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素人が1ヶ月でR-1グランプリに挑戦するとこうなる【非推奨】

    シロメシと申します。

    一時期noteに日記を書いていましたが、途中で自分のことを書くのが苦手なことに気づき、最近は専らネット大喜利の結果を記録するのにここを使っています。

    今日は久しぶりに自分が経験したことについて書こうと思います。


    皆さんは普段落ち込んだ時、どうしていますか?

    旅行に行く、好きなものを食べる、心許せる人に話を聞いてもらう…心の癒し方は人それぞれだと思います。

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    自分は知らない土地でR-1グランプリに出場してきました。傷心を理由に出場する人間は史上初かもしれません。

    ■ピン芸にハマる

    自分がお笑いにハマったのは2024年の夏頃でした。秋頃には平日も休日も関係なく、都内のお笑いライブに足しげく通うようになります。

    漫才や二人以上のコントよりも、圧倒的にピン芸の方が好きでした。舞台に立っている数分間、その場の全ての責任を一人で背負い、そして一人で笑いを掻っ攫っていく。その潔さと鮮やかさが、お笑いを全く知らなかった自分にはひどく新鮮で、刺激的でした。

    2024年の年末にはR-1グランプリ2025の東京予選も観に行きました。致死量のピン芸を浴びて気が狂いそうになりましたが、賞レース独特の空気感と熱量に圧倒されて、自分はますますお笑いというコンテンツにのめり込んでいきます。まさか自分が賞レースの予選を観に行くようになるなんて思いませんでしたし、翌年に出る側になるとは思いもしませんでした。

    ■傷心からエントリーまで

    ピン芸にハマるきっかけとなった人がいます。自分はその方が今年もR-1グランプリに出場することを、とても楽しみにしていました。

    2025年10月31日。R-1グランプリ2026のエントリー締め切り日に、その人物が今年はR-1に参加しないことを知ります。

    その方の決断に対して、非難の気持ちは一切ありません。賞レースがお笑いの全てではないことも、理解しています。それでも自分にとっては衝撃的で、そしてショッキングな出来事でした。

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    そしてその数時間後に何故か自分がエントリーしていました。この思考回路については自分でもいまだに理解ができていません。

    SNSには著名な方々のR-1出場を促す投稿がぽつぽつと流れてきていました。これはR-1に限らずですが、賞レースってお祭りのような側面もあっていいですよね。

    芸人仲間に対して言っているのであって決してど素人に出ろと言っているわけではないのですが、今思えば投稿を見て背中を押されたことも、出場した理由のひとつと言えるのかもしれません。

    エントリー最終日、そして自分の誕生日に、勢いそのまま大きな決断をしてしまいました。

    ■素人の愚行①大阪予選にエントリーする

    都内のお笑いライブに通うくらいなので、関東に住んでいます。大阪には縁もゆかりもありません。何故大阪予選にエントリーしたのでしょうか。

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    東京予選が軒並み埋まっていたからです。これは今後エントリーする方へのアドバイスになりますが、出場を決めたら絶対に早めにエントリーした方がいいです。

    11月の一週目であれば東京でもまだ空きがありそうでしたが、エントリーした一週間後に舞台に立つ勇気はありませんでした。素人の一週間も一ヶ月も、対して変わらないとは思いますが。

    お笑いのメッカである大阪に、全く舞台に立ったことのないど素人が紛れ込んでしまいました。エントリーする際、芸歴の欄に「アマチュア」と書くことすら恐ろしかったです。「未経験」とかにすればよかった。

    ■素人の愚行②誰にも相談しない

    結論から言うと、エントリーしてから当日の出番が終わるまで、SNSはおろか、同僚や友人、家族に出場の話を一切しませんでした。

    冒頭に「一人で全責任を負うピン芸の潔さが好きだ」と書きました。最初で最後かもしれないR-1グランプリの出場、どうせなら最初から最後まで全部一人でやってみようと思ったのです。

    すみませんカッコつけました。言えるわけない。推しの欠場にショックを受けて自分が出ることにしましたなんて。

    ■ネタってどうやって考えるんですか?

