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第36章|最初に返したい場所

    ツアーを終えた五人は、Rustlineの社長のもとを訪れる。
    見えないところで支えられていたこと、最初に信じてもらえたことを改めて受け取りながら、
    SlowRushは自分たちが返したい場所を選ぶ。


    ツアーが終わると、急に静かになる。

    毎日どこかへ向かっていた身体が、行き先を失って少しだけ落ち着かなくなる。
    朝起きても移動がない。
    荷物をまとめても、次の会場が待っていない。

    その静けさの中で、五人は揃ってRustlineを訪ねた。

    いつものビル。
    派手ではない入口。
    けれど、今のSlowRushにとっては、どこか他より少しだけ特別に見える場所だった。

    社長は、相変わらず偉そうに見えない偉い人だった。

    「で」
    と、ソファに座るなり言う。
    「売れた気分はどうだ」

    「最高です」
    と、ユイナが即答した。

    「早いな」
    と、ユウが言う。

    「だってあれは普通に最高でしょ」
    「雑」
    「でも合ってる」
    と、カイが小さく付け足す。

    ルナは少しだけ笑った。
    「まだ“売れた”って言い切るには早い気もするけど」
    「でも、前と同じ場所にはいない感じはある」

    絢音が静かに頷く。
    「景色は変わったね」

    「それ」
    と、ユイナが言う。
    「そういう言い方したかった」

    「してないけどな」
    と、ユウが返す。

    社長が笑う。

    その笑い方を見て、ルナは少しだけ肩の力が抜けた。
    この人の前だと、変に格好をつけなくていい気がする。

    ひと通り、ツアーの話をした。
    Zephyr Tokyoのこと。
    停電のこと。
    Ghostedのこと。
    Aosagiのファイナルのこと。

    社長は途中で一度も大げさに驚かなかった。
    ただ、必要なところだけきちんと聞いていた。

    「ハイエースの件も」
    と、ユウが言う。
    「ありがとうございました」

    社長は少しだけ眉を上げる。

    「何だ、ちゃんと知ってたのか」
    「知らないと思ってたんですか」
    「半分くらいは」
    「ひどいな」

    あのハイエース。
    足りないところを見えない場所で埋めるみたいに、いつの間にか用意されていた移動手段。
    表に出る支援ではない。
    でも、ああいうものの方が現場ではずっと効く。

    「守られてたんだなって思いました」
    と、絢音が言う。

    その言葉に、社長は少しだけ黙った。

    「守るっていうか」
    と、社長が言う。
    「お前ら、放っとくと普通に危ないからな」

    「それ守ってるって言うんですよ」
    と、ユイナが返す。

    社長が肩をすくめる。
    「まあ、配信でこっちもえらい儲かったけどな」

    「言うと思った」
    と、ユウが言う。

    「夢ないなあ」
    と、ユイナが笑う。

    社長はそこで一度だけ、少しだけ真面目な顔になる。
    「だから言ってるだろ。面白いもんは、ちゃんと返ってくる」

    でも、その軽いやり取りの奥で、五人とも同じことを思っていた。

    最初に信じてくれた場所だった。

    まだ何者でもなかった頃。
    今みたいに切り抜きも、拡散も、Zephyr Tokyoもなかった頃。
    それでもSlowRushを面白がって、ちゃんと名前を呼んでくれた場所。

    大きい条件の話なら、たぶん他にもある。
    もっと有名なところ。
    もっと派手な看板。
    もっと分かりやすい未来。

    でも、どこに行くかと、どこに返したいかは、たぶん少し違う。

    ルナは社長を見た。

    「決めました」
    と言う。

    部屋の空気が、少しだけ静かになる。

    「Rustlineで行きたいです」

    社長はすぐには何も言わなかった。
    驚いた顔もしない。
    ただ、その言葉の重さだけはちゃんと受け取った顔をしていた。

    「大手じゃなくていいのか」
    と、社長が聞く。

    「よくはないです」
    と、ルナは言う。
    「大きい景色は見たいし、もっと上にも行きたい」

    そこで一度言葉を切る。

    「でも、最初に返したい場所はここです」

    ユウも頷く。
    カイも、ユイナも、絢音も、何も言わずに同じ方を向いていた。

    社長は、少し長く息を吐いた。

    「そういうの」
    と、社長が言う。
    「ずるいんだよな」

    「断るんですか?」
    と、ユイナが聞く。

    「断れる顔に見えるか?」

    それで決まった。

    拍手もなかった。
    大げさな握手も、感動的な音楽も流れなかった。
    でも、その静かな決定は、今まででいちばん本物らしく見えた。

    話はそこで終わらない。

    次の企画の話が出る。
    追加公演の可能性。
    次のツアー。
    もっと大きい会場。
    絢音の参加期限をどうするか。
    Aosagiとまた何かやるのか。
    やらないはずがないだろう、みたいな空気。

    「休ませる気ないですね」
    と、絢音が言う。

    「売れるってそういうことだ」
    と、社長が平然と返す。

    「最低」
    と、ユイナが言って、でも少し笑う。

    部屋を出る頃には、五人とも来た時より少し軽い顔をしていた。

    終わったからではない。
    むしろ、ちゃんと続くと分かったからだ。

    ビルの外へ出る。
    夕方の光が、街の輪郭を少しだけ柔らかくしている。

    「決めたね」
    と、絢音が言う。

    「うん」
    と、ルナが答える。

    最初に返したい場所を選んだ。
    それはたぶん、遠回りじゃない。
    ここから先へ行くために、自分たちが必要としていた順番だった。

    ライブは終わった。
    ツアーも終わった。
    続きは、きっとまたここから始まる。

    歌は終わらない。
    終わらないまま、少しずつ次の形になっていく。

    その先にどんな景色があるのか、まだ誰も知らない。

    でも今は、それが少しだけ楽しみだった。


    次の話へ

    総目次|SlowRush

     
     
    📘 Novel × 🎵 Music × 🎥 MV すべてAIで創り続けるプロジェクト。 小説「Parallel Lights」を元にした楽曲 『Before the World…』を公開中。 小説・作詞・作曲・アレンジ・MVをSuno / Sora2 / Canva など

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