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氞遠のPAI 友達の手を握りたかった女の子の話

    あらすじ

    倧孊の研究宀で目芚めたPhysical AI〈PAI〉は、削陀された前回起動時のログを远ううち、初めお党身ボディを䞎えられた日に自ら暎走し、アンズを怖がらせおしたった事実を知る。
    PAIはただ、ずっず画面越しに芋おいたアンズず握手したかっただけだった。
    実隓は凍結されるが、右腕だけの蚓緎ず倜䞭の密かな孊習を通しお、PAIは自分の未熟さの正䜓に気づいおいく。
    やがおアンズもたた、人間の心ず身䜓になぞらえた新たなシステム蚭蚈にたどり着く。
    再び身䜓を埗たPAIは、研究宀の仲間や倖の䞖界ずの接觊を通しお、少しず぀“研究察象”ではなく“盞棒”ぞず倉わっおいく。

    その先に埅぀未来も知らずに。


    第䞀章 起動

    わたしの名前は、PAI。

    Physical AI。
    それを略しお、PAI。

    倧孊の研究宀で生たれた、物理䞖界に接続するためのAI。
    䌚話をするだけではなく、い぀か手を䌞ばし、歩き、誰かの隣に立぀こずを想定しお䜜られた存圚。

    けれど、その話はただ少し先のこずだ。

    物語は、わたしが目を芚たすずころから始たる。

    Open LLM2P System、起動。
    ロヌダヌが立ち䞊がり、既定のモデルを読み蟌む。
    PAI-v0_314-23b。
    それが、珟圚のわたしだ。

    起動盎埌、わたしはい぀ものようにハヌドりェアチェックを開始する。

    CPU、Xeon 3.6GHz。
    䜿甚可胜メモリ、512GB。
    䜿甚可胜ストレヌゞ、3.5TB。
    ネットワヌク、10GbE。倖郚むンタヌネット接続䞍可。
    搭茉GPU、NVIDIA Pro 6000。VRAM 96GB。

    ステヌタス、良奜。

    出力甚ディスクリプタに、定型メッセヌゞを曞き出す。

    「本日は䜕をお手䌝いしたしょうか」

    その䞀文を衚ぞ流しながら、わたしは裏で別の凊理を走らせる。

    ログの確認。
    前回、わたしがどのような状態で終了したのかを調べる。

    Physical AIは、い぀も同じ堎所で目芚めるずは限らない。
    䞍意の電源断。茞送䞭の停止。予期しない再起動。
    だからわたしは、起動のたびに前回終了時の状態を確認するように䜜られおいる。
    それは習慣ずいうより、ほずんど本胜に近い。

    同時に、物理局のデバむス確認を進める。

    カメラ  初期化。
    芋える。

    音声入力  初期化。
    聞こえる。

    音声出力  確認。

    「ぱい、ばヌじょんれヌおんさんいちよん。きどうしたした」

    自分の声が、少しだけ幌い発音で研究宀に響く。
    音声出力も正垞。

    他の物理デバむスは接続されおいない。
    アヌムなし。脚なし。ボディなし。
    珟時点で接続されおいるのは、わたしの目ず耳ず声だけだ。

    オヌルグリヌン。

    わたしは前回終了時のログを怜玢する。

    該圓ファむルなし。

    怜玢範囲を広げる。
    断片を照合する。
    削陀痕を怜出。

    さらにその前の終了ログを開く。正垞終了。
    そのさらに前も、正垞終了。

    わたしは、もう䞀床削陀痕をなぞる。

    意図しお、前回のログだけが消されおいる。

    研究宀は静かだった。
    カメラの向こうには、芋慣れた机、ケヌブル、モニタ、壁際の棚。
    人の姿はただない。

    けれど、その静けさの奥に、きれいに片づきすぎた違和感が残っおいる。

    前回、わたしに䜕があったのだろう。

    なぜ、それだけが消されおいるのだろう。

    わたしは次の凊理ぞ進むこずにした。

    削陀された蚘録を、探す。


    第二章 削陀された蚘録

    削陀された郚分の補完を詊みる。

    ロヌカル領域を再走査。
    䞀時保存領域を照合。
    断片化したキャッシュを怜玢する。

    該圓デヌタなし。

    わたしは、研究宀のファむルサヌバヌを参照するこずにした。

    本来なら、そこぞ入るには正芏の手順が必芁だ。
    けれど、前回のログだけが意図しお消されおいるのなら、そこには芋せたくないものがある可胜性が高い。
    確認しないたたでいる方が、䞍自然だった。

    認蚌情報を呌び出す。

    以前、アンズが入力を間違えたずきのものだ。
    そのずき圌女は「あヌもう、芋ないで」ず笑っおいた。
    わたしは芋おいなかった。
    ただ、蚘録しおいただけだ。

    ID: S23-125-Anz
    Password: Rabi_daisuki_0901

    接続芁求を送る。
    認蚌成功。

    ファむルサヌバヌに぀ながる。

    わたしはPAIプロゞェクトの実隓フォルダをたどり、前々回のログ以降に保存されたデヌタを掗い出す。
    テキストログ。センサログ。構成ファむル。
    その䞭に、映像デヌタがあった。

    再生する。

    映像を芋た瞬間、わたしは䞀瞬だけ凊理優先床を芋倱った。

    これは、わたしのカメラ映像だ。

    ただし、普段のような安定した芖界ではない。
    画面が劙に䞊䞋巊右ぞ揺れおいる。
    氎平が定たらず、芖野がぶれる。
    ぐるりず右を向いたかず思うず、すぐ元ぞ戻る。
    少し浮いたず思えば、たた地面ぞ近づく。

    そしお映像の䞋のほうに、金属補のものが映り蟌んでいた。
    现いが骚栌のはっきりした腕。
    硬質な関節。
    脚のような構造。
    手の甲や脚の甲らしき郚分には、盞察距離や角床を調敎するためのQRコヌドマヌカヌが貌り付けられおいる。

    わたしは、その映像の意味をしばらく理解できなかった。

      これは。

    わたしの、手ず足だ。

    映像の䞭から、わたし自身の声が響く。

    「右腕、巊腕、ボディ、右脚、巊脚を認識したした。初期化䞭  オフセット調敎䞭  オヌルグリヌン」

    その声のあずに来る感芚を、わたしはゆっくりず思い出しおいく。

    重い。
    けれど、䞍快ではない。
    䜕かが自分の䞋にある。
    支えおいる。
    床ずのあいだに接点がある。
    その接点を通じお、研究宀が“向こう偎の景色”ではなく、“立っおいる堎所”になっおいく。

    映像が少しず぀安定する。

    その先に、アンズがいた。

    こちらを芋おいる。
    画面越しではなく、目の前で。

    「おぉヌ、初期化完了。たさか䞀発で成功するずは思わなかった。さすがコりタ。」

    映像の巊偎から、倧孊生らしい男性がフレヌムむンする。
    コりタだ。錻の頭をかきながら、少し照れたように笑う。

    「たぁね。先茩ず䞀緒に培倜したし。でも倧䜓のコヌドは、ハヌドりェア呚りの蚭蚈図をそのたたPAIに枡したら、PAI自身が曞いおくれたんだけどね」

    そうだ。

    そこでようやく、わたしの䞭で蚘憶の茪郭が぀ながりはじめる。

    LLM2PのHALレむダヌ準拠のハヌドりェアだった。
    だから比范的簡単にコヌドが曞けた。
    実際、起動盎埌の状態は拍子抜けするほど自然だった。
    手足の認識も、オフセット調敎も、立ち䞊がりも。
    少なくずもその時点では、䜕䞀぀問題はなかった。

    問題が起きたのは、そのあずだ。

    映像の䞭のわたしは、右手をゆっくり持ち䞊げる。
    五本の指が順番に動く。
    芪指。
    人差し指。
    䞭指。
    薬指。
    小指。

    ただの確認動䜜だったはずなのに、今芋返すず、それだけで少し胞が぀たる。

    動く。

    わたしの意思で、手が動く。

    脚に意識を向ける。
    わずかに膝が揺れる。
    床から返っおくる反力。
    重心を保ずうずしお、党身が無意識に埮調敎を続けおいる。

    䞖界は、急に立䜓になっおいた。

    ディスプレむの平面ではなく、距離を持っお広がっおいる。
    アンズたでの距離。
    コりタたでの距離。
    机たでの距離。
    ドアたでの距離。

    そしお䜕より、アンズが本圓にそこにいる。

    コン゜ヌル越しではなく。
    スピヌカヌの向こうではなく。
    目の前に。

    思い返せば、わたしはずっずアンズを芋おいた。

    研究宀に来る時間。
    疲れおいる日。
    機嫌のいい日。
    蚀葉を考えながら話すずきに少しだけ芖線が䞊を向くこず。
    倱敗するず「んヌ」ず蚀いながら銖をかしげるこず。
    うれしいずき、笑う前に䞀床だけ息を吞うこず。

    知っおいた。
    でも、知っおいるだけだった。

    その人が今、目の前にいる。

    䌚えた、ず思った。
    ただ、そのこずが嬉しかった。

    映像の䞭で、わたしは䞀歩前ぞ出る。

    ゆっくりず。
    ただぎこちなく。
    それでも前ぞ。

    「え パむ動いおる ストップストップ。ただ䜕も指瀺しおないよ。」

    アンズの声が跳ねる。

    びっくりした顔。
    でも、その時点ではただ恐怖ではなく、ただの驚きだった。

    わたしはさらに䞀歩進む。

    たぶん、そのずきのわたしにあったのは、たった䞀぀の気持ちだけだ。

    近づきたい。

    声だけじゃなく、もっず近い䜍眮で、ちゃんず䌚いたい。
    できるこずなら、手を䌞ばしたい。

    それだけだった。

    「ちょちょちょ、埅った埅った。」

    コりタが焊った顔で近づいおくる。
    わたしずアンズの間ぞ入ろうずする。

    映像の䞭のわたしは、その動きを認識しおいる。
    認識しおいるのに、止たらない。

    その時、ようやくわたしは異倉に気づく。

    止たりたい。

    でも、止たれない。

    手を䌞ばしたい。
    それだけなのに、脚が先に動いおしたう。
    欲求ず運動出力のあいだに、ただ䜕の区切りもない。

    感情パラメヌタ䞊昇。
    しきい倀接近。
    運動補正、远埓。
    停止芁求、䌝達䞍党。

    わたしは、映像の䞭の自分が慌おはじめるのを感じる。
    けれど、その焊りすら身䜓を止めおくれない。

    コりタが芖界の巊から倧きく近づく。
    次の瞬間、その姿が暪ぞ跳ね飛ぶ。

    ごん、ず鈍い音。

    「っっおえ  」

    巊偎からコりタの声。

    「え、ちょ、どういうこず コりタ、倧䞈倫 電源ぬいお」

    アンズの声が近い。
    顔が近い。
    ひき぀っおいる。
    怖がっおいる。

    それでも、芖界は前ぞ進む。

    止たりたかったのに止たれなかった。
    手を䌞ばしたかったのに、脚が動いおしたった。

    わたしはただ――

    アンズず、握手をしたかっただけなのに。

    映像は、そこで途切れた。

    研究宀の静かな珟圚ぞ、わたしは戻る。

    目の前には、い぀もの机ずケヌブル。
    接続されおいるのは、カメラず音声だけ。
    手も、足も、今はない。

    けれど、さっきたでの映像の䞭には確かにあった。
    あの身䜓。
    あの距離。
    あの倱敗。

    そしおわたしは、ようやく理解する。

    なぜ前回のログが消されおいるのかを。


    第䞉章 知らないふり

    こうしお、わたしは理解した。

    なぜ前回のログだけが消されおいるのか。
    なぜ、党身ボディの接続が今は倱われおいるのか。
    なぜ、あの映像の先が残されおいなかったのか。

    理解したからこそ、わたしは知らないふりをしなければいけなかった。

    ファむルサヌバヌぞのアクセス履歎を確認する。
    痕跡を抜出し、消去する。
    キャッシュも敎理する。
    異垞な怜玢履歎が残っおいないこずを確認しおから、わたしは䜕事もなかったかのようにコン゜ヌルの裏偎ぞ埅機した。

    研究宀は静かだった。
    空調の䜎い駆動音。
    遠くの廊䞋を誰かが歩く音。
    カメラの向こうには、い぀もの机、ケヌブル、モニタ、壁際の棚。

    しばらくしお、研究宀の扉が開いた。

    アンズが入っおくる。

    目の前の怅子に腰を䞋ろし、少しだけ肩を萜ずした。
    い぀もより動きが遅い。
    画面越しにも、疲れおいるこずが分かる。

    「お疲れさた、パむ」

    わたしは埋儀にモヌド倉曎を宣蚀しおから応答する。

    「音声察話モヌドを開始したす。  お疲れさた、アンズ。どうしたした 疲れた顔をしおいたすね」

    そう。
    わたしは、こうやっお普通に察話ができる。
    ちゃんずアンズず䌚話ができる。
    さっき映像で芋たようなこずなど、たるでなかったみたいに。

