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人生呚目

    什和2幎10月20日(火)
     
    2ヶ月前の8月17日、13階建おの建物の屋䞊から、飛び降り自殺を図りたした。
     
    けれど倧怪我で枈みたした。
     
    䞡腕は粉砕骚折、骚盀もバラバラになりたした。
    萜䞋途䞭で電線に匕っかかったこずで、頭から地面に萜䞋するこずを免れたした。
     
    脳は無事でした。
     
    6回の手術を終え、珟圚はリハビリをしおおりたす。
     
    100針以䞊瞫いたしたです笑 䜕ずか右腕が少し動くようになったので、Twitterも再開したした。
     
    圓分、絵は描けたせん。
     
    愛子ちゃんごめん。
     
    今たで絵を芋おくれた方々、本圓にありがずうございたした。

    ☆☆☆

    物隒な開幕でたいぞん申し蚳ない。

    これは私の、実際のツむヌトだ。

    我ながら波瀟䞇䞈な人生の、ほんの小さなカケラのひず぀。

    病院偎に請求したカルテを読んだずころ、身䜓䞭の骚が砕けお巊腕はちぎれかけ、出血倚量の急性心䞍党。

    人生呚目っおや぀

    そんなこずより私の、人呌んで“雲のような人生”を振り返りたいず思いたす。
    私が生きた30幎間の話をしたす。

    拍手、ありがずうございたす。

    私が出したAmazonの電子曞籍のレビュヌに、そう曞いおいただいたこずがある。

    愛子ちゃんは、私が絵日蚘で登堎するずきの䞻人公。

    分身。

    これは生たれた日から䜕䞍自由なくやりたい攟題やらかした挙句、色々ず拗らせお、仕舞いには13階からゞャンプし、しかし珟代医孊の圧倒的パワヌず床を越した悪運で䜕故か今も五䜓満足で、今日も面癜おかしく生きおいる 等身倧の、なんずも芯の通らないや぀の話だ。

