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【3つのお題に空想のひらめきを】河童の忘れ物

    「ですから、身分証は持ち合わせていないんですが、とにかくそににある防水バッグとその中のものは、私のものなんです」

    少し鼻にかかった声で、声を抑えながらも早口にまくしたてる目の前の客は、麦わら帽子を深くかぶり、丸眼鏡をかけ、ベージュのトレンチコートを羽織っている。
    男か女かはよくわからないが、その帽子は頭の上で不自然に歪み、その人物が少し首を傾げたり、うなずいたりするたびに、帽子とこめかみの隙間から汗ではなさそうなしずくが滴る。
    背中は妙に丸く盛り上がり、長すぎる袖口から時折除く指先は爪が伸び、先ほど勢いよく指を広げたときには指の間に水かきすら見えた。

    顔には雑におそらくファンデーション的なものを塗っているようだが、それもところどころ擦れて剥げ、素の緑色がはっきりと見て取れる。
    そして、このにおい。
    裏手の沼地に漂うにおいをさらに凝縮させたようなにおいを、今目の前で声を抑えながらも早口にまくしたてる客は振りまいている。

    時刻は夕暮れ。
    普段からそこまで人気のない、川沿いのこの民俗資料館の窓口での押し問答が始まったのは、閉館のちょうど3分前からだった。

    「すみません、忘れ物を探しておりまして」
    それがこの客の第一声だった。

    「どのようなお品物でしょう?」

    たまたま窓口にいたスタッフの川村は、一目見て相手が人ではないことを認識した。
    周囲の大人たちの反対を押し切って、この人気のない、川沿いの民俗資料館で働き始めた理由。
    語れば語るほどに周囲の人間が距離をとっていく、自身の研究対象。
    今自分は、河童と対峙している。

    内心の震えるほどの大興奮を何とか抑えながら、冷静を装う。
    こんなチャンスは2度と来ないかもしれない。
    できるだけこの時間を引き延ばさなくてはいけない。
    川村の頭の中は、そのことでいっぱいになった。

    「どのようなお品物でしょうか?」
    「バッグなんですが」
    問われた客は小声で答えた。
    「バッグですか。特徴を教えていただけますか?」
    「緑色の、防水仕様のバッグです」

    「少々お待ちください」
    川村は台帳を確認した。
    形だけ確認はしたが、実はそうするまでもなく心当たりがあった。
    昼過ぎに川辺の遊歩道で回収されたバッグだ。
    外側はぬめっていて、水草が絡みついていた。

    「こちらでしょうか」
    カウンターの下から出したバッグに、客の目が鋭く輝いた。
    「それです!」
    「では確認のため、バッグの中身の申告をお願いします」

    聞いた瞬間、客は絵に描いたようにぎくりとし、黙った。
    川村の手元には、回収時にすでに作成されたバッグの中身のリストがある。

    • きゅうり 6本

    • ラベルに「皿用保湿ジェル」と記載されたボトル。

    • 未開封のパッケージのままの「甲羅ベルト」

    • 『全国おすすめ沼地マップ』

    • 小魚の干物

    客の言葉を待っている川村に、黙っていても仕方ないと観念したのか、客はぼそぼそと言う。
    「野菜、小魚、ジェル、ベルト、あと地図です」

    「もう少し詳細に教えていただけますか?」
    「はい?」
    「ベルトの特徴を教えてください」
    「えっと…未使用の、ベルトです。買ったばっかりで」
    「それだけではちょっと。結構用途が限定的なベルトみたいなんで、明確にしていただければお返しできそうなんですよね」
    「いやぁ…、なん…だったかなあ~…」
    ごまかしながら、心なしか客が震え始めたようにも見えた。

    「ジェルは? ジェルの方はどんなジェルだったか覚えてらっしゃいます?」
    表情が変わらないように細心の注意を払いながら、川村は続ける。
    「保湿用の、ジェルです」
    「保湿用、ですか」
    「ええ、そうです!」
    人物の大きすぎる目がさらに見開いて大きくなった。
    「『皿用』って、なんだと思います?」
    目を見開いたまま固まってしまった。
    「なん…でしょうねぇ~…」

