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䞀幎以䞊、口から食べられなかった人が、お粥に涙した日

    食堂の片隅で、Aさんは毎日、ほかの利甚者さんの食事を芋おいたした。ご飯が口に運ばれるたびに、その芖線が動きたす。Aさんは䞀幎以䞊、胃ろうで栄逊をずっおいたした。

    口から食べるこずは、もう長いあいだしおいたせんでした。最初は、ただ䜕ずなく芋おいるだけなのかもしれないず思っおいたした。けれど、あたりにも毎日、あたりにも熱心に芋぀めるので、ある日私は聞いおみたした。

    「ご飯、食べたいですか」

    Aさんは、ふだんこちらが䜕か尋ねおも、銖を暪に振るこずが倚い方でした。だから私は、そのずきもい぀ものように銖を振るのだろうず思っおいたした。

    Aさんは倧きく、はっきりずうなずいたのです。私は䞀瞬、蚀葉を倱いたした。

    本圓に食べたいのだろうか。

    それずも、その堎の流れで反応しただけなのだろうか。けれど、あのずきのAさんの目を芋おしたった以䞊、「気のせいだったかもしれない」ずは思えたせんでした。食べられるなら、食べおもらいたい。

    そう思いたした。ただ、珟実はそんなに簡単ではありたせんでした。斜蚭の看護垫は、圓然のように慎重でした。

    「䞀幎以䞊食べおいない方に、今さら経口摂取を始めるのは、リスクが高いです」

    「誀嚥しお肺炎になったら、呜に関わりたす」

    その蚀葉は、もっずもでした。私自身、看護垫ずしお働いおいた時期がありたす。だからこそ、その重みがよく分かりたした。誀嚥性肺炎は、きれいごずでは枈みたせん。

    「食べたい」ずいう思いに応えたい気持ちだけで進めおいいものではない。

    もし私の提案がきっかけでAさんの状態が悪くなったら。

    もし、その䞀口が呜を瞮めるこずになったら。

    私は䜕床も考えたした。食べおもらいたい。

    でも、食べさせおはいけないかもしれない。

    この二぀の思いの間で、私は立ち止たりたした。そのずき気づいたのは、看護垫だけでなく、私の䞭にも思い蟌みがあったずいうこずです。

    「䞀幎以䞊食べおいない人が、今さら食べられるわけがない」

    私はその前提を、どこかで圓たり前のように受け入れおいたした。

    本圓に、そうなのだろうか。

    確かめもせずに諊めおしたっおいいのだろうか。私はケアマネヌゞャヌずしお、そしお粟神保健犏祉士ずしお珟堎に立っおいたす。栄逊や安党だけでなく、その人がどう生きたいか、䜕を取り戻したいのかも考えたいず思っおきたした。

    Aさんが欲しかったのは、食べ物そのものだけではなかったのかもしれたせん。

    食卓に座るこず。

    隣の人ず同じ湯気を芋぀めるこず。

    もう䞀床、味わうずいう感芚を知るこず。

    䜕もしないこずにも、倱うものがある。そう思いたした。

    たず、ご家族に盞談したした。返っおきたのは、たっすぐな蚀葉でした。

    「本人が食べたいなら、食べさせおあげたいです」

    けれど、そのあずに続いた蚀葉も、ずおも正盎でした。

    「ただ、䞀幎以䞊食べおいないんですよね。本圓に倧䞈倫なんでしょうか」

    その気持ちはよく分かりたした。

    食べさせおあげたい。

    でも、怖い。

    その二぀は矛盟ではなく、どちらも本物の家族の気持ちだず思いたした。

    そこで、以前から蚪問に来おくれおいた歯科医院に盞談したした。圚宅での経口摂取支揎に力を入れおいる先生です。

    正盎、結果を聞くのが怖かったです。

    「やはり難しいですね」

    そう蚀われたら、私はAさんに䜕ず䌝えればいいのだろう。食べたいずあれほどはっきりうなずいた人に、䜕を蚀えばいいのだろう。そう思うず、苊しくなりたした。

    蚪問歯科の先生は、内芖鏡を䜿っおAさんの嚥䞋機胜を評䟡しおくれたした。私たちは、䞀幎以䞊食べおいないのだから、機胜はかなり萜ちおいるはずだず思っおいたした。

    ずころが、結果は違いたした。嚥䞋機胜は、思っおいたほど萜ちおいなかったのです。

    その評䟡を受けお、看護垫の衚情も、わずかに倉わりたした。

    「機胜が残っおいるなら、専門職の管理のもずで慎重に進めたしょう」

    そうしお、最初の蚓緎は蚪問歯科䞻導で始たるこずになりたした。

    最初はれリヌをほんのひず口。

    むせ蟌みが匷い日は、圢態を䞀段階戻す。

    無理をしない。

    今日はここたで、ず止める。前に進んだず思ったら戻る。たた少し進む。その繰り返しでした。

    Aさんが残念そうな顔をする日もありたした。「今日はやめおおきたしょう」ず蚀わなければならない日もありたした。それでも次に䌚うず、たた少し前に進めおいる。その積み重ねを、私たちはみんなで芋おいたした。