    エントリーできた(してしまった)とはいえ、本当に出場できるかどうかはまだわかりません。応募者の多い日程は抽選になるからです。希望日の2週間前に結果が出るとのことなので、一旦結果を待ちながらネタを考えることにしました。

    R-1グランプリはピン芸であること以外の制限がほとんどありません。ただ今回、自分に限っていえばいくつか縛りがあります。一人で関東から大阪に向かうことを考えると、大きいものやたくさんの小道具は使えません(一回戦で会場で借りられるのは学校机と椅子くらい)。出場することを誰にも言っていないので、舞台袖から音を出してもらう、といった協力もお願いできません。自ずとできることは限られてしまいました。別に頼めばいいだけなんですが。

    さらに言えば人生でネタを考えたことなんて一度もなく、何から手をつけていいか全くわかりませんでした。とにかく手当たり次第に、ネタになりそうな何かを思いついたらその場でメモを取る、という日々が何日か続き、ある程度集まったところでそれをツギハギして、漫談(のような何か)とコント(のような何か)になるまで何本か組み立ててみました。それはもう酷いものでした。

    2週間ほど経ち、なんとか推敲を重ねて2分の一人コント(のようなもの)でいこう、というところまで落ち着きました。

    本当は漫談や一人コント以外に挑戦してみたいジャンルがあったんですが、結局最後まで何もアイデアが浮かびませんでした。低いどんぐりの背比べではあるのですが、自分の中に向き不向きのジャンルがあるということに、挑戦してみて初めて気がつきました。

    ■それはそれとして会社員の年末

    ここまで特に言及してきませんでしたが、普段はごくごく普通に会社員をやっています。若干趣味への比重が偏っているだけで。

    2025年の11月は例年よりも数倍忙しく、仕事では向こう十年の行く末を決める大事なプロジェクトが最終段階に入っていたり、システムトラブルで他社と揉めていたり、私生活では身内が救急車で運ばれてそのまま入院したりしていました。(現在は退院済み)

    良いか悪いかわかりませんが、ネタのことを考えている間はそれ以外のことについて思考している余地がなく、あまり嫌なことは考えずに済みました。

    ■出場が決まる

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    出場者一覧に記載されている自分の名前を見た瞬間、冷や汗が止まりませんでした。「抽選に漏れるかもしれないし」とどこか楽観的に考えていた自分の脳内に、じわじわと現実感が広がります。しかも自分に課した縛りで誰にもこの気持ちを伝えることができません。別に言えばいいんですが。

    出場日は平日の真ん中。なんとか当日だけ休みが取れました。そこからは最低限の小道具を用意し、ひたすらネタの練習を繰り返しました。今更ですが、本来であればネタを誰かに見せてフィードバックをもらった方が絶対にいいと思います。

    エントリー直後は「もしネタが何も思い浮かばなければ出場をキャンセルすればいいや」という最低な考えが浮かぶこともありました。

    ですが、希望日の抽選に漏れ、そもそもR-1への出場自体ができなかった方の投稿を目にした時、そんな考えは吹き飛びました。本番前の最後の一週間は、ウケなくてもとにかく最後までやり切ろうという気持ちでした。

    こんなにもひたすらに自分と向き合ったのは、人生で初めてかもしれません。

    ■出場順が決まる

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    当時、何故か公式をフォローしていない

    ついに出場順が決まり、慌てて新幹線のチケットを購入しました。時間的に朝一で大阪に向かい、ネタをやった後すぐに帰れば夜には自宅へ帰ってこられます。出順が朝とか夜だったらどうするつもりだったんでしょうか。

    そして迎えた本番当日。素人が奇行に走ります。

    ■素人の愚行③完徹、そして作り直し

    ネタをこねくり回しているうちに、ネタが面白いのかどうか自分でもわからなくなってしまった、というような話をどこかで聞いたことがあります。それが当日に起きました。

    前日から不安で一睡もできず、ネタを頭の中で反芻しすぎて「何が面白いんだこれ」という気持ちになり、あげくそのまま朝を迎え、あろうことか家を出る1時間前に台本を一から作り直し始めました。「ウケなくてもとにかく最後までやり切ろう」とか言ってたのに。

    その結果一人コントの設定はそのままに、中身は全く違う新しいネタが完成しました。果たしてこの台本はちゃんと2分尺なのか、それすら自分でわかっていません。

    小道具とネタ帳(スマホ)を持って家を飛び出しました。人生で初めて「ええい、ままよ!」が素で出ました。

    新幹線で大阪に向かいます。昼前にたまたま自分の職場の近くに来ていた友人からランチのお誘いがありましたが、当然R-1のことを伝えていないため有休を取っていると言って断るしかありませんでした。すでに崎陽軒のシウマイ弁当とともに時速280キロで西へ向かっています。