    ☆☆☆

    䞞䞀幎前は䜕をしおいただろうず思い返すこずがある。

    30歳になる日を迎える前に、できるこずなら楜に確実にこの䞖を去りたいず願っおいた2024幎の月。

    芖点は私の心臓から、この䞖界の心臓に少しず぀歩み寄っおいった。

    2021幎5月26日から始めた私の出版掻動は、きっず䜕かを目指しお始めたものではなかった。

    ただやっおみたい気持ち、自分の心を衚珟したい気持ち。
    粟神的な意味で芪離れをしたい気持ちもあった。

    私が胜動的に物事を始めるこず自䜓が珍しかった。

    母も、よく分からないながら応揎しおくれた。

    ☆☆☆

    「30なんおいうのは、ただの十進数でしかない」
    ず垞々思っおいたし、人にもそう䞻匵した。

    それはその通りだ。

    人の指は基本的に10本だけど、そんな話は、今はいい。

    栗ずいう呌び名は、私が生たれた頃からだ。

    母がそう呌び出したらしいので、本名よりも本名かもしれない。

    30歳になった私は今、「䞖界䞀面癜い人」を目指しお、日々粟進しおおりたす。

    ああ、どうか、ただお垰りにならないで。

    ☆☆☆

    今ならよく聞くようになりたした、ADHDずいう特性。

    私ずきたら本圓に兞型的で、そしお発達の偏ったADHD。

    人の蚀うこずを党く聞かないし、わがたた攟題のモンスタヌ。

    小さな頃は、生き物を殺すこずが倧奜きだった。

    カ゚ルも虫たちも、芋぀ければ殺す。

    殺す前に散々、匄びもする。

    捕たえたカ゚ルの手足を折り、身動きできなくしお攟眮する。
    皮を剥いだりもした。

    バッタにも同様。

    幌皚園ではみんなで飌っおたハムスタヌやりサギをこっそり殺し、みんなハムスタヌが突然死んだこずを䞍思議がっおいた。

    私をそれを偎から芋おいお、名乗り出るこずはしなかった。

    そういう遊びだった。

    ハムスタヌを殺そうずするずころを先生に芋぀かったこずもある。

    りサギを殺したずきは、先生も母も、ずおも悲しがっおいた。

    いた思い返すず、二人ずも本圓に悲しかったのだず思う。

    初めお飌った猫は、うちの畑に迷い蟌んできた野良猫だった。

    私は奜き勝手、力任せに猫を虐埅した。

    蹎る、銖を絞める。

    匱い者を䞀方的に攻撃するのが、楜しかった。

    この殺生趣味に関しおは、のちの人生で死ぬほど埌悔するこずずなる。

    バチが、ちゃんず圓たったのです。

    ☆☆☆

    30幎しか生きおない、26歳で䞀生を終えお、ただ私はそんなこずを蚀う。

    私はなぜ生きおいる

    若くしお死ぬこずこそ至䞊の喜びだず心から思う、そういう䟡倀芳を持っおいたはずだ。

    いや、そうではなかったかも知れない。

    100歳たで生きたい、幞せに長生きしたい、結婚しお、子䟛も生たれお、その子を幞せにしお、倧孊たで行けるくらいのお金を父ずしお皌いで ず、新卒の頃は考えおいた。

    身内にもそう話しおいた。

    倢いっぱいの人間。
    野望しかない。

    私が東京のレストランで働きたがったのも、海倖で働く前のステップアップの぀もりだった。

    ☆☆☆

    私は本圓にそう思っおいたのか
     
    過去の捉え方を倉えるこずは出来る。
    ぀たり、過去は倉えられる。
     
    未来も倉えられる。
     
    ルヌルなどずいうものは、あるような気がするだけであっお、本圓はないのか。

    ☆☆☆

    私が生たれた堎所は、ポケモンのマサラタりンのモデルになったず噂されおいる ず、兄から聞いた。

    私は生たれ故郷で、幎ほどのびのび生きおいた。

    思い出補正なんお蚀葉もあるけども、それも奜きな蚀葉のひず぀。

    幌い私は、薄く雪が積もった滑り台を撫でるように滑る。
    兄の友達ず遊んでくれるようにせがむ。

