドだけでなく、人生の主導権まで他人に明け渡してしまっている。 私はそう思うのです。

    上司はセーフティネットとしてどっしりと構え、部下は自分の持ち場で誇り高くボールを打ち返す。そんなお互いの「信頼」で成り立つチームを目指していきたいものです。


    次回予告
    では、この重いプレッシャーや責任から逃げることなく、潰されることもなく、淡々と担い続けられる『本物のプロ』は何が違うのか?
    彼らが土壇場で絶対に潰れない理由と、持っている特異な技術を明かします。


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    SE出身の管理職。組織運営や部下育成の実践知、エッセイ、写真で一言を等身大で綴ります🌱読んで感じたことやコメントは大歓迎!気軽に声をかけてもらえると励みになります🌱仕事や人生を考えるきっかけになれば幸いです🌱Amazonアソシエイト・プログラムに参加中

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