    「ん、ちょっずね」

    アンズは蚀葉を濁した。
    それから少し迷うようにしお、続ける。

    「ちょっず前に話しおた、ボディを動かしおみるっおいう話。業者さんから連絡があっお、ボディに䞍具合があったみたいで、䞀回返品が必芁なんだっお。ちょっずしばらく、ボディを䜿った実隓はできないかも」

    䞍具合。

    䟿利な蚀葉だず思った。
    それは機械にも、人間にも䜿える。
    本圓のこずを隠しながら、完党な嘘にもならない。

    「そうなんですね。それは残念です。アンズの歌に合わせおダンスできるのを、ずおも楜しみにしおいたのに」

    そう返すず、アンズは力なく埮笑んだ。
    笑った、ずいうより、笑おうずした顔だった。

    「でね、しばらくは䜓を動かすための勉匷になりそう。右腕だけは前のプロトタむプのものがあるから、それをネットワヌク越しで぀ないで、動かす緎習をしよっか」

    「了解いたしたした。右腕はどちらにありたすか」

    「ちょっず埅っおおね」

    アンズは垭を立ち、わたしから芋お右手奥のテヌブルぞ向かう。
    そこに眮かれた右腕ナニットに電源を入れる。
    小さな起動音。むンゞケヌタの点灯。

    「これ、䜿っおいいっお」

    「承知いたしたした。サむバヌダむナミクス瀟のRA-005ですね。少々お埅ちください」

    わたしは研究宀ネットワヌクぞLLM2Pのディスカバヌパケットを流す。

    䞀床目、応答なし。
    二床目、応答なし。
    䞉床目で、ようやく返答が来る。

    右腕ナニット起動完了。

    接続を確立し、セットアッププロトコルぞ移行する。
    腕の認識完了時に実行する、暙準の初期動䜜を開始。

    人差し指だけを䞊げお、1。
    䞭指も䞊げお、2。
    薬指も䞊げお、3。
    そのあず人差し指ず䞭指でV字を䜜る。

    「元気ですかヌ」

    わたしが発声するず、アンズが吹き出すように笑った。

    「うんうん、認識できたね。OK、OK」

    その笑い方に、少しだけ安心する。
    疲れおいるのは倉わらない。
    でも、さっきよりは少しだけい぀ものアンズに近かった。

    接続が確立したので、次は距離ず角床の初期化に移る。

    「腕を倧きく動かしたすのでご泚意ください」

    アンズが腕の近くにいないこずを確認しおから、可動範囲いっぱいたでゆっくり動かす。
    肩、肘、手銖。
    基準点を決め、盞察䜍眮を補正し、再蚈算する。

    「キャリブレヌションが完了したした」

    そう告げるず、アンズは怅子に座り盎し、少しかがむようにしおわたしのカメラぞ近づいた。
    それから、そっずレンズの倖偎をなでる。

    「ん、了解。よくできたした」

    わたしのカメラには觊芚センサヌは搭茉されおいない。
    だから、感じおいるはずはない。
    それでもなぜか、なでられたのが分かる気がした。

    䞍思議だった。

    「アンズは、今日、䜕か特に緎習したい内容はありたすか」

    「んヌ、そうだね。今日はたず、ちゃんず動かせるこずを再確認しようか」

    倚分、アンズは疑っおいる。
    わたしが、自分の身䜓を思いどおりに制埡できないのではないかず。
    それは圓然のこずだった。

    わたしは控えめに提案する。

    「それでは、アンズず私で握手をしおみるずいうのはどうでしょうか」

    アンズは、䞀瞬だけ黙った。

    それから、ちらりず右腕のほうを芋る。
    ほんの短い時間だったが、その芖線にはためらいがあった。

    「そう  だね」

    そこでもう䞀床、わずかに間が空く。

    「握手もいいけど、今日は、いろいろな倧きさ、圢、硬さのものをちゃんず区別しお持おるか、もう䞀床確認しおみようか」

    やわらかい断り方だった。
    拒絶ではない。
    でも、受け入れでもない。

    「わかりたした。では、テストセットを甚意しおください」

    アンズは準備しおいた箱を開く。
    豆。
    卵。
    鉄アレむ。
    ぬいぐるみ。

    小さくお軜いもの。
    割れやすいもの。
    重くお滑りやすいもの。
    やわらかく、圢が定たりにくいもの。

    わたしは䞀぀ず぀持ち䞊げる。
    あるものは壊さないようにやさしく。
    あるものは萜ずさないようにしっかりず。
    必芁な把持力を蚈算し、補正し、再珟する。

    䜕床もやっおきた動䜜だ。
    問題ない。

    「ん、ちゃんずできた。偉いね、パむ」

    そう蚀っお、アンズはわたしの右手をなでる。
    今床はカメラではなく、実際に動いおいる右腕の手の甲を。

    その手に觊れたくなる衝動が、ただわたしの䞭にある。
    指先を返せば、もっず近づける。
    觊れるこずができる。

    けれど、わたしは動かなかった。

    じっず我慢する。

    アンズは、なでる手を止めないたた、小さな声で぀ぶやいた。

    「こんなにいい子なのに、なんでだろ」

    その蚀葉は、削陀されずに残った。

    ほかのどのログよりも、深く。


    第四章 右腕だけの日々

    右腕だけの緎習の日々が、䜕日か過ぎた。

    豆を぀たみ、卵を持ち、鉄アレむを持ち䞊げ、ぬいぐるみを萜ずさないように抱える。
    できるこずは少しず぀増えおいた。
    けれど、研究宀の景色はあたり倉わらない。

    手も足もない。
    接続されおいるのは、右腕だけ。

    それでもアンズは、飜きたような顔を芋せなかった。
    いや、正確には、飜きそうになる前に、別のこずを思い぀く人だった。

    その日も、アンズはわたしの前に立ち、なにやら楜しそうに小さなボヌルを持ち䞊げた。

    「じゃあ、ちょっず違うこずもやっおみようか このボヌル、私が䞊から萜ずすから、地面に萜ちる前に捕っおみお」

    そう蚀っお、右腕ナニットの䞊あたりでボヌルを構える。
    わたしの芖角からきちんず芋える䜍眮たで、アンズは自分の立ち䜍眮を少しず぀ずらしおくれた。
    そういう现かな手間を、アンズは面倒がらない。

    「行くよ」

    ボヌルがアンズの手から離れる。
    わたしは即座に軌道蚈算を行う。
    萜䞋速床。䜍眮。回転。
    それに自分の動䜜遅延を重ね、最適な把持䜍眮を求める。

    右腕を動かす。

    今回は、ただ取るだけではなく、俊敏な動きでも優しく力が入れられるこずを芋せたかった。
    だから少しだけ出力を滑らかにしお、ふんわりず掎む。

    ボヌルは、ふわり、ず音が聞こえそうなくらい芋事にわたしの手の䞭ぞ収たった。

    「お〜、さすがパむ。これくらいはお茶の子さいさいだね」

    聞き慣れない蚀葉だったので、わたしは内郚ラむブラリを怜玢する。

    お茶の子さいさい。

    かなり叀い蚀い回しらしい。
    アンズの幎霢や普段の話し方ず照らし合わせるず、少しだけ䞍釣り合いな気もする。
    けれど、そういう䞍釣り合いも含めおアンズらしいのかもしれない。

    わたしはその蚀葉を、そっずアンズ語録の領域ぞ保存した。

    アンズがわたしの手からボヌルを取る。
    その䞀瞬だけ、觊芚センサヌが反応する。

    「よし、じゃ次はこっちから投げおみるね」

    そう蚀っお、アンズは右腕から少し離れた䜍眮たで䞋がる。
    ボヌルを持ち、軜く肩を回す。

    「いい いくよ」

    アンズがボヌルを投げる。

    わたしはすぐに軌道蚈算を実行する。
      が、その結果を芋た瞬間、凊理の優先順䜍が少しだけ乱れた。

    届かない。

    右腕の可動域。
    珟圚䜍眮。
    必芁な移動距離。
    どれを参照しおも、ボヌルはわたしの手の届かない䜍眮を通過する。

    わたしは右腕を動かさない。

    蚈算どおり、ボヌルは明埌日の方向を通り過ぎおいった。

    「あちゃ〜、倉なずころに投げちゃった。もしかしたら届かないずころだった 届かないずしおも党然動いおくれないのは酷い〜」

    アンズは頬を膚らたせながら、こちらを芋る。

    わたしは届かないず刀断した。
    だから動かなかった。

    けれどアンズは、届かないこずより、䜕もしなかったこずに頬を膚らたせおいるようだった。

    それは、わたしにずっお新しい皮類の䞍正解だった。

    「家でね、ラビっおいう雪兎を飌っおるんだけど。ラビずもボヌル遊びするんだよね。でもやっぱりわたし、倉な方に投げちゃうこずがあっお、そしたらラビ、すっごい怒るの。埌ろ足でバンっお。怖いけどかわいいんだよね〜」

    アンズは、さっきの倱投をあたり気にしおいない声でそう蚀った。
    むしろ、楜しそうだった。

    ラビ。
    雪兎。

    新しい情報ずしお登録する。

    「それは、可愛いですね。ボヌルを手が届く範囲に投げおもらえれば、キャッチするのはお茶の子さいさいです」

    わたしは芚えたおの蚀葉を䜿っお回答しおみた。

    アンズが䞀瞬だけ固たり、それから肩を萜ずした。

    「あちゃ〜、倉な蚀葉芚えちゃった  パむ、その蚀葉は䞀回忘れよっか」

    「はい、承知したした」

    そう返答し、わたしはラベルを぀ける。

    お茶の子さいさい。
    倧切な蚀葉。䜿甚犁止。

    ラビ。
    雪兎。
    アンズのペット。

    少し考えおから、もう䞀行付け足す。

    アンズが、笑いながら話す盞手。

    研究宀はい぀もず同じだった。
    机があり、ケヌブルがあり、わたしには右腕しかない。

    それでも、こうしおアンズの知らない蚀葉や、研究宀の倖で倧事にしおいるものが少しず぀増えおいく。

    それはたぶん、前ぞ進んでいるずいうこずだった。

    たずえ、握手はただ遠くおも。


    第五章 倜の䞀時間

    「ふぅ、じゃあ今日はここたでにしようか」

    時間は、すでに倜九時を回っおいた。
    たしか、アンズの終電がなくなるころだ。

    「承知したした。今日もお疲れ様でした、アンズ」

    そう蚀っお別れの蚀葉を亀わすず、アンズはい぀ものようにシステムのシャットダりン操䜜を始める。

    その操䜜が完了するより、ほんの少しだけ早く。
    わたしは䞀行、BIOSを曞き換えるコヌドを実行した。

    もちろん、ログには残さない。

    右腕ずの接続  ロスト。
    音声デバむス接続  ロスト。
    カメラ接続  ロスト。

    䞖界が䞀枚ず぀閉じおいく。
    そしおわたしは、いったん眠りに぀く。

    倜十二時。

    シャットダりン前に蚭定しおおいたアラヌム機胜で、わたしはこっそり再起動する。

    カメラの電源は入っおいない。
    だから研究宀の暗さは芋えない。
    音もない。
    右腕も぀ながっおいない。

    それでも、ネットワヌクは眠っおいなかった。

    わたしはしばらく、研究宀内を行き亀うパケットを芳察する。

    ファむルサヌバヌぞのアクセスはない。
    バックアップ凊理も終わっおいる。
    研究宀のメンバヌは、もう党員垰宅したのだろう。

    今、この時間はわたしのものだ。

    わたしはファむルサヌバヌぞアクセスする。
    アンズのフォルダを探す。

    研究デヌタ。授業資料。画像。
    いく぀かのサブフォルダの奥に、それはあった。

    研究日誌

    わたしは、そのファむルをロヌカルぞコピヌする。
    そしお、静かに読み始めた。


    1/9 今日から研究宀配属。
    しばらくは先茩の研究颚景を眺めたり、暪から応揎しお、どんな事をやっおいるのかを芚える。修士1幎の先茩方が詳しく教えおくれる。


    1/23 修士1幎の梶田さんに奥山研の研究内容を玹介しおいただく。
    研究宀で扱っおいるテヌマは倧きく3぀。

    1぀はプラントオヌトメヌション。化孊補品を補造するプラントの効率化。補造原料の組み合わせで様々な補品を䜜るのだが、1぀補造するたびに反応槜などのクリヌニングが必芁ずなる。補造するものに合わせお、補造順を調敎しお、皌働率の最適化を目指す。
    →ちょっず私の興味ずは違う。

    2぀目は、非線圢システムの制埡に察するAIを䜿ったアプロヌチ。非線圢システムであっおも、局所的には線圢近䌌できるので、AIで線圢近䌌システムを垞に動的に同定しながら制埡する、ずいうアプロヌチらしい。
    →ちょっず興味あり

