
第7章|速すぎる景色
ユウがツアー日程を広げた時、誰も最初はすぐに飲み込めなかった。
車はある。
でも、その先が一気に現実になると、息の仕方まで変わる。
名古屋。
大阪。
福岡。
紙に並んだ地名を見て、ルナはそれが本当に自分たちの予定なのか一瞬分からなかった。
ユイナも同じ顔をしていたし、カイはスマホを持ったまま固まっている。
「なになに?」
絢音だけが、少し遅れて紙に目を通した。
「……なにこれ」
ユイナが言う。
「Aosagi TOUR 2036」
ユウが答える。
その文字を見た瞬間、空気が変わる。
Aosagi。
高校生バンド全国大会で優勝し、今のAI中心の音楽業界でバンドシーンを引っ張っているカリスマ。
SlowRushが今いる景色より、大分先を走っている相手だ。
「参加するの?」
カイがようやく言う。
「三箇所だけ」
ユウは言った。
「まじで?」
ユイナが聞く。
「まじ」
ルナは紙を見たまま、少しだけ呼吸を忘れていた。
まさかAosagiのツアーに呼ばれるなんて、誰も思っていなかった。
「なんで」
ルナが言う。
「リアムがワンマンを見てたらしい」
ユウは言った。
「で、推した」
「え」
ルナが顔を上げる。
「来てたの?」
「らしい」
ユウは肩をすくめた。
「俺も最初、何かの間違いかと思った」
「いや、思うでしょ普通」
ユイナが言う。
その笑いの奥で、全員ちゃんと浮き足立っていた。
理由は分からない。
でも、分からないからこそ本物に見える。
ユウは日程を差しながら言う。
思っているより大変だ。
五人で回るのも初めてだし、機材も増えた。
見られる場所へ出る以上、曲も言葉も、今まで通りでは足りない。
でも、その説明は不思議なくらい嫌じゃなかった。
むしろ胸が熱くなる。
「やるしかないね」
ルナが言った。
ユイナが笑う。
「今さら逃げる選択肢ある?」
「ない」
カイが言う。
絢音は紙に並んだ地名を見ながら、静かに息を吐いた。
「すごいね」
その一言で十分だった。
夜が来るまで、五人はセットリストの話をした。
どこで上げるか。
どこで聴かせるか。
どこなら五人の音が一番前へ出るか。
怖さはある。
でもそれ以上に、今なら行けるという熱が勝っていた。
ハイエースの鍵を握り直したユウが、最後に言う。
「全部、五人で組み直そう」
曲も、セットリストも、ステージの立ち方も。
それはまだ、新しいSlowRushの形と呼べるほど確かなものではない。
けれど、三人の頃の延長ではなく、五人で前へ進む覚悟だけは、もう十分すぎるほど満ちていた。