
学校は、壊れる教師を評価する【学校は変えられるか ♯4】
学校には、不思議な評価基準がある。
遅くまで残る教師。
頼まれた仕事を断らない教師。
どんな状況でも「大丈夫です」と言う教師。
そういう人ほど、「信頼できる先生」と言われる。
私は、
ずっとこれに違和感を抱いていた。
本当に評価されているのは、成果ではない。
“何でも引き受ける姿勢”ではないか。
学級が荒れても、保護者対応が重なっても、体調を崩しても、
「迷惑をかけたくない」「自分がやれば早い」
そう言って抱え込む教師がいる。
そして学校は、その姿を見て安心する。
あの先生なら任せられる。
あの先生なら大丈夫。
仕事はさらに集まる。
そして
評価も上がる。
しかし、その評価は――
教師の持続可能性を見ていない。
限界に近づいていることに、誰も気付かない。
いや、気付いていても止められない。
なぜなら学校は、
回っている限り問題にならないからだ。
壊れる直前まで働いた教師だけが、
初めて「大変だったね」と言われる。
私は思う。
学校が本当に評価すべきなのは、無理を引き受ける教師ではない。
壊れるような働き方をせずに、仕事を楽しめている教師ではないだろうか。
教育を守るとは、教師を守ることでもある。
壊れる教師を評価し続ける限り、学校は静かに人を失い続ける。

関連記事