
第7章 | 仕掛けの設計
逃げ続けるか、勝負に出るか。
答えは一つしかないと、三人とも分かっていた。
計画は、誰かを傷つけるためじゃなく“戻る”ためにある。
「解決策?」
シンの声に、ほんのわずかな熱が混じった。
紗耶も顔を上げる。逃げの話ではない。戻る話だ。
ルナはメモ帳を引き寄せた。
音楽の断片を書くためのものが、今夜は別の譜面になる。
「最初に前提。佐久間も署長も、紗耶さんが“死んだ”とは思ってない。隠れてるって分かって探してる。――違う?」
紗耶がうなずく。
「そう。見つけられないだけ。だから焦ってる」
ルナは言いながら整理する。
シンが“探してる”と言いながら必死に見えなかった理由。
――知っていたからだ。生きていることも、危険の正体も。
「焦りを利用する。舞台は……紗耶さんの店」
「店?」
シンが反射的に言う。
「危険じゃないか」
「危険だから使う。向こうの頭の中で“そこに戻るはずがない場所”ほど刺さる」
紗耶が息を吐いた。
「明日、金曜日。定休日」
「うん。誰もいないはずの店に、紗耶さんが“現れる”。それを佐久間だけに知らせる」
シンが眉を寄せる。
「どうやって?タレこむのか?」
「違う。あなたの能力を使う」
ルナは言葉を切る。
「署長からの電話。あれを佐久間に見せる。――幻覚で」
シンは理解したように目を細めた。
「署長が『至急、喫茶店へ行け。紗耶が現れる』と命じる。佐久間は上からの指示だと思って動く」
「そう。しかも“自分だけが先に知った”と思い込む。誰にも相談しない。誰にも痕跡を残さない。勝手に焦って、勝手に突っ込んでくる」
紗耶が静かに言った。
「来たら、私はどうする?」
「ボロを出させる」
ルナは即答し、少しだけ柔らかく言い直す。
「責めるんじゃなくて、言葉を置くだけ。名指しの録音がある、とか。証拠の在り処を匂わせる、とか。佐久間が“自分で”やらかすように」
シンが腕を組む。
「配置が大事だな」
ルナはメモ帳に線を引いた。
カウンター、入口、客席。簡単な見取り図。
「紗耶さんはカウンター奥。出入り口が見える位置。」
「俺とお前は?」
「映らない。私がカウンターの影。シンは入口の影で背後を取る」
「佐久間は防犯カメラを気にして映らないこの位置に止まるはず」
紗耶が眉をひそめる。
「でも、これだと佐久間も私も、防犯カメラに映らない。」
「そこも合わせる」
「写るようにもう一台隠しカメラを仕掛ける」
ルナはシンを見る。
「佐久間には幻覚で、紗耶さんが“この位置”にいるように見せる。防犯カメラを警戒して佐久間は紗耶さんに近づきづらくなる。で、隠しカメラでバッチリ映る。」
シンは短く息を吐いた。
「そんなとこまでこの短時間で考えたのか?」
「できる?」
「できる。俺の姿を見られなければ警戒されないだろ」
紗耶が問う。
「幻の電話、偽物だって気づかれない?」
シンは淡々と答えた。
「声色だけじゃない。言い回し、ため息の癖、言葉の切り方。相手の頭の中の署長像に合わせて作る。能力を知らない限り、疑う理由がない」
ルナは頷く。
「不意打ちで入れる。考える隙を与えない」
少しの沈黙。
三人とも、軽い気持ちではない。
シンが声を落とす。
「俺が守る。危険になる動きが出たら、止める」
紗耶がルナを見る。
「……ルナちゃん、怖くない?」
ルナは一瞬だけ視線を逸らした。
怖い。怖いに決まっている。
でも雨の夜から、放っておけなくなった。
「怖いよ。でも、ここで止まったら……たぶん、ずっと歌えない」
シンが目を細める。
「歌?」
「幽霊を見た瞬間、頭の中に旋律が残った。薬だと思ってた。でも違った。誰かさんが作った幻だった」
ルナは声が震えないように言う。
「だったら、この街で起きてることも、私の中で起きてることも、ちゃんと区別して向き合わないと。そうしないと、音が嘘になる」
紗耶が小さく笑った。
「音楽に、助けられる人もいるよ」
ルナはメモ帳を閉じた。
譜面はもう頭の中にある。あとは演奏するだけだ。
「この作戦は三人の秘密。警察は信用できない。能力の説明もできない」
シンが頷く。
「まず、佐久間の証拠を確定させる」
ルナは最後に、確認するように言った。
「明日。店に紗耶さんがいる。佐久間だけがそれを知る。――その形を作る」
二人は短く頷いた。
窓の外では遠くにネオンが瞬いている。
これが佐久間逮捕の裏側だった。