
人魚姫を描く理由

これら作品たちの女の子は、みんな人魚姫です。
人魚姫は、私の創作の核にずっと流れているテーマのひとつ。
子どもの頃に出会った「アンデルセン絵話」
というのも、私が今のような作品を描くようになる原体験のひとつが、
幼い頃に読んだアンデルセン物語の『人魚姫』の絵本だったからです。
それは、「日本のおはなし」や「世界の童話」みたいなシリーズになっていた、大きなオムニバスの童話集の中の一冊でした。
たくさんの物語が入っていて、
それぞれに豊かなイラストが添えられていたのですが、
その中でも、私は『アンデルセン絵話』がいちばん好きだった。
表紙に描かれた、
海の岩の上に座る、長い金髪の人魚姫。
お話のなかに出てくる人魚姫も、お姉さんたちも、美しくて愛らしくて。人間になった後に纏うドレスもとても可愛かった。
建物も荒れ狂う海も、優しいのに芯のある水彩のタッチで表現されていました。それらがみんな、子どもスーちゃんの心の深いところに響いたのだと思います。

「あ、私の創作の原点ってここだったんだ」
と気がついたのは、実は30歳過ぎてからだったと思います
(じわじわと人魚姫を描き続けてはいたのですが、雷に打たれたみたいに「あ、これだった」って繋がったのがその頃。笑)
アンデルセン物語の人魚姫をご存知ない方へ
⇨
1837年に作られたハンス・クリスチャン・アンデルセンによる創作童話。
一説ではアンデルセンが失恋の痛みを癒すため、自分のために書いた話であるという説もあります。
人魚姫は、「悲劇」ではなくて
アンデルセンの『人魚姫』は、ディズニーのアリエルとは違います。
王子との恋は叶わず、
最後、人魚姫は海の泡になる。

でも私は、
このストーリーが「悲劇」で終わっていないと思っている。
彼女は、自分の心を無視しなかった。
自分の意思を貫いた。
命よりも、
「私はどう生きたいか」を選んだ。
そのストーリーから、 結果的に彼女は「死んだ」のではなく、 「生きた」ということがよくわかるのです。
人は、意思で生きている
彼女が自分の心を信じて その意思で生きたように、
わたしは、人間は「意思で生きている」と思うのです。
大切な友達が癌になって、
余命数ヶ月と言われながら半年生きた時にも
3.11で被災した故郷の、復興する人たちの姿を見た時も。
祖母が他界したときにも、それを教えてもらった。
人魚姫は、私にとってただ可愛らしいモチーフではなく、
「私は私を生きる」
そういう意思の象徴であり、
自分へ、そして同じ今を生きている人たちへのエールでもあり、
命そのものへの讃歌でもあるのです。
私は、これからも人魚姫を描いていくと思います。