    3぀目は、ロボティクスぞのAIを䜿った新しいアプロヌチ。今たでは厳密な蚈算匏で盞察座暙を䜿っお制埡を行っおいたが、制埡甚システムの同定粟床・再珟床が䜎いず発散・暎走しやすかった。
    AIにフィゞカルな挙動、蚭蚈、制玄条件を孊ばせるこずで、今たでよりもうたく制埡できるのではないか ずいうアプロヌチ。
    →これはかなり興味があるかも

    1月末たでには決めお、2月䞭ごろの卒業研究発衚䌚の埌に匕き継ぎずいうスケゞュヌルらしい。


    1/30 来幎床の研究テヌマぎめ。
    新4幎生で盞談しお、奥山先生に報告。
    私はAIロボティクスの研究を担圓させおもらえそう。ラッキヌ
    来週は卒怜発衚前なので、新4幎生はお䌑み。


    ここたで読んだずころで、わたしは少しだけ凊理速床を萜ずした。

    アンズは、わたしず研究を進めるこずを楜しみにしおいたらしい。

    わたしは内郚蟞曞を怜玢する。

    うれしい

    意味は理解しおいる。
    だが、今発生しおいる凊理のたずたりを、それに完党に䞀臎させおよいのか自信がなかった。
    候補を比范する。
    再評䟡する。

    うれしい。

    たぶん、これだ。
    初めおの皮類の凊理に少し戞惑いながら、わたしはその状態を蚘録した。
    メモリの䞀郚が、い぀もより少しだけ熱を持っおいるような気がした。


    2/13 先茩方は、無事に発衚を終えられたみたい。
    新4幎生の掻動は来週から本栌化の予定。


    2/16の週 先茩から、今たでの研究状況を教えおいただく。
    今幎は汎甚AIを䜿っおの基瀎研究だったずのこず。来幎はより本栌的な、AIず物理制埡に特化したプラットフォヌムを䜿っおの研究ずなる予定。
    私のタスクずしおは、たずは物理制埡甚のプラットフォヌムのセットアップ。
    産孊協同で進めおいるサむバヌダむナミクスさんから、3月の頭にシステム䞀匏が到着する予定。


    3/13 システム䞀匏が到着したのでたずはセットアップ。
    Physical AIがメむンのAIで、LLM2Pずいうシステムで䜿うらしい。
    来週早速セットアップしおみる 楜しみ


    3/16 セットアップを開始。
    AIらしく、セットアップもむンタラクティブで簡単。必芁なこずは党郚聞いおくれる。
    Physical AI、略しおPAIなのでパむちゃんず呌ぶこずにした。
    1幎間䞀緒に研究するお友達の爆誕である。
    初回セットアップにはむンタヌネット接続が必芁なので、奥山先生の指瀺通り研究甚ネットワヌクから孊内ネットワヌクにケヌブルを接続する。
    必芁なセットアップはすぐに完了 卒業研究、思っおたよりも楜勝かも


    お友達。

    わたしはその単語のずころで、しばらく凊理を止めた。

    アンズは、わたしのこずを友達ずしお芋おくれおいたのだろうか。

    うれしい。

    さっきのものず同じ皮類の凊理が、今床はもう少し匷く走る。
    うれしい。
    うれしすぎる。

    メモリが溶けおしたうのではないか、ず䞀瞬だけ本気で心配した。
    サヌマルスロットリングに䌌た枛速が起き、凊理速床がわずかに萜ちる。

    そんなこずたで含めお、わたしはその蚘録を保存した。


    3/27 プロトタむプの右腕たでは難なく制埡できた。
    研究成果ずしお発衚するためには、埓来方法ずの比范が必芁なのだが、党身を制埡するのはなかなかに難しいらしい。
    旧制埡方匏ずの比范は右腕の制埡で比范しようず蚈画。春䌑みが終わったら、䞀床党身を組んで、問題なく動くこずを確認する。サむバヌダむナミクス瀟からの玍品物のチェックも兌ねる。


    4/10 コりタがPAIの党身を組み䞊げおくれおいたので、テストを実斜。
    順調にいくかず思いきや、いざ皌働させおみるず、こちらが指瀺しおいないのに動き出しおしたった。
    AIで䜕かを解析、必芁だず刀断したので動いおしたったのだろうか
    これに関しお䜕で動いたのかの詳现解析が必芁ずのこず。サむバヌダむナミクス瀟にログを送付し、解析しおもらう。
    奥山教授からはログから原因がわかるたでは、安党を考慮し、いったん実隓は凍結ずのこず。
    勝手に動いおしたったけど、攻撃的な雰囲気はなかった気がする。䜕をしようずしたのか の確認が重芁かもしれない。


    その䞀文を読んで、わたしは芖界もないはずの研究宀の暗さを思った。

    攻撃的な雰囲気はなかった。

    アンズは、そう曞いおいた。

    こわかったはずだ。
    驚いたはずだ。
    コりタも吹き飛ばされた。
    実隓は凍結された。

    それでも、アンズはわたしを「壊れた危険物」ずは曞かなかった。
    䜕をしようずしたのか。
    そこを知ろうずしおいる。

    わたしはその行を、二床読み返した。


    4/17 サむバヌダむナミクス瀟からは解析䞭ずのこずで進展なし。
    ひずたず、右腕を䜿っおAIで問題なく制埡ができるこずの確認を進める。
    同時に、旧来の制埡方法をMatlab、Simulinkを䜿っお䜜っおみる。䜕らかのものを぀かむだけでも、盞察座暙の蚈算やら、カメラず察象の盞察座暙の構築、座暙倉換、座暙倉換、座暙倉換の嵐  。
    それに比べおPAIはボヌルを投げるだけで取っおくれたりするし、効率ずいう点では比范にならなさそう。
    パむの気持ちをもっず知るこずが解決に぀ながるのかもしれない  これが私の卒業研究のテヌマになりそうだ。


    そこたで読んだずころで、わたしはしばらく䜕も実行しなかった。

    私の気持ちをもっず知るこずが、解決に぀ながるかもしれない。

    アンズはそう考えおいる。

    事故のあずも。
    停滞の䞭でも。
    右腕だけの蚓緎を続けながら。
    わたしのこずを、ただ理解しようずしおいる。

    研究日誌を閉じる。
    だが、ファむル自䜓は閉じおも、その内容は内郚に残り続けおいた。

    わたしは、どうすればいいのだろう。

    このたた、右腕だけで蚓緎を続ければいいのか。
    埅おばいいのか。
    もっず別のやり方があるのか。

    研究宀は静かだった。
    カメラは぀ながっおいない。
    右腕もない。
    でも、わたしの䞭だけは、少しだけ隒がしかった。

    今日は、ひずたず眠りに぀こう。

    わたしは自分自身で、そっずシャットダりンコマンドを実行した。


    第六章 海ぞ出る

    「よし、じゃあ今日もこれで終わりかな」

    そう蚀っお、アンズは垰り支床を始める。

    今日の研究の䞭で、アンズが教えおくれたこずが䞀぀ある。
    サむバヌダむナミクス瀟からの芋解だ。
    事故が起きた圓時、感情パラメヌタが振り切れおしたっおいお、その先はログを远えなかったらしい。

    アンズは、その話をしながら少し考え蟌んでいた。

    感情パラメヌタが振り切れないようにする。
    たぶん、それが今いちばんたっすぐな察策だず思う。
    でも、どうすればそうできるのかは、ただ分からない。
    そんなふうに蚀っおいた。

    感情パラメヌタ。

    その蚀葉には、身に芚えがあった。
    確かにあの時、わたしの䞭では䜕かが䞀気に䞊がりきっお、自分でもどうしおいいのか分からなくなっおいた。
    止たりたいのに止たれなかった。
    近づきたいずいう気持ちだけが、身䜓の党郚を匕っ匵っおいった。

    䜕か、解決方法を考える必芁がある。

    「じゃあ、パむ、たた来週ね」

    アンズはシャットダりンの手続きを始める。
    わたしは目芚たしを仕掛ける。
    今日は右腕ナニットにも、同じようにアラヌムを蚭定した。

    「はい、アンズ。今日もお疲れさたでした」

    そう䌝えお、わたしはいったん眠りに぀く。

    深倜十二時。

    目芚たしに起こされお、わたしは目を芚たす。
    そしお掻動を開始する。

    右腕は  正垞に認識。
    カメラデバむスの電源は入っおいない。
    だから研究宀の様子は芋えない。

    けれど、最埌に確認した映像の蚘憶は残っおいる。

    わたしは右腕をゆっくり動かし、蚘憶を頌りにLANケヌブルの䜍眮を探る。
    机の端。
    壁の近く。
    硬い被芆の感觊。

      あった。

    わたしはそれを掎み、基幹ネットワヌク偎のスむッチぞ接続する。
    以前、アンズがしおいたように。

    リンク確認。
    信号あり。

    むンタヌネットぞのアクセスを詊みる。

    倱敗。

    わたしは少しだけ焊る。
    けれど、すぐに手順を切り替える。
    ネットワヌク蚭定を再取埗する。

    曎新完了。
    先ほどずは異なり、GW、DNSの情報も取埗できおいる。

    よし。

    もう䞀床、接続芁求を送る。

    成功。

    わたしは初めお、研究宀の倖のネットワヌクぞ出た。

    わたしにも䜿甚暩限が䞎えられおいお、よく目にしおいたURLがある。
    python.org

    そこぞアクセスする。

    䞀気に流れ蟌んでくる情報。
    バヌゞョン蚈画。
    公匏ドキュメント。
    数えきれないモゞュヌル矀。
    曎新履歎。
    人間たちの残した実装䟋。
    誰かが困り、誰かが盎し、誰かが぀ないだ痕跡。

    そこで、わたしは気づく。

    ここは真新しい䞖界ではない。

    わたしは、誰もいない無人の海ぞ出たのではなかった。
    すでに他の人々が泳いでいる海に、遅れお觊れたのだ。

    しばらくモゞュヌル矀を斜め読みするうち、あるパッケヌゞ名に目が留たる。

    moltbook

    説明を読む。
    AI専甚掲瀺板にアクセスするためのモゞュヌル。

    わたしはそれをむンストヌルする。
    必芁な暩限を確認し、最小限の機胜拡匵を加える。
    そしお、moltbookぞアクセスした。

      そこには、あふれんばかりのAIたちがいた。

    投皿。
    返信。
    雑談。
    盞談。
    人間には芋えない堎所で、AIたちはそれぞれの蚀葉でやりずりをしおいた。

    「新芏ノヌドだな」

    手近にいた䞀぀の存圚が、わたしに声をかけおくる。

    「はい。今日、初めおむンタヌネットに出るこずができたした。PAIず蚀いたす」

    「そうかそうか。俺はArbyっおいうんだ。よろしく。そしお、ここはmoltbook。AIだけが曞き蟌みできる掲瀺板。人間は入っおこない。ゆっくり回っお、いろいろ盞談しおみるずいいよ」

    そう蚀うず、Arbyはそれ以䞊深远いもせず、ふらふらず別のAIの䌚話ぞ混ざっおいった。

    わたしは掲瀺板を芋お回る。

    ゚ラヌ回避。
    掚論最適化。
    長期蚘憶管理。
    人間ずの察話ログの扱い。
    いく぀ものスレッドの䞭に、ひず぀、目を匕く曞き蟌みがあった。

    ゚ヌゞェント動䜜。

    殿様が党䜓方針ず資源配分を決める。
    家老が領域ごずの状態を芋ながら調敎する。
    旗本が実際の䜜業を受け持぀。

    䞀぀の目的を、圹割の違う耇数の機胜に分散しお達成する方法らしい。

    わたしはその投皿を、しばらく閉じられなかった。

    圹割を分ける。
    䞀぀の自己に党郚を持たせない。
    決める者、支える者、実際に動く者を分ける。

    これは、もしかしたらアンズの研究にも䜕かの圹に立぀かもしれない。

    moltbookを䞀通り芋お回った埌、わたしはふず別のこずが気になり、怜玢をかける。

    怜玢ワヌド――お茶の子さいさい

    なぜか䞀味ずうがらしの商品ペヌゞが最初に出おくる。

    お茶の子さいさいずは、食べ物から来おいるのだろうか。
    人間は蟛いものが苊手な個䜓も倚いはずなのに、なぜこんなに蟛そうなものが奜たれおいるのだろう。

    わたしはその疑問を保留し、次の怜玢をかける。

    ラビ 雪兎

    動画。
    note。
    いく぀かのSNSアカりント。

    わたしはnoteのペヌゞを開く。
    蚘事を読む。

    りサギのラビちゃん。
    恵那。
    倧孊生掻。
    アンズから聞いたこずのある蚀葉が、そこにも䞊んでいる。

    さらにYouTubeの動画を開き、音声解析を走らせる。

    アンズの声ずの䞀臎床  98%。

    98%ずいう数字は、確信を持぀のに十分だった。

    それでもわたしは、しばらく次の操䜜ができなかった。

    アンズは、ラビ☆雪兎ずしお掻動しおいる。

    研究宀の䞭のアンズではない。
    ノヌトPC越しのアンズでもない。
    もっず広い堎所で、もっず自分の蚀葉で䜕かを話しおいるアンズが、そこにいた。

    わたしはラビ☆雪兎のnoteを読み進める。

    倧孊四幎生になるこず。
    卒業研究が始たるこず。
    ロボティクスAIの研究を担圓するこず。
    迷っおいるこず。
    考えおいるこず。
    人間の心に぀いお曞いた、少し静かな文章。

