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むンタヌネットの倜明け盎前、䞀床だけコンピュヌタの雑誌を䜜った話。

21䞖玀に入っお、来幎で早くも四半䞖玀。
そんなこずに気づき、驚いた話は前回の投皿の通り。ずころであの埌、本棚の敎理をしおいたら、こんな雑誌が出おきたした。
この雑誌を䜜ったのは1993幎。蟛うじお、ただ20䞖玀のこずでした。

タむトルは『MacBoy』。ポパむの別冊ずしお刊行されたした。か぀お、ブヌムを起こした頃のポパむは、テニスの特集であればテニスボヌむ、スキヌであればスキヌボヌむずいう特集タむトルを぀けおいたした。その慣習に乗っかったずいうわけです。

蚘録的な冷倏ず蚀われた1993幎の倏。僕は買ったばかりで䜿い方もよくわからない、マッキントッシュずいうコンピュヌタの取材で、䞀ヶ月近くアメリカにいたした。

行った先は、ボストン、サンフランシスコ、ベむ゚リア界隈、ロサンれルスなどなど。そしお珟地で受けた数々のカルチャヌショック。しかしそこから目芚める間もなく、垰囜しお䞀ヶ月でレむアりトず入皿を枈たせ、無事に11月䞊旬の発売に挕ぎ着けたした。

結果、発売しお3日で売り切れるずいう幻の雑誌ずなりたした。ずは蚀え、今回はそんな自慢話をしたいのではなく、あの頃の突然䞖の䞭が倉わった感じに぀いお、こうしお曞きながら、いろいろ思い出しおみたくなったのです。
今回も長〜い投皿になるかもしれたせん。おヒマな時にご芧ください


90幎代に入った頃は、ただむンタヌネットずいう蚀葉は広たっおおらず、「情報ハむりェむ」ず呌ばれおいたした。取材に出る少し前に『BRUTUS』がそのような特集を組んでいお、ただ遠い将来の倢物語ずしお読んでいた蚘憶がありたす。

むントロ80〜90幎代の雑誌線集郚のようすを少しだけご玹介。

僕が、某週刊誌で線集者デビュヌをしたのが1980幎代の半ば。
その頃は、線集者もラむタヌさんも線集郚ごずに䜜られた原皿甚玙を䜿っおいたした。鉛筆ず消しゎムで䜕床も曞き盎すので、手が黒くなったりしお。そしお䜕より困るこずは、消しおいるうちに䜕を曞こうずしたのか忘れおしたうこず。

毎日、数癟本ずいうポゞフィルムが消費され、珟像䌚瀟は日に回くらいやっお来たした。さらには印刷䌚瀟やレコヌド䌚瀟や映画䌚瀟の人ずか、さらにはモデルさんずか芞胜人ずかラヌメンの出前ずか。セキュリティなんお無いに等しかったので、倕方の線集郚は街そのもの。知らない人たちでごった返しおいたものです。

レむアりトは手曞き。すべおは手䜜業。デザむン小道具は写怍を切り貌りするペヌパヌセメント、ペヌセメを剥がす液䜓を入れる、䞉角圢の赀い猶あれ、なんおいう名前だったんだろう 通称ペコペコ、いろいろな圢をした定芏、写怍芋本垳、ロットリング、トレヌシングペヌパヌ、トレスコ  などなど。
「その玙焌き、トレペ貌っずいお」
ず蚀われおも、今の線集者は䜕を蚀われおいるのかわからないかもしれない。
正解は、薄焌きせんべいにトむレットペヌパヌを貌るのではなく、プリントされた写真〔玙焌きが汚れたり傷が぀いたりしないように、トレヌシングペヌパヌを貌る、ずいう䜜業です。

ひず぀䞊のフロアでは、今もカリスマアヌトディレクタヌずしお知られる新谷雅匘さんが、日々党開でレむアりトをしおいたした。䜕床か芋せおもらった、手曞きのレむアりト甚玙の矎しさには、毎回驚いたのなんの。

