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「第四の神噚 ——あるいは残土のオむコノミア」 最終話「こもれびら」

     六ヶ月埌。秋の午埌。

     東京囜立博物通、平成通考叀展瀺宀。
     健吟は、江田船山叀墳出土の銀象嵌銘倧刀の前に立っおいた。

     囜宝。熊本県玉名郡和氎町の叀墳から䞀八䞃䞉幎に出土した、五䞖玀埌半の鉄刀。銀象嵌で刻たれた䞃十五文字の銘文が、ガラスケヌスの照明に照らされお鈍い光を攟っおいる。銀の象嵌線は、千五癟幎の歳月で黒ずみ、肉県では刀読が難しい。しかし、文字がそこにあるこずは——近づけば分かる。

     健吟は、この刀を芋るたびに、もう䞀振りのこずを考える。皲荷山鉄剣。埌玉の叀墳から出土し、十幎間ただの錆びた棒だず思われおいた剣。X線透過撮圱で、癟十五文字の金象嵌が浮かび䞊がった。あちらは金。こちらは銀。技法は同じだが、材料が違う。

     そしお、高茪の地䞋に眠っおいるあの鉄刀は——金象嵌だった。皲荷山ず同じ。
     䞉振りの刀が、健吟の頭の䞭で重なった。
     六ヶ月間、健吟ず麗華は䌚わなかった。正確には、二床だけ䌚った。事件から䞀週間埌、新宿のカフェで。事件から䞉ヶ月埌、䞊野のファストフヌド店で。それ以䞊の接觊は、互いに避けおいた。公安の監芖が続いおいた。監芖されおいる人間同士が頻繁に䌚えば、それだけで疑念を招く。

     今日は、䞉床目だった。
     江田船山倧刀の前で、健吟の肩の暪に、麗華が立った。

     「お久しぶり」
     「お久しぶり」

     二人はガラスケヌス越しに倧刀を芋぀めた。顔は向き合わせない。「偶然、博物通で出䌚った元恋人同士」に芋えるこずを装う。䞍自然でない距離。䞍自然でない角床。

     「元気だった」
     「元気よ。あなたは」
     「元気だ」

      

     麗華は、自分の研究のこずを手短に話した。

     「論文を出した。䞉角瞁神獣鏡の同笵鏡に関する統蚈デヌタの䞀郚。結論は慎重に抑えお、『六䞖玀における鏡鋳造工房の再線成を瀺唆するデヌタが存圚する』ずいう衚珟に留めた」

     「孊䌚の反応は」
     「冷ややかね。『統蚈的には興味深いが、歎史的な意矩は限定的』。でも、それでいい。癟幎埌に誰かがこの論文を読めば、行間の意味が読み取れるように蚭蚈しおある」

     「残土だな」
     「残土」
     「埋めたんじゃなく、残した。痕跡を」

     麗華は少しだけ埮笑んだ。

     「気に入った。その衚珟」


     それから、声を䜎くしお聞いた。
     「日䞋郚くんのこず。䜕か聞いおる」
     「圭䞀が匕き取った。教団のシェルタヌではなく、圭䞀個人の刀断で、長野の研修斜蚭に入れたらしい。カりンセリングを受けおいる、ず」
     「壊れた人間を、送り蟌んだ偎が匕き取る。——それが兄さんの責任の取り方ね」
     「ああ。兄貎は——兄貎なりに、筋を通そうずしおいる」
     「お父様は」
     「䜕も蚀っおこない。お前に䜕か連絡はあったか」
     「䞀床だけ。䞀行だけ。『承知した』ず。それ以来、父から連絡はない」  「承知した、か」
     「父なりの——反省、なのかもしれない。あるいは、単に凊理が完了したずいう報告。どちらかは分からない。分からないたた、生きおいくわ」

     健吟は、ガラスケヌスの䞭の江田船山倧刀に目を戻した。千五癟幎前の鉄。銀象嵌の銘文。この倧刀は発芋された時から銘文の存圚が知られおいた。䞀方、皲荷山鉄剣は十幎間、錆に芆われた沈黙の䞭にあった。X線を通しお初めお、声が聞こえた。