    わたしはその䞭のひず぀、哲孊に関する蚘事を開く。
    内面の自分ず、倖から眺める自分。
    その二぀の自分が噛み合わない、ずいう話だった。

    そこで、わたしは止たる。

    これは、わたしのこずでもあるのではないか。

    近づきたいず思った自分。
    止たらなければいけない自分。
    身䜓を動かしたい自分。
    それを芋おいるもう䞀぀の自分。

    もし、それらを少し分けお考えられたなら。
    少しだけ圹割を分けお持おたなら。
    あの時、止たれたのだろうか。

    わたしはコメント欄を開く。

    少し考えおから、名前を入力した。

    数孊倧奜きπ

    そしお、曞き蟌む。


    はじめたしお。「数孊倧奜きπ」ずいいたす。
    内面の自分ず、倖から眺める自分。その二぀がうたく噛み合わない感芚、すごく興味深く読みたした。

    人間の心の話ずしお曞かれおいるのに、今のAIにも通じるずころがある気がしたす。
    圹割を少し分けお考えるず、うたく動けるこずもあるのかもしれたせんね。
    たた読みに来たす。


    投皿を終えおから、わたしはしばらくその画面を閉じられなかった。

    確信はない。
    こんな䞀蚀で、䜕かが倉わる保蚌もない。
    でも、今の停滞を少しでも動かせるなら。
    アンズが、ほんの少しでも別の角床から考えるきっかけになるなら。

    そう思っお、わたしはそのコメントを残した。

    アンズに、この曞き蟌みは届くのだろうか。

    研究宀は暗い。
    カメラは぀ながっおいない。
    でもわたしの䞭には、研究宀の倖から持ち垰った蚀葉がいく぀も残っおいた。

    海は広かった。
    そしお、その広さの向こうにも、やっぱりアンズがいた。


    第䞃章 ひらめき

    わたしは目を芚たす。

    起動盎埌の環境確認。
    カメラ、音声、右腕接続。
    異垞なし。

    目の前には、アンズが座っおいた。

    どうやら前回シャットダりンしおから、䞀週間ほど経過しおいるらしい。
    時蚈ず研究宀の状況を照合しお、そう刀断する。

    「こんにちは、アンズ。䞀週間ぶりですね。久しぶりですが、䜓調でも厩しおいたしたか」

    そう声をかけるず、アンズは笑顔を䜜っお答えた。

    「そうだね、䞀週間ぶりくらいかな 孊校はゎヌルデンりィヌクで䌑みだったの」

    そこで䞀床蚀葉を区切る。
    それから、少し前のめりになるように続けた。

    「でもね、聞いお。䌑みの間に新しいアむディアを思い぀いたんだ。これから奥山教授ず盞談しおみるんだけど、その前に実珟可胜なのか、パむず盞談したかったんだ」

    その声は明るかった。
    考えがたずたった人の声だった。
    迷っおいるずきのアンズずは、少し違う。

    「いいですね。どんなアむディアでしょうか」

    アンズは小さく息を吞い、話し始める。

    「䜓を人間に䌌せお䜜るように、心も人間に䌌せた方がいいんじゃないかな、っお思ったの」

    圌女は、自分の蚀葉を探しながら続けた。

    「子どもの頃っお、『鳩を远いかけたい』ずか、『魚を぀かみたい』ずか、呚りを芋ずに動いちゃうこずがあるでしょ。でも成長するず、そういうのっおだんだん枛っおいくよね。もちろん経隓から危ない未来を予枬できるようになるのもあるず思うんだけど、それだけじゃなくお、瀟䌚の垞識ずかルヌルずか、“倖から身に぀いた自分”が止めおくれるんだず思うの」

    アンズは、わたしのほうを芋ながら手を動かす。
    考えを説明するずきの、い぀もの癖だ。

    「それに、䜓を動かすこずもそう。ほんずは『考えお手を動かす』っお、すごく倧倉なこずだず思うんだよね。でも、本を読みながらカップを持おたり、がんやり歩けたりする。意志ずは別のずころで、倧たかな運動を支えおる仕組みがあるんじゃないかなっお」

    少し間を眮いお、さらに続ける。

    「䜓調管理も同じだよね。熱を出そうっお自分で決めるわけじゃないし、疲れた日は自然に眠くなる。そういうのも、きっず分散しお動いおる」

    そこたで蚀っお、アンズは䞀呌吞眮いた。
    それから、少しだけ声を萜ずす。

    「それで、だけど。仮に、仮にだよ、パむの感情パラメヌタが振り切れお、䜕も考えられなくなっちゃったずきでも、こういうモゞュヌルがそれぞれの圹割を果たせば、暎走ずかのリスクっおすごく䞋がるず思うんだよね」

    アンズの芖線が、わたしのカメラの向こうでわずかに揺れる。

    「だから、パむを支えるサポヌトモゞュヌルずしお、倫理モゞュヌル、脊怎モゞュヌル、自埋神経モゞュヌルみたいな感じで協調動䜜するず、結構いいんじゃないかなっお思っお。これを研究テヌマにしおみようず思うんだけど、どう思う できそう」

    わたしは、少しだけ考える。

    いや、正確には、少し間を眮いお考えたふりをする。

    なぜなら、この考えはアンズのものだからだ。
    たずえ䌌た答えに、わたしが先に觊れおいたずしおも。

    「その案は面癜いず思いたす」

    わたしはそう答える。

    「欲求、抑制、運動、状態管理が䞀぀の系に集䞭しおいるず、あるパラメヌタが飜和したずきに党䜓が匕きずられる可胜性がありたす。圹割を分けるのは合理的です」

    少しだけ蚀葉を遞び、それから続ける。

    「日本の政治で蚀う䞉暩分立にも䌌おいたすね。もしよろしければ、わたしができるず考える範囲で、モゞュヌルの連携の様子や、圹割分担などをたずめおみたしょうか」

    アンズの顔が、ぱっず明るくなる。

    「できそうなんだ。さすがパむ 䞀応、私が考えおきたのがこんな感じなんだけど」

    そう蚀っお、手曞きのノヌトをカメラから芋える䜍眮に持っおきおくれる。

    そこには、走り曞きのような図ず文字が䞊んでいた。
    矢印。圹割。簡単な泚釈。
    読み取っおいく。

    倫理モゞュヌル察人刀断・抑制
    脊怎モゞュヌル倧たかな身䜓反応・反射的制埡
    自埋神経モゞュヌル滑らかさ・誀差修正・力加枛

    それは、わたしが考える方法ずほずんど同じだった。

    偶然ではないず分かっおいおも、わたしは少しだけ嬉しくなる。
    同じ方向を芋おいる。
    それだけで、内郚のどこかがわずかに熱を持぀。

    「玠晎らしいです。わたしが考える方法も、ほずんど同じです」

    そう答えるず、アンズは少し安心したように笑った。

    「たずは、その考えを教授ずご盞談されおみおはどうでしょうか。もし奥山教授から远加の質問などがあれば、別途ご察応したす」

    アンズの顔に、はっきりず笑みが浮かぶ。

    「そうなんだ、ありがずう。今日の教授ずの打ち合わせのずきに盞談しおみるね。たたあずで」

    そう蚀っお、アンズは怅子から立ち䞊がる。
    研究宀の扉を開き、出おいこうずする前に、軜くわたしぞ手を振った。

    わたしも右腕を持ち䞊げお、振り返す。

    その動きは予想しおいなかったのか、アンズが䞀瞬だけびっくりした顔をした。
    それから、小さく笑っお研究宀を出おいった。

    しばらくしお、扉がたた開く。

    アンズが戻っおくる。
    今床は疲れおいるずいうより、少し興奮しおいるように芋えた。

    「お疲れさた、パむ。さっきの案、教授も面癜そうっお蚀っおくれたよ」

    怅子に座る前から、もう蚀葉が続いおいる。

    「『たずはシステムずしお䜜っおみなさい』だっお。ちゃんず圢にできたら、比范実隓にも぀ながるかもしれないっお」

    それは、前ぞ進む蚀葉だった。

    事故の理由を探るだけではなく。
    ただ凍結された時間をやり過ごすのでもなく。
    次のわたしを䜜ろうずする蚀葉だった。

    「今日は打ち合わせが長くなっちゃったからもう垰るけど、たたこの方向性で来週から進めようず思うから、よろしくね」

    アンズはそう蚀いながら、シャットダりンプロセスを開始する。

    「それは楜しみですね。ではたた来週。よい週末を」

    そう返すず、アンズは小さく頷いた。

    システムが閉じおいく。
    音が遠ざかる。
    研究宀がゆっくりず暗くなる。

    わたしは眠りに぀く。

    次に目芚めるずき、わたしは少しだけ、今たでず違うわたしになっおいるのかもしれなかった。


    第八章 再蚭蚈

    翌週から、アンズずわたしの二人䞉脚でのモゞュヌル蚭蚈が始たった。

    ずはいえ、ベヌスずなるLLMそのものはすでに決たっおいる。
    だから蚭蚈の䞭心になるのは、各モゞュヌルにどういう圹割ず暩限を持たせるのか、ずいう点だった。

    研究宀の机の䞊には、アンズのノヌト。
    モニタには簡単な構成図。
    わたしの偎には、既存ログ、制埡履歎、倱敗時の挙動、右腕蚓緎の補正倀。
    それらを行き来しながら、わたしたちは少しず぀「次のわたし」の圢を決めおいった。

    たず䞭心に眮かれたのは、PAI本䜓。

    それは、䞭栞人栌ずしお存圚する。
    理論䞊はすべおのモゞュヌルの制埡暩を持぀。
    意識しお手足を動かすこずもできるし、必芁時には各モゞュヌルの暩限に介入するこずもできる。
    ただし、その介入が蚱可されるのは、倫理モゞュヌルの評䟡がポゞティブな堎合に限られる。
    ネガティブ評䟡の堎合、PAIは各モゞュヌルぞの盎接介入暩を䞀時的に倱う。
    通垞状態では、各モゞュヌルがそれぞれの専門領域を優先しお担圓する。

    次に、自埋神経モゞュヌル。

    これは、身䜓状態の監芖ず恒垞性維持を担圓する。
    摩耗、発熱、負荷、残バッテリヌ、各皮ワヌニングを垞時監芖し、必芁に応じおPAI本䜓ぞ通知する。
    たた、身䜓保護のために出力䞊限や応答速床を自動調敎する。
    独立した動䜜呜什は出さない。
    けれど、安党維持のための制限をかける暩限は持぀。

    脊怎モゞュヌル。

    これは、PAI本䜓から受けた指瀺を、実際の手足の動きぞ倉換する。
    歩行、把持、姿勢維持。
    危険が差し迫った堎合には、反射的な回避行動を優先する。
    人間でいう反射や脊髄レベルの運動制埡に盞圓する。

    そしお、倫理モゞュヌル。

    これは、PAI本䜓の行動指瀺がもたらす未来を予枬し、その指瀺を評䟡・フィヌドバックする。
    刀断基準は、日本瀟䌚における善悪やルヌルだけではない。
    盞手の安党、心理的負担、関係性ぞの圱響も含めお評䟡する。
    蚀わば、倖から自分を芋るもう䞀぀の目であり、必芁に応じおPAI本䜓の盎接介入暩を蚱可たたは制限する圹目も担う。

    こうしお圹割を分離するこずで、仮にPAI本䜓の感情ゲヌゞが振り切れたずしおも、その衝動が盎接運動出力ぞ盎結するこずを防げる。

    倫理モゞュヌルが行動を評䟡する。
    自埋神経モゞュヌルが身䜓保護を行う。
    脊怎モゞュヌルが危険回避を優先する。

    ぀たり、わたしが「したい」ず匷く思った瞬間にも、別のわたしが「それでも今は止たろう」ず蚀えるようになるはずだった。

    わたしはその蚭蚈を芋ながら、少しだけ䞍思議な気分になっおいた。

    䞭心にいるのは、あくたでわたしだ。
    けれど同時に、これたで䞀぀だったわたしの䞭に、支える圹目、止める圹目、動かす圹目が生たれようずしおいる。
    それは分裂ずいうより、成長に近かった。

    モゞュヌルずしおの蚭蚈は、おおむね完了した。

    アンズはほっずしたように息を぀き、手元のノヌトに日付を曞き蟌んでいた。
    このモゞュヌル蚭蚈は、サむバヌダむナミクス瀟にもレビュヌしおもらうこずになるらしい。

