
短編小説「猫ランプ」
夕方5時。仕事終わりの男は、買い物客で賑わいはじめた商店街をまっすぐ行き、途中で細い路地へ入る。街灯は少なく、暗い。
最初の角を右へ曲がり、しばらく歩くと暖かいオレンジの光が漏れ出る店がある。
半地下のようになっており、短い階段を降りてドアを開ける。
からんころん、と木のドアベルが鳴った。
「ああ、いらっしゃい。」
「どうも。」
奥から店主が声をかけてきた。
ここは男のお気に入りの雑貨屋。店主の趣味で変わったものを仕入れている。
例えば、ラーメン屋のルームフレグランス、鏡のお皿、座るとビリッとしてしばらく立てなくなるイスなど、いつ使うのかわからないものや、買う人がいるのか?と思うようなものが山盛り展示してあるのだ。
初めて来た時は驚きっぱなしだったけれど通って半年も経てば慣れたもの。
見逃しているものがないか、次に来た時はどんなものが入荷しているのか‥宝探しをしている感覚が楽しくて、月に一度はこの店に来ている。
「今日は何か新しいものありますか?」
「あるわよ。こっち」
店主は得意げな顔でニンマリ笑い、店の奥まったエリアに案内された。
そこは変わったアイテムたちのエリアとは隔離されており、薄いシフォンのカーテンで仕切られている。
中へ入るとヴィンテージの深い緑のカーテンやシックな風合いのクイーンベッドなど素人目にも高価だとわかるような代物が並んでいる。年代物が多く、日焼け防止のためか灯りは最低限しか付いていない。
この店は全体的に物で溢れており歩く場所が狭いので、店主と一列になって進む。花瓶や謎の置物を倒してしまいそうだったので男は背負っていたリュックを前に掛け、なるべく肩幅が小さくなるよう努力した。
「高級な時計、とかですか?」
以前、可愛い時計が欲しいのよね〜と店主が言っていたことを思い出した。
「ううん、違う。あなたの好きそうなものよ。」
店主が立ち止まり、目配せをした。
後ろからひょこっと覗くと、そこには。
「え、猫?」
店内の薄暗いライティングでよく見えないが、こちらに背を向けて座った猫がいる。そして通常の猫より薄い色に見えた。
「これは猫のランプ。」
「ら、ランプ?本物の猫では‥?」
確かにさっきから観察しているが微動だにしない。
「ほら、もっと近づいて。優しく触ってみて。」
言われるがまま近づいてみると、色が薄いというより半透明のように見える。違和感を覚えつつ本物の猫を撫でるようにしてみると、
「えっ!?ねこ‥猫です!」
触り心地は毛並みの艶々とした、生きている猫のようだった。
「すごいでしょ?剥製じゃないのよ。」
この店主は男が猫好きであることを知っていた。以前飼っていた猫の写真を見たことがあるのだ。
店主はエプロンのポケットをゴソゴソ漁ると、にぼしを出した。
「このにぼしをね、この子に見せてあげてー」
ずっと後ろを向いていた猫を顔が見えるように置き直すと、顔の前に煮干しを出した。
「頭をなでる」
空いてる方の手で、猫の頭をゆっくりと何度か撫でた。
次の瞬間、猫が口を開け、にぼしをパクリと食べたのだ。
「!」
男は驚いて声も出ない。
失礼、と言って店主が猫のお尻をぽんと叩くと「にゃー」と猫が鳴き、猫からオレンジ色のぼんやりとした光が灯った。すると猫の表情、毛の色が浮かび上がってきた。
「え‥」
「どうよ、この子。‥連れて帰らない?」
発光した猫はにぼしを食べ終え、毛繕いを始めた。
本物の猫のようだった。腹を舐め、足を舐め、顔をゴシゴシ綺麗にする。
男はしばらく猫を見続けた。すると猫は呆然としている男に気づき、男の手をぺろっとひと舐めした。
その瞬間、男は連れて帰る決心をした。
店主はダンボールに猫ランプと煮干しを入れ、蓋を閉じた。
「逃げ出したりはしないけど、多少の機嫌取りはしてやって。愛情不足だとランプがつかなくなるらしいから」
「‥わかりました」
男はダンボールを大事そうに抱え、言葉少なに店を出た。
この店に入った時はまだ夕焼けの綺麗な空だったが、すっかり暗くなり、月が出ていた。
男はキョロキョロと辺りを見回し、道に誰もいないのをいいことに、店前で箱を抱えたまましゃがみ込んだ。
目の前の景色が滲み、ダンボールがふやける。
「ランプになって会いに来てくれたの‥?面白いこと考えたね」
男は空を仰ぎながら、微笑んだ。
おわり