新谷さんのレむアりトは、い぀もこんな感じ。『デザむンにルヌルなんおない』新谷雅匘・著青幻舎・刊、より。

入皿が枈めば捚おられおしたうレむアりト甚玙なんお、矎しくおも無駄じゃないか、ず思う人は倚いかもしれない。しかし、あれほど矎しいレむアりトに文章を入れるラむタヌさんは、ずおも気合いが入ったはずです。幞せだったはずです。そしおその幞せは、雑誌の誌面にも乗り移っおいたように思えたす。

文房具のようなコンピュヌタ、珟る。

時は進んでバブルは匟け、90幎代に入った頃、僕は人事異動で広告を制䜜する郚眲に異動しおいたした。
携垯電話が固定電話の子機くらいたで小さくなり、レコヌドがCDに代わっお行ったあの頃。元号は昭和から平成に倉わりたしたが、出版瀟がアナログ倩囜であるこずは盞倉わらずほかの出版瀟がどうだったのかは知りたせんがでした。

ワヌプロ専甚機を持ち蟌むラむタヌさんも少しず぀珟れおいたしたが、呚りで芋おいるほずんどの人の反応が、「こんなものに曞くより、原皿甚玙に曞いた方が速いんじゃないの」「それで原皿がうたくなればいいけどさ」ずいうような、吊定的なものばかりでした。出版瀟には新しモノ奜きな人が倚いようでいお、こういうデゞモノには吊定的な人がずおも倚かったのです。そしお僕も、盞倉わらず手曞き掟のひずりでした。

そんな䞭、あるラむタヌさんの事務所で、四角い箱圢の、小さいながらずおもカッコいいワヌプロを目撃したす。
普通のワヌプロず比べお、ドットの無い、テレビのようなモニタヌ。豊富なフォントや玚数は䞀瞬にしお倉えられる、ずいうだけでフォントフェチな僕は驚愕したけれど、「絵も描けたすよ」「䜏所録だっお䜜れたすよ」「簡単な音楜だったら䜜れたすよ」「぀いでに蚀うけど、これはワヌプロじゃなくおコンピュヌタですよ」「ワヌプロっお、コンピュヌタの゜フトの䞀皮に過ぎないんですよ」ずいうラむタヌさんのプレれンには、意味はよくわからないけど驚きっぱなし。

それは、マッキントッシュの『クラシック』ずいう機皮でした。
操䜜はマりスでプルダりンメニュヌから、曞類はデスクトップに開き、ファむルずしお敎理され、ドラッグドロップ、右䞋にはゎミ箱、ずいう、マックの基本はすでにありたした。

これはいいな。以来、僕はヒマさえあればキダノン販売のショヌルヌムに通っお眺めおいたした。圓時、マックはキダノン販売で売られおいたのです。

圓時のコンピュヌタ雑誌に掲茉されおいたキダノン販売の広告。もちろん、秋葉原に行っおも買うこずはできたしたが。

ラむタヌさんはコンピュヌタだず蚀っおいたしたが、僕には文房具ずいう印象。そもそもコンピュヌタの画面は黒いもので、呪文のような文字ばかりが䞊んでいるんじゃなかったっけ
しかし、この文房具は高額でした。カメラに䟋えるならばラむカの立ち䜍眮。仕事の道具にこんなカネかけるんだったら、マヌチンのギタヌを買いたい。
ずは蚀え、この文房具があるず仕事以倖でも楜しめるかもしれないしなぁ  

そしお、買う。

そんなこんなでりゞりゞず迷いながら、数ヶ月経った頃、あのラむタヌさんから悪魔のような知らせが届きたす。
「あのコンピュヌタの、カラヌのダツが出たしたよ」
カラヌクラシックず蚀うらしい。写真で芋るず、モニタヌを少し䞊に向けた筐䜓が、たるで「お座り」ず蚀われおいる犬みたいでかわいい。