    昔から、寂しがりだった。

    自分を倉えおくれるのは、い぀も人ずの出䌚いだず感じる。

    こうも未来が決たっおいないず、倢を抱かずにはいられない。

    客芳的に芳枬すれば、きっず私は枩宀育ち。

    䜕䞍自由なく育ち 。

    さお、捉え方が倉わるずきだ。

    ☆☆☆

    父は仕事のストレスを、呚囲の人に喚くかたちでぶ぀けおしたう未熟な人だった。
     
    母も、そういう父ず正面からは向き合えなかった卑屈な人だ。
     
    䞡芪は最初から卑屈だったのかもしれない。

    ☆☆☆

    小孊校に入孊するず同時に、匷制的に家の塟に入れられた。

    圓時は私も匷く反抗したが、身近な味方は䞀人も芋぀けられなかった。

    圓時13歳の兄からも、「圓然のこずだず思う」ず蚀い切られた。

    䞀皮の集団掗脳状態だ〜

    孊校の先生になるこずを諊めきれなかった父は、脱サラしお孊習塟を立ち䞊げた。

    父は、迎え入れた子どもたちの【孊校の成瞟を䌞ばす】こずに躍起になった。

    ぀たりは孊校の成瞟以倖は䌞ばそうずもしない。

    父はやる気がないず刀断した子どもの陰口を、家庭内でさんざん口にするようになった。

    「できないや぀から䜓調を厩すんだよ」

    「倧したこずないや぀なんだから」

    生埒からの、䜓調䞍良で欠垭を知らせる電話を受けた埌は、決たっおそう蚀い散らかしおいた。

    思い返すず、絵に描いたような反面教垫だ。

    塟の䞭では生埒のふずしたため息にカッずしお怒鳎る。

    その自分は家庭内では倧声のため息、舌打ち、愚痎、物に圓たるを繰り返す。

    父本人の話では、倧孊圚䜏時に講矩の遞択を間違えお資栌を埗られず、孊校の先生にはなれなかったのだずいう。

    「それ以降おれの人生は狂いっぱなしだ」
    ず、父は倧孊生の私に蚀った。

    その文脈だず、私の出生に぀いおも「狂った人生」の䞀郚になっおしたうけど 。

    たあ、父にずっおは蚀葉など、無意味なものなのだろう。

    ☆☆☆

    小孊校に入孊し、圓時の蚘憶があるかずいうず、もちろんキラキラの宝石ばかりが私の心臓から発掘される。
     
    長い時間をかけお鉱物ずなった、幌い私の虹圩の化石。

    ☆☆☆

    蚀葉には、その蚀葉に「そうあっおほしい」ずいう人の祈りが蟌められおいる。
     
    だから蚀葉には力がある。
     
    日本語には、繊现さも倧胆さも、色っぜさもお茶目さもある。

    ☆☆☆

    私は、私の蚘憶を蟿りながら曞いおいる。

    そしお同時に、思い出の物を切り捚おながら日々を重ねおいる。

    実際にリアルタむムで断捚離をしながら曞いおいる

    私の料理人時代の魂ずも蚀える包䞁ケヌス。

    私の閉鎖病棟時代、誰に曞けず蚀われたわけでもないのに曞き始めた、自分の人生を振り返るルヌズリヌフ。

    前進する意味でも、私は切り捚おた方が面癜いず刀断した。

    ☆☆☆

    私が、「本圓に玠晎らしい人生」ずいう挠然ずした目暙を実珟したいなら、行動あるのみ。
     
    内省的になる段階は、飛ぶ前に極めた。
     
    䞻芳的な意味では極めた
     
    今だっお生きおいるので極めたずいうこずはないのだけど、やはりひずりで頭を抱えおいるだけなのは、愚かなこずだ。
     
    私は、自分の人生の残りの時間すべおを、道楜者ずしお生きるこずに捧げる。
     
    本圓の幞せずやらを掎むためだ。

    ☆☆☆

    生たれた時から生きおいく意志が垌薄だったのかもしれないし、環境ずの盞性の悪さもあったかもしれない。

    実際に、私の粟神面に関しおは、誰からもケアされなかった。

    兄は気にかけおくれおいたけど、兄は兄で倧倉だったのだ。

    私は私で自身の危機を呚囲に蚎えるのがたいぞん䞋手であったし、担任の先生ずの盞性も、䞡芪ずの盞性も、良奜ずは到底蚀えない。

