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【せりふ三題噺】うさぎボール万年筆

    ボール遊びを覚えたばかりの姪っ子・杏は、いつでも必ず、僕が間に合わない方向へ、間に合わないリズムのボールを投げ返してくる。
    今もまた、去年のクリスマスにサンタさんからもらった、まだ自分の頭より大きいんじゃないかっていうサイズの、ピンクのゴムボールを、爆笑しながら振りかぶっている。

    いつもの公園の広場の片隅で、まさかの勢いで杏の手を離れたボールは、それはそれは軽く、公園の下り坂方面に向かって転がっていった。

    「あーあぁ」
    まるで僕がミスったみたいに、杏は言う。
    ちっちゃいだけで、姉ちゃんの完コピだ。
    「ごめーん、とってきてあげて」
    言葉は謝ってはいるけれども、杏以上に楽しげな姉ちゃんから発せられたのは、完全なる命令だ。
    いっっっつもそうなんだ、2人とも。

    勢いよく飛び跳ねたボールが視界から消える前に、僕は追いかけようと地面を蹴った。

    もしかしたら、間に合わないかもしれない。このままだと杏のボールは、草木が生えた斜面をバウンドしながら転がり落ちて、公園の下を横切る道路に飛び出る…はずだった。

    けど、飛び出なかった。
    なぜならば、斜面で最初に着地したと思われるところから、ピンクのボールは飛び出してこなかったからだ。

    一瞬、何が起きたか分からずに立ち止まり、わけは分からなかったけど、ひとまずボールがバウンドするはずだったであろう場所まで降りてみた。

    飛び石ゴールデンウィーク2日目の公園は、割と最近手入れをされたようで、伸び盛りの草木もキレイに刈り込まれている。
    特に苦労もなくボールがバウンドするはずだった場所に近づいていくと、そこには杏のボールがちょうど、スッポリとはまりそうな大きさの穴が地面に開いていた。

    穴…だ。
    ここにボールが吸い込まれた、のか???
    思考が固まったまましばらく穴を眺めていると、少し離れた植込みの根元がガサゴソとうごめいて我に返った。

    今度はそちらに目を奪われていると、あろうことか、植込みから白うさぎが勢いよく飛び出してきた。

    ──そのとき突然、ピンクの目をした白ウサギがアリスのすぐそばを走り抜けていきました。
    それ自体はそれほど驚くようなことではありませんでした。ウサギが「大変だ!大変だ!遅刻しちゃうぞ!」と独り言を言うのを聞いたときも、アリスはそれほど異常なことだとは思いませんでした(後から考え直してみれば、不思議に思うべきだったと気づいたのですが、そのときはごく自然なことに思えたのです)。
    しかし、ウサギが本当にチョッキのポケットから懐中時計を取り出し、それを眺めてから慌てて走り去ったとき、アリスは跳び上がりました。チョッキのポケットがあるウサギも、そこから取り出す時計を持っているウサギも、これまでに一度も見ただことがないということに、ハッと気がついたからです。
    ──そして運よく、ウサギが生け垣の下の大きなウサギ穴へポーンと飛び込むのを、ギリギリで見届けたのです。

    ルイス・キャロル
    『不思議の国のアリス』 第1章より

    待て待て待て。
    今、僕の目の前で、かの有名な「不思議の国のアリス」の一場面が再生され、そして過ぎ去った。

    物語の描写と1つだけ違っていたのは、白うさぎがチョッキのポケットから懐中時計を取り出した時に、勢いで一緒に飛び出した1本の万年筆が、今僕の足元に転がっていることくらいだ。
    ピンクのボールを追いかけてきた僕は、ピンクの目をした白うさぎのチョッキから飛び出した、万年筆とともに置いていかれた。

    とりあえず拾おうと思って身体を屈めて手を伸ばしかけた瞬間、

    「あ、ダメダメ、触らないで〜」

    さっきのチョッキの白うさぎが飛び出してきた植込みの方から、おばさんの声で呼び止められた。

    顔を向けると、さっきのチョッキの白うさぎよりだいぶ立派な体格の白うさぎが、その体格どおりの、ゆったりとしたリズムでこちらに向かって歩いてきた。
    ちなみに、ピンクのフリフリレースのエプロン姿だ。

    「触っちゃうとねぇ、『あっち』に行きたくなっちゃうからね〜。触んないでね〜」

    「あ、はい」
    言いながら、伸ばしかけた手を引っ込めて、身体を起こした。
    我ながら、素直すぎる対応だ。

    「あの子もね〜、ほんっとに負けず嫌いだからね〜。慌てちゃったんだと思うのよ〜ぅ。
    は~い、ごめんなさいね〜、全〜部忘れて〜! あーっはっは〜」

    豪快な笑い声を上げながら、白うさぎおばさんは落ちた万年筆を回収して、ピンクのエプロンのポケットに大事そうにしまった。
    そしてそれを確かめるように2回、リズム良くポケットを叩いた。

    「は~い、じゃあどうもねぇ〜。ごきげんよう〜」
    こちらを振り返りもせず、穴に吸い込まれていく白うさぎおばさんの可愛いお尻を、僕は無言で見送った。

    杏と姉ちゃんは、まだのんきに上の広場で待ってるだろう。
    ボールをなくした言い訳を、なんか考えないといけないな。


    今回はこちらのお題企画に挑戦してみました。  
    楽しかったです!

    #せりふ三題噺 #うさぎボール万年筆 #創作大賞2026 #ファンタジー小説部門


     
     
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