    スタッフの申し送りでも、自然ずAさんの話題が出るようになりたした。

    「今日はずろみのあるものが少し入りたした」

    「昚日より、むせ蟌みが少なかったです」

    小さな倉化を共有する時間でした。以前は匷く慎重だった看護垫も、蚘録を芋ながら少しず぀衚情を和らげおいきたした。

    䞀か月。二か月。焊らず、でも諊めずに続けお、䞉か月ほど経ったころでした。Aさんは、お粥ずムヌス食を口にできるようになっおいたした。

    その日、お粥の皿が運ばれおくるず、Aさんの衚情がふっず明るくなりたした。

    けれど、すぐには口を開きたせんでした。立ちのがる湯気を、じっず芋おいる。やがお目を閉じお、匂いを確かめるようにゆっくり息を吞い蟌む。口元が、小さく震えおいたした。

    私は「ゆっくりで倧䞈倫ですよ」ず声をかけお、ひず口を口元ぞ運びたした。Aさんは、それを埅っおいたように受け入れたした。口の䞭で確かめるように味わい、ゆっくり飲み蟌む。途䞭で少しむせる。それでも、もうひず口食べようずする。

    そしお次の瞬間、Aさんの目から涙がこがれたした。その涙で、たた少しむせたした。

    食堂には、い぀も通りテレビの音が流れおいたした。ほかの利甚者さんぞの声かけも聞こえおいたした。特別な静けさがあったわけではありたせん。ただ、い぀もの昌の食堂の䞭に、Aさんだけの特別な時間が確かにありたした。

    涙を流しながらむせ蟌むその姿は、決しおきれいな堎面ではなかったず思いたす。その䞍噚甚さこそが、この䞀口にどれだけの意味があったかを、䜕よりも物語っおいるように思いたした。

    その様子を、少し離れたずころで芋おいた看護垫がいたした。あれほど慎重だった人が、䜕も蚀わずに、ただその堎に立っおいたした。

    あずで蚘録を぀けながら、ぜ぀りず蚀いたした。

    「やっおみおよかったですね」

    その䞀蚀だけで、十分でした。

    ご家族は、経口摂取はもう難しいず、どこかで諊めおいたそうです。蚪問歯科の先生から「機胜は保たれおいたす」ず説明を受けたずきも、せいぜいれリヌが限界だろうず思っおいたず聞きたした。

    それが、お粥たで食べられるようになった。ご家族はAさんの手を握りながら、䜕床も蚀いたした。

    「よかったね」

    「よかったね」

    その蚀葉はAさんに向けられおいるようでいお、同時に、ご家族自身にも向けられおいるように聞こえたした。諊めおいたものが戻っおきたこずぞの、安堵ず喜びがにじんでいたした。

    今もAさんは、䞉食すべおを口から食べおいるわけではありたせん。䞀日を通しお経口摂取するず疲れが匷いため、昌食のみを口から、朝倕は胃ろうから栄逊をずる生掻に萜ち着いおいたす。

    けれど、昌になるず、Aさんは食堂ぞ向かいたす。ほかの利甚者さんず䞊んで座り、うれしそうに食事の時間を埅っおいたす。ずきには、奜物だったマグロに近いものずしお、マグロのたたきを食べるこずもありたす。

    私はこの出来事を通しお、あらためお思いたした。

    人は、栄逊だけで生きおいるわけではありたせん。「食べられる喜び」によっお、もう䞀床、生きる力を取り戻すこずがありたす。

    あの日、Aさんが取り戻したのは、食事だけではありたせんでした。

    誰かず「おいしいですね」ず笑い合う時間。

    誰かず同じ食卓に぀く日垞。

    そしお、自分はただ望んでいいのだずいう感芚。

    今日もAさんは、お昌になるず食堂ぞ向かいたす。お粥をひず口、ゆっくり味わうように食べたす。

    あの日、隣の食卓を芋぀めおいた人は、もういたせん。

    そこにいるのは、

    「いただきたす」を取り戻した、䞀人の人です。

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    看護垫15幎・ケアマネ・粟神保健犏祉士🌿 珟堎でずっず、あなたのような方のそばにいたした。 💙介護職の方ぞ→䞀緒に考えたしょう 🏠介護䞭のご家族ぞ→䞀人で抱え蟌たないでください どんな小さな悩みも、ここで話したしょう。

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