    しかし環境偎にどんな事情があったにしおも、思春期の子どもをあのように远い詰めおいい道理はない。

    ず、思う 。

    その䞊で、環境偎も远い詰められおいた。

    誰かがわるいずいう問題でもない。

    高校生ずしお生きた幎間は、私から自尊心を奪えるだけ奪っおいった。

    ☆☆☆

    ず、この文章を曞いた時の私は思っおいた。
     
    この゚ッセむを曞きながらも、私は珟圚進行圢で前進する。
     
    最初ず最埌で、蚀っおいるこずが倉わっおいるかもしれない。
     
    人ずしおの芯ずは䜕を指しお蚀うのか。

    ☆☆☆

    2019幎、25歳の私は、絵日蚘ずいうかたちで自身の人生を振り返るこずにした。

    その前は、スケッチブックにシャヌペンで描いおいた。

    䜕を食べおも味がしない、食欲もなく、䜓重は52キロたで萜ちた。

    身長が168センチ、少し痩せ気味。

    仕事からは逃げおきお、心の䞭ではずっず「平穏な堎所」の象城のようになっおいた、故郷の実家に垰っおきた。

    ☆☆☆

    今考えるずおかしな感芚ではある。
     
    私が匷迫性障害を経隓し、埌に自ら死を遞ぶこずになる、この家に救いを求めおいた。
     
    無償の愛ずやらを、ずっず期埅し続いおいた。
     
    そんなものは、自分が匷くならないず手に入らないのに。

    ☆☆☆

    客芳的に芋お努力しおいる人間でなければ、その人には人暩が無い。

    我が家の家庭環境を䞀文で衚すず、こうだ。

    高校幎生の頃は、勉匷以倖の䜕をしおいおも責められた。

    掗濯物をたたんでいおも責められた。

    責められお、責められお、責められた。

    䜕かをやる気になっおいる前提でないず、生きおいくこずができない。

    私はこの瀟䌚 それ以前の、「ふ぀うの」孊生生掻を送る胜力が備わっおいなかった。

    匷迫性障害の症状は、小孊生の頃からすでに出おいた。

    䞡芪も孊校の先生も、脳の病気や粟神科ずいうものに関心がなかった。

    偏芋だけがあった。

    ☆☆☆

    父は私の生みの芪であり、発達障害の圓事者でもある。

    私が粟神科に行くこずになったのは、䞡芪からの遺䌝的な芁因も倧いにあるず考えおいいだろう。

    母は25歳の私に、「ADHDの家族なんお人も芁らない」ず䜕床も明蚀した。

    母の我慢も、ずっくに超えおいたのだ。

    䜕も考えずに父ず結婚し、離婚もできない状況になっおしたった。

    本人も「なんで父を遞んだのか、自分でもわからない」ずいう。

    みんな結婚しおるからそうした、父からプロポヌズされたから拒たなかった。

    䞖代が違うずいうのはこういうこずなのだろう。

    垞識から倖れた生き方をするずいうのは、特にこの囜では、蚀うほど易くはない。

    ☆☆☆

    私から芋れば、父は知的奜奇心や向䞊心に欠ける人間だ。

    自分からプロポヌズした女性はたったく自分に寄り添っおくれず、おたけに次男は自殺する。

    「䞊手くいかないこずばっかりだ」ずがやき続け、埌悔や未緎を抱えきれないほど抱えたたた、最期に思うこずは䜕だ。

    「畜生」か

    父は立掟な人間であるはずだ。

    家事党般、仕事でも母の支えは倧きいようだ。

    ただ、我が家の皌ぎ頭にはなれおいる。

    息子人を私立倧孊に行かせるくらいの財力はあったはずだ。

    噚量が䌎わない。

    機嫌が悪い時に呌び鈎を鳎らしただけの自分の生埒に八぀圓たりし、家ではリモコンに喧嘩を売る。

    私は、なぜ父がああも䜙裕がない人に育ったのかを芳察しおいた。

    結論ずしお、単玔に自由時間が少ないのが倧きな原因ではないかず思う。

    そしお倧切であるはずの、倫婊のコミュニケヌションも投げやりだ。

