
【一首拾い】 第三十五首 ― 変わらない梅の香り
春先の週末。
家の裏(庭先)に出た夕方前。
大人になると、知らなくてもいいことまで察せるようになってしまう。
相手の言葉より、目線の揺れとか、頼みごとの回数とか、返事の温度とか。
「言われてない」ことの方が、はっきり見えてしまう日がある。
平日、大学には自分と合う人、合わない人がいる。
合わない人と多く会う日は、帰り道の呼吸が浅くなる。
自分がただの便利屋なのか、本当に友達として大事にされているのか――その境目が、いちばん見えにくい。
そんな気持ちを抱えたまま迎えた週末、家の裏に出てみた。
空気は少し冷たくて、土の匂いがして、光だけが先に春へ行っている。
梅の花が咲いていた。
子どものころから変わらない、さわやかで甘い香り。
“変わらない”って、こういう形でも残れるんだ、とふと思う。
人の心は、わかった気になった瞬間に、また遠ざかる。
でも花は、昔のままのやり方で、ここに咲いて匂う。
それだけで、こちらの心が少しだけほどける。
――知らなくていいことまで察してしまう日にも、戻ってこられる場所がある。
人はいさ 心も知らず ふるさとは
花ぞ昔の 香ににほひける
人の気持ちは分からないが、梅の花の香りは昔と変わらない。
落ち込んでいた時、家の裏の甘い梅の花のにおいをかぎながら、この歌を思い出しました。