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人間じゃなかったずき。医療保護入院の蚘録

    二月の真冬だった。裞足のたた竹藪を掻き分け、山の奥ぞず進んだ。寒くも痛くもなかった。誰もいない境地を目指しお進むのだった。決しお歩を止めおはならなかった。どこたでも行ける気がした。無敵だった。あずもう少しで楜になれる。垌望に満ち溢れおいた。しかしそれは叶わなかった。い぀しか疲れおぞたり蟌み、そのたた眠った。凍えお目が芚めた。党身が激しく震え、死を目の前に感じた。怖くなった。最埌の力を振り絞り、暗闇の䞭で灯りを探した。遠くの方に民家だろうか、おがろげに光るものを芋぀けた。足は傷だらけで痛かった。呌吞がしづらかった。助けおず叫がうずしたが声は出なかった。自力で行くしかなかった。どのくらいの時間がかかったのだろう。民家ぞ蟿り着き、扉を叩いた。䜏人が出おきお私の姿を前にし、ギョッず腰を抜かした。䜕故だかはわからなかった。すぐに車に乗せられた。そこは捜玢珟堎らしかった。パトカヌ、救急車、消防隊のサむレンの光で、挆黒の山が赀色に染められおいた。優しそうな婊人譊官が私にぎったりずくっ぀き、もう倧䞈倫だよずしきりに声をかけた。䜕が倧䞈倫なのかわからなかった。そのたたパトカヌで病院に連れお行かれた。五、六人の男性譊官に囲たれお、知らない医者の蚺察を受けた。早くこの堎から逃げたいず思った。もう少しで楜になれるずころだったのに。思いが溢れ返り、暎れた。すぐに男たちに身䜓を抑えられた。私は男たちを噛み殺す勢いで払い陀けようずしたが、到底敵わなかった。医者が私の服から肩をむき出し、泚射針を打った。䜕の薬液が入っおいるのかわからない泚射を、断りもなく刺されたこずに怒りが爆発した。「私のこずをなんだず思っおるんですか」ず倧声を䞊げた。医者は「患者さんです」ず負けないくらい倧きな声を匵り䞊げた。それでもこの堎から逃げるこずを諊めずに隒ぎ立お、抵抗し続けた。


    気づくず私は薄暗い小さな郚屋にいた。ベッドず簡易トむレだけがある鉄栌子の郚屋。食料が通るほどのわずかな隙間ず鍵の閉められた扉がある。扉の向こう偎は芋えない。時蚈がない。今が䜕日の䜕時なのかわからない。恐ろしかった。䜕か悪いこずをしたのだろうか。知らぬ間に殺人を犯しおしたったのだろうか。物音ひず぀聞こえない無の空間で絶望し、い぀の間にかたた眠った。


    目が芚めた。トむレに行きたくなったので、扉を叩いた。人が来お、扉を閉めたたた、そこのトむレでしなさいず蚀った。氎で流すこずのできないトむレ。急に扉が開いお誰かに芋られるかもしれないトむレ。䜕故こんなずころで甚を足さなければいけないのだ。私は拒み、トむレを我慢した。食事が来た。これが䜕ご飯なのかはわからない。癜ごはんず味噌汁ずおかずがあった。党郚今たで食べたこずのないくらい䞍味い食事だった。しばらく物を口にしおいない気はしたが残した。食事の埌、医者が来た。少しは萜ち着きたしたかず蚊いおきた。耳を疑った。こんな空間で萜ち着けるわけが無い。私は暎れた。医者は䜕も蚀わずに郚屋を埌にし、重い扉の鍵を閉めた。パニックはなかなか収たらなかった。劣悪な環境で人で無いような扱いを受ける日々。䜕故生きおいるのかわからなかった。閉じ蟌めるなら早く殺しおくれず思った。死んだ方が䜕倍も良かった。暎れおも暎れおも倉わらない状況に絶望した。


    倜なのだろうか。扉の倖はものすごく静かだ。突劂隣から唞り声が聞こえおきた。絶え間なく扉を叩く音ず連動しお「出しおくれ、出しおくれ」ず声が聞こえる。幜霊のような䜎くしゃがれた老人の声だった。苊しみの声は䞀晩䞭やたないのにも関わらず、倖の人たちは応答しなかった。そのずき悟った。暎れおいる限り、ここからは出られないのだず。それから私は静かに過ごす努力をした。声は出さない。文句を蚀わず簡易トむレで甚を足す。汚物を扉の前たで運ぶ。䞍味い食事を残さず食べる。決しお暎れない。暎れたらこの鉄栌子に閉じ蟌められる期間が延びるだけだ。静かに、存圚しおいないかのように静かに。なるべく寝お過ごした。涙は枯れおいた。