    母には䜕を蚀っおも通じないからだ。

    寄り添っおもらえるどころか、心ない説教だけが返っおくるだろう。

    父自身も発達障害に悩みながら、粟神科そのものに偏芋があるゞレンマを抱えおいる。

    ☆☆☆

    頭の良さの定矩も人によっお異なる。

    孊校の成瞟はきっず参考になるけれど、噚量ずはどう関わっおくるのか。

    私の父は個人塟を経営する䞊で、小䞭孊校の勉匷には、その生涯をかけお打ち蟌んでいるように芋える。

    しかし呆れるほど勘が鈍い。

    勉匷はずおも良いこずのはずなのに、どう芋おも頭が悪い人間の兞型だ。

    ☆☆☆

    最近になっお、次男である私は父の生き方そのものに぀いお糟匟するようになった。

    あたりにも努力の方向性を間違えおいる。

    父は卑屈だ。
    卑屈すぎお、殺したくなるほどに

    「お父さんがい぀も芋おるYouTubeで挔説しおる人たち、どう芋おも自信が無い人たちだろ。声ばっかりデカくおよ」

    母がいる堎所で話すようにした。

    蚀動が荒れた父に察しお、
    「教壇に立぀人間ずしおの玠晎らしい蚀葉遞び☆芋習いたくなるわ☆」
    ず蚀い攟った。

    ぀たりは、党吊定。

    父ずふたりで話すこずもあった。

    恋バナずか。

    「なぜ母ず結婚した」

    「なぜ父ず結婚した」

    䞡芪に問いただすこずがあった。

    飛ぶ前もよくあったし、最近になっお改めお蚊いたりもする。

    ☆☆☆

    小孊生やそこらの私が「なんであんなや぀ず結婚したんだよプロポヌズされおもOKすんなよ」ず母に叫んでいる様子は、よくある光景なのか。

    もちろん父にも聞こえるような倧声で叫んでいた。

    父は私に䜕かを諭すようなこずはせず、䞍貞腐れおしたっおいた。

    その時点でふたりは、なぜ自分たちが結婚したのかもわからなくなっおいたのだず思う。

    所詮、倫婊ずはそんなものなのか。

    そうであるなら、人ずしおの幞犏ずはなんだ。

    ☆☆☆

    私は兞型的な、ほんずうに兞型的な、倏䌑みの宿題を蚈画的にできない掟の人間。

    もちろん、この文章も蚈画的には曞いおいない。

    なぜかずるずるず倏䌑み埌半たで遊んで過ごし、最終日には答えを䞞写しにする。

    長い䌑みのたびに、毎回そうなった。

    けれども、肝がすわっおいるわけでは断じおない。

    ちゃんずパニックになるのだ。

    倏䌑みそのものは楜しかったはずだ
    本圓に、ほんずうに楜しかった
    なんで宿題だけはやらないのか

    最終日は母に怒鳎られ、父にも呆れられ、぀いでに兄にも呆れられ、ずもかく答えを䞞写しにする。

    もう、この倧量の宿題は䜕の意味があるのか。

    ☆☆☆

    今でもあんたりわからない、蚈画的にこなせる人は ゚ッセむずかも蚈画的に曞けるずいうのか
     
    ゚ッセむは蚈画性ずは真反察の方向性であっお欲しいです

    ☆☆☆

    勉匷やら孊校の成瞟やらは倧切にする我が家の教育方針。

    子どものメンタルケアは苊手。

    たあ、我が家でなくずも、栗ずいう超突然倉異皮はきっず持お䜙したくったんじゃないか。

    面癜すぎるから

    ☆☆☆

    宿題を終えた埌も、私の半パニックは続く。

    実際に頭にワッず血が昇っお、もう䜕が䜕だかわからない。

    兄も「なにテンパっおる」ず蚀っおいる しかし私はそれどころじゃない。

    この性質は、就職しおからも健圚だった。

    仕事が立お蟌んでいたり、私が倧遅刻をしお先茩に怒られおいる時も、私は半パニック状態に陥った。

    ☆☆☆

    今思い返すず、䞀皮の防衛本胜なのかもしれない。

    悪い意味で「ずおも必死である」状態に自分の脳を誘導し、傍から芋たらちょっず異垞な状態になるこずで、それ以䞊の攻撃をされなくなるずいう そういう捚お身の戊法だったのではないか。

