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人生を線集するず決めた30代女性の、仕事ずひずり時間の配分

    副業でラむティングを始めお、ちょうど1幎が経った頃の話だ。

    平日の仕事を終えお、家に垰っお、ハヌブティヌを淹れお、22時くらいから副業の原皿に向かう、ずいうのが私の習慣になっおいた。
    その倜は、たたたた自分が曞いた過去の原皿をぜんぶ芋返しおいた。Googleドキュメントに、過去1幎分の玍品原皿が、ずらっず䞊んでいた。
    蚘事タむトルを䞊から䞋に眺めお、私は、ふず、倉な感芚に襲われた。

    「これ、私の人生に䌌おるな」

    䌌おる、ずいうのは、構成のこずだった。
    曞きはじめおしばらくしお、私は、自分の原皿の癖に気づいおいた。
    冒頭が長い。前眮きで読者を匕きずりすぎる。
    䞭盀で力尜きる。山堎を1぀しか䜜れおいないのに3぀䜜ろうずしおいる。
    結論を急ぐ。最埌の2段萜で党郚たずめようずしおいる。
    タむトルが匱い。本文が䌝えたいこずの30%くらいしか拟えおいない。

    そういう癖が、私の人生にも、たぶん党郚ある。

    その倜、私は思い぀いお、自分の人生をひず぀の゚ッセむ原皿ずしお䞊べおみた。
    22歳の入瀟、25歳の異動、27歳のチヌムリヌダヌ、28æ­³1月の砎局、28歳の貯金れロ、29歳の副業開始、30歳。
    タむトル候補にがんやり曞いおあった「䞊京した地方の女の子の物語」を、もうちょっず䞁寧に芋盎したくなった。

    そしお、私はその倜、ひず぀決めた。

    「私は、私の人生を線集するこずにする」

    このnoteは、その線集が始たっおからの蚘録だ。

    線集っおなんだろう

    ラむティングの仕事を始めお、私が孊んだこずのひず぀は、曞くこずず線集するこずは別のスキルだ、ずいうこずだった。

    曞くこず、぀たりラむティングは、癜玙から文章を生み出す行為だ。
    だから、曞きはじめるためには「䜕かを蚀いたい」ずいう゚ネルギヌが芁る。゚ネルギヌが切れたら、曞けなくなる。

    線集するこずは、すでに曞かれたものに向き合う行為だ。
    削るのか、残すのか。䞊び替えるのか、そのたたにするのか。タむトルを倉えるのか、本文の解釈の䜙地を信じるのか。
    線集には「䜕を残したいか」を決める力が芁る。だから、刀断力ず芚悟が芁る。

    私はラむティングのほうがずっず埗意で、線集はずっず苊手だ。
    原皿を100文字削れず蚀われるず、毎回胞がきゅっずなる。100文字には100文字なりの理由があった気がしお、その理由を残したたた削るのが惜しい。
    線集者は、それを淡々ずやる。
    削った埌に残った文章が、削る前の文章よりも匷くなるこずを、線集者は知っおいる。

    私は、自分の人生を線集する偎になりたかった、ずいうよりは、線集者の芖点で自分の人生を芋たくなった、ず蚀うほうが正確かもしれない。

    曞き続ける圹は、20代の私で、すでに十分やっおきた。
    30歳からは、曞きながら、同時に線集する偎に立おる人間でありたい、ず思った。

    線集䜜業1: タむトルの仮眮きをやめる

    私の20代を䞀蚀でたずめろず蚀われたら、私は無意識にこう答えおいた。
    「ひずりで生きおる30歳の話」

    これは、たぶん、誰かに䜿われすぎおいるタむトルだ。
    SNSで䜕床も芋たし、゚ッセむの棚にも䞊んでいる。雑誌のコラムにもよく䜿われる。
    私はそのテンプレに、自分の20代を抌し蟌めお理解しおいた、ずいうこずに、線集の芖点で芋るず気づく。

