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【短編小説】月が綺麗ですね

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    「月が綺麗ですね」
     絢音は息を呑んだ。ニュージーランドのマウントクックで、絢音と俊介は星空を只々眺めていた。
     月が綺麗ですね──明治時代の文豪である夏目漱石が「I love you」を訳した言葉だ。今の言葉は俊介の告白だろうか。
     だが、次の瞬間、俊介は無邪気な笑顔を絢音に向けた。
    「東京で暮らし続けていたから、天の川をこれほど鮮明に見られた経験がないんだ。絢音はどうだ? 想像以上にニュージーランドの星空は素晴らしいな」
     幼子のように興奮した声でニュージーランドの星空を褒め称えると、俊介は頭上の星空に視線を戻した。またもや異例の事態だと絢音は思った。

     絢音と俊介はニュージーランド南島横断の旅をしていた。付き合い始めてから三年が経過したが、海外旅行に共に行くのは初めてだった。
     半年前、合理主義者の俊介が突然「ニュージーランドの大自然に囲まれたい」と言い始めたため、海外旅行に行く運びになった。「イタリアでも良いんじゃない?」と絢音が強請ると、「いや、ニュージーランドが良い」と俊介が言い張った。普段は絢音が主張すれば、俊介は絢音の意見を尊重する。異例の事態だった。
     俊介は詳細なニュージーランド旅行の日程を組んだ。ニュージーランド南島を横断する旅を練り、頻繁に星空ガイドツアーを日程に組み入れていた。「星空は一回見れば良いんじゃない?」と絢音が問い掛ければ、俊介は真顔で「日本ではニュージーランドほど星が綺麗に見えないから、必要不可欠だ」と主張した。ニュージーランド旅行は、俊介の異例の行動の末に生まれた。

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    「月が綺麗ですね」
     絢音は再び驚愕した。世界で最も美しい星空が見える街として、「星の世界遺産」を目指しているテカポ湖に移動した。観光名所として有名な善き羊飼いの教会で再び星空を眺めていると、またもや俊介は明治時代の文豪の言葉を口にした。
    「I love you」と繰り返し言われているが、絢音は「I love you」と告白されているのか、星空の感想を聞いているのか、分からなくなった。
     俊介はスマートフォンで写真を撮ろうとしていた。
    「マウントクックよりも光源が多くて写真が撮りにくいな」
     俊介は相変わらずのんびりと星空を眺めていた。

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     日本に帰る飛行機の中で、絢音は隣の席に座る俊介に起こされた。南半球から北半球に戻るために、仮眠をとらなければならないほど、飛行機に乗る時間は長かった。
     笑顔を見せながら、俊介は飛行機の窓のブラインドを開けた。ブラインドを開けた瞬間、俊介が明るく言い放った。
    「月が綺麗ですね」
    「……朝焼けよ。太平洋の朝焼けって、綺麗ね」
     俊介の顔が硬直した。ブラインドを開ければ、星空が広がっていると思っていたのだろうか。雲の中を航行していれば、そもそも、空をまともに眺められなかっただろう。
     俊介は俯くと、ポケットの中から小さな箱を取り出した。小さな箱を開くと、結婚指輪が輝いていた。
    「……お納め下さい」
     俯いたまま、俊介は結婚指輪を突き出した。絢音は大声で笑いそうになった。
     カッコよくプロポーズをしようと努力し続けた俊介が、失敗を繰り返した。太平洋の朝日の元で、告白の言葉でなく、もはや、結婚指輪を押し付けてきている。
     絢音は結婚指輪を差し出している俊介を抱き締めた。絢音は俊介の耳元で囁いた。
    「月が綺麗ですね」

    (了:1,383字)


    「チャレがや杯2026」に参加させて頂きました。お題のワードから、⑥告白と⑨月を選ばせて頂きました。俊介にとっては、④黒歴史も該当するかもしれませんね。
     挿絵として入れた写真は、2023年の夏にニュージーランド旅行で実際に撮影した写真です。星空が綺麗でした🌟

     お読み下さった方々、誠にありがとうございました!

     
     
     
    小説家を目指しています。普段は公認会計士。 ・第33回松本清張賞最終候補『銭よ飛べ』 ・創作大賞2026 中間選考突破・最終選考中『課金戦争』 ・創作大賞2025 ベストレビュアー賞受賞 無断転載禁止です。アイコン画像は佐合こう様に描いて頂きました✨

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