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教師が報われる瞬間

    正直に言う。教師という仕事は、ほとんど報われない。

    • 教育はすぐに結果が出ない。

    • 子供の間違いを正したとしても、また同じ過ちを繰り返す。

    • 保護者にこちらの思いや願いを伝えても、全く伝わっている気がしない。

    • 会議で決まったことなのにも関わらず、やろうとしない教員がいる。

    何度も教師を辞めようと思った。
    それでも、私は辞めずに教師を続けている。その理由は、至ってシンプルだ。
    教師の仕事にも、報われる瞬間があるからだ。
    今回は、私が報われたと感じた瞬間を紹介しようと思う。

    私が“報われた”と感じた瞬間3選

    ①「先生で良かった」

    子供や親からそう言ってもらえたとき、初めて自分が担任していて良かったんだと思える。まさに報われたと感じる瞬間だ。
    担任をしていると、
    「自分が担任じゃない方がいいかもしれない」
    「自分は、この子たちを十分に成長させてあげられていないのではないか」
    そう思う瞬間がある。おそらく、ほとんどの教師が、悩みながら模索しながら担任をしているのではないだろうか。
    だからこそ、「先生で良かった」という言葉は、自信を与えてくれる。そして、この自信を積み重ねていったことで、自信が確信へと変わっていった。

    ②「成長したね」

    私が担任する子が、元担任や専科の先生から
    「あの子、成長したね」
    と言われると、達成感を感じる自分がいる。
    もちろん、これまで関わってきた先生方の積み上げがあり、たまたま私の番で成長という目に見える形で現れただけだ。それでも、その子の成長に携われたのは、紛れもない事実である。
    子供の成長に立ち会えた瞬間、私は報われた感じる。

    ③「助かった」「ありがとう」

    立場が変わっていく中で、同僚や管理職から助けを求められることが増えた。正直、自分でなんとかして欲しいと思うこともある。しかし、主幹教諭という立場、ましてや管理職候補者であれば、教職員のために力を発揮することは当たり前なんだと思う。
    運動会委員長から、運動会終了後に以下のようなLINEが届いた。

    運動会お疲れ様でした。
    無事に終わってホッとしております。
    今日を迎えるまで先生にはたくさん気にかけていただけて助かりました。
    その優しさがあって最後までできたと思います。感謝です。
    本当にありがとうございました!

    運動会委員長からのLINE

    「助かった」「ありがとう」という言葉で、初めて人のためになっていたんだと実感できる。そして、こういう言葉を言える人には、また力になりたいと、心から思える。
    「助かった」「ありがとう」で、私は報われる。

    まとめ

    教師という仕事の多くは報われない。他の仕事もそうかもしれない。
    私は、私心で働いていない。それでも、周りから必要とされたり、結果として現れたりすると、“やってて良かった”と思える。そういう瞬間があるから、私は今でも教師を続けている。

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    教師だからこそ、学校を変えたい。 子ども・教師・管理職、学校の「当たり前」を現場から問い直します。 目指すのは、子どもも教師も安心して成長できる学校。 小学校教員|主幹教諭|管理職候補|洗車好き

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