
【一首拾い】 第八首 ― 往復のなかの、住み心地
大学へ行く朝と、大学から帰る夕方。
同じ一日なのに、名古屋の街と、恵那の家のまわりでは空気が違う。
都会には人が多く住んでいる。
人が多いぶん、言葉も視線もすれ違いやすい。
同じ方向を向いた人たちが集まれば、大きな力になる。
でも、ベクトルがばらばらなとき、密度はときに軋轢になる。
電車を降りて、家のほうへ戻ってくると、
景色の余白が増える。
恵那では、隣の家が100メートル以上離れている場所もある。
静かすぎて最初は驚くけれど、
それぞれがそれぞれの生活スペースを持ち、
その距離のぶん、呼吸が守られているようにも感じる。
便利さを手に入れるために、
人は何かを近づけすぎてしまうのかもしれない。
あるいは、近づけすぎたものを、
あとからほどくのが難しくなるのかもしれない。
往復するたびに、
「幸せって、何だろう」と考える。
静けさの中にも、
人の多い場所にも、
それぞれの住み心地がある。
ただ私は、今日もこの距離感を持ったまま、
ここに帰ってくる。
わが庵は 都のたつみ しかぞ住む
世をうぢ山と 人はいふなり
都の東南の庵で静かに暮らしているが、人はこの世のことを、つらい宇治山のような場所だと言っている。
恵那も程よい田舎加減ですが、名古屋との往復の中でこの歌を思い出しました。