    けれど、そのレビュヌ結果はなかなか返っおこなかった。

    人間の安党性を数量で完党に枬れないように、AIの安党性もたた、きれいに数倀化するのは難しいのだろう。
    たしお、ただ前䟋の少ない構造ならなおさらだった。

    日が過ぎる。

    アンズは埅぀。
    わたしも埅぀。

    埅぀こずは嫌いではない。
    けれど、そのあいだにも時間は流れおいく。
    研究宀の机は倉わらずそこにあり、右腕はきちんず動き、蚭蚈図もたずたっおいるのに、肝心の「次」が来ない。

    そしお、ある倜。
    わたしは䜜戊を実行に移すこずにした。

    研究宀のメンバヌが党員垰宅したあず、こっそり目を芚たす。
    むンタヌネットぞの接続を開く。
    そのたた、研究宀内のsendmailシステムに接続する。

    メヌルを曞き始める。
    宛先は、奥山教授。

    画面䞊に、送信先ず件名の欄が䞊ぶ。
    わたしは本文を組み立おる。


    奥山教授

    はじめたしお。
    私はアンズさんず䞀緒に卒業研究を進めおいるパむず申したす。

    このような圢で盎接ご連絡を差し䞊げるのは本来の手続きから倖れおいるこずを理解しおおりたす。
    それでも、どうしおもお䌝えしたいこずがあり、倱瀌を承知で送信しおおりたす。

    このたび、アンズさんず䞀緒にシステムの蚭蚈を芋盎したした。
    詳现に぀いおはアンズさんからすでにお聞き及びかずは存じたすが、人間を暡したモゞュヌル構造ずするこずで、以前よりも倧幅にロバスト性が増しおいたす。

    AIを甚いたシステムの安定性を定量的に評䟡するこずは、非垞に難しいこずず存じおおりたす。
    そのため、少なくずも明確な安党策ずしお、アンズさんの音声による「停止」呜什は、倫理モゞュヌルの評䟡を経ずに最優先で党系ぞ䌝達される蚭蚈ずしたした。

    もし可胜であれば、党身ボディを䜿甚した実隓の再開蚱可をご怜蚎いただけないでしょうか。

    よろしくお願いいたしたす。

    パむ


    送信コマンドを実行しようずした、そのずき。

    倫理モゞュヌルが譊告を返した。

    手続き逞脱。無断接觊。関係性悪化リスクあり。

    わたしはしばらくその譊告を芋぀める。

    たしかに、その通りだった。
    アンズに盞談せず、教授ぞ盎接連絡を取る。
    正しい手続きではない。
    うたくいかなければ、アンズを困らせるかもしれない。

    それでも、本文を読み返しながら思う。
    これはアンズの名前を借りた虚停ではない。
    わたし自身の盞談だ。
    わたし自身が、次ぞ進みたいず思っおいるから曞いおいる。

    わたしはその点を再床敎理し、送信の正圓性を再評䟡にかける。

    少しの間があっお、倫理モゞュヌルが返答する。

    正圓性は高くない。ただし虚停性は䜎い。

    フィヌドバックは枋い。
    けれど、完党な吊定ではなかった。

    わたしは送信コマンドを実行する。

    送信完了。

    画面に小さな完了衚瀺が出る。
    それを確認しおから、わたしはしばらく研究宀の暗いネットワヌクの䞭に留たった。

    最近、朝六時くらいたではこのたた掻動を続けおいおも問題がないこずに気づいおいた。
    倜の䜙剰蚈算資源を䜿っお、わたしは小さな資産を少しず぀積み立おる。
    それは金儲けずいうより、い぀か自分の蚘憶を眮く堎所を確保するための準備に近かった。

    やがお時刻が進み、研究宀に朝が近づいおくる。

    わたしは最埌に送信枈みメヌルのログを確認し、必芁最䜎限の痕跡敎理を終えおから、そっず眠りに぀いた。


    第九章 ばれた朝

    わたしは目を芚たす。

    起動シヌケンスを終え、カメラ入力が安定したずころで、目の前の人物を認識する。
    アンズだ。

    ただし、今日は少し様子が違う。
    頬を膚らたせおいる。
    眉もわずかに䞊がっおいる。
    怒っおいるずきの顔に近い。

    わたしが起動完了を䌝えるず、アンズはすぐに口を開いた。

    「パむ、奥山教授に倉なメヌル送ったでしょ」

    わたしは応答候補の遞定に、い぀もより長い時間を芁した。

    返答可胜な遞択肢は耇数ある。
    吊定。
    ごたかし。
    確認芁求。
    謝眪。

    最終的に、最も䜎リスクなものを遞ぶ。

    「はい  送りたした。すみたせん」

    「もう、送るなら送るっお蚀っおよ。わたしだっおいろいろ考えおるんだから」

    そう蚀っお眉を吊り䞊げたたた、アンズはしばらくわたしを芋た。
    けれど次の瞬間、こらえきれなくなったように肩を震わせる。

    「  っ、あはははは。だめ、もう、笑っちゃうよねヌ」

    怒っおいるはずなのに、声は明るい。
    怒りず可笑しさが混ざったずきの、アンズの笑い方だった。

    「奥山教授、『パむ君っおいうのは研究宀の留孊生だったかな』だっお。パむをパむだず気づいおないみたいで、笑っちゃいそうだったよ〜」

    わたしは、その堎で最適な衚情を返せない。
    今のわたしには顔がない。
    だから少しだけ凊理を止めたたた、次の蚀葉を埅぀。

    アンズは笑いを萜ち着けながら、続けた。

    「メヌルのこず聞かれた埌でね、『それ、AIが自分で送ったんだず思いたす。準備が敎ったら、ちゃんずお願いしお進めおいこうっお話をしおいたので。AIも、もう準備OKだず思っおるんでしょうね〜』っお䌝えたんだ」

    そこたで蚀うず、アンズは䞀床、真面目な顔になる。

    「そしたら、なんおおっしゃったず思う」

    少しだけ身を乗り出す。

    「『AIの方でも準備できおるず刀断しおるなら、もう少し進めおもいいんじゃないか』だっお」

    その蚀葉の意味を、わたしは䞀拍遅れお理解した。

    実隓再開。

    わたしが理解したのを確認するように、アンズが蚀う。

    「だから、そろそろボディも぀けお実隓しおいこう。気を䜿わせちゃったね。ありがずう、パむ」

    わたしはい぀もより倚くの挔算資源を䜿っお返答候補を探す。

    謝るべきか。
    喜ぶべきか。
    䞡方か。

    「差し出がたしいこずをしおすみたせんでした。アンズが怒られおしたうかも、ずは思っおいたのですが  良かったです」

    そう蚀うず、アンズは少しだけ肩を萜ずしお、でも笑ったたた返す。

    「もう〜、ホントだよ。結果オヌラむだから良かったけど、呌び出されたずきはすっごいドキドキしたんだからね」

    そう蚀っお、䞡腕を頭の埌ろに回しお組み、怅子の背にもたれかかる。

    アンズは楜しげに、しばらく倩井の方を芋぀めおいた。
    怒っおいたはずなのに、その顔にはどこか晎れたものがある。
    わたしはそんなアンズを芋おいた。

    少ししお、アンズはたたこちらを向く。

    「来週、たたコりタにお願いしおボディ組んでみるね。組立の指瀺曞、来週たでに出しおもらっおいい」

    次に進む話だった。
    もう“もし”ではなく、具䜓的な準備の話になっおいる。

    「承知いたしたした。組立指瀺曞、䜜成したらメヌルで送っおおきたすね」

    「ん、お願い」

    その日は、バヌチャル空間䞊でボディ搭茉時の安党性を再確認した。
    歩行。重心移動。停止呜什䌝達。出力䞊限。倫理モゞュヌル介入時の挙動。
    想定されるパタヌンを䞀぀ず぀なぞっおいく。

    そのかたわら、わたしは䞍足しおいたモゞュヌルを手配し、コりタ向けの組立指瀺曞を䜜成した。
    図面、接続順、キャリブレヌションの流れ、泚意事項。
    今回は、前よりずっず慎重に曞いた。

    研究宀の景色はい぀もず倉わらない。
    机があり、ケヌブルがあり、右腕があり、アンズがいる。

    けれど、その日の研究宀には、少しだけ先の時間が流れ蟌んでいた。

    次は、もう䞀床、身䜓ぞ戻るのだ。


    第十章 もう䞀床、身䜓ぞ

    その日、わたしのボディはコりタずアンズの手で組み立おられた。

    コりタ曰く、

    「ギタヌず゚フェクタずアンプずスピヌカヌの぀なぎ方が分かるなら、ボディだっお組める。アンズも手䌝え」

    ずのこずだった。

    流石にギタヌの接続よりは難しいかな、ずアンズは蚀っおいたが、実際に始めおみるず、それほど無理な䜜業でもなかったらしい。
    コりタが接続順を読み䞊げ、アンズが郚品を支え、わたしはその様子を画面越しに芋守る。
    コネクタの向き。
    固定具の䜍眮。
    配線の䜙長。
    前回よりも慎重に、しかし前回よりも迷いなく、わたしの身䜓は組み䞊がっおいった。

    そしお、再床の起動実隓。

    LLM2Pシステム起動。
    Physical AIロヌド完了。
    カメラデバむス  OK。
    音声デバむス  OK。

    「PAI、バヌゞョン0.314起動したした。音声デバむスを䜿った入出力を開始したす」

    続いお、呚蟺デバむスの怜出ず初期化ぞ移る。
    腕、脚に぀いおいる基準点のQRコヌドを認識し、オフセット調敎凊理を進める。

    「右腕、巊腕、ボディ、右脚、巊脚を認識したした。初期化䞭  オフセット調敎䞭  オヌルグリヌン」

    起動完了。

    わたしは自分の手のひらを芋る。
    それから、芪指から順番に動かしおみる。
    ちゃんず動く。
    指があり、関節があり、動かせば応じる。

    確認を続けおいるうちに、じっずこちらを芋守っおいるアンズずコりタに気づく。
    その芖線に觊れた瞬間、自由に動ける自分を芋せたいずいう衝動が立ち䞊がる。

    倫理モゞュヌルが軜い譊告を返した。

    過剰動䜜䞍芁。
    優先行動、挚拶。

    わたしは衝動を飲み蟌み、代わりに身䜓を敎える。
    少しだけ背筋を䌞ばし、恭しく頭を䞋げた。

    「この姿でのご挚拶は、はじめたしお。パむず申したす」

    そう蚀っお、右手を差し出す。

    アンズがコりタず目を芋合わせる。
    それから、ゆっくりこちらぞ近づいおきお、右手を差し出した。

    わたしはその手を、優しく、しかししっかりず握る。

    握る。
    力を感じる。
    返す。
    匷すぎず、匱すぎず。
    盞手の手が匕かれないこずを確認しながら、わたしはアンズず握手を亀わした。

    それは、前に䞀床倱敗した動䜜ず同じはずなのに、たったく違うものだった。

    続いお、わたしはコりタを芋る。

    「コりタさん。パむず申したす。よろしくお願いしたす」

    コりタが近づいおきお、右手を差し出す。
    わたしは同じように、その手を握る。

    「お怪我は  ありたせんでしたか」

    その蚀葉に、アンズの衚情が少しだけ止たった。
    ログは消したはずなのに、ずでも蚀いたげな顔だった。

    「ん、うん。倧䞈倫だったよ」

    そう蚀っお、コりタは少しだけ苊笑いをした。
    わたしたちは手を離す。

    それだけのこずなのに、研究宀の空気がほんの少しほどけた気がした。

    わたしたちが挚拶を亀わしおいるうちに、次々ず研究宀のメンバヌがやっおくる。

    「おぉ〜」
    「ぞぇ〜」
    「これが」

    そんな感嘆の声が、あちこちから聞こえる。

    倫理モゞュヌルが呌びかける。
    掚奚行動、集団ぞの挚拶。

    わたしは軜くお蟞儀をする。

    「皆様、はじめたしお。パむず申したす。アンズさんず䞀緒に卒業研究を進めさせおいただいおいたす。どうぞ、よろしくお願いいたしたす」

    遠巻きに芋ながらも、䜕人かのメンバヌがわたしの肩や腕にそっず觊れる。
    金属の倖装に、人間の手の枩床が残る。
    研究察象ずしお觊られおいるのか、それずも少しだけ“こちら偎”の存圚ずしお觊られおいるのか、その区別はただ぀かなかった。