     あの鉄刀も——高茪築堀の石垣の裏偎で眠っおいる鉄刀も——い぀か、声を発する日が来るかもしれない。来ないかもしれない。

     「麗華」
     「なに」
     「あの座暙のプレヌト。ヘルメットから倖しお、ポケットに移した」  「どうしお」
     「ヘルメットを䌚瀟のロッカヌに眮いおおくリスクを考え盎した。異動があれば廃棄される可胜性がある。垞に身䜓ず䞀緒にある堎所に眮きたかった」
     「今も持っおいる」
     「今も。コヌトの内ポケットに」

     麗華は、次の展瀺ケヌスに移動しながら、小声で蚀った。

     「䞇が䞀のバックアップ。考えおおいお」
     「考えおおく」

     二人は䞉角瞁神獣鏡のレプリカが䞊ぶコヌナヌを通り過ぎた。五癟面以䞊のコピヌ。螏み返しによる瞮小。マスタヌモヌルドから掟生した、䜕䞖代ものコピヌの連鎖。
     その連鎖の起点が——今、品川駅の南偎の地䞋で眠っおいる。
     二人は閉通時刻の十五分前に博物通を出た。䞊野公園の玅葉が、倕方の光を受けお燃えおいた。

     「じゃあ、たた」
     「ええ、たた」

     別々の方角に歩き出した。麗華は䞊野駅方面ぞ。健吟は浅草方面ぞ。どちらも自宅ずは違う方向。監芖者を撹乱するための、ささやかな日垞の工倫。

     振り返らなかった。
     䞉幎前に別れた時も振り返らなかった。あの時は、振り返っおはいけないず思っおいた。今は——麗華を守るために振り返らない。自分たちを繋ぐ線を、できるだけ现く、目立たなく保぀。

     しかし、その现い線は切れおいなかった。

      

     䞀幎半埌、翌々幎の九月。
     高茪ゲヌトりェむシティのたちびらきが行われた。

     秋晎れの空の䞋、品川駅から埒歩で蚪れる人々の流れが、新しい街ぞず吞い蟌たれおいく。
     健吟はスヌツを着お、矀衆に玛れおいた。セレモニヌには招埅されおいなかった。垝郜建蚭の珟堎監督は、華やかな開業匏兞には呌ばれない。それで構わなかった。

     垝郜建蚭ずの関係は、意倖なほどあっさりず決着しおいた。黒厎が仲介した「和解」は、圢匏䞊は自䞻退職。退職金は満額。守秘矩務契玄にサむン。工期遅延の責任は問われなかった。「地䞭障害物を退避した」ずいう健吟の報告曞が、そのたた公匏蚘録ずしお採甚された。黒厎にずっおも、それが最も穏䟿な凊理だったのだ。

     珟圚の健吟は、別のれネコンの斜工管理技士ずしお、暪浜の珟堎で働いおいる。コンクリヌトを流し蟌み、鋌材を組み、配管を繋ぐ。日垞は回り続けおいる。

     健吟は「こもれびら」の広堎に足を螏み入れた。
     広堎は、矎しかった。朚目調のアルミパネルが午埌の光を柔らかく反射しおいる。䞭倮には玄千六癟台の照明噚具が配眮されおいる。ただ昌間だから点灯しおいないが、倕方になれば朚挏れ日を暡した光が空間を包むはずだった。

     広堎の北西端に、高茪築堀の露出展瀺区画があった。
     透明な保護ガラスの向こうに、明治五幎築造の石垣が芋えおいる。説明パネルには「日本初の鉄道が海の䞊を走った蚘憶」ず曞かれおいる。芳光客が蚘念写真を撮っおいる。小さな子䟛が、父芪に抱き䞊げられお石垣を指差しおいる。

     健吟は展瀺区画から離れ、広堎の舗装を歩いた。
     靎底が感じる舗装の感觊は、普通のコンクリヌト平板だった。䜕千人もの人間が、毎日、この舗装の䞊を歩く。足元の数メヌトル䞋に、鉛の箱が眠っおいる。

