
ムーミンママの傘
激しい雷鳴がムーミン谷の空を大きく引き裂き、大きな雨粒が家々の屋根を激しく叩きつけていました。
風は唸りを上げ、いつもは穏やかな小川も濁流となって泡を立てています。ムーミントロールはこんな荒れた日には、居間で温かいお茶を飲んで嵐が過ぎ去るのを待つのが一番だと思っていました。
けれど、ムーミンママは違いました。
ムーミンママは物置の奥の埃をかぶった古い木箱の中から、ひとつの大きな包みを取り出しました。それは昔、時間をかけて手縫いで作った、大きな大きな黒いキャンバス地の傘でした。今まで一度も開かれたことがないその傘は、たたまれていてもムーミンパパの背丈ほどもあります。
「ママ、そんな大きな傘を持ってどこへ行くの? 外は嵐だよ」
ムーミントロールが不安そうに声をあげると、ムーミンママはハンドバッグに焼きたてのパンケーキの切れ端と小さなジャム瓶を忍ばせながら、静かに微笑みました。
「こんなにひどい雨だもの。背の低い草むらや、冷たい木の根元にいるちいさな生きものたちは、きっとお家へ帰れなくて困っているはずだわ」
「でも、ママまで吹き飛ばされちゃうよ!」
焦るムーミントロールの肩に、そっと大きな手が置かれました。パイプをくわえたムーミンパパです。ムーミンパパは外の嵐を一度見やり、それからムーミンママに向かって深くうなずきました。
「大丈夫だよ、ムーミントロール。ママは昔から、自分のすることや行くべき場所をちゃんと知っているんだ。それに……あんなに頑丈で立派な傘なら、どんな風だってママを守ってくれるさ」
ムーミンパパはそう言って、ムーミンママのために玄関のドアをしっかりと開けてあげました。ムーミンママはムーミンパパに感謝の眼差しを向け、「いってきますね」と優しく微笑みました。
ムーミンママが外へ一歩踏み出すと、激しい風と雨が吹き込んできました。ムーミンママが両手でしっかりと柄を握り、傘を「開く」というよりは「広げる」と、バサリと大きな音がして、まるでちいさな屋根がひとつ生まれたかのように風を遮りました。
ムーミンママはゆっくりと嵐の中へ歩き出しました。
雨は容赦なくムーミンママの足元を濡らしましたが、傘の下——その布地のすぐ内側には、不思議な空間が広がっていました。そこにはママのハンドバッグから漂う甘いイチゴジャムの匂いと、どこか心地よい温かな空気が満ちていたのです。
「だれか、雨宿りしたい子はいないかしら?」
ムーミンママが呼びかけると、濡れ葉の陰で震えていたり、びしょ濡れになっていたちいさな「はい虫」たちが、おそるおそるムーミンママの足元へ駆け寄ってきました。
「さあ、ここに入りなさい。大丈夫よ、ここは濡れないわ」
ムーミンママが傘を少し低く傾けると、ちいさな生きものたちは次々と傘の内側へ滑り込みました。外側では暴風が狂ったように吹き荒れ、雨がキャンバス地を「ドス、ドス」と激しく叩いています。けれど傘の下は、まるで別世界のように静かでした。ムーミンママはポケットからジャムのついたパンケーキを少しずつちぎり、震えるちいさな客たちに手渡しました。客たちは甘い匂いに包まれ、ホッと息をついてお互いの体を寄せ合いました。
その時、水たまりを勢いよく跳ね飛ばしながら、赤いワンピースを着た小さな影が走ってきました。リトルミイです。
リトルミイは全身びしょ濡れになり、髪の毛から水滴を滴らせながら、楽しそうに大声を上げました。
「なによママ、そんな大きな黒いカラスみたいなものを広げて! 雨に濡れたほうが気持ちいいわ! 水たまりで泳ぐほうがずっと面白いわよ!」
リトルミイは傘の外側で、泥水を跳ね上げ、風に向かってあかんべえをしてみせました。
ムーミンママは咎めることもなく、ただ優しく目を細めて言いました。
「そうね、ミイ。雨と遊ぶのも素敵なことよ。でも、もし寒くなったり、少し休みたくなったら、いつでもここに入りなさいね」
ムーミンママは笑顔のまま、リトルミイの方に少し傘を差し出し、しばらくその場にたたずみました。
ミイは「ふん!」と鼻を鳴らして水たまりを跳ね飛ばし、また嵐の中へ駆けていきました。
ムーミンママは去っていく赤いドレスをしばらく見送ると、小さくうなずき、再びゆっくりと歩みを進めました。リトルミイは走りながらも、時折立ち止まっては、暗い嵐の中にぽつんと浮かぶ温かな傘を、どこか誇らしげに振り返るのでした。
やがて、ムーミンママの傘の下には、谷じゅうのちいさな困ったものたちがぎゅうぎゅう詰めに身を寄せていました。激しい雷鳴が轟くたび、みんなで身を縮めましたが、ムーミンママがそこにいるだけで、どんな嵐もただの「外の音」に過ぎなくなるのでした。
長い時間をかけて谷をひとまわりし、雨が少しずつ小降りになる頃、傘の下のちいさな生きものたちは、すっかり元気を取り戻してそれぞれの家へと帰っていきました。
ムーミン屋敷の玄関に戻ってきたムーミンママが、パサリと傘を閉じると、雨上がりの澄んだ空気が広がりました。
「お帰り、ママ! 誰も怪我はなかった?」
真っ先に駆け寄るムーミントロールの後ろで、ムーミンパパも満足そうにパイプの煙をくゆらせながらムーミンママを迎えます。ムーミンママは少し濡れた裾をはたいで、にっこりと笑いました。
「ええ。みんなで一緒にお茶を飲んだようなものよ。とても素敵な雨の日だったわ」
物置に戻された大きな傘には、ほんの少しだけイチゴジャムの甘い匂いが残っていました。次に激しい嵐が来るときまで、その傘はまた、静かに誰かを守る日を待つのです。
おわり
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この作品は『ムーミン』の二次創作(ファンフィクション)であり、原作者および公式とは一切関係のない個人の創作です。
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「雨の日の傘」のお題に参加しています。