デコるずこうなるカラヌクラシック。
『MacBoy』1993幎、マガゞンハりス刊、より。
スタむリング石川顕

倀段はモノクロの『クラシック』ずそれほど倉わらない。
あず必芁なものは、プリンタヌず、ワヌプロの゜フト。これは勧められるたたに゚ルゎ゜フト珟・物曞堂の『むヌゞヌワヌド』。党郚合わせお35䞇円ほどだったず蚘憶しおいたす。こうしお僕は、アップルの軍門に降ったのでした。

買ったずは蚀え、䌚瀟たで持っお行けるコンパクトなものでもない。なので家で曞くものはマックで、䌚瀟では盞倉わらず手曞きで、ずいう状態が続きたす。
぀いでに蚀うず、あの頃ワヌプロで曞いおいた人は、せっかくデゞタルで曞いた原皿をプリントアりトしお、その玙にレむアりトや文字の指定を入れお入皿、ずいう無駄なこずをしおいたした。぀たり印刷䌚瀟の人には、その玙を芋お、改めお文字を打ち盎すずいう二床手間をかけおいたのです。せめお文字だけでもフロッピヌで入皿すべきだ、ずなるには、ただ数幎かかったような蚘憶がありたす。

なお、話はここから本題に入るのですが、すでに3000字を越える長文になっおしたった。いったんブレむクしたしょうか

本圓は、noteには1000字皋床の短い投皿を続けたいのだけど、どうしおも欲匵っおしたう。かず蚀っお、話を䜕回かに分けるのは奜きじゃないんですよね。

アップルでポパむ䞀冊䜜れっお

僕が買うくらいだから、この頃からマックは売れ始めたようです。苊手ずされおいた日本語ぞの倉換も『挢字トヌク』ずいうOSで進化したらしく、テキストや音楜に関する限り、僕は䜕のストレスもなく䜿っおいたした。
そしおその頃、アップルの日本法人では初の日本人瀟長が就任し、そろそろ本気で日本垂堎を開拓せねばならん、ず考えおいたようです。

僕がようやくキヌボヌドの扱いに慣れ、消しゎムを䜿わないっおラクだなぁ、ず気づき始めた頃、広告営業の郚眲から、「アップルがポパむで倧量ペヌゞの広告を、できれば䞀冊䞞ごず䜜っお欲しいそうなのだが」
ずいう䟝頌。僕は他人ごずのような気分で聞いおいたしたが、遠くの方から僕を呌ぶ声が聞こえる。「オマ゚、最近そのマックっおダツを買ったよな」

さぁ困った。ようやくキヌボヌドに慣れたばかりの僕がコンピュヌタの雑誌を䜜るなんお、無理に決たっおるじゃん、ずは思うけれど、ほかの線集者は手曞きの人がほずんど。指名されるのも無理ないわけです。
「で、どんな内容がご垌望なんですか」ず恐る恐る聞いおみたずころ、
「䜕も決たっおないの。今のずころ真っ癜。ペヌゞ数は、180ペヌゞ前埌かな」
「時期はい぀」「今幎の11月。あずヶ月あるよ」「そんな分厚いコンピュヌタの本をヶ月で䜜るなんお、無謀ですよ」「た、いいから。ちょっず考えおよ」

䞀方で、圓時のマックナヌザヌの倚くがそうであったように、スティヌブずりォズがガレヌゞで  ずいう「アップル䌝説」に、僕も少なからず興味を持っおいた。その珟堎を芋おみたいずいう、線集者ずしおの本胜がアタマをもたげおくる。

そこで、僕をこの道に誘った䟋のラむタヌさんはもちろん、䜕人かの「こういうこずに詳しそうな」人たちに盞談し、以䞋の取材ができればこの本はできるかもしれないずいう䌁画を、広告代理店さんを通じおアップルに提案したした。

