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がんのステヌゞⅣになったおかげで人生で䞀番幞せになれた『奇跡の話』


    はじめに〜
    第䞀章〜がんが発芚した日
    第二章〜がんはからだからのメッセヌゞ
    第䞉章〜医垫の蚀うこずを良い意味で真に受けない
    第四章〜時間は未来から流れおいる
    第五章〜楜しい゚ネルギヌで生きる
    第六章〜SOSの法則
    おわりに〜あなたに䌝えたいこず


    #創䜜倧賞2026  #゚ッセむ郚門

    はじめに〜
    これは、私がステヌゞⅣbの末期がんが芋぀かったずきから、抗がん剀治療を経お生還するたでの人䜓実隓を曞き蚘したものです。

    芋えない䞖界のこず、意識のこずですが 本圓の話です。

    私がおこなった実隓で、生還する人が増えたらいいな ず思い、曞いおみようず思いたした。

    みんなどこかで、がんは怖い病気 ず思っおる。
    呜を取られる病気だよね ず。
    そこをぶっ壊したいずいうのもありたす。

    倧きな気づきを経お、西掋医孊も東掋医孊も、そしお意識も䜿っお生還した人がいるず。
    意識っお思ったより倧事なんだ っおいうこず 。

    そしおなぜ
    がんになったのにわたしは
    『人生で䞀番幞せ』だず蚀っおるのか
    をお䌝えしたいず思いたす。


    第䞀章〜がんが発芚した日

    わたしは2025幎の2月
    突然、子宮䜓がんず卵巣がんが芋぀かりたした。
    芋぀かったずきには、すでにステヌゞⅣ 
    腹膜にも拡がっおいお、いわゆる末期の状態で 

    医垫からは
    「かなり厳しい状況です」ず告げられた 

    『もしかしたら わたし◯ぬの 』
    そこで、わたしは人生で初めお
    呜の期限が、すぐ近くに迫っおきた珟実を
    突き぀けられた 

    断続的に続く䞋腹郚の痛みず
    この先どうなるんだろう ずいう䞍安ずで
    頭の䞭はいっぱいだった。

    ここたで読んで、もしかしたら
    「なんでそうなるたでわからなかったの」ず
    疑問に思った方がいるかもしれない。

    毎幎ちゃんず職堎の健康蚺断を受けおいお、
    AずB刀定しかなく安心しおいたのず 
    健康蚺断の䞭にはない、子宮䜓がん怜蚺も
    自費で婊人科クリニックに行っお
    7幎くらい毎幎7千円くらいかけお受けおいた。

    がんが芋぀かる䞀幎前にも、錠蹊郚の近くに
    しこりを芋぀け そのかかり぀けにしおいた
    婊人科クリニックを受蚺した 
    その時も医垫に「子宮筋腫だね」ず蚀われお
    安心しおしたった。

    だから、たさか自分ががんになっおいたなんお
    倢にも思っおいなかった。

    話しは戻っお 
    そのかかり぀けの婊人科クリニックに
    䜕回も䜕回も、お腹が痛いず受蚺しお
    「そんなに痛いなら䞀床倧きな病院で
    粟密怜査を受けおみるかい」ず蚀われたので
    「受けたいです」ず蚀い
    玹介状を曞いおもらった。

    その時ですら、担圓の院長先生は
    䜕にも悪いずころはないような口ぶりで
    なんでそんなに痛いんだろうね〜みたいに
    たるで病気の可胜性すら感じおいなかった。

    そしお、倧きな病院で粟密怜査を受けたら 
    「悪性腫瘍の疑いがありたす。
    がんの専門チヌムがある病院を玹介するので
    すぐに受蚺しおください」ず蚀われた 

    もう、青倩の霹靂ずしか蚀いようがない。
    自分の耳を疑った 
    そこで初めお、かかり぀け医が
    ダブだったのか ずわかった。

    私が埗た教蚓は、気になる症状があったら
    遠慮せず「粟密怜査を受けたい」ず自ら蚀っお
    䞀床ちゃんず調べおもらった方がいい 
    ずいうこず かな。

    これを読んでくれた方が、ご自身の違和感を
    信じお 倧事に至る前にちゃんず自ら行動しお
    もらえたら ず願っおやみたせん。

    第ニ章〜がんはからだからのメッセヌゞ

    ステヌゞⅣから生還した今、振り返るず 
    なんだか
    がんになる前に神様から予習をさせられおいた気がする。

    なぜかずいうず がんになる前の幎
    youtubeの思考の孊校にハマっお
    朜圚意識の動画を芋あさっおいた。
    校長の宮増䟑嬉先生もがんを経隓されおいお、
    䜕かで「がんはからだからのメッセヌゞ」ず
    おっしゃっおいたな ず、がんの宣告を受けたずきにすぐ思い出した 

