
第5章|まぼろしの町へ
四国の小さな町へ到着したルナと照人。
幼い頃の記憶が呼び醒まされ、祭りの熱気が静かに二人を包む。
やがて、ルナの記憶と重なる“ある光景”が現れはじめる。
朝。
バスの車内はまだ薄暗い。
照人はうとうとしながら目を開ける。
窓の外には、見慣れない山並みと小さな集落。
四国の町へ、近づいていた。
ルナはすでに起きていて、外の景色をじっと見つめている。
その横顔には、何かを探すような真剣さがあった。
「着いたらまず、宿だな」
照人が眠そうに言うと、ルナは軽く笑って頷く。
「そうね。でも、私、ちょっと歩きたいな。町の空気、感じたい」
バスは終点のターミナルに着き、二人はバックパックを肩に降り立つ。
海と山に囲まれた小さな町。
ルナが幼い頃を過ごした場所だ。
しかし、町の道は分かりづらい。
地図は曖昧で、スマホのGPSもぐるぐる回る。
宿に着くまで、想像以上に時間がかかった。
遠回りした感覚だけが残る。
汗が滲む頃、ようやくたどり着く。
駅前通りでは、屋台の準備をする人々の姿があった。
幟がはためき、機材を下ろす若者たちの声が響く。
照人は立ち止まり、カメラを構える。
「……祭り?」
「たぶん。夏祭りの時期だよね」
ルナの目が細まる。
記憶の底から、何かが浮かび上がるようだった。
商店街を歩くと、ポスターが目に入る。
《第48回 夏祭り/花火大会 今週末開催!》
ルナは足を止める。
この町にいたのは数年だけ。
でも記憶は、確かにそこにある。
父の肩車から見た、空いっぱいの花火。
群衆の歓声。
胸に響く音の振動。
あの夜の熱が、今も心に残っている。
「……ねえ、照人。ちょっと寄ってみてもいい?」
「いいけど。どこに?」
「神社」
ルナは案内もなしに坂を上り始める。
木々が空を覆う道の先に、鳥居が見える。
階段を上がりきると、広い境内が広がっていた。
組み立て中のステージ、赤白の幕、スピーカー。
大きな祭りの準備が進んでいるのが一目で分かる。
「本格的だな……」
「うん……」
ルナは立ち尽くす。
目の前の光景が、幼い記憶と重なる。
「昔、ここで見たの。たぶん、5歳のとき」
「へえ……」
照人はルナの横顔を見る。
その瞳は、遠い過去を映しているようだった。
そのとき——。
「ねえ、お姉さん! 渋谷で歌ってた人だよね!? 動画で見た!」
振り返ると、地元の中高生たちが集まっていた。
一人がスマホを掲げ、興奮気味に話しかける。
「めっちゃ再生されてたよ! ここで歌ってくれるの?」
「え? いや、それは……」
ルナは戸惑うものの、子たちはさらに盛り上がる。
「ステージ、空いてる時間あるって! お願い、一曲だけでも!」
「こんなすごい人来るなんて、奇跡だよ!」
ルナは照人のほうを見る。
照人は驚きながらも「どうする?」と目で問う。
──ここで歌えば、注目される。
でも……。
「……考えさせて」
ルナはそう言って、その場を離れた。
境内の端、木陰のベンチで二人は腰を下ろす。
「バズってたんだな、やっぱ」
「そうみたいね……でも、目立ちたくなかったんだけど」
「でも、ここで歌いたい気持ちも……ある?」
ルナは肯定も否定もせず、ただ風を感じていた。
準備のかけ声が遠くで響く。
「あの子たち、純粋だったね」
「うん。ああいう期待、裏切りたくないって……ちょっと思った」
照人のカメラが、カシャ、と小さく鳴る。
写真を確認し、彼は眉を寄せた。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「なんか……ちっちゃい女の子が写ってて」
ルナが覗き込む。
ステージを見上げる幼い女の子の姿があった。
「……見覚えがある。もしかして……」
ルナの声は、かすかに震えていた。