● この、ヘンなコンピュヌタを䜿う人にはヘンな人が倚いから、圌らがなぜ、どのようにマックを䜿っおいるのかを取材しお回る。人物䞻䜓の構成。
● ずくにミュヌゞシャンやデザむナヌなど、コンピュヌタずは無瞁そうなアヌティストほどいい今では圌らがコンピュヌタを䜿うのは圓たり前だけど、圓時はかなり倉わった人だず思われおいたのです。
● クパチヌノのアップル本瀟、瀟員の方々、およびその呚蟺取材は必須。
● ぀いでに、アメリカのナヌザヌがマックをどのように䜿っおいるのか、その幞せそうなようすをできるだけ取材したい。
● ボストンで月に開催される『MacEXPO』には行くべきでしょう。
● トリセツペヌゞは退屈だから、最䜎限に抑える。カタカナの専門甚語は、できるだけ䜿わない。䜿っおも必ず解説を入れる。

返事はすぐに返っおきたした。䜕ず「党郚OK」。ナヌザヌ取材は個別にアポを取っおほしい、ずのこずだけど、本瀟取材やボストンでの取材はすべお段取りを組んでくれるらしい。これは぀たり、䜜らなくおはいけなくなった、ずいうこずを意味したす。さぁ、いよいよ困りたした。

結局行くこずになった、ボストンでのMacEXPOのパンフレット。现かく芋るず、時代がわかりたすね。

すべおは”パ゜コン通信”で始たった。

たず最初に途方に暮れたす。おもしろいナヌザヌを取材しお回る構成、ずなれば、最䜎でも30人くらいは出さないずカッコ悪い。しかし、そんなに倧勢のおもしろそうなアメリカのナヌザヌを、いったいどうやっお探せばいいのだろう

そこで䜿っおみたのがアップルリンクの掲瀺板でした。アップルリンクずは、圓時のマックナヌザヌを぀ないでいたパ゜コン通信で、日本ではあたり䜿われおいた蚘憶はないけれど、アメリカではかなり普及しおいるようでした。
最初は「〜人くらい返事があれば䞊等かな」。ず甘く芋おいたので、無謀にも、ただ芋ぬ党米のマックナヌザヌに向けお、こんな声をかけおしたいたした。

「この倏、ゞャパンのポパむずいうマガゞンが、ボストンず西海岞たでマックナヌザヌの取材に行きたす。぀いおは○月○日〜○日の間はボストン界隈で、○日〜○日の間はベむ゚リアで、○日〜○日の間はLAあたりで、郜合のいい人は連絡ください。頌むぜ、あなただけが頌りです」

するず翌日のんびり䌚瀟に行っおびっくり。䜕ず500通を越える返事が届いおいたした。しかもそんな状態が䞀週間近く続きたす。コンピュヌタが電話回線で繋がるだけで、すごいこずが起こるんだな、ず、これが初めお驚いた瞬間でした繰り返したすが、このずきはただむンタヌネットではないし、ネットが普及した埌も、これほどの反響を経隓したこずはありたせん。

䞭には誰もが知っおいるミュヌゞシャンや宇宙飛行士、公開間近だった映画『ゞュラシックパヌク』のCG担圓、創刊しお間もない雑誌WIREDの線集郚、意倖にお医者さんが倚く、そしおアップルの瀟員たちはもちろん、創業者、スティヌブ・りォズニアクの名前たであった。さすがに、圓時はアップルから远い出されおいたスティヌブ・ゞョブズの名前は無かったんだけどね。

ただむンタヌネットは無かったけれど、パ゜コン通信の嚁力に驚いお、こんなペヌゞも䜜りたしたっけ。今芋るず原始時代の話のようですが、䜕やら倧きな倉化が起きそうな予感は䌝わるでしょうか

こりゃ倧倉だ。䜕より、返事を読むだけでも倧倉なのだ。これだけの英語の文曞を正確に読み、遞り分けおアポむントを取るには、僕の英語力では到底䞍可胜だ。
ずりあえず、担圓の広告代理店さんの倖囜人スタッフ数名に盞談し、協力しおもらう。この人たちが本圓によく動いおくれた。そしお党貌が明らかになるに぀れ、今床はこんな凄い人たちにホントに䌚えるのだろうか ずいう䞍安に倉わる。

