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本当の蕎麦通②割り箸編

    蕎麦の食べ方には、やたらとうるさい人がいる。「まずそのまま食べろ」「つゆは先端だけ」「音を立てて啜れ」「薬味は少量ずつ乗せて食べろ」——まるで作法の試験でも受けているようだ。気持ちはわかる。蕎麦は奥が深い。だからこそ、「正しい食べ方」を人に伝えたくなる。

    だが、私はそれに与しない。

    蕎麦は好きなように食べるのが一番うまい。つゆにどっぷり浸けようが、わさびをつゆに溶かそうが、ねぎを山盛り乗せようが、それで「うまい」と感じるなら、それが正解だ。他人の食べ方に目くじらを立てている人間より、夢中で食べている人間の方が、よほど本物の食通に見える。だから私は、お客さんの食べ方に口を出したことは一度もない。

    ただ一つだけ、これだけは頼みたいことがある。

    割り箸で食べてほしい。

    私の店では頑なに割り箸を出し続けている。「エコじゃない」と言われることもある。だが、私はプラスチックのリサイクル箸に替える気がまったくない。そもそも、割り箸というのは木材加工の過程で出る端材から作られるものだ(高級品は別だが)。つまり、捨てられるはずだった木を使っている。リサイクルを謳うプラスチック箸より、よほど最初からエコな話ではないか。

    それに、蕎麦は江戸の食文化だ。忙しい江戸っ子が、さっと立ち寄って、粋に手繰って、さっと去っていく——その文化の中で蕎麦は育った。落語に登場する江戸っ子を思い浮かべてほしい。蕎麦を食べる場面で、彼らは必ず割り箸を割る所作をする。扇子を少しだけ開いて、割る。ただそれだけの動作なのに、「さあ食べるぞ」という気合いと粋が、その一瞬に凝縮されている。
    割り箸を割る。その所作があって初めて、蕎麦を食べることが始まるのだ。ツルツルのプラスチック箸を手に取っても、その瞬間は生まれない。どれだけ高級な蕎麦を出しても、どれだけ丁寧につゆを引いても、箸がプラスチックでは風情が半減する。蕎麦という食べ物には、割り箸が似合いすぎるのだ。

    だから、私の結論はこうだ。つゆに全部浸けてもいい。薬味をぶち込んでもいい。音を立てて啜ってもいい。食べ方は好きにすればいい。

    ただし、割り箸で。

     
     
    around40の自営業。 「このままでいいのか」と思いながら、 昔に自分で蓋した“可能性の井戸”を掘り直しています。 モヤモヤと現実のあいだの話を書いてます。

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