
シェムリアップで出会った芸術の輝き カンボジア発ソーシャルサーカスPhareの挑戦
筆者は2025年7月下旬、NPO法人タビスキのスタディツアーに参加して、カンボジアのシェムリアップとプノンペンを旅行してきました。「ディープなカンボジアに出会う旅」のうたい文句のとおり、訪問場所は印象的なところばかり。そのなかで、最も記憶に残ったPhare(ファー)について、今日はご紹介します。
カンボジアのイメージがくつがえった夜
「カンボジアの孤児たちによるサーカス団」と聞いたとき、正直、ジャグリングや大道芸のような子どもたちのパフォーマンスや伝統的な舞踊を想像していました。ところが、その夜観た舞台はまったく別物でした。
Sokha ― 内戦と再生のストーリー

早めの夕食を終えたあと、私たちはシェムリアップの夜の風景を横目に、チャーターしたバスでサーカスに向かいました。所在地は↓を参照してください。
会場に入るとほぼ満席。国籍も年代もさまざまな旅行者が観に来ているようだ。テント内はさぞ、暑いだろうと覚悟していたのですが、空調はコントロールされていて過ごしやすかった。よく冷えた水のボトルと内輪のサービスも嬉しかった。

詰替えステーションの一覧も記載されている(執筆者撮影)
今日の演目は「Sokha(ソカー)」。ソカーは子ども時代に戦争に苦しめられたカンボジアの女性。クメール・ルージュによる暴力の記憶が悪夢となって彼女を苦しめるが、芸術に出会ったことで力を見出だし、自分自身や周囲の人の抱えるトラウマを助けるようになる。PPSサーカス課程の創設者であるクオン・デット自身の経験をもとに制作された作品(参考記事1より引用)。少女の葛藤はそのまま、カンボジアの葛藤であり、その後、どのように立ち直り、未来に向かって進んできたのか、キリング・フィールドを知らない若い世代にも分かるような展開になっている。
ただ、ただ、彼らのパフォーマンスに目を奪われるばかりで、あっという間の1時間だった。
演目はそれぞれ、カンボジアの内戦や歴史、民話などを題材にしたオリジナル作品で、数日置きに代わり、月次プログラムはInstagramやfacebookで確認することができる。
サーカスを超えた総合芸術
Phareはそれぞれの演目がストーリー仕立てになっていて、いわゆるサーカスの枠を軽く飛び越えていて、総合芸術のように感じた。
シルク・ドゥ・ソレイユも似ているが、パフォーマーと観客の物理的・心理的距離はPhareの方が近い。緊張と緩和が交互に訪れ、パフォーマーの息づかいや汗と観客の感情が呼応しあい、統合し、ひとつの「時空」ができあがる見事な演出だった。
2011年、カンボジア文化芸術省よりSokhaば劇作家賞(金杯)を受賞している。
Sokha(ソカ―)の演出
音楽は生演奏。カンボジア伝統楽器ロニアット・アエックとドラムの2つのみで、とてもシンプル。
ライブペインティングで次々に寺院や田園風景や爆弾や破壊、死など、様さまざまなカンボジアの風景を描きだし、場面を転換を観客に見せる。
そして、ふとした瞬間に吉本新喜劇を思わせるようなコミカルなパフォーマンスが重々しい雰囲気に緊張した観客を安堵させる。

芸術の輝き Phareが生まれた背景
ここからは帰国して調べたことになる。
Phare, the Cambodian CircusはPhare Ponleu Selpak(PPS)というNPOから誕生した。
PPSの前身であるアートプログラムはクメール・ルージュ政権崩壊後の1980年代、タイ国境の難民キャンプで始まった。(このあたりのカンボジアの状況は国連広報センターの記事が分かりやすいのでお読みいただきたい)
1986年、若いフランス人の美術教師、ベロニク・ドゥクープ(Veronique Decrop)がタイとカンボジアの国境にあった難民キャンプをボランティアとして訪れ、子どもたちにトラウマと向き合う方法として美術を教え始めました。数年後の1991年にはパリ和平協定が締結され、すべての難民キャンプが閉鎖されることになり、1994年、ヴェロニクと彼女の生徒9人が社会的に疎外された地元の若者たちを支援するために、バッタンバン(Battambang)で絵画学校を設立したのがPPSになる。(中略)その後、絵を描くことよりも飛んだり、走ったり、踊ったりして身体を使って自分を表現したい子どもも沢山いたため、サーカスプログラムを開始した。
2006年、キャンパスにビッグトップ(サーカステント)がオープンし、「Phare, The Cambodian Circus」が誕生。2013年から、シェムリアップでショーを開始した。
現在では、バッタンバンの絵画学校はアートセンターも兼ねていて、子どもたちが美術や音楽、演劇、そしてサーカスを学び、表現する力を育んでいる。
Ponleu Selpakはクメール語で「芸術の輝き」という意味だという。Phare, The Cambodian Circusはまさに「芸術の輝き」で、社会の再生と文化発信を担う存在となっている。
アートで社会課題を解決するソーシャルエンタープライズ
現在、Phare, The Cambodian CircusはPhare Performing Social Enterprise(PPSE)というPPSから独立した営利法人によって運営されている。PPSEはリーマンショックが学校の主要な寄付者たちに大きく影響した2008年に、学校やアートセンターを支えるための持続的な収入を生み出し、PPSを卒業したアーティストに雇用機会を与えるための社会企業(ソーシャルエンタープライズ)として設立された。PPSEは次の3つの目標を掲げている。
ソーシャルビジネスとしての3つの目標
若手アーティストの雇用創出
カンボジアのアーティストに意義のある、経済的に安定した雇用機会を提供し、クリエイティブ産業における人材育成と経済的自立を支援持続可能な資金調達システムの構築
従来の寄付依存型の運営から脱却し、事業収益によってNGOスクールの運営費を安定的に確保できる仕組みを構築するカンボジア芸術文化の復興と発信
内戦で失われた文化的資産を復活させ、現代的な表現方法を通じて国内外に向けてカンボジアの豊かな文化遺産を発信する
ブティック
サーカスに隣接されるブティックでは、生徒たちが制作したオリジナルアートや地元で作られた様々な手工芸品を販売している。作品の代金はアーティスト自身と家族の生活を支えるために使われている。