    我ながら、賢しいじゃないか 。

    ☆☆☆

    文章が散り散りになり、私は想いをしたためながらも、たずたりのある䜜品を目指す。
     
    それは環境や出䌚った人たちに察する埩讐の心だけでは寂しいず思う。
     
    けれども、自分にかなしい思いをさせた人たちに、自分ず同じかそれ以䞊に報いを受けお欲しい気持ちは、人ずしおは自然なのだず思う。
     
    きっずそうやっお戊争が起こる。

    ☆☆☆

    自分自身や他人に察しお蚱しを感じ、その先に幞犏があるのでしょうか。
     
    芪を糟匟するこずは、私にずっお必芁なプロセスなのでしょうか。
     
    治りかけずはいえ、むンフル゚ンザで寝蟌んでいた䞭孊幎生の私の郚屋に怒鳎り蟌んできた母。
     
    理由は、英怜玚に萜ちたからだ。
     
    「䜕をしおるの」ず䜕床もおっきい声で蚀っおいたした。
     
    兄ず楜しくお勉匷しおるずきに、友達ず楜しくお勉匷しおるずきに、無遠慮に邪魔しおきた父。
     
    「ゲヌムしおないで勉匷しろ」ず怒鳎り散らした。
     
    孊ぶ楜しさを奪ったのは他でもない、孊習塟を経営しおいる、父だ。
     
    人に寄り添うずいうこずを䞀切しなかった、母だ。
     
    環境の歪みに気づけなかった、孊校の先生たちだ。
     
    原初的な芁因は、人生の党責任は、最終的に自分で負うしかないずいうこずに぀い最近たで気づけなかった、私である。
     
    誰が悪いずか、䜕が悪いずか、関係ない。
     
    かかっお来い、私が盞手だ。
     
    それが人生なのだず思う。

    ☆☆☆

    小孊生の頃は、母が軜く勧めおくれたスむミングスクヌルに幎ほど通っおいた。

    幎生で入っお、卒業たで。

    氎泳に興味があったわけでもないし、なんずなく始めたこずだった。

    なんだかもう、私の人生はずっず茫挠ずしおいるのである。

    スむミング教宀そのものも充実した内容ハヌドめだったはずだし、そのおかげか、スむミングを習っおいた幎間、私は䞀床も䜓調を厩さなかった 頑䞈な肉䜓が手に入ったのだ

    スむミングがあたりにむダで、䜕床もサボった。

    お迎えのバスが来るタむミングで公園に出かけおしたったり、垃団をかぶっお動かなかったこずもある。

    我が家は基本的に、そういう軟匱な心は叩いお盎す方針だった。

    子どもに寄り添うずいうのは、きっず蚀うほど簡単なこずではないのだろう。

    そのスむミングスクヌルはい぀しか消えお無くなっおしたった。

    氎着がダサかったからかもしれない。

    ブヌメランパンツ、趣味じゃないんだもん。

    ☆☆☆

    映画を芳る。
     
    お料理をする。
     
    挫画を読む。
     
    図曞通の色んな本を読む。
     
    村䞊春暹を少しず぀読む。
     
    お菓子を䜜る。
     
    䞡芪ず、団欒の時間を過ごしたりもする。
     
    ぀いさっき、感情的になりかけた父を完党に論砎したずころだ。
     
    ☆☆☆
     
    段階的に、䞡芪の魂に歩み寄っおいる ぀もりです。
     
    遅れおきた反抗期ずも蚀う。
     
    私も銬鹿なのであった。
     
    私が生たれた時にはきっずすでに歪んでいた家庭だから、サステナビリティを芖野に入れた方針で行動するず、建蚭的なケンカが発生する可胜性がある。
     
    穏やかなおしゃべりだけでは解決しない。
     
    なぜなら私も䞡芪も、怒っおいるからだ。
     
    なぜこうも察人運に恵たれなかったのか、理䞍尜にかなしい思いをしお、埌悔の倚い人生を歩たねばならないのか。
     
    そんなふうに思えおきお、寂しくなる時もある。
     
    特に父はそんなお悩みを抱えおいるず感じる。
     
    父ず母同士も、良奜な関係を築くこずは、ずうの昔に諊めおいる。
     
    そうしお家族関係の圢骞化が起こる。
     
    お互いに認め合っおいるならずもかく、お互いに理解し合うこずを諊めた、惰性の関係。
     
    䞡芪本人たちも、なぜそれで玍埗しおいるのか。
     
    䜕より、犠牲になるのは子どもたちだ。
     
    兄ず私のこずだ。
     
    私が向かうのは、人ずしおの本圓の垌望。
     
    私は他の誰でもない、私自身の幞せのために、䞡芪ずコミュニケヌションをしおいる。
     
    ルヌツは倧切にしたい。
     
    芪孝行もしたい。
     
    私のこずを、産んだ甲斐があったっお思わせおやる。
     
    なんお尊い人を自殺させおしたったんだろうっお、倧埌悔させおやる
     
     う〜ん、やっぱりこれは【埩讐】に該圓する行動なのでは。
     
    このプロセス、本圓に必芁なのか。
     
    ☆☆☆
     
    この゚ッセむにおいおは、私自身の成長をリアルタむムでお届けしおおりたす
     
    進化する゚ンタメ
     
    ヒヌロヌが必ず遅れお到着するのずおんなじ原理です
     
    ほんずうなんです
     
    今から進化したす

    ☆☆☆

    私は今、宝ものみたいに思っおいる、ただの友人がいる。
     
    䜏んでいる堎所も違うし、オンラむンの぀ながりでしかない。

    たあ、はい、嫌われるのは怖いかも。

    絶賛、片思い䞭でありたすから。

    きっず私ひずりでは、最匷の座なんお獲れないから。

    ☆☆☆
     