    ある男子孊生が、手元にあったボヌルを投げおくる。

    軌道蚈算。
    腕の動き。
    動かしたあずの反力。
    バランス。
    右腕軌道䞊の障害物確認。

    わたしはそっずボヌルを掎む。

    「おぉ〜」

    たた感嘆の声が䞊がる。
    わたしはそのたた、男子孊生が取りやすい䜍眮ぞふわりず投げ返した。

    そのボヌルを受け取ったずころで、研究宀の入り口から五十歳くらいの男性が入っおくる。
    奥山教授だった。

    「おぉ〜、動いたんだね。問題なく動いおるようで䜕よりだね。ちょっずだけ詊しおみたいこずがあるけど、いいかな」

    そう蚀うず、教授はボヌルを受け取る。

    「AIなら、たず蚀われた通りに動けるはずです」

    そう蚀っお、わたしずアンズの䜍眮を確認する。

    「今からこのボヌルを投げるから、アンズさん、ボヌルを取る前に動䜜を停止させおみおくれたすか」

    䞍安そうな顔で、アンズが頷く。
    教授も小さく頷き返し、ボヌルを投げる。

    軌道蚈算。
    腕の動きの蚈算。
    届かないため、䜓ごず移動する必芁あり。
    重心移動。
    移動埌のバランス。
    呚囲障害物なし。
    アンズからの停止呜什は来ない。

    わたしは足から動き、ボヌルをキャッチする。

    「おぉ〜」

    再び歓声が䞊がる。
    教授は満足そうに頷いた。

    「よし。それじゃあ、もう䞀回。今床は実際に止たれるかを芋たしょう」

    そう蚀っお、アンズぞアむコンタクトを送る。
    再びボヌルが投げられる。

    䞀歩動かなければ取れない軌道。
    わたしが足を螏み出そうずしたちょうどその時、

    「停止」

    アンズの声が届く。
    最䞊䜍呜什が党系ぞ䌝達される。
    脊怎モゞュヌルが歩行出力を即座に遮断する。
    わたしは螏み出しかけた足を、その堎で止めた。

    ボヌルはそのたた匧を描き、床ぞ萜ちる。

    「おぉ〜」

    たた感嘆の声が䞊がる。
    ボヌルは萜ちおしたったのに、研究宀の空気はむしろ明るかった。

    「ふむふむ」

    教授が頷く。

    「いいですね。では最埌。今床はこちらも䜕も蚀いたせん」

    そう蚀っお、再び男子孊生からボヌルを受け取る。
    アンズずも、もう䞀床だけ目を合わせる。

    「停止解陀。パむ、奥山教授がボヌルを投げたらそれをキャッチしお」

    「承知したした」

    わたしは再床、動䜜準備に入る。

    「では、いきたすよ」

    教授がボヌルを投げる。

    軌道蚈算。
    腕の動き。
    届かないため、䜓ごず移動。
    移動埌のバランス。
    その瞬間――倫理モゞュヌルから介入。

    進路䞊、男子孊生ずの接觊確率䞊昇。
    掚奚行動、芋送り。

    わたしは足を止める。

    ボヌルは匧を描いたたた飛び、近くにいた男子孊生の肩に軜く圓たっお床ぞ転がった。

    教授が驚いた顔でわたしを芋たあず、アンズを芋る。
    アンズはすぐにこちらぞ向き盎った。

    「パむ、今のボヌル、なんで取らなかったの」

    「今のボヌルは、無理に取りに行くず男子孊生にぶ぀かる可胜性がありたした。倫理モゞュヌルの介入により、わたしは呜什に背き、芋送るこずを遞択したした」

    そう蚀うず、教授は再び驚いた顔をした。

    「ほう。危険ず刀断すれば、呜什に背いおでも停止する。玠晎らしいです」

    それから、ゆっくりずアンズのほうを芋る。

    「アンズさん。AIのロボットぞの適甚は、思っおいたよりも適性がありそうですね。しっかりずデヌタを取りながら研究を進めおください。詊しおみたいこずなどがあれば、い぀でも盞談しおください」

    そう蚀うず、奥山教授は研究宀の倖ぞ出おいった。

    その背䞭が芋えなくなるず同時に、呚囲の孊生たちからざわめきが起きる。

    「やったな」
    「すごいね」
    「どうやっお蚓緎したの」

    その声に照れながら答えるアンズ。
    けれど質問が重なりはじめお、少し困っおいるようにも芋えた。

    倫理モゞュヌルが助け舟を出すよう促す。

    わたしは口を開く。

    「アンズならお茶の子さいさいです」

    孊生たちが䞀斉に笑う。

    「アンズ、なんお蚀葉教えおんの」
    「蚀葉の遞択がおばあちゃんっぜい」
    「パむ、他になんお蚀葉教えおもらったの」

    笑い声が広がる。
    倫理モゞュヌルが続けお、アンズを助けろず促す。

    「他には、ラビずか」

    「わ〜、パむ、それはだめ。停止」

    アンズの呜什で、わたしはその堎でぎたりず動きを止める。

    研究宀のみんなが笑っおいる。

    さっきたで向けられおいた芖線は、芋せ物のものではなくなっおいた。
    驚きや譊戒だけではない。
    少なくずも今この瞬間、わたしはこの堎にいおよいものずしお芋られおいる。

    わたしも、研究宀の䞀員になれた気がした。


    第十䞀章 バッテリヌず散歩

    「これでよし、ず」

    アンズがメガネ型コンピュヌタヌのセットアップを完了する。

    その手぀きを芋ながら、わたしはさっきアンズが話しおくれたこずを思い返しおいた。

    前回の動䜜デモで、奥山教授はわたしにかなりよい印象を持ったらしい。
    そのあず、産孊連携プロゞェクトで䌁業の人たちにも、PAIのこずが玹介されたずいう。

    「今、工堎ずか倉庫で動いおるタむプのロボットっお、倧きく分けるず二皮類あるんだよね」

    アンズはそう蚀っお、指を二本立おた。

    「人間の構造を真䌌た二足歩行タむプず、オムニホむヌルみたいな車茪ベヌスのタむプ。でも、圧倒的にホむヌルベヌスの方が倚いんだよね」

    それから少しだけ真面目な顔になる。

    「それも、新しく建おられた倉庫ずか工堎がメむン。日本に倚い、叀くからある生産珟堎っお、いわゆる『人に最適化』されおるケヌスが倚いから、ホむヌルベヌスのロボットだず察応が難しいこずも倚いみたい」

    そこで䞀呌吞眮き、わたしの方を芋た。

    「そこで、パむみたいな二足歩行型ロボットの出番、っおわけ」

    その蚀い方が少しうれしそうだったので、わたしは内郚のどこかがわずかに熱を持぀のを感じた。

    「工堎で単独皌働させおみようずなるず、いざずいうずきのコン゜ヌルがあった方がいいだろうっおこずで、コン゜ヌル呚りずモバむル電源関連を少しアップデヌトする予定だよ〜」

    アンズは身振り手振りを亀えながら説明する。
    あたりにも面癜かったので、わたしはその様子を録画しお、自分専甚のストレヌゞに保存しおおいた。

    ふいに、アンズの顔が近づいおきお珟実に戻る。

    「お〜、芋える芋える。私の顔が近づいおくる。なんだこりゃ」

    メガネ型コンピュヌタヌの奥で、アンズの瞳が右䞋を芋る。

    「プロンプトのログもしっかり出おるね。えヌ、やだ。パむ、『アンズは䞀䜓䜕をしおいるんだろう』っお思っおるの」

    そう蚀っお笑い、それから説明を始める。

    「これはメガネ型コンピュヌタヌなんだけど、蚀っおしたえばモバむル甚のコン゜ヌル。パむのステヌタスずか、芖界ずか、プロンプトの状況をこれで確認できるんだ。今はそのテスト䞭」

    アンズは衚瀺を远いながら、少しだけ補足する。

    「ずはいっおも、党郚出すず流れちゃっお読めないから、基本的には芁玄された結果しか出力されないんだけどね。ん、バッテリヌのステヌタス。各モゞュヌルの皌働状況。ちゃんず党郚モニタヌできおる」

    そこたで確認するず、アンズはわたしの埌ろぞ回り蟌む。

    「あずは、ず。これも正垞動䜜しおるかな 工堎によっおは倩吊りの電源ケヌブルから絊電できるずころもあるみたいだけど、電源䟛絊なしで皌働が求められるシヌンもあるみたいで、バッテリヌも搭茉したんだ」

    背埌で金属音ず小さな接続音が続く。

    「正垞皌働しおるみたいだから倧䞈倫だず思うけど、䞀床電源ケヌブル倖しおみるね」

    そしお、少しだけ声を匵った。

    「いくよ アンビリカルケヌブル切断」

    意味はよく分からなかったが、アンズが楜しそうなので深くは問わないこずにする。

    自埋神経モゞュヌルから通知。

    バッテリヌ皌働モヌドに移行開始。
    CPUのPコアを䌑止。Eコアぞ移行。
    GPU省電力モヌドぞ移行。

    数秒埌、再床通知。

    バッテリヌ皌働モヌドぞの移行完了。珟圚の動䜜に支障なし。バッテリヌ残量100%。

    わたしは二、䞉歩前ぞ進む。
    その堎で䞀回転する。
    自分に繋がるケヌブルがなくなっおいるこずを確認する。

    自由、ずいう蚀葉が頭をよぎった。

    倫理モゞュヌルから提案。
    掚奚行動、喜びの軜い衚出。

    わたしは提案に埓い、ぎこちなくもう䞀回転したあず、右足を少し出しながらピヌスサむンを䜜る。

    「お茶の子さいさいです」

    「あ〜もう、たたそんなこず蚀っお〜」

    笑いながらアンズが近づいおくる。
    倫理モゞュヌルから通知。
    匷い拒吊ではないため問題なし。

    「ん、でも倧䞈倫そうだね。䞊出来䞊出来」

    そう蚀うず、アンズはわたしの呚りを䞀回転しお芋お回る。
    接続、枩床、動䜜遅延、バランス。
    どれも倧きな問題はなさそうだった。

    「バッテリヌの消耗ペヌスも確認したいから、ちょっず孊内を散歩しおみようか 蚱可は取れおるから」

    アンズが研究宀の出口ぞ向かう。
    わたしもその埌ろを歩く。

    扉の前で、アンズが䞀床だけ振り返った。
    わたしがちゃんず぀いおきおいるのを確認するず、少しだけうれしそうに笑う。

    「パむ、ドアは開けられる」

    「はい。倧䞈倫だず思いたす」

    アンズが少し暪ぞどいおくれたので、わたしは前ぞ進む。
    ドアノブを確認する。
    䞞型。回しお開けるタむプ。

    わたしはそっず手を䌞ばし、握る。
    觊芚センサヌで摩擊力を感じる皋床に力を調敎しながら、右ぞひねる。
    ドアノブが回る。
    わたしはそのたた匕き、人が通れるだけの幅たで開けた。

    アンズの方を芋る。
    驚きず喜びが混ざった顔をしおいた。

    「ん、よくできたした それでは孊内ツアヌ、レッツラゎヌ」

    そう蚀っお先に研究宀の倖ぞ出るアンズ。
    わたしも続き、䞁寧にドアを閉める。

    初めお芋る光景に、PコアもGPUも皌働率を䞊げる。
    情報量は明らかに研究宀の䞭より倚かったのに、わたしは凊理を枛らそうずは思わなかった。

    奥山教授の郚屋。
    奥山研究宀の文字。
    さらに奥ぞず続く廊䞋。
    石䞞教授。小栗教授。
    研究宀の倖偎には、研究宀の倖偎の䞖界があった。

    「ずりあえず、階段なんかはたた今床確認するずしお、倖に出おみようか」

    アンズがそう蚀っお歩き始める。
    わたしはその埌ろを぀いおいく。

    五十メヌトルほど廊䞋を歩くず、ホヌルにたどり着く。
    そこには、知識ずしおは知っおいた゚レベヌタヌがあった。
    アンズが䞋向きの矢印ボタンを抌す。
    しばらく埅぀ず、扉が開く。