    これを知っおいたおかげで、ガヌヌン ずいう
    ショックは受けずに、ワンクッションあった
    感じだった。

    だからなのか 涙は出おこなかった。
    なんのメッセヌゞなんだろ ず考えた。

    䞀緒にがん宣告を受けた看護垫の嚘が
    だいぶ埌になっおから 
    「あのずきママが泣かなかったから
    私も泣けなかったんだよ 」ず
    打ち明けおくれた。

    䞀䜓、わたしのからだは
    わたしに䜕を気づかせたいんだろう 
    その問いを持っおいたある日、ふず 

    「もっず自分を倧切にしおほしい 」
    「もっずたくさんの経隓がしたい」
    「もっず自由になりたい」

    そんなこずばが頭に浮かんだ。
    これは 内なる声 メッセヌゞだず思った 


    第䞉章〜医垫の蚀うこずを良い意味で真に受けない

    玹介された倧きな病院では
    初蚺でかかっおから、たず
    腹腔鏡手術によっおがん现胞を採取し
    がんず確定した埌でないず
    抗がん剀治療が受けられたせん、ずいうこずで
    その腹腔鏡手術たで10日ほど埅぀こずになる。

    その間もずっず絶え間なく抌し寄せる
    痛みず䞍安 
    私はどうなるんだろう 
    もうダメなのかな 
    毎日そんな䞍安だらけだった。

    ちょうどその時期、ある方から
    こんなアドバむスをいただいた。
    「医垫の蚀う事を、良い意味で
    真に受けないこずが倧事です」ず。

    「医垫は数字しか芋おいたせん。だから
    あなたはそういう考えなんですね」っお。
    「わたしは生きたすけどね」っおいう颚に
    線を匕くずいいですよ。ず 

    それで䜕だか スヌッず 
    気持ちが楜になった 

    どうしおも、医垫からの蚀葉は
    絶察ず蚀っおいいほど 
    正しいんだず思っちゃうよね。
    だっお私たちには専門的な知識がないんだから。
    だから先生の蚀うこずは党郚本圓なんだず 。
    信じおしたいがちだけどさ 
    絶察ではないんだよね。

    だからずいっお、先生の蚀うこずを
    党郚聞かないっおいう意味じゃないのよ
    そこはくれぐれも誀解のないように 。

    私の堎合「かなり厳しい状況です」ず
    蚀われたけど
    「それでもわたしは未来、生きおいる」ず
    匷く思った 


    第四章〜時間は未来から流れおいる

    お腹の痛みに耐えながら
    がんはからだからのメッセヌゞ、のあずすぐ
    神様から予習させされおいた
    蚘憶の匕き出しがたた開いた。

    それが 
    「時間は未来から流れおいる」ず結梚嘉望さん
    から聞いたこずばだった。

    時間は、過去→珟圚→未来ずいう流れじゃなく
    本圓は逆なんだよ
    未来→珟圚に流れおくるんだよず。

    だから、未来の自分を鮮明に描けば描くほど
    その未来が、珟実に近づいおきおくれるんだず
    いう蚀葉だった。

    それを思い出したずき
    ずっさに「子䟛たちずハワむ旅行に行く光景」
    を、がん宣告を受けたあずすぐ思い描いおいた。

    その埌、やっぱりもう少し叶いやすそうな
    未来にしようず想定し盎した笑

    それは 東京にいる数人のお友達に
    「元気になっお、お瀌を蚀いに䌚いに行く」
    ずいう未来だった。
    折り鶎や、お手玙や、お守りや曞籍など 
    みんなで集たっおくれお、送っおくれた 

    今たでの人生、病気ひず぀したこずがなく
    入院したこずもなかった私は 
    人から心配しおもらったり
    あたたかい蚀葉をもらったのも初めおだった 

    「あぁ わたし、愛されおるんだなぁ 」ず
    感動しお この感謝を、盎接䌝えに行きたい
    ず匷く思った 

    そしお、本圓に未来を蚭定したら
    珟実になるのか 実隓しおみようず
    ひらめいた。
    これもなんか、神様からのアむデア
    だったんじゃないかなず 思う。

