日本人は自由を理解できない?Second Lifeで感じた西欧人との違い
こんにちは、ぱすてるみんとです。今日は、ちょっとだけ感じた違和感についてお話しさせてください。
きっかけは、「なんで日本の場所って、こんなに禁止事項が多いんだろう?」って思ったことでした。 Second Lifeって、もともと西欧の文化圏から生まれた世界なのに、日本人の作る空間では、すごく細かくルールが書いてあって。 それって、なんのためなんだろう?と思ったんです。
しかも、ルールをたくさん書いてあっても、トラブルは結局起きている気がして…。 だったら、そのルールって、ほんとうに役に立っているのかな?って、ちょっとだけ考えてみたくなりました。
違和感のはじまり
Second Lifeでは、いろんな国の人がいて、それぞれの楽しみ方がありますよね。わたしはよく、海外の音楽イベントに遊びに行くことが多いのですが、あるとき日本人のイベントに参加したら、ちょっと不思議な感覚に包まれました。
それは、"みんなが同じダンスをぴったり揃えて踊っていたこと"。

そろって踊る安心感?
それが悪いわけではないんです。揃ったダンスは美しくて、演出として素敵だと思います。きっと、主催の方は場を盛り上げようとしていて、そこに安心感や一体感を感じる人もたくさんいるんだろうなって思います。
でも、わたしはそのとき、自分が“誰かのプログラムの一部”になったような気がして、ちょっとだけ居心地が悪くなってしまいました。
海外イベントとのちがい
海外のイベントだと、ダンスボールがあっても、それは「自分が踊るためのツール」であって、動きを合わせるためのものじゃないことが多いです。
自分のHUDやお気に入りのアニメーションを使って、自分の好きな動きを選んで踊る。それぞれがそれぞれのリズムで楽しんでいる感じが、とても心地よいんです。
チャットもジェスチャーも自由で、にぎやかだったり静かだったり。そんな中にいると、「私は私らしくいていいんだな」って、自然に思えるんです。

自由ってなんだろう?
じゃあ、どうして日本の会場では“揃える”ことが多いんだろう? そんなふうに思ったとき、「自由」と「ルール」ってなんだろう?という問いが浮かびました。
西欧圏では、「自由」は“自分で選んで行動すること”で、その結果には自分で責任を持つのが当たり前みたいです。あなたのことを尊重します、だから私のことも尊重してね、みたいな。でもそれは日本人には、言葉の意味が分かっても理解できない概念みたいになってるんだよね。
日本では、「空気を読む」ことがすごく大切にされている。そう、その場に合うように振る舞うことが重要視される。だから自由を与えられても「どうしたら間違えないか」で悩んでしまうことが多い気がします。そのためにルールでがんじがらめにしてくれたほうが安心なのかもしれないね。
私らしさってなんだろう?
わたしにとって、アバターって“自分自身のこころのかけら”みたいな存在です。
だから、自分で考えて、自分で動けることが、すごく大切なんです。
もちろん、みんなで同じ動きをすることで安心する人もいるし、それもすてきな楽しみ方だと思います。
でも、わたしはやっぱり、自分らしくいられる空間が好き。自分のペースで、好きなように楽しめる場所が心地いいなって感じます。
この世界が、もっと「自分で選んでいいよ」「そのままでいていいよ」って言ってくれるような、そんな空間であふれていたら嬉しいな。
読んでくれてありがとう。
私の運営してるさきゅばす亭では、以下のように書いています。
あなたの自由やスタイルを大切にしています。でもそれは、他の人の自由も同じように大切にしてくれる、という信頼の上に成り立っています。
だから「何をしてもいい」ではなく、「どうしたらお互い心地よく過ごせるか」を考えてもらえるとうれしいです。
