メインコンテンツへスキップ
見出し画像

壁ばかりが上手くなる

    科学的に考える人

    AIの進化は目覚ましい

    昨今のSNSは、ユーザーの行動履歴などを基に、その人が興味を持ちそうな広告を表示する。

    ボクがnoteやXにAI関連の記事を書くことが多いからだろうか、SNSにこんな感じの広告が流れてくることがある。

    画像
    *AIで生成したものです

    これは「AIにどんな指示を出せば、より精度の高い回答が返ってくるのか」を教えますってヤツ、いわゆる「プロンプト術」だ。

    もちろん、AIから良い回答を引き出すことは大切だ。
    だけど、ボクは割とひねくれているので、そういう広告を見るたびに思うことがある。

    ― 賢くなりたいのは、誰なんだっけ?―

    AIとの「壁打ち」

    AIと対話しながら考えを深めることを「壁打ち」と呼ぶことがある。

    テニスで言う「壁打ち」は、壁に向かってボールを打ち、跳ね返ってきたボールをまた打ち返す練習だ。

    ボールを強く打てば、強く壁に当たって強く跳ね返ってくるし、変な方向へ打てば、打ちづらいところへ返ってくる。そうやって、自分自身が走り回って足腰を鍛え、フォームや打点を修正することを繰り返す。それによって、少しずつテニスが上手くなっていくことを目指すのが「壁打ち」だ。

    ところが、AIという「壁」はちょっと違う。

    雑な文章を投げても、きれいな文章にして返してくれるし、曖昧なアイデアを投げても、構造化してくれる。どんな下手な球を打っても、AIが勝手に打ちごろの球にして返してくれるのだ。

    とても優秀で柔軟な壁

    一般的に「壁」というと(建物や部屋の仕切り以外の意味で)「物事を邪魔する大きな困難」という意味を持つ単語だ。

    だけど、AIは非常に優秀で柔軟でユーザーにどこまでも寄り添ってくれる壁だ。使えば使うほど、自分に合った球を返してくれるように成長する。

    ええっと…
    そうなると「壁打ち」の意味よ。
    何のために壁打ちするんだっけ?

    上げるべきなのはAIの回答じゃない。
    ボクたちの思考力なのだ。
    だから、ボクたちにとって大事なのは「AIから何を取り出すか」ではなく「AIから返ってきた回答をどう扱うか」だと思う。

    自分が成長するために始めた壁打ちなのに、いつの間にか自分は成長をやめて、壁ばかりを成長させているようでは本末転倒だからな。

    あなたへのおすすめ