    この実隓の結果は なんず
    本圓に10ヶ月埌の2025幎12月に東京に行き、
    友達に䌚い、お瀌を䌝えられたのでした
    凄くないダバくないわずか10ヶ月埌だよ
    珟実になったじゃんめっちゃすごっ
    実隓お、おもしろいずワクワクした。

    第五章〜楜しい゚ネルギヌで生きる

    これもたたたた
    神様から予習させられおいたこずを思い出した。
    「パワヌかフォヌスか」ずいう曞籍があっお
    なにやら人の感情によっお゚ネルギヌが違う、
    ずいうこずを知ったんだよね。

    愛や喜びや感謝ずいった感情はめっちゃ
    ゚ネルギヌが高くっお、反察に䞍安や恐れ
    ずいう゚ネルギヌはめっちゃ䜎い。
    ここでたた、私は実隓しようず考えた。

    治療を受けながらの日垞。
    抗がん剀治療を受けおから1週間は
    寝おるこずの方が倚い。
    そこからだんだん回埩しお
    起きれるようになったら
    楜しいこずしかしないぞず決めお
    どうやったら自分が楜しいず思えるかなっお
    ひたすら自分を喜ばせるこずを遞んでいった。

    でも、最初はリハビリからだったの。
    長幎、呚りを優先しすぎお、自分の感情を
    䜕にも感じられない 
    䜕が奜きで、䜕がしたいずか 
    䜕にも浮かんでこなくっお。
    感情の䞍感症になっおいたから 
    リハビリも兌ねおいた。

    䟋えば 
    ・今たで節玄志向でマックやカフェで
    䞀番安いコヌヒヌを遞んでいたけれど
    本圓はカフェラテが奜きだった。
    そしたら、自分を喜ばせおあげたいから
    これからは飲みたいず思うものを
    飲たせおあげようず思うようになった。

    ・今たでの人生、呚りを優先しすぎお
    友達ずランチに行ったずしお
    「䜕食べる」っおなったずきも
    友達の食べたいものに合わせおいた。
    「お飲み物は食前にしたすか食埌にしたすか」
    ず聞かれた時も、みんなに合わせお
    食埌にしおきた。

    でも、【本圓はどうしたい】っお 
    自分の心に聞いおあげるの。
    その時、食前に欲しかったら「食前で」っお
    自分の気持ちを尊重しおあげる。
    こうしお、自分の気持ちに気づいおあげお、
    寄り添っお 叶えおあげる 
    ずいうこずをしおいった。

    もうひず぀、倧切なこずは 
    「五感」を取り戻すこずだった。

    少し歩けるようになっおから
    近所にある小川の脇の遊歩道を散歩するのが
    日課になった。

    がんになる前は毎日毎日、通勀電車に揺られ
    職堎で仕事をし、終わったらたっすぐ家に垰る。
    家に垰れば怒涛の家事に远われ、気が぀けば
    日をたたいでいお やっずのこずで
    垃団に入る。その生掻の繰り返し 

    呚りの景色に目もくれず、空を芋䞊げるこずも
    朚々の移り倉わりを感じるこずもなく
    気が぀けば季節は巡っおいる 

    なんず味気ない。䜕も感じない 
    いや、感じる䜙裕がないほど忙しかったんだ 。

    こうしおがんになったおかげで
    そのしんどい生掻に匷制終了がかかり
    ゆったりずした時間を取り戻した私は
    今たで目の前にあったものが
    たったく芋えおいなかった 
    「ある」のに「ない」
    ずいう䞖界に生きおいたこずに気づいた。

    その小川の脇の遊歩道を
    ゆっくりず歩きながら 
    青空を芋䞊げ、流れる雲をただ眺め
    小川に流れる氎を芋ながら
    氎の音に耳を柄たせながら 
    自分の心がホッず緩んでいくのを感じた 

    頬をなでる爜やかな颚 気持ちいいなぁ〜 
    颚に運ばれお、草のにおいを感じ
    子䟛の頃、草っ原を駆け回っおいた光景を
    思い出しながら 懐かしさに浞った。

    「なんお幞せなんだろう 」
    穏やかに流れる たさに「今ここ」を感じ
    目の前の䜕気ない䞖界の矎しさに 
    ただただ 感じられる幞せを味わった。

    五感で感じるこずが、こんなに
    生きおいるこずを思い出させおくれるなんお 
    そしお、こんなに幞せを感じさせおくれる
    なんお 本圓に、五感で感じるず蚀うこずを
    取り戻せたこずが嬉しくお
    たたらなかった 。

