
令和のKはいかにして死ぬか|令和の夏目漱石「こころ」下48話【自殺】
先生がKの自殺現場を目撃する回です。
原作は頸動脈をナイフで切ったような描写がありますが、現代ではその死に方はしないでしょう。血が飛び散りますし。
AIを使いこなす知的エリートの末路を新たに描いてみました。
KのAIチャットは原作の最終話の後に加えています。これを描きたかったので。
令和のこころ 下 四十八
ママがKに話をしてからもう二日経った。
その間Kは、俺に対して少しも変わった様子を見せなかったから、俺は全然気付けなかった。
Kの超然とした態度は、たとえ外側だけであっても尊敬すべきものだと思った。
Kと俺を頭の中で並べてみると、あいつの方がはるかに立派に見えた。
俺は策略で勝っても、人間としては負けたんだ
この感情が胸の中に渦巻いた。
俺はその時、さぞKは軽蔑してるだろうなと思って顔が熱くなった。
しかし今さらKの前に出て恥をかくのは、俺の自尊心にとって大きな苦痛だった。
俺が進もうか止めようか考え、とうとう決心したのは土曜の夜だった。
ところが既にKは自殺して死んでしまっていた。
今でもその光景を思い出すとぞっとする。
俺はKに会って直接話したかった。
贖罪したい気持ちもあったんだと思う。
だから夕方Kに、今日の夜あいてる?って短いLINEをした。
しかし一向に既読が付かなかった。
基本的にKは、用件が絡む時は返事をくれるから、変だと思った。
二十二時をまわった時、俺は待ちきれなくなって電話した。
それも出なかった。
それから数十分おきにかけても出なかったから、いよいよおかしいと思って、日がまわった頃Kの家に向かった。
鍵はかかってなかった。
廊下もそれに続く部屋も真っ暗だったが、部屋の奥に、光るパソコンの画面とKらしき人影が見えた。
部屋に入ると、ビニール袋を被ったKが机の上に突っ伏していた。
俺は「おい」と声をかけた。
しかし何の答えもない。
「おい、どうしたんだよ」
俺はまたKを呼んだ。
それでもKの体は少しも動かない。
俺はすぐスマホを取り出して、周りの様子をライトで見回してみた。
その時俺が受けた第一の衝撃は、Kから突然愛の告白を聞かされた時と、ほぼ同じだった。
ビニール袋はKの首元に結束バンドで厳重に固定されていて、首の一部からホースが伸びていた。
ホースを辿ると、大型の消化器のような灰色のボンベに繋がっていた。
そこには「ヘリウムガス」と印字されていた。
俺の目は、ガラスで作った義眼のように、動く能力を失った。
俺は棒立ちになって立ちすくんだ。
その衝撃が疾風のように通り過ぎたあとで、俺はまた、しまった、と思った。
もう取り返しがつかないという黒い光が、俺の未来を貫いて、一瞬のうちに、目の前に横たわる全生涯を物凄く照らし出した。
そして俺はガタガタ震え出した。
それでも俺は自分を忘れることができなかった。
俺はすぐ机の上に置いてあるパソコンに目をつけた。
そこには膨大な量のAIチャットログが残されていた。
俺は夢中で読んだ。
読んだがあまりにも膨大なやりとりだったから、チャットごと自分のスマホに共有した。
ざっと目を通した限りでは、Kの悩みが続くだけで、俺への非難は書いてなさそうに見えた。
俺はちょっと目を通しただけなのに、まず「助かった」と思った。
(世間体の上だけで助かったんだが、この時の俺にとっては世間体こそが非常に重大に見えた)
俺は震える手でスマホをしまった。
Kのパソコン画面も、なるべく元の通りにしておいた。
ふと横を見ると、生温い巨大な肉塊になったビニール袋を被ったKが、こっちを見ていた。
「お前、なんか忘れちゃってんだ」