    「なるほど」
    川村は事務的にうなずいた。
    「申し訳ないんですが、この状況ですとお引渡しはちょっと難しいですね」
    「どういうことですか? バッグの中身、申告してるじゃないですか」
    「でも、詳細についてはあやふやですし。お預かりしている以上、こちらとしましては確実に持ち主の方に返却する義務もございますので」
    「いや、それについては…」
    「もしくは、本人確認できる身分証をご提示いただく方法もありますけれども」
    客の肩がぴくりと動く。
    「身分証は~…、今持ち合わせていなくて…」

    落ち着きなく身体を揺らす客を真っ直ぐに見つめ、思い切って切り込んでみた。

    「河童さん、ですよね?」
    「違います」
    あらぬ方向を見つめたまま固まった客は、即答する。

    「河童さん、ではない?」
    「違います」
    帽子の下のこめかみから、たぶん汗ではないしずくが滴った。

    川村はティッシュを差し出した。
    水かきをちらつかせながら勢いよく差し出されたティッシュを奪い取るようにして、客は慌ててこめかみをぬぐった。

    「そうなると、やはりお引渡しすることはできませんね」
    「そんなっ、困ります! これから私、出掛けないと…」
    こちらに見開いた目は、ワニのものとよく似ていた。

    「身分証を提示いただければ、簡単なんですが」
    「ですから、身分証は持ち合わせていないんですが、とにかくそににあるバッグとその中のものは、私のものなんです」

    「川村さん、大丈夫?」
    客の慌てた声に、上司の沼田が窓口奥のオフィスから顔を覗かせた。
    「あ、はい、大丈夫です。問題ありません」
    沼田は、客を見た。
    少し間が空いて、
    「…河童さんかな?」
    「違います!」
    一目で指摘され、さらに慌てた客は、かぶせ気味に返してきた。
    「失礼しました。じゃ、なんかあったら呼んでね」
    さして驚いた様子も見せず、沼田はまたオフィスに戻っていった。

    改めて、川村は向き直った。
    「よろしいですか。我々もこの資料館のスタッフである以上、河童の生態には一般の方よりは通じているつもりです」
    目の前の河童であることを頑なに認めない、見るからに河童な客が気の毒になり、川村はため息交じりに続けた。
    「こちらのバックの中身は、明らかに河童の所持品と認めざるを得ないと考えています」
    客は沈黙したままだ。
    「お客さまが一言『河童です』と申告していただければ、返却させていただきたいと思っています」

    「いや、私、違いますので! でも、そのバッグ自体は私のなんですよ…」
    もはや半泣きだ。
    「河童として、申告してください」
    かみしめたくちばしの間から歯ぎしりが聞こえてきそうな様子の客は、思いついたように言った。
    「じゃあもうあれだ! 相撲で決着つけましょうよ。それで私が勝ったら、バックを返してくださいよ!!」
    更に取り乱す客を目の前に、少しの間をおいて川村は冷静に返す。
    「河童さん、ですよね?」

    どうしても河童であることは認められない、だがバッグを取り返す必要はある。
    おそらくそんな葛藤の中で、震えながらしばらく黙っていた客が口を開いた。
    「……もういいです」
    諦めた様子で、客は出口へと向かっていった。
    自動ドアを出た途端、風にあおられて一瞬浮き上がった帽子を慌てて被り直してはいたが、その下から頭の上の皿が覗いたのを、川村は見逃さなかった。

    「大丈夫だった?」
    視線だけで見送っていた川村に、また奥から顔だけ出して沼田が声をかけた。
    「う~ん、返却はできませんでした。申告してくれなかったんで」
    座っていた椅子から立ち上がり、「時間外」のプレートをカウンターに出しながら川村は答えた。
    「そっか、たぶんいつもの河童さんだと思うけと、絶対認めないんだよね。また増えちゃうけど、いつもの棚に置いておいてくれる?」
    「はい」

    川村はバックヤードの通路を抜け、「保管庫」の札の貼られた扉の鍵を開け、迷いなく一番奥に向かい、ある棚の前で止まった。
    「河童の忘れ物」というラベルが貼られたその棚には、今手に持っている緑色の防水バッグによく似た大小のバッグが並んでいる。
    その棚の、適当に空いているところに持ってきたバッグを置いた。
    そしてまた扉と鍵を閉め、沼田が退勤作業の続けているオフィスへと戻っていった。


    今回はこちらのお題企画に挑戦してみました。
    楽しかったです!

    #3つのお題に空想のひらめきを #河童の忘れ物


     
     
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