    そこから
    ご飯をゆっくり噛み締めお味わうこずにした。
    「あぁ〜 矎味しく食べられお幞せだ 」ず
    感じられるこずが嬉しくお 。

    お颚呂で湯船に浞るずきも
    「あぁ〜 気持ちいいなぁ〜 幞せだなぁ〜 」
    ず、喜びを感じるこずで
    本圓に、日垞の䞭は幞せだらけだ ず
    恵たれおいるこずぞの感謝もできるように
    なった 

    私はここで、ずっおも倧切なこずに気が぀いた。

    今たで健康なずきは
    今の環境がすべお圓たり前で
    その䞊で
    「ない」ものばかりに目がいっおいた。
    ないものにフォヌカスしおいたんだず。

    でも、ある日を境に突然
    健康なからだを倱った。
    昚日たでずたったく違う珟実 
    日垞生掻がたたならなくなった。

    そしお、◯ぬかもしれないずいう
    厖っぷちに吊応なく立ったこずで
    この環境は、圓たり前なこずなんお
    䜕ひず぀なかったんだ ず気づいた。

    健康な私でいたこずも、奇跡だったんだず。

    明日も、今日のからだがあるずは限らない。

    人は い぀どうなるかなんお
    本圓にわからないんだず 。

    動くからだがあっお
    ご飯を矎味しく食べられお
    お颚呂に入れお
    安心しお居られる家があっお
    ぐっすりベッドで寝れお
    働ける仕事があっお
    家族が元気でいおくれお 
    お財垃に1円でも「ある」じゃないか

    こうしお「ある」ものを芋れば
    私たちはすでに「ある」んだなぁ ず 
    いきなり、「ある」こずばかりが
    目に぀くようになった。

    これっお、オセロの黒が、癜に倉わった瞬間 
    だった。

    「ない」を芋るか、「ある」を芋るか 
    さぁ あなたはどちらを芋る

    これに気づけたこずは
    本圓に倧きかった。

    第六章〜SOSの法則

    さお SOSっおどう蚀う意味っお思うよね

    S→そう
    O→思えば
    S→そうなる
    の意味なのです。

    どういうこずかずいうずね
    私の堎合は、抗がん剀治療のずき。
    SOSで蚀うず
    劇薬・毒薬ず思えば
    劇薬・毒薬になるっおこず。

    私も抗がん剀は、怖いず思っおた。
    しかも、初めお抗がん剀治療するずきに
    ビックリしたのは、看護垫さんの厳重装備。

    マスクはもちろん、スクラブの䞊に䞍織垃の
    割烹着みたいなのを着お埌ろで玐を瞛り、
    フェむスシヌルド、ゎム手袋は二重、
    抗がん剀投䞎を開始したら
    それらをひず぀の袋に入れお口を瞛る。

    こんなに危険なものなんだなぁ っお
    こんなのをからだに入れるのかぁ っお
    緊匵しおドキドキした 

    だから、抗がん剀を点滎投䞎しおいる間
    点滎から流れおくる抗がん剀に
    「私のからだをよくしおくれおありがずう」ず
    䜕床も䜕床も 繰り返し䌝えおいた。

    からだをよくしおくれるもの ず思えば
    そうなるものなのか を実隓しようっお。

    その結果 だず思うのだけど
    本圓に 副䜜甚が軜く枈んだ。
    吐き気もなし、合わなくお治療が䞭止になる
    こずもなく 党6回のTC療法を終えるこずが
    できた。

    そうだ もうひず぀。
    抗がん剀治療のずきに、がん现胞にも
    同じように「がんちゃん、私にたくさんの
    気づきをくれおありがずう 。もう倧䞈倫だよ
    気づいたからね。さよならだね」ず
    ありがずうの思いを䜕床も䜕床も䌝え続けた。

    そう思えばそうなる 
    人間の意識っお
    本圓にずんでもないのかもしれない。


    おわりに〜あなたに䌝えたいこず

    ここたで読んでいただき、ありがずうございたす。

    昚幎の2月 突然宣告された末期がん。
    最初は、もしここでダメだったずしおも
    もう子䟛たちも独り立ちしおるし 
    粟䞀杯生きおきたしな 
    生きるか◯ぬかは神様仏様にお任せしよう 
    ず考えたりもした。

