
エピローグ | 余白の残る街
終わった話ほど、静かに続いていく。
語られない部分にこそ、次の物語が潜む。
渋谷の夜は、今日も何食わぬ顔で光っている。
ワンマンライブから、数日が過ぎていた。
梅雨は明け、雨の匂いもいつの間にか街から消えている。
湿った空気の代わりに、初夏の風が渋谷を通り抜けていった。
今年もまた、夏が始まっていく。
夕方の渋谷。
ライブハウスの前には、まだ「完売御礼」のポスターが貼られたままだ。
剥がされずに残った紙切れが、あの夜が現実だったことを静かに証明している。
紙一枚が証明できることもあるし、できないこともある。人生もだいたいそうだ。
ルナは指先で髪をつまんで、小さく笑った。
鮮やかなピンクは、もう違和感なく自分の一部になっている。
ステージの上で感じた解放感は、後戻りできないほど鮮烈だった。
自分を隠さなくていい。
思い切り、音を鳴らしていい。
その感覚が、胸の奥で確かな輪郭を持ちはじめていた。
――その頃。
渋谷のどこか、観客のいない静かな場所で、
シンと紗耶は並んで夜景を眺めていた。
すべてが終わったわけではない。
それでも今、紗耶は追われる身ではない。
長く張りついていた緊張の影が、彼女の表情からようやく消えていた。
二人は多くを語らない。
言葉にすれば壊れてしまいそうなものが、まだ胸の奥に残っているからだ。
――一方で。
古本屋のカウンターでは、蓮が分厚い本を閉じていた。
店内は静かで、時間だけが穏やかに流れている。
「靄がかかって見えぬ男、か」
誰に向けるでもなく呟き、蓮は薄く笑った。
その意味を知る者は、ここにはいない。
知る必要がある人ほど、知らされない。世の中は親切なふりをして、意地が悪い。
この街には、まだ誰も知らない“物語の余白”がある。
ミラージュの流通が止まっても、欲望は形を変えて現れる。
能力者たちは表に出ることなく、水面下で交錯し続けるだろう。
ルナはライブハウスを後にして、夜風を吸い込んだ。
「この空の向こうに、まだ知らないステージがある」
ピンクの髪が街灯に照らされ、未来への旗印みたいにきらめく。
彼女はまだ十六歳。
歌と仲間と、そして数奇な縁に導かれながら、確かに前へ進んでいる。
――夏の幽霊のように、あの出来事はやがて遠ざかる。
けれど確かに、彼女の物語を変えた。
そして物語は終わる。
すべてを語らないまま。