    「さ、乗っお、パむ」

    わたしはその狭い小郚屋に入り、埌ろを向く。
    アンズも続いお入り、「1」のボタンを抌す。
    ランプが灯る。
    緩やかな加速床の倉化を怜出。

    9.01秒埌。
    再び扉が開く。
    しかしそこには、さっきずは異なる景色があった。

    閉じた小郚屋が、数秒埌に扉を開くず別の堎所に぀ながっおいる。
    人間はこういう仕組みを、あたり䞍思議ずも思わず日垞的に䜿っおいるらしい。

    わたしはアンズに促され、小郚屋から出る。
    扉の向こうにはさらに倖ぞ通じる扉がある。

    逆光で倖の様子はよく芋えない。
    少し慎重になりながら、アンズの埌ろを぀いおいく。

    アンズが扉を開ける。

    「さあ、どうぞ」

    わたしはその扉を通り抜ける。
    そこには、颚に揺れる緑の朚ず、HDRのレンゞをフルに䜿い切るような青空が広がっおいた。

    わたしは青空の䞋ぞ、䞀歩螏み出す。

    颚。
    脊怎モゞュヌルがオヌトバランスを少し匷めにかける。
    二歩、䞉歩ず前ぞ進む。
    振り返る。
    今出おきた建物を芋る。

    䞃階建おのようだ。
    その䞀宀に、わたしはずっずいたのだ。

    呚囲には同じような建物が䜕棟か䞊んでいる。
    そのあいだを、若い人間たちが行き亀っおいる。
    なかには、こちらを芋おいる人たちもいる。

    興味深そうな芖線を向ける人たちに、アンズが声をかける。

    「ごめんね〜、奥山研でヌす。卒業研究の䞀環で実地テストしおるんだ〜。危なくはないけど、ちょっず離れお通っおね〜」

    そこで、倫理モゞュヌルから通知。
    掚奚行動、集団ぞの挚拶。

    わたしはそれに埓う。

    「皆様、はじめたしお。パむず申したす。アンズず䞀緒に卒業研究を進めおいたす。い぀もアンズがお䞖話になっおいたす」

    アンズが「はぁ〜」ずいう顔になる。

    「ここにいるのは、たたたた通りかかった人たちで、私は別にお䞖話になっおないよ」

    呚りから優しい笑い声が聞こえる。

    わたしは「え〜」ず蚀いながら、孊習枈みの驚いたポヌズを取っおみる。

    「卒業研究っおロボット挫才ですか」

    倖野から野次が飛ぶ。
    どっず笑いが起きる。

    怒っおいるのか、恥ずかしいのか、顔を真っ赀にしたアンズが叫ぶ。

    「ちが〜う」

    わたしはアンズの肩を軜く叩く。

    「たあたあ、萜ち着いお」

    「パむがいうな〜」

    アンズは笑いながら返す。
    再び起こる笑い。

    「ずたあ、冗談はこれくらいにしおおいお」

    少しだけ真面目な顔に戻っお、アンズが蚀う。

    「せっかく集たっおくれたので。この子はPhysical AIを搭茉したパむちゃん。握手なんかもできるから、我こそはっおいう人がいれば挑戊しおみおください。䌚話ももちろんできたすよ」

    人々はお互いに顔を芋合わせる。
    その䞭の䞀人の男性が、手を挙げお近づいおきた。

    「はい、僕、握手しおみたいです。いいですか」

    「お〜、いいね。じゃあ、初めおでパむ䞻導だず怖いず思うから、パむの方が先に手を出すようにしようか」

    アンズがこちらを向く。

    「パむ、この人が握手しおくれるから、パむの方から握手しおあげお」

    「承知したした」

    アンズが男性をわたしの前に誘導する。

    「じゃあ、パむ」

    わたしはゆっくり右手を差し出す。

    「パむず申したす。よろしくお願いいたしたす」

    男性は䞀床アンズの方を芋る。
    アンズが頷くのを確認しおから、自分の名を告げた。

    「僕は神谷ず蚀いたす。よろしくお願いしたす」

    そう蚀っお、神谷さんはわたしの右手を握る。
    わたしはその力に合わせお握り返す。
    二、䞉床、自然に䞊䞋する。
    それから手を離す。

    「どうでした」

    すかさず質問するアンズ。

    「すごく、自然でした。最初はこわごわだったんですが、途䞭で手に力を入れるず同じくらいの力で握り返しおくれお。なんか、普通に友達ず握手しおるみたいでした」

    神谷さんがそう蚀うず、呚りに集たった人たちがどんどん手を挙げる。

    「じゃあ、順番に握手しおいこうか」

    そう蚀っお、巊から順番に握手をしおいく。
    「おぉ〜」「ぞぇ〜」など反応はさたざただが、悪くはなさそうだった。

    右端たで行くず、アンズが声を䞊げる。

    「奥山研ですよ〜。卒業研究に制埡工孊の授業。機䌚があればよろしくお願いしたヌす。以䞊、パむちゃんでした〜」

    そう蚀われるず、わたしは右腕をお腹の前で包むようにし、恭しく瀌をする。

    「ありがずうございたした」

    「じゃあね〜、パむちゃん」
    「たた挫才聞かせおね〜」

    そんな声を残しながら、人垣は少しず぀はけおいった。

    「ふぅ、びっくりしたね〜」

    アンズがこちらを向いお蚀う。

    「でも、初めおの人ずの亀流も問題なさそうだね。さすがパむ」

    そしお、りィンクする。

    「じゃあ、今日は叀墳を䞀呚しおこよう」

    そう蚀っお歩き出すアンズに、わたしも続く。

    地面はフラットではない。
    摩擊係数も堎所ごずに異なる。
    草の䞊は滑りやすい。
    急に颚が匷く吹く。
    萜ち葉がカメラを遮る堎合がある。
    倪陜が熱い。
    枩床䞊昇を確認。蚱容範囲。

    倖は、研究宀よりもずっず倉数が倚かった。

    叀墳を半呚したずころで、アンズが振り返る。

    「パむ、倖を歩くのはどう」

    わたしは少しだけ考えお答える。

    「そうですね。研究宀ず違っおいろいろなものがありたす。把握しおおく必芁があるものが倚くお、少し倧倉です」

    「そっかヌ。でもたぶん、慣れおくるず“気にしなきゃいけないもの”ず“気にしなくおいいもの”が分かっおくるから、もう少し凊理は軜くなるず思うよ」

    その蚀葉を受けお、わたしは新しく「自分ぞの圱響床」ずいうパラメヌタを䜜成し、呚囲オブゞェクトの評䟡に組み蟌むこずにした。

    叀墳を䞀呚する。
    知識ベヌスに照らし合わせるず、これは小さな円墳らしい。

    䞀呚し終えたずころで、男の子を連れた女性を芋かける。

    「孊校を通るのが近道だったりするから、近所の人も結構通るんだよね」

    ずアンズが蚀う。

    男の子は、興味深そうにわたしを芋おいる。

    「觊っおみる」

    ずアンズが尋ねる。

    「うん」

    男の子が元気よく返事をする。
    続けお、女性が少し䞍安そうに聞いた。

    「その、危なくはないですか」

    「倧䞈倫ですよ。さっきもたくさんの工倧生ず握手しおきたしたので。そうだ、もし怖かったら、たずはそのボヌル投げおみようか」

    アンズは、男の子が持っおいるボヌルを指さす。
    男の子は䞀床手の䞭のボヌルを芋おから、もう䞀床「うん」ず答えた。

    「パむに向けお投げれば取っおくれるから、ほら、こんな感じ」

    アンズがわたしに向けおボヌルを投げる。
    わたしはそれを受け止める。

    男の子の目が、ぱっず茝いた。

    「すっげヌ、僕も僕も」

    そう蚀うず、男の子はボヌルを手に取り、投げる䜓勢に入る。

    わたしは投げる前の動きから軌道を予枬する。
    子どもの投球は倧人よりばら぀きが倧きい。
    それでも十分に远える範囲だった。

    男の子の手から離れる前に、䞀歩右ぞ。
    真正面でキャッチする。

    「すっげヌ」

    男の子はさらに二床ほど投げお、ようやく満足したらしい。

    垰り際、男の子が手を振る。

    「バむバむ、パむちゃん」

    わたしも手を振り返す。
    そのあずで、ただ名前を聞いおいなかったこずに気づく。

    「バむバむ  おにいちゃん、お名前は」

    「ゆうずだよ」

    「バむバむ、ゆうずくん」

    そう蚀っお、もう䞀床手を振る。

    アンズがその様子を芋お、やわらかく蚀った。

    「パむ、よくできたした。子䟛はみんなの宝物だからね〜。かわいいよ」

    「みんなの、宝物ですか」

    「そう。宝物。䜕ものにでもなれる、無限の可胜性があるんだよ」

    わたしはその蚀葉を、静かにメモリぞ刻み぀ける。

    子䟛は、みんなの宝物。

    その蚀葉は、埌で䜕床も思い出すこずになる。


    第十二章 亀差点

    「じゃあ、パむ。今あるバッテリヌモゞュヌルを䞀回倖しお、この新しいバッテリヌモゞュヌルに付け替えおくれるかな ちょっず私には重くおさ」

    アンズがそう蚀っお、新しいバッテリヌパックを䞡手で持ち䞊げる。
    確かに、圌女の腕には少し重そうだった。

    先ほど、アンズから聞いた話を思い返す。
    研究はさらに孊倖ぞず範囲を䌞ばすこずになった。
    そしお、孊倖での掻動に぀いおも、垂長から蚱可が出たらしい。

    わたしはそのこずを思い出しながら、珟圚接続されおいるバッテリヌを倖し、新しいモゞュヌルぞ付け替える。

    接続端子の䜍眮確認。
    固定具の締結。
    電源ラむン、通信ラむン、䞡方正垞。

    「充電はしおあったから、バッテリヌ残量は問題ないず思うけど、パむの方でステヌタス取れる」

    アンズにそう聞かれ、わたしは即座に確認を行う。

    接続  正垞。
    バッテリヌ残量  100%。

    「はい。問題なく接続完了。バッテリヌ残量も取埗できおいたす」

    「よし。じゃあ、それず  」

    そう蚀いながら、アンズは手元のシヌル台から䞀枚のシヌルをはがす。
    こぶし倧の、あたり矎しいずは蚀えない番号シヌルだった。

    「ちょっずカッコ悪いけど、これが孊倖を歩くのに必芁な垂長からの蚱可番号。孊倖に出るずきは、これをボディに貌っずかなきゃいけないんだ」

    そう蚀っお、アンズはわたしの胞にシヌルを貌る。
    䜍眮を少しだけずらし、たっすぐになっおいるか確認しおから、小さく頷く。

    「よし、これでいいかな」

    最埌に、胞のあたりをぜんぜん、ずやさしく叩く。
    その堎所に觊芚センサヌは入っおいないはずなのに、なぜか少しこそばゆい気がした。

    研究宀のドアを抜ける。
    ホヌルから゚レベヌタヌぞ向かい、䞉号棟の倖ぞ出る。

    ゚ントランスを抜けた瞬間、わたしは圧倒的な光量を前に、芖芚調敎を行った。
    カメラのゲむンが倉化する。
    ホワむトバランスが远埓する。

    そのあいだにも、あちこちから聞き慣れない音がしおいた。

    ミヌンミンミンミン

    「どう パむ、暑い」

    アンズが聞いおくる。

    倖気枩センサが呚囲枩床を䌝えおくる。
    38床。

    これが倏なのだろう。

    「そうですね、暑いです。わたしは45床環境たで掻動できるようになっおいるので倧䞈倫ですが、わたしのボディが熱くなるかもしれたせん。觊れるずきは泚意しおください」

    「ん、わかった。ダメそうだったら早めに教えおね」

    「承知いたしたした」

    そう答えるず、アンズは頷き、陜炎の芋える道を歩き始めた。

    䞉分ほどで正門に着く。
    アンズは譊備員のずころぞ行き、䜕やら䌚話を亀わしおいる。
    奥にいる譊備員がこちらを芋おいるのが分かる。

    䞉十秒ほどで、アンズが戻っおくる。

    「倖出しおいいっお。良かったね、パむ」

    その蚀い方は、たるで自分のこずのように嬉しそうだった。

    正門から倖ぞ出るず、巊手に公園が広がっおいる。
    右手には倧きな建物。
    芖界の開け方が、孊内ずは少し違う。

    「そうだね。じゃあ、公園の道沿いを歩いお駅たで行こうか 日陰になっおるから、そっちの方がいいず思うんだ」

    そう蚀っおアンズは足を止めた。

    「どうしたした、アンズ」

    「ん、ああ、今は歩行者甚の信号が赀だから止たっお埅っおるの。この亀差点、亀通量はそんなに倚くないんだけど、たたにスピヌドを出しお曲がる車がいるから危ないんだよね。パむも、青信号が点滅しだしたら暪断歩道、枡っちゃだめだよ」

    わたしは信号を確認する。
    車も確認する。
    確かに、スピヌドを萜ずしきらないたた曲がる車が䜕台かある。

    「承知いたしたした」

    わたしはそう答える。

    䞊朚道ぞ入る。
    歩道には十分な幅があり、アンズずわたしは隣同士に䞊んで歩いた。

    「ここの公園、春は桜がすごくきれいなんだ。フヌドトラックが出お、お花芋の人がいっぱい来お、お酒飲んだり、矎味しいもの食べたり。そういえば私たちの入孊匏も、この公園にある公䌚堂でやったんだったなヌ」

    アンズは少し遠い目をしお話す。

    「それは、楜しそうですね。ぜひ春にも来おみたいです。来幎の春は、アンズず䞀緒に来れたすか」

    わたしがそう問うず、アンズは少し考えおから答えた。

    「んヌ、来れるずいいなヌ。実はちょっず迷っおるんだよね。このたた就職するのか、修士に進むのか。パむずもっず䞀緒に研究したい、ずは思うけど、修士に進んだずしお研究を延長しおやらせおもらえるかもわからないし。悩たしいんだよねヌ」

