
韓国アイドルに憧れた虎ノ門・法務OLがChacottのシュシュとピラティスで知った、数字ではない自分だけの美しい軸
私たちは日々、社会が求めるお行儀のよい役割の仮面を被り、知らず知らずのうちに自分の中にいくつもの見えない境界線を引いて、お行儀よく、あるいは少し窮屈に生きているのかもしれません。
30代後半という、仕事における責任がずっしりと重くなり、同時に人生のさまざまな選択肢が少しずつシビアに絞られていく年代に差し掛かると、その境界線はコンクリートのように固くそびえ立つ壁となり、新しい一歩を踏み出すことを躊躇させてしまいます。
「私にはこのアクティブな世界は似合わない」「あの洗練された健やかなライフスタイルは、私のような平凡なデスクワーカーには一生無縁のものだ」といった、誰に頼まれたわけでもない勝手な思い込み。
特にスポーツやフィットネスの分野においては、運動が苦手なインドア派である私にとって、その境界線はあまりにも分厚く冷たいものでした。
普段の私は、東京の虎ノ門にあるオフィスビルの一室で、一文字の妥協も許されない英文契約書の精査や、複雑な法律の条文と冷徹に向き合う法務の仕事をしています。
論理と理性が支配するその冷たいオフィスの世界から、一歩外へ踏み出したとき、私はもう一つの、おだやかで健やかな自分を整えるための日常のトレーニングを歩み始めます。
昼と夜、静寂と躍動。
その全く正反対に見える二つの世界は、実は私の内側でとてもしなやかにつながっており、毎日の私を支える大切な心のバランスを形作ってくれているのです。
朝、虎ノ門駅を降りて高層ビル群の間を凛として歩いているときの私は、いわゆる「非の打ち所のない、きちんとした大人の女性」を演しています。
知的なネイビーのジャケットを羽織り、髪をすっきりとハーフアップにまとめ、ヒールの音を静かに響かせながら、契約書のチェックや法的なリスクの洗い出しに集中します。
取引先とのやり取りや社内の会議では、論理的で厳格な言葉遣いを崩さず、常に冷徹で隙のないプロフェッショナルとしての態度を求められる。
契約書の一語句、コンマの位置一つ、一つの条件や一つの表現にいたるまで細心の注意を払い、会社の命運が左右されるかもしれない。
「この表現で本当に問題ないか」「この条項にはどんな潜在的なリスクがあるか」と考え続けるその張り詰めた緊張感の中で、私の心と頭はいつもフル回転しています。
法律や契約という、極めて現実的で血の通わない文字の世界。
そこで眉間にシワを寄せながらロジックの海を泳ぐ私は、自分でも時折、自分の心の奥にある、小さな頃のピュアな憧れや可愛いものへの胸のときめきを、どこかへ置き去りにしてしまいそうになることがあります。
大好きな美しいブランドを身に纏い、自分のペースで思い切り身体を動かしてみたい。
そんなピュアな願いさえ、仕事に追われる日々の中でいつの間にか忘れたり、諦めてしまいそうになっていたのです。
オフィスを離れると、私の日常の第二幕が明けます。
お行儀のよい通勤服をクローゼットにしまい込み、タイトなフィットネスウェアに着替えた瞬間、私は虎ノ門の法務OLという肩書を脱ぎ捨てて、ただ一人の人間、自分の肉体と素直に向き合う健やかな日常のトレーニングへと戻るのです。このドラスティックな切り替えの瞬間が、私はたまらなく好きです。
「さっきまで英文契約書の解釈で頭を抱えていた人間が、今はこうして髪をきゅっと結んで一人の挑戦者に戻る時間。そのギャップが少し面白くて、自虐的だな」
ロッカールームの鏡に映る自分の姿を見つめながら、私はいつも小さく微笑んでしまいます。
昼間は「この表現で本当に問題ないか」と一文字の違いや契約の不備を気にして神経をすり減らしている私。
それが、夜には自分の手足の動きや身体の軸がブレていないかを気にして、ただ無心に身体を動かしている。
昼間は一文字の違いを気にして、夜は手足の動きを気にしている。
この極端な二面性のギャップこそが、知的にオーバーヒートしていた私の脳と心を心地よく解放し、日常の重圧からそっと解き放ってくれる大切なリフレッシュ時間なのです。
全く異なる二つの顔を完璧に使い分けている今の私。
それこそが、30代後半という大人の女性の暮らしを、より多面的なものにしてくれているのだと実感しています。