
【エッセイ】雨の日の傘|#拝啓文芸部
最近、持っている傘をずらしてくれる人を見かけなくなった。相手のことを考えて傘を上にあげたり、傾けたり。それだけ他人に関心がなくなっているのだろうか。
私は幼少の頃に、傘をさすときはそこまで考えなさいと父母に教えられた。その言葉が今でも生きているし、実践してもいる。
道に十分な幅があれば、先に歩く位置を変える。そうすれば、自分も相手も傘を動かさずに済む。すれ違うだけの幅しかないところでは、相手の視線や動きを見ながら、傘を上げるか傾けるかを決めている。
もちろん、誤算もある。相手も同じように傘を傾けてくれた場合だ。そんなときは、相手に笑いかけるようにしている。
「すみません」
口にするのはそれだけだが、心の中では「お互いに珍しい存在になってしまいましたね。お気をつけて」と、少しばかり長い挨拶をしている。
ただ、相手の動きに合わせることばかり考えているわけでもない。目線をスマホに落として歩いている人は、普通によける。だって危ない。そもそも近寄らない。イヤホンをしている人にも、こちらの声や気配が伝わるとは思わず、距離を取るようにしている。
一方で、ちゃんと周りを確認しているのに、他の人の動きには関心がないように見える人も増えた気がする。こちらを見てはいる。それでも、歩く位置も傘の位置も変わらない。
そんな余裕もないのか。それとも当たり屋なのか。今度、少し観察してみようと思う。
まあ、相手が避けてくれるものと思っているからの行動なのだろう。
……いや、そうでもないか。
本人は、そのままですれ違えると思っているのかもしれない。自分の体が通れることは確認しても、傘の端までは意識していないのかもしれない。
傘を動かさないという、それだけのことから、相手が何を考えているのかまでは分からない。
こちらは相手の動きを見ているつもりでも、そのつもりで見落としているものがあるのだろうか。
あなたならどうしますか?
そして、どうしていますか?
コメントで教えていただければ幸いです。
今回は、私が普段から思っていることを文章にしてみました。
いやいや、そんなことないよ、って方もいらっしゃると思います。
ですが、私はそう感じてしまうほどに、こういった方に出会います。
…今回はと言ったな。あれは嘘だ。
私はたぶん何作か出すだろう(笑)
それはそうとMr.Qさん。
今回もお題をありがとうございます。
お、なんか書けそうかもっていうお題でした。
っていうか書けました。重ね重ね、お礼を申し上げます。
私もMr.Qさんをはじめ、他の皆さんの記事を読むのが楽しいので、ついつい見に行ってしまいます。コメントで見かけたら、気軽に絡んでやってください。この猫はたぶん喜びます。
あ、たまには宣伝しようかと思います。
こんなの書いてる猫です。よろしくお願いします。