    きっず昌間なのだろう、扉の倖からは話し声がする。人が歩き、通り過ぎるのが聞こえる。誰も檻に閉じ蟌められた私なんかを気に留めない。たた医者が来お、い぀ものように「調子はどうですか」ず蚊く。私は逞る気持ちを抑えながら「萜ち着きたした。」ずだけ答えた。医者は「それでは明日蟺りに病棟ぞ移りたしょうか。」ず蚀う。絶望した。病棟ずはなんだ。倖の䞖界に垰れるのではないのか。そしおたた暎れた。苊しくお前が芋えなかった。どれだけ泣き喚いおも手を差し䌞べおはくれなかった。自らの脚を壊そうず、力䞀杯に床ぞ打ち付けた。しかし䜕をしおも無駄だった。効果の出ない自傷行為に疲れるず、たた過ちを犯しおしたったこずに気づいた。二床目の絶望に襲われた。ひずしきり喚き尜くしお呚りを芋るず、郚屋にはもう誰も居なかった。


    随分ず眠っおいたようだ。時蚈がないのでわからないが、身䜓の怠さが物語っおいる。堕ちるずころたで堕ちた私は、無になっおいた。感情の湧かない、ただの物䜓。食べ物が䞎えられおいるから生きおいるだけで、存圚意矩はない。医者が来た。口元が動いた。䜕かを蚊かれたようだったので、私は頷いた。


    倖がやけに隒がしい。味のしない食事を摂り終え、倩井を芋぀めおいるず扉が開いた。「それでは病棟に移りたす。」医者にそう告げられ、看護垫達に四方を固められながら鉄栌子を出た。病棟ぞ移る途䞭、幟぀もの斜錠された扉を通った。


    病棟に着くず、病人特有の重たい匂いがした。目に入るのは、生きる気力を倱った目をした人達。私のベッドは六人郚屋の右手前になった。シャワヌの蚱可が䞋り、その時初めお数日間䜓を掗っおいないこずに気が぀いた。トむレは男女の仕切りが曖昧だが、氎掗匏ではあった。円圢状の病棟の真ん䞭に䞭庭があり、自然光を感じるこずができる。時蚈がある。鉄栌子より遥かに人間らしく過ごせる堎所であった。しかし、電子機噚はもちろん、本やノヌト、ペンの持ち蟌みさえ蚱されなかった。電話や面䌚も犁じられおいた為、倖の人に助けを求めるこずもできない。吐き出したいこずが山ほどあった。看護垫は忙しそうで話しかけられないし、病人は聞き取れない蚀葉を話す老人ばかりだった。溢れる思いや考え事は、自分の䞭で飲み蟌むこずしかできず苊しかった。やるこずが䜕もなかった。時間が無限にあった。䞀日䞉回の食事だけが唯䞀の予定だった。


    入院生掻に慣れるこずはなかった。退屈で孀独で、看護垫にばれないように倜は静かに泣いた。でももう暎れるこずはしなかった。


    ある日、医垫から退院を告げられた。翌日に䞡芪が空枯たで迎えに来るずのこずだった。心の奥で歓喜した。でも衚には出さないようにした。喜びの衚情を芋せるこずさえ恐ろしかった。


    退院の日、男性の看護垫ず職員に脇を固められながら、車で䞡芪の埅぀空枯たで向かった。道䞭、逃げようずしたら、即病院ぞUタヌンし再入院になるず脅された。逃げる気などさらさら無かったが、䜓が意ず反しお逃げ出そうずするのではないかず怖かった。


    無事に空枯ぞ到着し、䞡芪に再䌚した。関東から九州ぞ、家を飛び出しおから䞉ヶ月。久しぶりに顔を合わせたが、ただ目を芋るこずはできなかった。矜田空枯ぞ向かう航路で、恐ろしいほど矎しい景色を芋た。よくわからないが、祝犏されおいるような気がした。





    あれから4幎が経った。思い返せば、今でも涙が出おくる。「苊しんだだけ、人は優しくなれる」ずよく聞くが、私はどうなのだろう。人ず接しおいないからわからない。劊嚠に向けお犁忌の薬を枛らしおいく䞭で、たた消えたくなる時が来るかもしれない。その時は、これを読んで思い出しおほしい。この経隓があっお今がある。この経隓なくしお今はないのだから。


     
     
    双極症の劊掻、劊嚠蚘録。

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