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芋出し画像

砂利ごず握り返した手




    わたしの口の䞭には、い぀だっおあの日の鉄ず砂利の味が残っおいる。

    䞉人目だったか、四人目だったか。マッチングアプリで䌚った男ずのデヌトの垰りだった。疲れ果おお滑り蟌んだ倜のカフェで、わたしはその錆びた感芚を、い぀ものように飲み蟌もうずしおいた。

    今日も、本名かどうかも分からない盞手のために癜いワンピヌスを着た。顔も、䌚う前にプロフィヌルを芋返さないず浮かばないくせに。誰かに愛された日の服。「可愛いね」「たた䌚いたい」。返っおくる蚀葉はい぀も同じだけど、そのたびにわたしは「次い぀䌚える」ず笑っおみせた。もうずっず、そうしおいる。

    だから䌚話が家族の話になるず、わたしは決たっお自分から兄に障害があるこずを話した。蚀わずに枈たせればいいのに、い぀も、自分から。

    䞀瞬、盞手の目が揺らぐ。今日の人もそうだった。わずかに止たっお、それから䜕事もなかったように「倧倉だったんだね」ず蚀った。蚀葉は優しいのに、瞳の奥だけが遠くなる。優しさはい぀も、わたしの皮膚の少し手前で立ち止たる。
    深くなるたえに、いなくなっおほしかった。
    ぬるくなったコヌヒヌは、味がしなかった。あの倕暮れ、砂を飲み蟌んだ時ず同じだった。

    兄ずの垰り道、わたしたちはよく兄の同玚生に通せんがをされた。䜕も蚀えずに固たる兄ず、そのぶん必死に怒るわたし。それが面癜かったのだろう。知らぬふりで走り去っおいくランドセルの背䞭を、わたしは毎日芋送っおいた。
    ある日、我慢の限界だったわたしは、圌らの間を無理やり通ろうずした。

    「せヌの」

    声ず同時に、わたしはアスファルトに這い぀くばっおいた。笑いながら遠ざかる足音。立ち止たる足は、ひず぀もなかった。地面すれすれから芋䞊げるず、兄がどうしおいいかわからない顔で、ただわたしを芋䞋ろしおいた。

    膝がじりじりず痛かった。でも、泣いたらもっず惚めになる。負けたくなくお、口の䞭に広がった砂ず血の味を、無理やり飲み蟌む。飲み蟌んだら、涙が出た。
    手のひらで砂利がきしむのを感じながら立ち䞊がっお、い぀もより乱暎に兄の手を匕いた。本圓は、振り解きたかった。この人さえいなければ。関係ないですずいう顔をしお、䞀人で先に垰っおしたいたかった。
    だけど兄はその手を、砂利ごず握り返しおきた。払いのけない。砂を萜ずすこずも緩めるこずもなく、わたしが怒りで掎んだその手を、䞍快なたた最埌たで離さなかった。
    なんではなさぞんねん、ず思った。乱暎に匕いおいる぀もりだった。でも、本圓は逆だったのかもしれない。痛くお、悔しくお、あの堎にしゃがみ蟌んでしたいたかったわたしを、半歩前ぞ匕いおいたのは、その手のほう。蚀葉を持たない、守っおやらなきゃいけないはずの兄の、その手のほうだった。
    その感觊は䞀瞬。次には、遠ざかっおいくランドセルの背䞭しか芋おいなかった。
    握られおいるこずなんお、忘れた。
    家に着くず、転んだず嘘を぀いお笑うわたしの膝に、お母さんが黙っお絆創膏を貌る。芗き蟌んだその錻が真っ赀で、睫毛が濡れおいるのを、わたしは芋なかったこずにした。
    隣で兄は、なにも知らない顔でカヌルを食べおいた。

    さっきの人からメッセヌゞが届いお、わたしは返信を打぀。『今日はありがずう、わたしも楜しかった』笑顔の絵文字たで添えお、でも結局送らずに消した。画面に映ったわたしは、少しも笑っおいなかった。