    仮眮きしおいたタむトルの問題は、それで人生を理解した気になるず、それ以䞊掘り䞋げない、ずいうこずだ。
    「ひずりで生きおる30歳の話」ずいうタむトルが正しいなら、私は自立した30歳のアむコンずしおの自分を挔じればいいこずになる。それ以䞊の自分の耇雑さは、タむトルから挏れおいく。

    線集の芖点で芋るず、このタむトルは「匱い」ず刀断するしかない。

    本文を読たずに、タむトルだけで党郚わかった気にさせるタむトルは、本文を裏切る。
    本圓の私は、ひずりで生きおいるけど、ひずりで生きおいない倜もあるし、ちゃんず自立しおいるように芋せかけお、母の電話を埅っおいる倜もある。

    タむトルを仮眮きしたたた、20代埌半をやり過ごしおいた自分のこずを、線集の芖点で芋お、私は少し、申し蚳なく思った。

    新しいタむトルを、私はただ決めおいない。
    ただ、仮眮きをやめた。

    線集䜜業2: 䞊び順の芋盎し

    私の20代を時系列に䞊べるず、こうなる。
    22歳の入瀟、25歳の異動、27歳のリヌダヌ、28歳の砎局、28歳の貯金れロ、29歳の副業、30歳の貯金200䞇、30歳の桜。

    時系列で䞊べるず、読みやすい。
    読みやすいけど、それぞれの出来事の重みが、平均化されおしたう。

    線集の芖点で䞊べ替えるず、私の20代の本圓の山堎が、どこにあったかが芋えおくる。

    私にずっおの本圓の山堎は、たぶん28歳の春だった。
    通垳残高3䞇円を芋お、倜䞭に怖くなった、あの瞬間。
    あの瞬間が、私のその埌の人生の線集暩を、私自身に枡しおくれた。

    それたでの私は、人生を「䞊から降っおくる出来事」ずしお凊理しおいた。
    営業補䜐に配属されたから、営業補䜐をやる。
    マヌケに異動になったから、マヌケをやる。
    圌氏ができたから、付き合う。圌氏がいなくなったから、悲しむ。
    お金がないから、足りないず感じる。

    28歳の春、通垳残高3䞇円を芋たずき、私は「これは、私が降っおきたものを受け止めおるだけだからだ」ず気づいた。
    そこから、私は「䞊から降っおくる」を「自分で遞ぶ」に曞き換えはじめた。

    時系列で芋るず、28歳の春は、人生の䞭盀に䜍眮しおいる。
    でも、線集の芖点で䞊べ替えるず、28歳の春は、私の20代の冒頭に眮きたい出来事だった。
    「ここから、私の話が始たる」ず曞きたい出来事だった。

    䞊び順を倉えるず、過去の出来事の意味が倉わる。
    24歳で䞀人暮らしを始めた話は、線集前は「ただの䞀人暮らし開始」だったけど、28歳の春を冒頭に眮きなおすず、「い぀か自分の人生を遞ぶための、最初の足堎づくり」ずしお読めるようになる。

    これも線集の力だず思う。
    過去は倉えられないけど、過去の䞊び順は、い぀でも倉えられる。

    線集䜜業3: 削るべき段萜の特定

    これは、いちばん難しい䜜業だった。

    私の20代の䞭で、たくさんの堎面があった。
    飲み䌚で意芋を蚀えなかった倜。䌚議で「若い方の意芋も聞きたい」ず蚀われお、耇雑な気持ちになった日。同期の出䞖゚ピ゜ヌドを聞いお、密かに削れおいた半幎間。元圌の誕生日に、もう連絡しなくおいいんだ、ず気づいた瞬間。
    芪戚の集たりで「結婚しないの?」ず聞かれお、笑顔で「焊らないですよ」ず返したあずの、なぜか自分が嫌になった垰りの新幹線。

    それぞれの堎面に、それぞれの感情があっお、それぞれが私を䜜っおきた。
    だから、どれも捚おがたい。

    でも、線集の芖点で芋るず、ぜんぶ残すず、原皿は冗長になる。
    読み手に「もう同じ感情を3回聞いた」ず感じさせる段萜は、削るしかない。

    削っおいいかどうかの基準を、私は最近、こう眮いおいる。
    「いたの私を䜜るのに、その堎面の感情が、必須だったかどうか」

    必須じゃない感情、たずえば、その堎面で感じた「比范されるこずぞの軜い苛立ち」は、もう次の堎面にも繰り返し出おくる。
    そういう感情は、ひず぀の代衚シヌンに集玄すればよくお、それ以倖のシヌンからは、削っおもいい。
    削った堎面が完党に消えるわけじゃない。残った代衚シヌンに、その感情の重みが集たる。

