メインコンテンツへスキップ
見出し画像

【一首拾い】 第四十四首 ― なんでこんなところで

    初夏の午後
    名古屋・大須
    コメ兵の楽器コーナー


    大須の町を、台湾から来た少し元気な友達と歩いていた。

    商店街の音は、いつもより少し明るかった。
    知らない言葉と、古い店の看板と、揚げものの匂い。
    友達はあちこちを指さして、面白いものを見つけるたびに足を止める。

    その流れで、ふとコメ兵に入った。

    特に何かを買うつもりはなかった。
    ただ、涼しい店内を少し歩いて、楽器コーナーをのぞいただけだった。

    そこで、見つけてしまった。

    SG80。

    ダルマ型。
    しかも、ホンジュラスマホガニーの方。

    なんで、こんなところに。

    しばらく、声が出なかった。
    ショーケースの向こうにあるだけなのに、もう、見なかったことにはできない。

    たぶん、私はよほど物欲しそうな顔をしていたのだと思う。
    店員さんが近づいてきて、やわらかく言った。

    「ちょっと触ってみますか?」

    手に取ると、思っていたよりもしっくり来た。
    重すぎず、軽すぎず。
    ロータリーセレクタ周りも、ちゃんとしている。

    軽く音を鳴らしてみる。

    あれ。
    チューニングが合っている。

    ということは、最近、誰かほかにも手に取った人がいるのだろうか。
    そう思った瞬間、少しだけ胸がざわついた。

    欲しい。

    でも、すぐに出せる金額ではない。
    今ここで決められるほど、簡単な出会いではない。

    うんうん悩んでいると、後ろから友達の声が飛んできた。

    「お腹空いた」

    その一言で、現実に戻る。

    私はもう一度だけSG80を見て、店を出た。
    大須の光は、さっきより少しまぶしかった。

    知らなければ、何も恨まずに済んだのかもしれない。
    出会わなければ、自分の財布も、決断できない自分の弱さも、こんなふうに見なくて済んだのかもしれない。

    でも、出会ってしまった。

    だからたぶん、しばらくは思い出す。
    あの店の奥にあった、あの木目と、あの重さを。

    そしていつか、もう一度会いに行く理由を、
    私は少しずつ集めていくのだと思う。

    逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに
    人をも身をも 恨みざらまし

    中納言朝忠 人一首 第四十四首

    出会わなければよかった、というより、
    会ってしまったからこそ、相手のことも自分のことも苦しく思ってしまう。
    最初から会わなければ、こんなふうに苦しまなかったのに。

    会わなければ、悩まなかった。
    けれど、会ってしまったからこそ、次に進む理由が生まれる。


     
     
    ラビはラビちゃんから来た"Rabbit"でもあり、八百万すべてのものを愛す"Love it"の意でもあります。 青空の下で創作・考え事をしています♪ "いいね"で私が好きな恵那市のゆかりの写真が出てきます。ぜひお試しください! https://rabbitstar.info

    あなたへのおすすめ