
VIVANTへの勧誘
宗教勧誘で時間潰し
ある年の夏休み。
妻と子供たちが長期で帰省しているあいだ、私は家で暇を持て余していた。
もともとアウトドア派ではないのに、この灼熱。そして転勤で友人ゼロ。家を出る動機はきれいに消滅している。
なので私は連休中ずっと家でゴロゴロしていた。人は本当に喋らないと、声の出し方を忘れるらしい。そんな絶望的な引きこもり具合に到達したころ、玄関チャイムが鳴った。午後一時。クマゼミは全力で背景音を担当している。
重い身体を引きずってインターホンに出ると、宗教の勧誘のおばさんが映った。普段なら即シャットアウトだが、今日は異様に暇だ。ちょっと遊んでみることにした。
軽く相槌を入れると、おばさんは気持ちよく語り続ける。「この世の救い」だの「どこどこの団体とは違う」だの、語り口は完全に“乃木憂助を説得しにきたテロ側の人”である。
私は真面目に聞く気はなく、リビングから椅子を持ってきてインターホン前に鎮座。ドラマの名場面の合間に「ああ、なるほど」「そんな考えが」と適当に差し込む。たまに画面の迫力に押されて表情が引きつる。
一時間経ってもおばさんは諦めない。私も退く気はない。
三十分後、転機が訪れた。
どうやらおばさんの水筒が空になったらしい。急に「直接お話させてください」と玄関突破を狙ってきた。が、家族の留守を守る者として、安易に結界を破らせるわけにはいかない。別班並みの心理戦で煙に巻き、再び語らせる。
今はVIVANTの七話が佳境なのだ。野崎さんが「もう一回巻き戻していい?」と言いそうなタイミングなのだ。私は忙しい。
さらに十分。
ついに勝負がついた。おばさんはパンフレットを置き、丁寧に謝罪しながら去っていった。その背中は、任務に失敗した黒須のようにどこか哀愁があった。
私はカーテン越しに外を確認し、玄関を開ける。真夏の午後のむせ返る熱気が襲ってきた。野崎たちが命がけで渡った砂漠よりはまだマシだ。たぶん。
ポストのパンフレットを取りつつ、中を覗き込む。盗聴器も監視カメラもない。
どうやら彼女は別班ではなかった。
玄関を閉め、私はついに再生ボタンを押した。
「おい、乃木。まだ見てるぞ」
テレビの中で野崎さんが胸を張って言う。
私の夏は、ようやく続き始めた。