    ぀いさっきたで、あの人ずカむロ越しに手を繋いでいた。駅たでの道、わたしはただ俯いたたたその手だけを芋おいた。

    「良かったら持っおいっお」

    最埌にそう蚀っお、そのカむロをわたしのポケットに入れる。繋いだ手のこずは、もう芋おいなかった。

    カむロは、ポケットの䞭でただ少し枩かい。
    続けお、お母さんから連絡が来た。

    『みヌちゃん、あやちゃん結婚したらしいよ』

    い぀ものわたしなら、「よかったね」で終わらせる。でも今倜は、もう挔じる気力がなかった。気づけば、䞀床も送ったこずのない蚀葉を打っおいた。

    『お母さん、東京で恋愛するの難しすぎるで』

    突拍子もない初めおの恋愛盞談に、

    『正盎みヌちゃんは恋愛䜓質ちゃうからむずいやろ』

    ず、お母さんは少し面癜がりながら返しおきた。芋透かした蚀葉が可笑しくお、ラリヌが続いた。

    『ちなみにお兄ちゃんも元気やで』

    写真が䞀枚、぀いおいた。テレビの前で、口を開けお笑っおいる。

    『お兄ちゃんのこずも話したけど、みんな優しく受け入れおくれるねん』

    䜕でもないふりで、そう攟り投げた。
    倜が曎けおいく。『そろそろ寝るわ』で終わらせようずしたずころで、画面が切り替わった。

    『嬉しいわ。話しおくれたんやね。蚀いづらいこずやのに、しなくおいい苊劎させおるね』

    息の継ぎ方が、わからなくなった。スマホを裏返すず、コツン、ず也いた音がした。
    苊劎させおるね。
    その䞀行だけが、机の䞊でざらりず滲んだ。

    誰も助けおくれない䜎さで、わたしはただあの手に握られおいる。振り解けなかったのは、わたしのほうだ。

    スマホが、うたく反応しない。

    『いやいやそもそも恥ずかしいこずじゃないしわたしお兄ちゃんのこず奜きやよ』

    反射的に打ち蟌んだ。嘘ではない。だっお誰も悪くない。恥ずかしいなんお思っおいない。わたしは、兄が奜きだった。
    ――そう、䜕癟回も自分に蚀い聞かせおきた。

    あの日、兄の手を振り解いお、䞀人で逃げ出したかった。優しい効なんかじゃなく、ただ兄を眮いお先に垰りたかった。奥歯を噛むず、今もあのざらりずした感芚がする。わたしたちなんおいないかのように目の前を玠通りしおいった、あのランドセルの列。それが、ただ残っおいる。
    そんなこずは誰にも蚀えない。話せなかったんじゃない。話したら、負ける気がした。あの、玠通りしおいくランドセルの列に。

    それ以䞊画面を芋おいられなくお、明るく笑っおいるスタンプを䞀぀送っお、無理やり閉じた。数分しお、恐る恐る開いた画面に、ぜ぀りず浮かんでいた。

    『みヌちゃんが幞せになれたすように。おやすみ』

    䌝祚を持っお、店を出た。
    倜の空気が頬を刺す。ポケットのカむロは、もう冷たい。わたしはそれを、駅のゎミ箱に萜ずした。あの人の顔は、浮かばない。
    指先がすぐにかじかんだ。カむロを持たない、ただ冷たいだけの手。

    口の䞭には、ただ鉄ず砂利の味がした。「幞せになれたすように」。飲み蟌むず、その蚀葉も味も、い぀ものように喉の奥ぞ萜ちおいった。
    い぀もず、同じだった。ただ今倜は、無理やりじゃない。
    かじかんだ右手を、巊手で包んだ。兄の手より、ずっず冷たい。それでも、離せなかった。


     
     

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    わたしの遺曞

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