
第5章 | 幻の銃声
命令は、耳に優しく届いた。
その命令に従った瞬間、世界は細い糸で吊られる。
銃声が鳴ったとき、撃ち抜かれたのは彼の現実だった。
呼び出し音のあと、低い声が耳を満たした。
「……紗耶が姿を現す。喫茶店だ。お前が始末しろ」
署長の声。
佐久間は迷わなかった。迷えば負ける。遅れれば奪われる。
そういう世界で生きてきた人間の反射だ。
喫茶店の扉を押し開ける。
客はいない。薄暗い店内。
そして、紗耶が一人、席に座っていた。
「……やっぱり来たのね」
落ち着き払った声。
佐久間の神経を逆撫でした。
「お前、何を残した」
「もう残してあるわ。録音も。あんたと署長の名前、全部」
心臓が一拍、跳ねる。
ハッタリか。……いや、確信がある目だ。
「怖いのね」
紗耶の声は震えているのに、言葉は鋭い。
「真実を晒されるのが。だから私を消そうとする」
「黙れ」
佐久間は声を荒げた。
「お前みたいな小娘一人に、何ができる!」
紗耶は視線を逸らさず、ただ一言。
「私を消しても、記録は残る」
苛立ちが爆発した。
引き金を引く。
銃声が店内に響き、紗耶の体が揺らめく。
倒れるはずの姿が、光に溶けるように掻き消えた。
「なっ……!?」
錯覚だと思った刹那、背後から冷たい声。
「随分と派手にやるじゃないか」
振り返ると、長身の男。シン。
次の瞬間、手首をひねり上げられ、床に叩き伏せられる。
その時だ。外から一斉に足音が近づき、ドアが激しく開いた。
「警察だ! 動くな!」
複数の刑事が突入してくる。
佐久間は床に押さえつけられたまま、理解した。
すべて、仕組まれていたのだ。