目移りするぐらい素敵な工芸品が陳列されていた。
シルク・ドゥ・ソレイユは、現在では何千人ものアーティストを雇用するグローバル・エンターテイメント・ビジネスになりましたが、彼らが1980年代に初めてカンパニーを立ち上げた時には、多かれ少なかれ、Phareと同じような経験をしていたのではないかと想像します。今後、Phareはカンボジアが誇るグローバル・ブランドになって、何千人も雇用を生みだして世界中をツアーするのか、それとも人間的な草の根の活動としてより広範な社会貢献を目指すのか。どちらの方向も不可能ではないと思っていますが、どこへ向かうのかはまだ決まっていません。はっきりしていることは、Phareがオープンで人を歓迎するような組織であり続けたいということです。競争相手を打ち負かすのではなく、活気があり、魅力的で、互いに切磋琢磨するような業界を築き上げていきたいのです。
「芸術を通じた社会づくりを目指すカンボジア・サーカス・ファー」https://performingarts.jpf.go.jp/article/6792/
アートの力を信じ、それを社会変革の原動力に変える――Phareのビジネスモデルは、私たちに社会企業(ソーシャルビジネス)の真の可能性を教えてくれる貴重な事例である。
「途上国に支援する」という一方通行の構図は、もう手放していいのかもしれない。芸術やサステナビリティの世界では、先進国も途上国も、新興国というラベルは意味を失いつつある。与える側と受け取る側。そんな境界を越えて、お互いに切磋琢磨できるような環境づくりに課題解決のヒントがあると確信した。
おわりに
カンボジアと聞いて、最初はアートとの結びつきが正直、思い浮かばなかったが、よく考えてみれば――あのアンコール・ワット遺跡に代表される、緻密で壮麗な建築を生み出してきた国。芸術の力がこの地に根づいているのも、当然のことだったのかもしれません。
Phareの舞台を観れば、クメール/カンボジアという国の歴史と文化、そして未来へのエネルギーを体感することができる。
一方で、Phareの成り立ちや背景を知ってサーカスを見にきている人はきっと多くない。つまり、パフォーマンスの完成度の高さが伝わって、有名になったのだ。そこも素晴らしいと思う。
今回、背景を知って、なおさら応援したくなり、多くの人と感動を分かち合いたいと思って紹介記事を執筆した。
チケットを購入して、パフォーマンスを見ることが、現地アーティストたちの支援につながるので、もし機会があれば、ぜひ来場してほしい。
きっと忘れられない夜になることだろう。
関連情報
ツアー概要 NPO法人タビスキ企画 Study and Volunteer Tour in CAMBODIA ディープなカンボジアに出会う旅 〜こども達に縄跳びをとどけよう!〜
https://npotabisuki.jp/tour/1024/サーカス概要 Phare, The Cambodian Circus(公式サイト)
https://pharecircus.org
公演スケジュール・チケット情報・演目の紹介あり。アートセンター概要 Phare Ponleu Selpak(公式サイト)
https://phareps.org
団体の歴史・教育プログラム・社会的支援の詳細はこちら。社会企業(ソーシャルエンタープライズ)Phare Performing Social Enterprise https://www.pharepse.org/
SNS(最新情報)
Instagram: @pharecambodiancircus
Facebook: Phare Cambodian Circus
参考記事
Dara Huot カンボジア・サーカス・ファー CEO(2017年9月29日)「芸術を通じた社会づくりを目指すカンボジア・サーカス・ファー」https://performingarts.jpf.go.jp/article/6792/
水野 渚(2019年3月5日)「カンボジアの人気サーカス団Phare。ソーシャルビジネスの成功の秘訣はサステナビリティ」
https://ideasforgood.jp/2019/03/05/phare-cambodian-circus/シェムリアップの観光・街歩きのお役立ち情報サイト CAMBODIA NOTE (2025年3月21日) 「カンボジアのサーカスで忘れられない感動を体験!|Phare Circus」https://cambodianote.com/circus/