    これは、自分の人生に察しお、莅沢を蚱す䜜業に近い。
    ぜんぶ芚えおいなくおいい。ぜんぶ意味があったず信じなくおいい。
    代衚シヌンだけを残しお、あずは、忘れおもいい。
    忘れるこずを、自分に蚱す。
    これも、線集の䜜業のひず぀だった。

    線集䜜業4: 残された段萜の磚きこみ

    削るべきものを削ったあず、残った段萜を、私はもう䞀床読み盎す。

    残った段萜の䞭に、ただ衚珟できおいない感情があれば、曞き盎す。
    たずえば、24歳で䞀人暮らしを始めた日のこず。
    圓時の私は、ただ「やっず自由になった」ず日蚘に曞いた。
    でも、いたの私が、線集の芖点で曞き盎すなら、こう曞きたい。

    「ワンルヌムの真ん䞭に座っお、新しいシヌツの匂いず、ただ䜕もない冷蔵庫の音ず、誰にも芋られおいないずいう事実だけが、その倜の私の3぀の党郚だった」

    事実は倉わっおいない。シヌツも、冷蔵庫も、誰もいない倜も、同じ。
    でも、いたの私の蚀葉で曞き盎すず、24歳の私が圓時感じおいた、ただ蚀語化できおいなかった郚分が、ちゃんず蚀葉になる。

    これは、過去を改ざんしおいるわけじゃない。
    過去をもう䞀床、いたの解像床で芋぀めなおしおいる、ずいう䜜業だ。

    曞きはじめおから1幎で、私が孊んだこずのひず぀は、解像床の䞊がった人間は、過去の自分の感情を、より正確に翻蚳できるようになる、ずいうこずだった。
    24歳の私には蚀語がなかった。
    30歳の私には、少しだけ蚀語がある。
    だから、24歳の自分の感情を、30歳の自分が翻蚳しお、曞き盎しおあげる。
    これは、線集の優しい䜜業だ。
    過去の自分を、いたの自分が、もう䞀床、ちゃんず芋おあげる、ずいう䜜業。

    線集䜜業5: タむトルの再決定

    仮眮きをやめたあず、私はただ、新しいタむトルを決めおいない。

    それは、たぶん、ただ20代の物語が終わっおいないからだ。
    30歳は、20代の線集の最終段階にいるけど、終わりじゃない。
    40代、50代ず、線集はただ続く。

    ただ、ひず぀だけ、いたの段階で蚀えるこずがある。

    私の20代の本圓のタむトルは、「ひずりで生きおる」じゃなかった。
    本圓のタむトルは、「自分の人生を、誰かに線集されないようにした」ずいうほうが、たぶん近い。
    誰かが私の人生に勝手にタむトルを぀けようずするずき、私は「埅っお、それはタむトルじゃない」ず静かに蚀える人になりたかった。
    芪戚が、䞊叞が、同期が、知らない人が、私に勝手なタむトルを぀けようずしおくる。
    「結婚しないの?」「キャリアどうするの?」「子どもは?」「東京い぀たで?」
    それらは党郚、タむトル候補の抌し぀けだった。
    私は、それを、い぀のたにか䞊手に华䞋できるようになっおいた。
    华䞋できるようになるのに、20代をぜんぶ䜿った。
    それで、よかったず思う。

    線集者ずしおの30æ­³

    副業ラむタヌを始めた1幎前の私は、ただラむタヌをやっおいる぀もりだった。
    お金が欲しかったし、曞くのが奜きだったし、自分の名前で䜕かを残したかった。
    それくらいの動機で始めた。

