
どんぐりの未来価値
どんぐりを拾う
コツンと音がしてどんぐりが転がってきた。
見上げると、おそらくシラカシだろう。
背の高い街路樹が植えられていて、葉元にどんぐりをたくさん付けている。
どんぐりには拾いたくなる魅力がある。
石とか枝とかでも拾ってみたくなるものがあるが、あれは厳選したひとつを探し出すのが醍醐味だ。一方で、どんぐりはたくさん拾いたくなる。
あれは、どれもがほぼ同じ形状であるにもかかわらず、よく見るとひとつひとつが微妙に違っているところに魅力があるのだと思う。つまりどんぐり拾いは、探し出すより比較することが醍醐味なんだと思う。

ボクたちは未来のためにモノを持つ
考えてみると、ボクたちは「今」必要ではないものを、たくさん持ち歩いている。
たとえば、折り畳み傘。
雨が降ってない日に、カバンに折り畳み傘を持っておく必要はない。だけど、それでもカバンに入れておくのは、急に雨が降り出すことへの備えだ。
たとえば、モバイルバッテリー。
スマートフォンの充電が十分に残っているなら、ただの重たい箱である。それでも持ち歩くのは、夕方になって充電が切れるかもしれないからだ。
たとえば、駅前でもらうポケットティッシュ。
受け取った瞬間に鼻水が垂れているわけではないが、いつか鼻水が垂れるかもしれないから、とりあえずもらってポケットに入れておく。
つまりボクたちは、そのモノが現在持っている価値だけを見ているわけではなく、未来に発生するかもしれない価値を見て、「今」それらを手に取っているのだ。
未来価値が、持ち歩く手間や保管するコストよりも大きいと思えば、ボクたちはそれを持って帰る。
どんぐりの戦略
シラカシなどの常緑高木にとって繁殖は難しい。
種子であるどんぐりをその木の足元にたくさん落としたからといって、大木の根本に新しい樹木がにょきにょき生えるはずがない。概ね大木に養分を摂られ、陽が当たらないことによって、新しい芽は淘汰されるだろう。
だから生き残りの戦略が必要だ。
リスから見たときに、どんぐりには未来価値がある。
リスはどんぐりを持ち帰って地面に埋め、エサが取れない時期になるとそれを掘り起こして食べるのだ。非常食としての価値だ。
どんぐりは果肉の柔らかい果実などと比べると、外側が硬い。そのため、リスなどの動物が持ち運び、地面などに貯蔵することができる。その未来価値を知っているリスは、持ち帰って保管をするが、そのまま忘れられてしまったものが芽を出し、新しい樹木となるのだ。
どんぐりはそうやって親木との「カニバリズム」を避けているように思う。未来価値の対価として、リスに輸送と保管まで(勝手に)委託して…
コストコの戦略
ウチの奥さんはコストコのキッチンペーパーがお気に入りだ。それを買うためだけに年会費を払っていると言っても過言ではない(かもしれない)。
ウチのキッチンペーパーの在庫が少なくなると、ボクはコストコに車を走らせる。デカいパッケージのキッチンペーパーを自宅まで運び、キッチンの冷蔵庫の脇のスペースに押し込む。
なぜそんなデカいパッケージのキッチンペーパーを買うかというと、(そのキッチンペーパーの使い心地が良く、他で売っていないということもだが)それを「いつか使う」とわかっているからだ。
つまり、ボクたちは未来価値が高く、代わりが利きづらいものほど、手元に多めに置いておこうとするのだろう。
さて、先週の土曜日。
ボクたちはコストコの戦略にまんまと乗っかってキッチンペーパーを買った。ついでに他の店であまりお目に掛からない2kgのでっかいプロテインとか、でっかいサーモンの切り身とかも、でっかいカートに入れながら…
ボクたちは、まんまとそれらを自宅まで輸送し、まんまと自宅のキッチンや冷蔵庫に保管した。コストコの戦略は、大量に売って客単価を上げようというだけではない。顧客の自宅に未来の需要分まで在庫させれば、その在庫がなくなるまで競合商品の購入機会を減らせる。つまり、未来需要の先取りでもある。
だから、これは「販売戦略」というより「マーケティング戦略」なんだなあ…
どんぐりはどうなったか
ウチに持ち帰ったどんぐりはジップロックに入れて保管されている。
何のために持ち帰ったかって?
それは、ボクが十数個のどんぐりに未来価値を感じたからだ。
それは「近い未来にどんぐりでエッセイを1本書けるかもしれない」という未来価値だ。
近所まで散歩に行って、どんぐりを拾っただけだ。
コストコに比べれば安上がりじゃないか。

その未来価値は、今日こうやって記事に替わった。
もうジップロックを開けてリリースしようと思う。