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読むことで気づき、書くことでまた気づく【ハッピーライティングマラソン#66】

    今週の本田健さんのハッピーライティングマラソンのテーマは、「何度も読み返した本はありますか?」。

    何冊か、すぐに思い浮かんだ。

    私は断捨離アンで、やましたひでこさんの大ファン。本もかなり断捨離してきた。

    この8年ほどの間に2回引っ越しをしたこともあって、そのたびに本を整理した。それでも、今も手元に残している本が何冊かある。

    何度も手放す機会があったのに、手放さなかった本。
    考えてみれば、そこにはそれぞれ理由がある。

    一冊目は、『弾言 成功する人生とバランスシートの使い方』。

    この本に出会った頃の私は、人生、うまくいっていないと感じて
    ちょっと絶望気味だった。
    そんな私に、この本は希望を見せてくれた。

    勉強することは、自分への投資なんだ。
    その考え方を知って、私は自己投資をしてきた。

    これから時代が大きく変化する。そんな変化の波ををいち早く読み取り、
    波に乗っている著者、小飼弾さん。
    私もそんなふうになりたいと
    この本をノートに写経したくらい読み込んだ。

    今でも心に残っているのが識字率の話だった。

    今の日本に生まれた私たちは、日本語を読み書きできることを当たり前だと思っている。
    でも、国が違えば、時代が違えば、その能力を持つことができなかった人たちがたくさんいる。

    文字を読める。書ける。

    それだけで、私はどれだけのアドバンテージをすでに持っているのだろう。
    それを知ったとき、「だったら、この力を使おう」と思った。
    そして私は、本を読み、学び、いろいろなことにお金も時間も使ってきた。

    もちろん、全部がうまくいったわけではない。
    というより、うまくいかなかったことの方が多いかもしれない。

    でも今なら思う。

    全部がうまくいかないなんて、当たり前じゃないか。

    いろいろやって、その中で続けたものが、やがて何かになっていく。
    やっと、そんなふうに思えるようになった。


    二冊目は、岡田哲也さんの『で、ほんとはどうしたいの?』。

    岡田さんは、当時私が夢中になっていた子宮委員長はるさんの旦那様だった。
    はるさんの発信を追いかけながら、岡田さんの考え方にも興味を持つようになった。

    岡田さんの発信で特に「そうなんだ」と思ったことがある。

    自分が自分をどう扱っているか。それが、周りの人が自分をどう扱うかにもつながっている、という考え方だ。

    自分が自分を大切に扱っていなかったら、周りからも大切に扱われない。

    それを知ってから、私は「自分が自分をどう扱っているか」に意識を向けるようになった。

    誰かから不本意な扱われ方をされたときには、この本を読み返した。

    そして、

    「私は、私をどう扱っているだろう?」
    と問い直した。

    相手を責めるだけではなく、自分と自分との関係を見る。
    この視点は、その後の私にずっと残っている。


    そして三冊目は、『何歳からでも遅くない』byいれぶん。

    この本は、自己否定していた私を自己肯定へとひっくり返してくれた本だ。

    私は、それなりの金額を自己投資に使ってきた。
    離婚して一人で生きていくのは大変だろうと、母がくれた200万円も使い切ってしまった。
    なのに、ほとんど原価回収できていない。

    「私はいったい何をやってきたんだろう」
    そんなふうに自分を責めていた。

    ちょうど、その思いを意識化して、そろそろ書き換えたいと思っていた頃、この本に出会った。

    そこには、多くの人が本当にやりたいことを「時間がない」「お金がない」と言って先延ばしにしている、というようなことが書かれていた。

    それを読んだとき、
    「あれ? 私、逆じゃない?」
    と思った。

    私は、お金に余裕があったからやってきたわけじゃない。
    時間がたっぷりあったからでもない。

    お金も時間も十分ではないのに、それでも自分が「やりたい」と思ったことを、自分にやらせてあげてきた。

    なんだ。
    私は私を、ちゃんと大切にしてきたんじゃないか。
    我慢させてこなかったんだから。

    同じ過去なのに、見方がひっくり返った。

    「お金を使ったのに回収できていない私」から、
    「余裕がなくても、自分のやりたいことをやらせてあげた私」へ。

    そう考えると、二冊目の『で、ほんとはどうしたいの?』で教えてもらった「自分が自分をどう扱うか」ということにもつながっている。

    そして一冊目の『弾言』で知った「自分への投資」にもつながっている。

    こうして振り返ってみると、私は本から答えをもらってきたというより、本をきっかけに自分の中にあるものを見つけてきたのかもしれない。

    だから、何度も読み返したくなるのだろう。

    同じ本、同じ文章なのに、読む時期によって心に引っかかるところが違う。

    読む自分が変われば、本から受け取るものも変わる。

    そして最近、私は書くことがとても楽しい。
    それと同じくらい、自分が書いたものを読み返すことも好きになった。

    読み返しながら、
    「そうそう、そうだわ。私はこう思っていたんだ」
    と、一人で納得している。

    それだけではない。

    自分で書いた文章を、読み返していると
    感情が動いたり、他の記憶が蘇ったり。
    そこでまた気づきを得たり。

    たぶん私は、最初から全部わかっていて文章を書いているわけではない。

    書きながら、読みながら
    気づいている。

    それまで心の奥にしまわれていて、自分でも気づいていなかったものが、言葉にすることで少しずつ引き出されている。

    考えてみれば、本を読むことも同じだったのかもしれない。

    本に答えを教えてもらったというより、本の言葉に触れて、自分の中にあったものが引き出されてきた。

    『弾言』を読んで、読み書きできるという力を「使おう」と思った私。

    たくさんの本を読み、学び、自分に投資してきた。

    そして今、その「読み書きできる力」を使って、自分の人生を書いている。

    何度も読み返した本について書いていたら、最後にたどり着いたのは、今の私が何度も読み返しているものだった。

    それは、自分で書いた、自分の文章。

    読める。書ける。

    私には、すでにこの力がある。

    だったら私は、これからもこの力を使っていこうと思う。


     
     

    ルミ

     
     
    人に見せたくなかった闇をあえて解放します。本音を書くことで自分を許し、読んでくれる皆さんと共に歩みたい。 夫に失望して「この人に自分の人生を委ねるのはやめよう」と自己啓発を学んできた。離婚を果たし、なりたかった占い師にもなれたけれど十分に稼げず、工場でパート従業員を。

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