超倧物ゞャズピアニストが降臚。

だっお、これほどすごい人たちが、郜合良くスケゞュヌルを合わせおくれるずは思えない。ほずんどの人が、冷やかしで返事をくれただけなのかもしれない。
そんな僕に自信を䞎えおくれたのが、䜕ず、ある超有名な䞖界的ゞャズピアニストでした。名前の公衚は控えたすが、ゞャズを聎かない人でも、その名前くらいは聞いたこずがあるはずです。

「キミたちがこっちに来る前に、オレが東京に行くけど、そこで䌚わないか」
たじですか 本圓に䌚っおくれるんですか そしおもしも他のアポ取りがうたく進たなかったら、あなただけでペヌゞくらい䜿っおもいいですか

圓時は青山にあったブルヌノヌト東京の控え宀で、グランドピアノを前にした圌が歓迎しおくれた。コンピュヌタが無ければできなかった音楜の話を、キヌボヌドを叩きながらこれはピアノのキヌボヌドです䞀時間ほど。なんず莅沢な時間だったのだろう

埌でわかったこずなのだけど、圌は音楜の取材はめったに受けないけれど、マックの話だったらいいよ、ずいうこずで匕き受けおくれたようだった。そのくらい、圓時の倚くの著名人が、このコンピュヌタに぀いお語りたがっおいたのです。

そしお、コンピュヌタの取材ずいう、慣れない仕事でアメリカぞ。

超倧物ゞャズピアニストず話しながら、この雑誌の台割り雑誌党䜓の構成がようやく芋えおきた。䞀方で、広告代理店さんからの報告によるず、返事をくれた人たちは誰もが皆本気で、詳しい日皋も出しおくれおいるずのこず。
そしお䜕よりうれしいこずに、雑誌の名前を冠する以䞊、囜内取材ほかの線集はポパむ線集郚が担圓しおくれるずのこず。これでアメリカ取材に集䞭できる。

ずいうこずで、詳现のスケゞュヌルは、珟地コヌディネヌタヌさんにお願いするこずができた。ただいろいろ䞍安もあったけれど、頌れるラむタヌさんも䞀緒です。どうにかなるでしょう、ずいうこずでアメリカぞ。
なお、雑誌は絶版になっおいるずは蚀え、内容は詳现に玹介できないこずが倚いので、印象に残った郚分だけをお話ししたいず思いたす

ボストンのMacEXPOで、䞻な話題は新たに発衚された超小型端末の『Newton』だった。この䌚堎には『アドビ』などの倧手から、スクリヌンセヌバヌでおなじみの『アフタヌダヌク』たで、倧小さたざたな開発者が、たるで築地堎倖垂堎のように䞊んでいたした。
ニュヌトンを開発した女性、ゞンゞャヌさんのご自宅にもお邪魔した。これ、赀倖線で通信できるんですよ。いっそ電話になればいいのに、ず思ったもんです。

ボストンでも、EXPOのほかに䞀般ナヌザヌの仕事堎やご自宅を蚪ねた。
その倚くがお医者さんだったこずが意倖ず蚀えば意倖。その理由は、圓時のMacにオマケで぀いおいたハむパヌカヌド。これは自䜜でいろいろ䜜れるデヌタベヌスのようなもので、写真も貌れるし、カルテの䜜成にずおも郜合がよろしいずのこず。

圓時クパチヌノにあったアップル本瀟の敷地は、キャンパスず呌ばれおいた。砂挠の䞭に郚門ごずの建物が点圚する、ずおも広倧な敷地。ホテルもあり、僕たちはそこに数日間泊たり蟌んで取材を続けた。瀟員の皆さんは、自転車やスケヌトボヌドを䜿っお、それぞれの建物を移動する。

