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2万枚の写真フォルダに、さよならの順番をつける。

    写真を消すことは、
    思い出せるかもしれないことを、
    消していくみたいだ。



    一眼レフで撮った写真を、
    スマホに転送した。

    すると、
    「iCloudの容量がいっぱいです」
    と表示された。

    えぇ、何か消さないとかぁ。


    まずは、
    記録としてもう使わないなと
    思えるものから消していく。


    行きたいなと思っていたのに、
    気づいたら終わっていた展示会。

    乗り換えルート。

    授業中、
    板書が間に合わなくて撮ったスライド。

    そんなスクリーンショットたち。



    そういうものは、
    そのタイミングが過ぎたら
    あっさり消せる。

    さよなら〜って感じ。


    というか、
    消さないと、

    ただでさえいっぱいのiCloudが
    さらに圧迫される笑。



    だけど、
    それらを消しても
    まだいっぱいだった。


    そうなると、

    今度は残しておきたいものに
    優先順位をつけないといけない。

    写真フォルダには、
    21,716枚の写真と動画。



    どれも思い出の、
    かけらみたいなものばかり。



    よく覚えているものほど、
    残しておきたい。

    だって、写真を見るだけで、
    その時の空気まで思い出せるから。



    でも、
    逆に曖昧な記憶ほど、

    写真があるからこそ
    思い出せることもある。


    忘れていた景色や、
    誰といたか、
    何を考えていたか、とか。




    写真は、
    思い出そのものじゃなくて、

    思い出すきっかけを
    保存しているみたい。



    そう思うと、
    よけいに消せなくなってくる。




    はっきり「消そう」と思える写真が
    あったとしても、


    じゃあ私は、
    その写真に写っていることを
思い出せなくても大丈夫なんだ、

    と気づいてしまう。


    それに、
なんとなく納得感もあって。




    写真に収めておけば、
    遠く離れた場所や時間にも、
    あとから思考だけを飛ばせる。


    その権利みたいなものを、

    自分で取捨選択している気がして、
    少し嫌だった。




    たぶん、
    「もう必要ないや」
    と思えるものが増えていることに、
    時間の経過を感じるから。


    撮りたいと思ったから、

    その瞬間は確かに大事だったから、

    写真フォルダに残っているはずなのに。



    きっと、
    撮れる数にも、
    保存できる数にも、
    思い出せる数にも、


    限りがある。

    だから、
    消す作業が少し寂しいのは、
    しょうがない。



    それでも、


    撮りすぎず、
    自己管理できる範囲で、

    本当に残しておきたいと感じたものを、
    もう少し濃く収めたいなと思う。


    2026/6/14

     
     
    ライター志望 📖 / 写真学生 📷 写真を学びながら、言葉を書いていきます! 🏫 日本写真芸術専門学校 : I部 写真科 宣伝会議 編集・ライター養成講座 : 52期 好きなことを、好きなだけ

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