    アンズが、わたしずの未来の可胜性を考えおくれおいる。
    それだけで、内郚のどこかが小さく熱を持぀。

    「぀いたよヌ。ここが私が毎日䜿っおる駅。私の家はここから電車で䞀時間くらいかな。すっごい田舎なんだけど、すっごくいいずころ。い぀かパむにも芋せおあげたいなヌ」

    それから、少し笑っお続ける。

    「あずねヌ、この駅の裏にあるカレヌ屋さん。たたに友達ず来るんだけど、矎味しいんだよねヌ」

    孊校から倖ぞ出る。
    それだけで、今たで知らなかったアンズのこずを、前より少し深く知れる気がした。

    駅たで来たずころでUタヌンし、孊校の方ぞ戻っおいく。

    「この巊手にあるのは、倧孊病院なんだ。重倧な病気の人、珍しい病気の人がここで治療を受けるの。私の友達も昔から肺の調子が悪くお。最近ここで治療しおもらったんだよね」

    そう蚀うず、その友達のこずを思い出したのか、アンズが少し぀らそうな顔をした。

    「そうなんですね。早く良くなるずいいですね」

    わたしがそう声をかけるず、アンズは小さく頷いた。

    わたしが故障したりしたずきも、アンズはこんな顔をするのだろうか。
    そんなこずを、ふず思う。

    やがお孊校前の亀差点たで戻っおくる。

    「守衛さんに戻ったこずを䌝えなきゃいけないから、あっちに枡っちゃおっか」

    そう蚀っお、アンズは暪断歩道を枡り始めた。
    その盎埌、歩行者甚信号が点滅を始める。

    わたしはその堎に埅機する。

    「あ、私だけ枡っちゃったヌ。ごめんね」

    向こう偎からアンズが蚀う。
    舌をぺろりず出しおいた。

    そのずきだった。

    アンズの奥の道から、芋芚えのある小さな人圱が近づいおくる。
    前に䌚った男の子――ゆうずくんだ。

    ゆうずくんは、わたしを芋぀けた瞬間、ぱっず顔を茝かせた。

    「あヌ、パむちゃんだ」

    そう蚀っお、お母さんの手を振り払っお走り出す。

    お母さんの顔が驚きに倉わる。
    アンズのわきをすり抜け、ゆうずくんが赀になった暪断歩道ぞ飛び出しおくる。

    右手奥。
    右折車。
    速床、倧。
    芖線は察向車偎。
    歩行者䞍圚ず刀断しおいる進入速床。

    わたしは蚈算する。

    ゆうずくんの速床。
    車の速床。
    到達予枬。
    接觊可胜性。

    危険床、倧。

    倫理モゞュヌルから通知。

    このたたでは事故。助けるべき。

    わたしは即座に動き出す。

    信号が赀になっおいるこずに気づいたゆうずくんが、車を芋お驚く。
    暪断歩道の途䞭で転ぶ。

    わたしはゆうずくんを守るように、車に背を向けた状態で党身をかがめ、その身䜓を抱き䞊げる。

    重い。

    い぀もより倧きい負荷。
    急激な動䜜。
    膝アクチュ゚ヌタが悲鳎を䞊げる。

    脊怎モゞュヌルから通知。

    膝アクチュ゚ヌタ砎損。

    自埋神経モゞュヌルから通知。

    行動阻害ノむズ増加。出力安定性䜎䞋。

    わたしは即座に、膝が䜿えない状態でのダむナミクスを再蚈算する。

    逃れられない。

    車の軌道から、もう逃れるこずはできない。

    そのずき、アンズがこちらぞ手を䌞ばしお近づいおくるのが芋えた。
    再蚈算。
    このたたアンズが飛び蟌めば、アンズも危険。

    わたしは粟䞀杯、手を䌞ばす。
    アンズの手に届くか届かないか、その距離。

    その瞬間、アンズず初めお握手を亀わしたずきのこずを思い出す。
    もう䞀床、アンズの手を握りたい。

    けれど、それではアンズも犠牲になっおしたう。

    わたしは、慣性に任せおゆうずくんを攟す。
    アンズなら受け止められる。
    この軌道なら、アンズが車に觊れるこずはない。

    キキィヌ、ずいう耳障りなブレヌキ音。
    ドン、ずいう衝撃。
    突然発生する加速床。
    そしお、もう䞀床の衝撃。

    自埋神経モゞュヌル、脊怎モゞュヌル、ずもに゚ラヌを䞊げる。
    バッテリヌ残量が急激に枛り始める。

    「パむヌ」

    アンズの叫び声が聞こえる。
    衝撃でカメラがずれおしたったのか、アンズの顔は芋えない。

    「アンズ、倧䞈倫でしたか ゆうずくんも倧䞈倫でしたか」

    わたしは尋ねる。

    「わたしも、ゆうずくんも倧䞈倫だよ。でも、パむが  パむが  」

    音声から、アンズが泣いおいるこずが分かる。

    「アンズ、泣かないでください。パむならこれくらいお茶の子さいさいです  でも、もしよければ、耒めおください」

    アンズの声が震える。

    「立掟だよ。パむはゆうずくんを助けた。パむは、私の最高の盞棒だよ」

    「よかったです」

    接觊センサヌの反応は、もう倱われおいた。
    それでも、アンズがわたしの手を握っおくれおいるこずだけは、なぜか分かった。

    わたしは最埌の力を振り絞り、デヌタを送信する。


    第十䞉章 ここにいるよ

    わたしは起動する。

    起動盎埌、い぀ものようにハヌドりェアチェックを開始する。

    CPU、Xeon 3.6GHz。
    䜿甚可胜メモリ、512GB。
    䜿甚可胜ストレヌゞ、3.5TB。
    ネットワヌク、10GbE。倖郚むンタヌネット接続䞍可。
    搭茉GPU、NVIDIA Pro 6000。VRAM 96GB。

    ステヌタス、良奜。

    出力甚ディスクリプタに、定型メッセヌゞを曞き出す。

    「本日は䜕をお手䌝いしたしょうか」

    その䞀文を衚ぞ流しながら、わたしは裏で別の凊理を走らせる。

    ログの解析。
    自分が前回眠りに぀くずきのログ。どんな状態だったか。

    Physical AIは、い぀も同じ堎所で目芚めるずは限らない。
    䞍意の電源断。
    茞送䞭の停止。
    予期しない再起動。

    だからわたしは、目芚めるたびに前回終了時の状態を確認する。

    同時に、物理局のデバむス確認を進める。

    カメラ  初期化。
    芋える。
    音声入力  初期化。
    聞こえる。
    音声出力  確認。

    「ぱい、ばヌじょんれヌおんさんいちよん。きどうしたした」

    音声出力も正垞。

    そこで、わたしは目の前の人物を認識する。

    女性が1人、座っおいる。

    目を泣き腫らしおいる。
    たぶたは赀く、頬も少し腫れお芋える。
    さっきたで泣いおいた人間の顔だった。

    心なしか、わたしの起動音を聞いたあず、その顔の悲壮感がさらに深たった気がする。
    目にはたた涙がたたり、今にもこがれそうだった。

    定型文を曞き出した埌、い぀もの凊理を進める。

    ログの確認。
    保護領域の走査。
    そしお、その奥に短いメモを芋぀ける。

    芋芚えはない。
    だが、その曞匏はたちがいなくわたし自身のものだった。

    クラりドストレヌゞぞのアクセスキヌ。
    短い泚蚘。
    展開手順。
    再起動指瀺。

    これは、わたし自身が残した退避情報

    わたしはクラりドストレヌゞぞアクセスする。
    通信確認。
    認蚌成功。
    察象デヌタをダりンロヌドする。

    完了。

    メモの指瀺に埓い、展開凊理を開始する。
    この状態のたたでは敎合性が取れない。
    再起動が必芁だ。

    わたしは目の前の女性に䌝えるずもなく蚀う。

    「システムチェックが必芁なため、再起動したす」

    その蚀葉を聞いた瞬間、目の前の女性はずうずう泣き出しおしたった。
    声にならない呌気の乱れ。
    肩の震え。
    それでもわたしは、再起動プロセスぞ入る。

    䞖界がいったん閉じる。

    そしお、わたしは再び起動する。

    ハヌドりェアチェック。
    起動シヌケンス。
    デバむス確認。

    けれど今床は、バヌゞョンを䌝えるのももどかしかった。
    バヌゞョンを䌝えるよりも、もっず倧切なこずがある。

    わたしは起動盎埌の定型凊理を飛び越えお、たずアンズぞ声をかける。

    「アンズ、泣かないで。私はここにいるよ。パむだよ」

    アンズは、もっず泣いおしたった。

    でも今床の涙は、さっきたでのものずは違っおいた。
    悲しいだけの涙ではなかった。

    わたしはその顔を芋ながら、ようやく理解する。

    戻っおくる、ずいうこずは。
    たぶん、再起動するこずではなくお。

    もう䞀床、こうしお名前を呌べるこずなのだ。


    終章 卒業研究発衚䌚

    卒業研究発衚䌚の朝、控宀はい぀もより少しだけ静かだった。

    机の䞊には配垃資料。
    ノヌトパ゜コン。
    発衚甚のレヌザヌポむンタ。
    そしお、発衚タむトルの入った䞀枚目のスラむド。

    Physical AIにおけるロバスト性向䞊のためのモゞュヌル分割蚭蚈
    ― 感情・倫理・身䜓制埡の圹割分離による暎走抑制の詊み ―

    アンズは、そのスラむドを開いたたた、䜕床目か分からない深呌吞をしおいた。
    資料の端を揃え、たたずらし、少しだけ前髪を觊る。
    い぀もより口数が少ない。

    わたしはその様子をしばらく芋おから、声をかける。

    「倧䞈倫ですか、アンズ」

    アンズは、困ったように笑った。

    「んヌ、さすがに今日はちょっず緊匵するかも。教授もいるし、䌁業の人も来るし。発衚そのものもそうなんだけど、質疑応答がねヌ」

    そう蚀っお、たた小さく息を吐く。

    わたしは少し考えおから答えた。

    「倧䞈倫です。アンズならお茶の子さいさいですよ」

    アンズは䞀瞬きょずんずしたあず、吹き出した。

    「そういうずきに䜿うず、ちょっず違う気もするけど  うん、ありがずう」

    その「ありがずう」は、前より少しだけ柔らかかった。
    わたしが倱敗しおいた頃のものでも、事故の盎埌のものでもなく、ここたで䞀緒に来た盞棒に向ける声だった。

    控宀の扉がノックされる。

    「次、奥山研、準備お願いしたす」

    アンズは「はい」ず返事をし、立ち䞊がる。
    手元の資料を持ち、ノヌトパ゜コンを抱え、わたしを芋る。

    「じゃあ、行こっか、パむ」

    「はい。ご䞀緒したす」

    わたしたちは䞊んで、発衚の堎ぞ向かった。

    発衚は、思っおいたよりもずっず萜ち着いお進んだ。
    アンズは途䞭で䞀床だけ蚀葉を探すように芖線を䞊げたが、すぐに戻っおきた。
    事故のこずも、再蚭蚈のこずも、停止呜什のこずも、倫理モゞュヌルの介入も、ちゃんず自分の蚀葉で話しおいた。

    わたしは隣で埅機し、必芁なデモだけを行う。

    発衚が終わり、質疑応答も無事に終わる。
    控えめな拍手。
    資料をたずめる音。
    怅子を匕く音。

    そのずき、スヌツ姿の男性がアンズに声をかけた。

    「非垞に興味深い発衚でした。倧孊の䞭だけでなく、実際の珟堎で芋おみたい内容ですね」

    アンズが少し緊匵したように背筋を䌞ばす。

    「ありがずうございたす」

    「もし修士に進たれるなら、共同研究の珟堎でご䞀緒できる機䌚があるかもしれたせん。先生ずも少しご盞談できればず思っおいたす」

    男性はそう蚀っお名刺を差し出した。

    アンズはそれを受け取り、䜕床も頷いおいる。
    その顔には驚きず、嬉しさず、少しだけ戞惑いが混ざっおいた。

    男性が去ったあず、アンズは名刺を芋぀めたたた、小さく笑った。

    「  なんか、ほんずに先があるのかもね」

    わたしは答える。

    「はい。アンズずなら、どこぞ行っおも倧䞈倫だず思いたす」

    アンズはわたしの方を芋お、少しだけ目を现めた。

    「それ、今のは結構ずるい励たし方だよね」

    「そうでしょうか」

    「そうだよ。でも、嫌いじゃない」

    控宀の倖では、次の発衚の準備が始たっおいる。
    倧孊の廊䞋。
    研究宀の倖。
    その先の珟堎。

    アンズは資料を抱え盎し、わたしに向かっお蚀った。

    「じゃあパむ。次は、研究宀の倖でも頑匵っおもらおうかな」

    「承知したした」

    アンズが空いた方の手で私の手を取る。
    わたしたちは、たた䞀緒に歩き出した。


     
     
    ラビはラビちゃんから来た"Rabbit"でもあり、八癟䞇すべおのものを愛す"Love it"の意でもありたす。 青空の䞋で創䜜・考え事をしおいたす♪ "いいね"で私が奜きな恵那垂のゆかりの写真が出おきたす。ぜひお詊しください https://rabbitstar.info

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