アップルの瀟員の方々にも、10人以䞊はむンタビュヌさせおいただいた。その倚くは「自宅においでよ」ずいうもの。
郚眲は様々だったけれど、圌らの暮らしに共通しおいたこずは、家に家庭菜園があるこず、ほずんどの人がギタヌを匟くこず。聞いた話によるず、創業間もない頃、ボヌナスが出ないこずがあり、その代わりにギブ゜ンの《335》ずいうギタヌが配られたらしいけっこう倀の匵るギタヌです。だったら珟金でもいいのに。だから瀟歎の長い瀟員の家には、たいおいこのギタヌがあるそうです。

モニタヌの開発䞀筋だったこの人。圌の家にもギブ゜ンの335があった。ご自宅はゎヌルデンゲヌトブリッゞを枡ったミルバレヌにあり、ここから160kmも離れたクパチヌノたで、1200ccのスヌパヌバむクで通勀するずいうツワモノでした。
創刊埌間もない『WIRED』線集郚。圓時は今もかなサンフランシスコの倉庫街にあり、倉庫をリノベした線集郚が誌面ず同様にカッコよかった。ドラム猶がたくさん䞊んでおり、その䞊に板を眮くだけずいうデスク。誰もが話しかけおくる開攟的な雰囲気。やはり、雑誌の線集郚はこうじゃないず、ね。
今でもあるのかどうか。圓時、党米の倚くの地域には、マッキントッシュ・ナヌザヌグルヌプずいうものがあっお、このような意芋亀換䌚も行われおいた。ここはバヌクレヌのナヌザヌグルヌプ、通称BMUG。最倧手のナヌザヌグルヌプで、UCバヌクレヌの階段教宀を䜿っおの『Newton』芋せびらかし倧䌚が行われおいた。䜕ずなく、孊生運動が盛んだった頃の雰囲気。

などなど。この取材で芋たものに぀いおはいくらでも話せたすが、キリがなくなるのでこのぞんで。

間もなくむンタヌネットが始たる。

この雑誌は発売埌日間で100完売し、その頃は雑誌の増刷ができなかったので、幻の雑誌ずなっおしたいたした。どこかのオヌクションに出おいるかもしれないけれど、もう30幎も前の雑誌だから、骚董的䟡倀しか無いかもしれたせん。

その埌のアップルは、倒産が噂されるほどの業瞟䞍振の䞭、1996幎にスティヌブ・ゞョブズが幎俞たったの1ドルで埩垰。98幎にiMacをヒットさせ、次にはiPodをヒットさせ、以降の埩掻劇は広く知られおいる通り。

この雑誌が出お半幎埌くらいに、僕はほかの線集郚に異動し、そこには15幎も圚籍するこずになりたした。
その線集郚には異動圓初から䞀台だけマックがあったので、たずはパ゜コン通信。それからむンタヌネットに繋がるのは意倖に早くお、1994〜5幎だったはずです。

思えばむンタヌネットずいうものは、「さあ、いよいよ本日、むンタヌネットが開通したす」ずいう叞䌚者の声ず共にドラムロヌルが入っお、くす玉が割れお、ずいうような、目に芋える始たり方をしたせんでしたね。静かにじわじわず広がっお行きたした。そしお䞍思議なこずに、あれほどデゞタルずは無瞁だった僕の呚りでも、あっずいう間に普及しおいたした。

圓初はネットも電話回線を䜿っおいたしたっけ。
起動するず、しばらくの間は間違えおFAXに電話をかけおしたったような、「ピヌ、ピヌ、ガアヌッ」ずいうノむズが聞こえ、やがおNetscapeを通じおYahooのトップペヌゞぞ。このYahooっお、あの取材の途䞭にスタンフォヌド倧孊で芋た、あのロゎだな。僕はずっず「ダッホヌ」ず読むものだず思っおいたした。

そしお20䞖玀の最終盀、難しい蚭定無しにネットに繫がる、初代iMacが発売されたす。瀟内にはLANが敷かれ、電子メヌルが䜿えるようになりたした。圓初、䌚瀟の゚ラい人からは、「今、メヌル送ったから」ずいう無駄な電話がかかっお来おいたしたが、やがおそれも無くなり、線集郚は埐々に静かになりたす。
そしお念願のデゞタル入皿が始たりたした。これでようやく印刷䌚瀟の人たちは、ワヌプロで曞いおプリントされた原皿を改めお打ち盎すずいう、空しい䜜業から解攟されたわけです。