    移動中、規定の2分に収まるように喋るスピードを調整しつつ、ずっと新しいネタを反芻していましたが、寝不足と緊張で一切覚えられませんでした(そもそも旧台本も全然覚えられていませんでしたが)。たまたま小道具でバインダーを使う予定だったので、会場近くのコンビニで台本のスクリーンショットをA4サイズに印刷し、カンペとしてバインダーに貼り付けました。

    ■素人、舞台に立つ

    会場付近には出場者と思われる方々がちらほら見受けられました。ビビりながら会場に入り、受付でエントリー料を支払って出場者が左胸に貼るエントリーシールを受け取ります。往復の交通費のことを考えると、こんなに高価なエントリーシールもなかなかありません。

    受付ではスタッフの方が丁寧に、板付き(演者が舞台上にいる状態で始まること)か、飛び出し(舞台袖から始まること)か、使う小道具は、暗転のタイミングは、とひとつひとつ確認をとってくれました。が、自分には舞台用語がほとんどわかりません。ライブで聞いた朧気な記憶を頼りに、なんとかこちらの意図を伝えて楽屋に入りました(合ってはいました)。

    楽屋に入る、というのも初めての経験です。舞台の脇にある小さな楽屋には、同じ時間帯の出場者の皆さんが着替えたり、練習したり、同じ事務所の先輩と思われる方に挨拶していたり、各々準備を進めていました。

    ピリピリとした空気は感じませんでしたが、楽屋のあちこちから、はっきりとした熱量を感じます。その空気に、自分は早くも気圧されそうでした。自分も練習を始めますが、台本を読んでいる目はずっと泳いでいました。

    いよいよスタッフの方に自分の名前を呼ばれ、同グループの出場者の皆さんと連なって舞台袖に通されます。

    自分の前の人たちがめちゃくちゃウケている。結局ネタは覚えられていない。もしかしたら2分を超えてしまうかもしれない(タイムオーバーの場合はネタの途中でも強制的に暗転)。人生で一番冷や汗をかいた瞬間かもしれません。

    司会の方がグループ全員の名前を呼び始めます。そして名前が呼ばれる度に、客席から拍手の音が聞こえてきました。

    これは今でも不思議に思うのですが、自分の名前と拍手の音を舞台袖で聞いた瞬間、不安は楽しみに変わりました。

    有名な出囃子とともに、本番が始まります。あっと言う間の2分間でした。奇跡的にタイムオーバーにはならなかったものの、バインダーに貼ってあるカンペを読み続けるばかりで、客席もろくに見れず、動きもぎこちなく、途中何度も噛んだりして、それはもうどこに出しても恥ずかしい、お粗末な出来ではありました。

    ただ一瞬だけ、ほんのわずかにウケた(ように感じた)ところもありました。それが本当にウケたのか、あまりのひどさに苦笑いされただけだったのかは、あの時の自分には判断できませんでしたが。

    ■そしていつもの生活へ

    自分の出番が終わった後、足早に楽屋に荷物を取りに行きました。虚無感とも達成感とも違う、なんとも言えない不思議な気分でした。スタッフの方にお礼を言ってすぐさま会場を後にしました。当然、次には進めないこともわかっています。明日からはまた普通の会社員としての生活がはじまるのです。

    帰りの新幹線の中、自分は胸がいっぱいでした。お客さんやスタッフの方のあたたかさ、自分に当たるスポットライトの熱さ、ほんの一瞬だけでもウケたという小さな小さな実感。

    最初から最後まで全部一人でやってみて、そして本番を迎えてようやく、自分一人ではお笑いが成り立たないという至極当然なことに気がついたのでした。


    半年以上経った今も、いまだにあの瞬間が忘れられずにいます。あの時見ていてくれた方へ、そして舞台に立つきっかけをくれた人へ、いつかまたどこかで会うことがあれば、その時は、もっと笑わせられたらいいなと思っています。

     
     
    関東在住の会社員。最近ネット大喜利を勉強し始めました。お手柔らかにお願いします。

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