    でも神様仏様は、生かしおくれた 

    私は ステヌゞⅣの末期がんになったこずで
    呜の尊さ
    毎日平穏に生きおいるこずは、圓たり前じゃないこず
    毎日が奇跡の連続なんだずいうこず
    感じるこずを取り戻し、自分の喜ぶこずを
    やっおいっおあげたら 幞せも感じられるようになったこず

    今たで私は
    呚りの人たちに認めおほしくお
    䞀生懞呜頑匵っおきた。
    誰かに認めおもらうこずで
    自分の䟡倀を枬っおいた。

    それは逆に
    誰からも認められなければ
    自分には生きる䟡倀がないず 思っおいた。

    それっお実は、ものすごくしんどいこずだった。
    い぀も呚りに気を遣っお、自分らしさも
    無意識に抑えおきたのだから 

    そうか 誰かに認めおもらわなくおもいいんだ。
    自分で自分のこず喜ばせおあげられるじゃないか 
    やりたいこずをやらけおあげおいくうちに
    楜しくなっおきお 
    「あぁ 生きおるっお、こういうこずか 」
    ず、私は充実感で満たされおいた。

    私はがんになっお
    胃が持ち䞊がるほど膚れ䞊がった子宮を
    湯船の䞭で、お腹の䞊からなでお 
    「こんなになるたで痛みを出さずに
    黙っお溜め蟌んでくれおいたんだね 
    ごめんね ごめんね ありがずうね 」ず
    心から謝った。
    子宮が健気に芋えた。

    そしたら自分の心臓も、からだも党郚 
    過去の私さえも 
    「私は䞀生懞呜頑匵っお生きおきた」ず 
    䞞ごず受け入れる瞬間があった 。

    湯船の䞭で 私は倧泣きした。

    たぶん このずき
    倖偎の意識のある私ず
    内偎の無意識の私が
    仲盎りしお 繋がったんだず思う。

    そうか 䜕よりも倧切なのは
    「自分に目を向けおあげるこず」

    「私が私を倧切に扱っおあげるこず」

    そしたら 満たされお、幞せな気持ちになっお
    ゚ネルギヌが高い私でいられるなぁ〜 ず。

    いろんな実隓をしながら
    倖に求めるんじゃなくお
    自分の内偎なんだな ず感じた。

    実際 わたしはがんの方にもオンラむンで
    セッションをさせおいただいおたすが 
    がん治療䞭の50代男性で
    これらの私がやったこずをお䌝えしたら
    それを玠盎に実践されお 
    そしたら、だんだん元気になられ
    怜査の数倀も良奜
    なんず、圌女たで出来ちゃっお
    仕事ずの向き合い方も倉わり
    やりたいこずも出おきお
    人生楜しんでいる方がいらっしゃいたす。

    がんになったこずをずっず぀らいこずず
    捉えおいた女性も、セッションで
    「初めお、がんになっおよかった ず思えたした。すべお受け入れるこずができたした。
    今の私の幞せがあるのは、がんのおかげです」
    ず いう方もいらっしゃっお 。

    本圓に 病気も捉え方次第、ずいうのは
    あるんじゃないかなず思う。

    そういう私も
    こんなに幞せを感じられるようになったのは
    がんのおかげです。

    がんにならなかったら 
    ずっずお金がない、時間がない、
    私には䜕もないず「ない」ずころばかりを芋お
    苊しくお 

    呚りに認めおもらうこずで、自分の生きる䟡倀を枬っお 他人に自分の䟡倀を刀断されるなんお、めちゃめちゃしんどいこずをしおた。

    それじゃあ 他人の人生を生きおいるようなものだ。

    私はやっず 他人に枡しおいた
    人生のハンドルを 
    自分に取り戻した。

    そしお、今が 今たでの人生の䞭で
    䞀番幞せだず 感じられおいる。

    あなたも、私ず同じように呚りの人のために
    頑匵っお生きおきたのではないでしょうか 

    よく頑匵っお 今日たで生きおきたしたね。
    もう十分頑匵っおきたした。

    これからは
    自分の手にハンドルを戻しお
    自分の気持ちも優先しおあげおくださいね。
    「本圓はどうしたい」っお
    聞いおみおあげおください。

    家族を犠牲にしおでも
    自分の奜きなこずをしよう
    ずいうこずではないですからね。

    倧切なのは
    内偎の自分ずのパヌトナヌシップ。
    無芖をせず、本圓の気持ちを芋おあげおくださいね。

    自分で自分を幞せにできるから 

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