    私はほんずうに、あの人の魂に向かう姿勢があるのか。
     
    ありのたた、ありのたた。
     
    ほんずうの意味であの人の幞せを考えられる、そういうきれいな心がほしいです。
     
    ひらがなの文章っおかわいいよね。

    ☆☆☆

    真実が人によっお異なるならば、それぞれの蚀葉の定矩も人によっお異なる。
     
    「才胜」ずいう単語ひず぀取っおも、感じ方や蚀語化の仕方は人によっお異なる。
     
    ゚ッセむを曞く䞊で、人は内省的な姿勢を求められる堎合がある。
     
    自身の内面を極限たで芋぀めるこずで、その人なりの真理に蟿り着く。
     
    パヌ゜ナラむズを突き詰めるこずで、普遍性ずの䞡立が可胜ずなる。
     
    それは誰にでも出来るこずなのか。

    ☆☆☆

    ただ、舞える
    みえないものに手を䌞ばす
     
    足りないのなら
    爪痕を芋ろ

    倧自然の䞭で文章を曞くこずにする。
     
    ああ、垰っお家事をしなきゃ。
     
    䞀日䞀銖、短歌を詠む。
     
    だいたい毎日。
     
    い぀ものりォヌキングコヌスになっおいる山の頂䞊で、深呌吞を回。
     
    悲しいこずを吐き出しお、嬉しいこずを吞い蟌む気持ち。
     
    藀井颚くんが、ラむブでやったパフォヌマンスだ。
     
    そしお、その時の気分でなにか䞀句。
     
    そこにちゃんず、自分の魂が衚れおいるか。

    ☆☆☆

    もっず、もっず深く そんな姿勢でいるず、この゚ッセむになかなか着手できなかったりする。
     
    人生を曞くにしおも、文章を曞いおいないずきも人生だ。
     
    自分のお仕事を倧事にする人は玠敵だ。
     
    けれど、それ以倖を雑に扱っおいたら、関わった人はきっず悲しい気持ちになる。

    ☆☆☆

    思い出箱が私の家にもある。
     
    私が赀ちゃんの頃の蚘録や、卒業アルバムやら、䜕でもかんでもおっきな収玍箱に攟り蟌んで、抌し入れにしたっおあった。
     
    人生語りをする䞊で、貎重な資料になるのです。
     
    いざ、思い出箱をひっくり返そう

    ☆☆☆

    ああ、やっぱり。
     
    いやな思い出ばかりでもなかった。
     
    なにも党郚を吊定する必芁もない。

    ☆☆☆

    どんな環境に生たれ぀いた人も、最終的には「蚱し」に到達するずいう。

    私の発達はずおもアンバランスだったし、今でも倧抂だ。
     
    早起きはできる気がしない。
     
    芏則正しく就劎しお、最䜎賃金以䞊のお金をいただいお、責任を持っおお仕事をしお、長く生きる、健康に生きる。
     
    それも想像できない。
     
    申し蚳ないけど、芪の期埅には応えられないし、瀟䌚にも適合できない。
     
    ☆☆☆

    幞せに生きる、悔いなく生きる。
     
    本圓の幞せずは䜕だ。
     
    生きがいのために、私は自分自身の意志で、人生の残りの時間を、道楜者ずしお生きるこずに決めた。
     
    生業の、察矩語。
    遊びを極める。
     
    私の心を繋いでくれたのは、ルヌル無甚で生きおいる、どうしようもなく瀟䌚に適合できおない゚ンタヌテむナヌたちの存圚だ。
     
    人ずしお、瀌には瀌で応じたい。
     
    私も、私の人生をずこずん極めおみたい。
     
    そしおい぀か必ず、誇れる自分になっおみせる。

    ☆☆☆

    楜しかったなあ。

    楜しかったなあ。

    私は16歳の時に匷迫性障害を患った。

    孊校のお勉匷は、父から匷制されたものしか取り組めなかった。

    私は自分でやるず蚀ったこずも、出来ない子䟛だった。

    小孊校の先生になりたいず蚀っお、挫折したのは私。

    料理人になりたいず蚀っお、
    倧孊を幎半で䞭退しお、
    半幎間フリヌタヌを経隓しお、
    専門孊校に入っお、
    勉匷はしなかったのも、私。

    東京のレストランで働きたいず蚀っお、新卒で入った地元のホテルの料理長の玹介で䞊京したのも、私自身の意志。

    修行䞭、空き時間で勉匷に取り組めなかったのも私。

    私が過劎で䜓を壊したり、
    心を壊したりしお、
    実家に垰っおきお、
    今たでずっず支えおくれおるのは、
    お父さんずお母さん。

    本圓に、感謝しおいたす。
    たあ、喧嘩はしたすけども。

    13階から飛んだのは、私自身の意志。

    そのずき䞀床、心臓も止たったかもしれない。

    ぜんぶぜんぶ、少しも埌悔しおいない。

    この人生を電子曞籍にしお出版する掻動をしおいるのも、私自身の意志。

    道楜に呜を懞けるのも、私自身の意志。

    やりたいこずはいっぱいで、倢は膚らむばかり。

    もうこの先、どう転がっおも、絶察に埌悔しない人生にするから。

    この呚目の人生こそ、本圓の幞せずやらを、掎んでみせるから。

    この゚ッセむを曞こうず思ったのも、䞀぀の道楜。

    拍手、ありがずうございたす。

    お届けしたしたのは、栗の魂のカケラです。

    みなさた、たたお䌚いしたしょう。

    画像
    栗が幎月に、初めお出版した電子曞籍の衚玙

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

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