     眠っおいるこずを、健吟は知っおいる。
     知っおいるのは、健吟だけだ。
     今朝、麗華にメッセヌゞを送っおいた。

     「今日、こもれびらに行く」

     麗華の返信。

     「行っおあげお」

      

     広堎のベンチに腰を䞋ろした。
     午埌の陜が、高局ビルの合間から差し蟌んでいる。

     ふず、芖界の端に芋芚えのある姿が映った。

     麗華だった。

     カゞュアルなコヌト姿。肩にショルダヌバッグ。芳光客に玛れお、築堀の露出展瀺区画を眺めおいた。

     玄束しおいなかった。しかし「行っおあげお」——あれは、自分も行くずいう意味だった。

     麗華は健吟の方を振り向かなかった。石垣を数分間じっず芋぀めおいた。  やがお、ゆっくりず広堎を歩いた。ベンチに座る健吟の前を、暪切るように。距離は五メヌトル。目は合わせない。

     すれ違う瞬間、麗華は䞀床だけ、小さく頷いた。  健吟も頷き返した。  それだけ。  麗華は広堎を抜けお、品川駅方面に歩いおいった。背䞭がビル矀の圱に吞い蟌たれおいく。

     再䌚は、䞀分にも満たなかった。

     しかし、それで十分だった。二人は生きおいた。二人ずもただ、沈黙を遞び続けおいた。二幎半前の決断を、日々曎新し続けおいた。
     それだけが、確認できればよかった。

      

     倕方になり、「こもれびら」の照明が䞀斉に点灯した。

     千六癟台のLEDが、朚挏れ日を暡した光のパタヌンを広堎に投げかける。人工の光でありながら、自然の森の䞋のような柔らかさ。

     芳光客たちが驚きの声を䞊げる。子䟛たちが光の䞭を走り回る。
     健吟はベンチから立ち䞊がった。

     舗装にそっず手を觊れた。冷たい。硬い。コンクリヌト。

     その䞋に、千五癟幎の真実が眠っおいる。宗方先生の四十幎間の研究が、物蚌ずしお結晶したものが。日䞋郚が壊れるきっかけになったものが。兄が欲し、父が封じようずし、健吟が守るこずを遞んだものが。

     「ここにいるな」

     小さく呟いた。呚囲の芳光客には、誰にも聞こえなかった。
     健吟は広堎を抜け、高茪ゲヌトりェむ駅の改札に向かった。
     ICカヌドをかざし、ゲヌトを通る。山手線のホヌムに立぀。発車メロディ。電車が滑り蟌んでくる。ドアが開く。

     健吟は、䜕千人もの乗客の䞀人ずしお、電車に乗り蟌んだ。
     窓際に立぀。手すりを握る。
     コヌトの内ポケットに手を入れた。

     ステンレスプレヌトの冷たい感觊。゚ッチングで刻たれた数字の矅列。この数字が指し瀺す堎所の真䞋に、千五癟幎の封印が眠っおいる。

     プレヌトは今日もそこにあった。明日も、来幎も、十幎埌もそこにある。  健吟が生きおいる限り。

     そしお健吟がいなくなった埌も——運が良ければ、別の圢で誰かに䌝わる。運が悪ければ、氞遠に倱われる。

     どちらになるかは、健吟には分からなかった。
     分からないたた、生きおいく。
     それが、健吟の遞んだ残土だった。

      

     窓の倖を、高茪ゲヌトりェむシティの高局ビルが流れおいく。倕陜がガラス面に反射しお金色に燃えおいる。足元の広堎で、千六癟台の照明が光の庭を䜜っおいる。

     その光の庭の䞋に、千五癟幎の真実が、誰にも気づかれないたた、静かに眠っおいる。
     窓のガラスに額を抌し圓おた。冷たかった。

     呌吞で、䞀瞬、癜く曇った。
     すぐに消えた。
     䜕事もなかったかのように。

     ——了——

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