「店長、これ……虫入ってるんだけど」
「店長、これ……虫入ってるんだけど」
昼時の混雑する店内に、低く粘りつくような声が響いた。
カウンターの端の席で、男が不機嫌そうに皿の端を指さしている。対峙する店長は、額に冷や汗を浮かべながら深々と頭を下げた。
「大変申し訳ございません! すぐにお取り替えいたしますので……!」
「取り替えりゃ済むって問題じゃないだろ」
男は鼻を鳴らし、腕を組んだ。
「俺はわざわざ遠くから足を運んでるんだよ。この店の評判を聞いてさ。なのに、一口食べた瞬間に違和感だ。噛んだときのあの不快な風味……衛生管理はどうなってんだ? 料理を出す前に、ちゃんと目視で選別するのがプロの仕事だろ」
店内の他の客たちも、箸を止めて息を殺している。誰もが関わりたくないと目を背けつつ、事の顛末を伺っていた。接客業の誰もが胃をキリキリと痛めつける、嫌なクレームの風景そのものだった。
「ご指摘の通りでございます。こちらの不手際で、お客様の貴重なお食事の時間を台無しにしてしまい……」
「謝罪はいらないんだよ。誠意を見せてくれよ」
「もちろんです! 本日のお代は結構ですので、どうか……」
「金の問題にして逃げようとするなよ」
男の目が鋭く光る。
「タダにしろなんて一言も言ってないだろ。俺は『正しいもの』が食いたいだけなんだ。せっかくの休日に、楽しみにしていたメインディッシュを台無しにされた俺の気持ちが分かるか? 舌に残るあの最悪な後味、どうしてくれるんだ」
「仰る通りです……! 誠心誠意、作り直させていただきますので!」
店長は何度も頭を下げながら、恐る恐る皿へと視線を落とした。男が指さす料理の隙間には、確かに小さく光る緑色の異物が挟まっている。
「なぁ、店長」
男は低く重い声で追い打ちをかけた。
「俺が頼んだのは『フレッシュバッタとハエの特製ミックス』だぞ?」
「はい、確かにそのようにご注文を承っております」
「じゃあなんで、カメムシが入ってんだよ!」
店長はハッと息を呑み、つるりとしたウロコに覆われた顔で、皿の上の緑色の虫を注視した。
「あ、ああっ……! 大変失礼いたしました! 厨房の仕分けミスで、カメムシ目の個体が混入しておりました……!」
「頼むよ、たくよぁ」
男は呆れたように大きな両目をぎょろりと見開き、口からぬめっと伸びた長い舌で、ペロリと口元を舐めた。
「カメムシなんて臭くて食えたもんじゃないんだよ。噛んだ瞬間、パクチーの化け物みたいな味がして舌が麻痺するかと思ったぜ。俺たちカエル族の繊細な舌を舐めないでくれよ」
「誠に申し訳ございません! ただちに、活きの良いツチイナゴとハエの盛り合わせとお取り替えいたします! このカメムシは、私が賄いとして美味しくいただきますので!」
店長は申し訳なさそうに長い尻尾をパタパタと揺らしながら、四本の指で素早く皿を下げて厨房へと下がっていった。
カエル男は深いため息をつくと、テーブルの上の水を一口飲んだ。
「まあ……この店のハエは羽音がピチピチしてて最高だし、店長がトカゲなだけあって虫の目利きは確かだから、通うのやめられないんだけどな」
男はぶつぶつと呟きながら、グラスの結露を皮膚で吸収しつつ、取り替えの料理を楽しみに待った。
(あとがき)
いつもと180度違う記事を最後までお読みいただきありがとうございます。
「自分は何を読まされていたんだ?」と思った方、正解です。私も書きながらそう思っていました(笑)
ではでは👋
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