
第23章|一緒に上がる歌
自分を立たせる歌を書いたあとに、
やっと見える景色がある。
光は一人で見つけるものじゃなく、持ち寄るものなのだと、ルナは少しずつ知っていく。
大宮のライブが終わったあと、
会場の外にはまだ小さな人だかりが残っていた。
物販のあるバンドなら、ああいう時間はそのまま仕事になる。
SlowRushにはスタッフも物販台もない。
だから、本来なら、そのまま機材車に戻って次の街へ向かうだけだ。
でも最近は、そうもいかなくなっていた。
「写真だけでもいいですか」
「今日のShining in the Dark、よかったです」
「次、仙台も行きます」
声が飛んでくる。
ルナは足を止める。
止めるたびに、少しだけ不思議な気持ちになる。
前は、ライブが終わると、そこで全部終わっていた。
今は違う。
終わったあとにも、少しだけ続きを話す時間がある。
「ねえ、あの曲」
と、男の子が言った。
高校生か、大学の一回生くらいか。
まだ声に少しだけ迷いが残っている年齢だ。
「Shining in the Dark」
ルナが言う。
「そう、それです」
彼は、少しだけ笑ってから続けた。
「なんか、あれ聴いて、今日だけじゃなくて、ずっと先まで頑張れそうだなって思いました」
その言い方が、ルナには少しだけ新鮮だった。
救われた。
助かった。
そういう言葉も重いけれど、
“ずっと先まで頑張れそう”という言い方は、もっと生活に近い。
音楽って、たぶんそういうところにもいる。
「ありがとう」
ルナは言う。
「その言い方、ちょっと好き」
男の子は照れたみたいに笑って、
「よかった」
と言った。
機材車へ戻ると、ユイナがすぐに顔を上げた。
「また喋ってた?」
「うん」
「最近、ルナの終演後、地味に忙しいよね」
ユイナは笑っている。
でも、その言い方には少しだけ満足そうな響きがあった。
自分が蒔いたものが少しずつ形になっているのを見る時の顔だ。
「何言われたの」
絢音が聞く。
ルナはドアを閉めてから答えた。
「今日だけじゃなくて、ずっと先まで頑張れそうって」
「いいね」
ユイナが即答する。
「それ、そのまま歌詞じゃん」
その瞬間、ルナの中で何かが軽く鳴った。
歌詞。
たしかにそうだった。
Shining in the Dark は、自分の中の暗さに光を見つける歌だった。
でもその先にあるべきなのは、たぶん一人で立ち上がることじゃない。
一緒に進むことだ。
「……ちょっと待って」
ルナはスマホを取り出す。
「今の忘れたくない」
メモを開く。
打ち込む。
今日だけじゃなくて、
ずっと先まで。
その断片を見て、
絢音が何も言わずに少しだけ頷いた。
車が走り出す。
ユウは黙って前を見ている。
カイは助手席で窓の外を見ている。
ユイナはスマホで今日のライブの反応を見ている。
絢音はタブレットを閉じて、珍しく何もしていない。
その静かな車内で、ルナだけが言葉を探していた。
一緒に上がる。
一緒に進む。
ひとりじゃ見えない光。
全部、同じ場所を指している気がする。
翌日の移動中、
ルナは珍しく自分から口を開いた。
「Together We Rise、やっぱりそういう曲にしたい」
後部座席でアコギを抱えたまま言う。
「そういうって?」
ユイナが聞く。
「ファンに向けた曲」
ルナは少しだけ言葉を選んだ。
「感謝、って言うとちょっと固いんだけど。でも、一緒にここまで来た感じの曲」
カイが助手席から振り返る。
「ファンが歌える余白、あった方がいいよね」
「うん」
ルナは頷く。
「最初からそのつもり」
「じゃあ、サビの最後は開ける」
絢音が言う。
「声を入れられるスペース作る」
ユウは少しだけ考えてから言った。
「ライブで育てる前提で組むか」
「Ghostedみたいに?」
ルナが聞く。
「そう」
ユウは言う。
「完成させてから出すんじゃなくて、育ちながら完成する曲」
その言い方に、ルナは少しだけ嬉しくなった。
今の自分の曲は、前みたいに一人の中からだけ生まれていない。
でも、それが前より悪いわけじゃない。
むしろ今のSlowRushには、その方が合っているのかもしれない。
スタジオに入ると、
ルナはすぐにマーチンを抱えた。
「早いね」
絢音が言う。
「忘れる前にやりたい」
コードを鳴らす。
まだ粗い。
でも、前より進んでいる。
サビの断片。
Aメロの言葉。
途中で止まる。
また戻る。
「そこ」
絢音が鍵盤を軽く鳴らす。
「二回目のサビ、ちょっと景色変えたい」
「半音?」
カイが言う。
「いや、そこまでやると強すぎる」
絢音は首を振る。
「上がる感じは欲しいけど、力技じゃない方がいい」
「ルナの曲だしね」
ユイナが言う。
「真正面から殴るより、気づいたら泣いてる系の方が似合う」
「その言い方、毎回ちょっと嫌」
ルナが言う。
「でも合ってる」
カイが平然と言う。
全員が少しだけ笑う。
その笑いのあとで、
ルナはもう一度歌った。
さっきより、少しだけ言葉が前に出る。
Together We Rise は、
Shining in the Dark よりも外を向いている。
そのことが、自分でもはっきり分かった。
自分のために書く曲は、
どうしても内側を掘る。
でも、誰かに向ける曲は、少しだけ顔を上げる。
その違いが、今は面白かった。
曲が一通り止まったところで、
絢音がタブレットを閉じた。
「ルナ」
「うん」
「今の、ちょっとだけ理論入った」
ルナは目を上げる。
「ほんとに?」
「ほんとに」
絢音は少しだけ笑った。
「前みたいに勘だけで飛んでない。でも、勘が死んでもいない」
その言い方が、
ルナには思っていたより嬉しかった。
理論を学ぶことは、
自分らしさを失うことだと思っていた。
でも違うのかもしれない。
むしろ、
辿り着きたい場所に戻るための道が増えるだけなのかもしれない。
「絢音」
ルナが言う。
「なに」
「ありがと」
絢音は一瞬だけ目を丸くして、
すぐに少しだけ視線を逸らした。
「……まだ早い」
「何が」
「ありがとうって言うの」
絢音は鍵盤の電源を落としながら言う。
「ちゃんと完成してからにして」
その言い方が、
少しだけ照れているように見えた。
ルナはそれ以上追わなかった。
追わなくても分かる時がある。
この人も、この人なりにちゃんとこのバンドに入ってきている。
きっとそれが、
一番大きい。
夜、ホテルの部屋で、
ルナはノートを開く。
Together We Rise の歌詞は、
まだ全部は埋まっていない。
でも、もう真っ白ではない。
途中がある。
行き先がある。
誰に向けるかも、少し分かっている。
それだけで、
前よりずっと楽だった。
窓の外に見える街の灯りは、どこも少し似ている。
でも、似ている灯りを何度も見ているうちに、
ルナはようやく気づき始めていた。
音楽は、一人で作るものじゃない。
少なくとも、
今の自分にとってはもう、そうじゃない。