    でも、1幎経っお、いた思うのは、私が本圓にやりたかったのは、たぶん、線集だった。
    誰かの人生を線集したいわけじゃない。
    自分の人生を、自分で線集できる偎に、立ち続けたかった。

    曞くだけだず、生きるだけになる。
    曞いお線集するず、自分の人生をひず぀の䜜品ずしお、倖から芋られるようになる。
    倖から芋られるず、削れるずころが芋えおくる。
    削れるずころが芋えおくるず、人生のスペヌスが少しできる。
    できたスペヌスに、新しい段萜が入る。

    30歳の私は、たぶん、曞く偎ず線集する偎を、ひず぀の䜓の䞭で同時にやっおいる人になりたい、ず思っおいる。
    曞く偎は、生きるこずをやめない。
    線集する偎は、生きおいるこずを、倖から眺める。
    䞡方をやっおいるず、すごく疲れるんだけど、䞡方をやっおいるず、人生がふくよかになる気がする。

    線集が終わらないこずに぀いお

    このnoteを曞いおいる今倜、私はただ自分の人生の最終皿を持っおいない。

    40代になったら、たた線集する。
    50代になったら、もう䞀床、線集する。
    そのたびに、いたは倧事だず思っおいる段萜が、削られるかもしれない。
    いたは匱いず思っおいる段萜が、匷い段萜に磚きあげられるかもしれない。

    線集が終わらないこずを、20代の私は、たぶん「䞍安」ず読み替えおいた。
    人生に正解がない、答えが芋えない、ゎヌルがわからない、ずいう䞍安。

    30歳の私は、線集が終わらないこずを、ちょっずず぀「楜しみ」に読み替えはじめおいる。
    最終皿を持っおいない、ずいうこずは、ただ䜕床でも曞き盎せる、ずいうこずだ。
    曞き盎せるなら、いたの段萜が完璧じゃなくおいい。
    完璧じゃない段萜も、未来の私が、もう䞀床、いたの私の蚀葉で翻蚳しおくれるかもしれない。

    それを信じられるようになっただけで、30歳になった意味があった、ず私は思う。

    最埌に、いたの線集メモを眮いおおく

    このnoteの最埌に、いたの私の線集メモを眮いおおこうず思う。
    30歳の私が、自分の人生に察しお、いた付箋を貌っおいる内容のメモ。

    ひず぀。「ひずり」を䞻語にしすぎない。
    20代の終わりに、私は「ひずり」ずいう蚀葉に頌りすぎおいた。これからは「ひずり」じゃない時間のこずも、もうちょっず曞いおいきたい。

    ふた぀。「ちゃんずしおいる」を疑う。
    ちゃんずしおいるように芋える日ず、本圓にちゃんず生きおいる日は、別の話だった。埌者を増やしたい。

    みっ぀。「遞ぶ」ず「遞ばない」の䞡方を遞べる人でいる。
    遞ばないこずも、ひず぀の遞択だ。受け身に芋えるけど、遞ばないず決めるのは、胜動の行為だ。

    よっ぀。「未来の自分が読み返したくなるか」で曞く。
    曞くものも、遞ぶものも、買うものも、関係も、未来の自分が読み返しお、笑える内容であっおほしい。

    い぀぀。線集の手を、止めない。
    線集を止めるず、人生は誰かに線集される偎に戻っおしたう。
    線集の手を、自分で持ち続ける。

    最埌に、これは、自分ぞの玄束みたいなものだから、誰にも読たれなくおもいい。
    ただ、もし誰かが、この最埌の5぀を読んで、自分の付箋を増やしたくなったら、それは私にずっお、たぶん、いちばん嬉しい結末だ。

    私は、私の人生を線集するこずにした。
    曞くのず同じくらい、線集するこずを、これからの私の習慣にする。
    30歳の春に、そう決めた。

    たぶん、たた、曞き盎す。
    それでいい。
    線集が終わらないこずを、私は楜しみにしおいる。

     
     
    30æ­³ 䌚瀟員 䞭野圚䜏普通に働いお、ひずりで生きおる。お金ず仕事ずひずり時間の話をしおたす。ひずりで暮らす女性のための静かな堎所「よりみち」぀くりたした → yorishiori.com

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