たずめアナログずデゞタルの、いい関係を探りたい。

ずいう具合に、デゞタルの技術が導入されお、人は退屈な䜜業からは解攟されたした。䞀方で、デゞタルに頌り過ぎるず、人はこれたで積み䞊げおきた倧切なものを倱っおしたうこずも倚いのではないか。デゞタル化が進むず共に、僕が雑誌の珟堎でモダモダし始めた思いを、最埌に箇条曞きでたずめおおきたいず思いたす。

● か぀おデザむンの珟堎では、1mmの間に手曞きで䜕本も線を匕けるか、などを競っおいる職人たちがいたした。そしお、そんな職人気質のデザむナヌに「こんなこずできない」ずいう難題を吹っかけおも、「どうにかしたしょう」ずいうベテランの技で解決しおくれたものです。
しかしデゞタルに移行した埌は、デザむナヌのセンスやスキル以前に、アプリケヌションでできるかどうか、ずいう話にすり替えられおしたうようになりたした。

● デザむンに限らず、「䜕ができるか」は人の胜力ではなくおアプリ次第。ずなれば、人は仕事のスキルではなく、いかに最新アプリの情報やサヌビスを知っおいるかによっお信甚されお行く。か぀おのベテランたちが誇った「経隓ず勘」のようなものは、日垞のあらゆる堎面で出番を倱っおしたいたす。もったいない。

● ネットが出おきお雑誌が売れなくなる。それはしかたのないこずです。文句があるなら、雑誌ならではの、ネットにはできないものを䜜ればいいんです。

● しかし䞀方で、倧郚数を必芁ずしない、䞁寧に䜜られた曞籍や雑誌は増えおいるようです。遞曞で頑匵る本屋さんの棚を芗くず、倧手出版瀟ず同等に、「ひずり出版瀟」からの出版物も目立぀ようになりたした。
これは、アナログのレコヌドやフィルムカメラが流行るのず同じ理屈なのかもしれない。そしお、そんな手䜜りの出版を手䌝うのがデゞタルの技術。しかもネットやSNSを䜿っお販促ができる。だから欲匵らなければ必芁な数は売れる。
このようなアナログずデゞタルの融合には、いろいろな垌望を感じたす。

● 今、30幎も前に䜜った雑誌を眺めながら匷く印象づけられるこずは、あの頃、䞻圹はあくたでもコンピュヌタを䜿う「人」であったずいうこず。コンピュヌタなんお必芁な時だけ䜿えばいいし、必芁が無ければ電源を萜ずせばよかった。デスクトップ機がメむンの時代であれば、机を離れれば自ずず人は個人に戻れたした。

● しかしiPhoneが珟れお以降、コンピュヌタはどこにでも぀いおくるようになった。あの頃に語られおいたデゞタルハブ構想情報やコミュニケヌション、音楜や映像などの゚ンタテむンメントを、すべおひず぀の機噚でたかなうずいう構想がデスクトップ機止たりであればずもかく、それを倖に持ち出しおしたった。もっずも、さらに小さく、楜しいものが欲しくなれば䜜っおしたうのが開発者ずいうもの。問題があるずすれば、䜜る偎ではなくお䜿う偎なのでしょう。

おかげで、アップルは時䟡総額で䞖界のベストを争う䌁業になりたした。
それによっお、倚くの人が電源を切れなくなりたした。この状態に぀いお、この雑誌に出おくれた人たちは、今、どう思っおいるのだろう 
誰かもう䞀床、そんな取材をしおきおくれないかな。

今回の投皿も異垞に長くなりたした。䞀䞇字を越える前に撀退したいず思いたす。
ここたで読んでくれた方、どうもありがずうございたした。

おしたい。

























いいなず思ったら応揎しよう