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GW明けに仕事に行けなくなった私を、東都大学野球が救ってくれた話

    この2年程、毎日の様に飽きもせず大学野球と社会人野球を観る生活を続けている。
    今年も5月上旬ながら既に100試合の大台目前のペースで観戦試合数を積み重ねている。
    このnoteを読んでくださっている方の中でも、

    「この人、何をしている人なんだろう」
    「仕事はしているのだろうか」

    といったことが過るはずだ。
    今更ながら白状するが、私は現在無職である。
    ちょうど今から2年前にあたる2024年の6月末で新入社員から勤めていた会社を29歳になる年に辞めた。
    会社自体は日系大手で福利厚生は充実しており、残業もほぼしておらず、給料も20代後半ながら世間の平均年収並には稼げていた。
    40代で課長、50代で部長、上手くいけば60代手前で役員。
    会社は不景気の時期に、3,40代が新卒だった当時の採用人数を極端に絞っていた為、50代ばかりで構成されている部署内の人員構成を見れば、昇進の蓋をする上の世代がおらず、理想的な会社員人生の階段を上れることは明白だった。
    部署内の飲み会の席では、どの役職になればいくら貰えるか、そのような話に終始する。
    今思えば上司からすると発破掛けの一種だったのだとも思う。

    しかし、私の中ではこの様な肩書・年収ベースの価値観に対し違和感しか抱けていなかった。
    元々、肩書にも金にも執着しない性格で、できたら大学生の様な自由気ままな生活を永続させたいという願望を抱いていた。
    ではなぜこの会社に入社したのかというと、関西と関東の二拠点のみで地方異動のリスクがなく、金銭的な安定も見込める。
    残業も月平均20時間程度とそこまで多くはない。
    それならば大学時代から年間70試合ペースで続けていた趣味であるプロ野球観戦を継続できると考えていた。
    別に昇格も昇進も、そしてあるに越したことは無いが昇給にも興味がない。
    極力仕事は増えないで欲しいし、社内政治にも関わりたくない。
    筋道が見えている将来にも憧れを抱けなかった。
    野球を観られる環境さえ整っていればそれ以上は求めない。
    欲しがりません観られれば。
    そんな心持ちだった。

    だけれどもそんな甘い考えを遂行できるほど会社は甘くなかった。
    仕事を真面目にしていたとは全く思えないが、それでもストレスと酒量と体重は目に見えて増えていく。
    通勤電車で朝から疲弊し、疲れた頭と身体で仕事をし、些細なミスや業務の遂行漏れを繰り返す。
    これらを咎められるタイミングを見越して、抜け駆けする様に定時と共に会社を抜け出し、試合開始に間に合う様に球場へ向かう。
    社用携帯を見ない様にしながら、明日受けるはずの叱責への恐怖を忘れるために大量の飲酒を繰り返す。
    二日酔いで酒臭いであろう状態でまた電車に揺られ会社へと向かう。
    そしてもちろん昨日は物理的に逃れることを選択した叱責を受ける。
    この負の循環を日々止めどなく繰り返していた。
    皮肉なことながら退職前の二年間のプロ野球の観戦試合数は毎年100試合近くに上っていた。
    そして観戦試合数の増加に比例する様に上司に目を付けられる頻度も増していっていた。
    迎えたくない明日を忘れるために球場に行き、できる限り酒を飲む。
    興行であり娯楽であるプロ野球の健全な楽しみ方とは正直言えない。

    そんな中、ふと、自分自身の中でこの暮らしを続けたいという欲望も、この生活を継続させた先に待つべく明るい未来もないことに気づく。
    この生活を続けていれば近い将来きっと身体を壊し、仕事でも取り返しのつかないミスをして再起不能になるほど詰められる場面を迎えるに違いない。
    この生活に終止符を打ちたい、そう思った。
    丁度それは2024年の年明けから少し時が経ち、新年度となる2024年度が始まる頃だった。

    2024年度は入社5年目を迎える年次だった。
    この5年目は夏頃に昇格試験がある。
    昇格試験に向けてはレポート作成とプレゼンが必要となり、営業職として働いてきた成果を懇切丁寧に上役と人事に披露しなければならない。
    この昇格試験は私の中で最も気の乗らない業務だった。
    先述した通り、私は昇格・昇進・昇給に興味がなかった。
    しかし、社内としては一大イベントであり、若手を如何に育て上げたか部署間で比較され上司にもプレッシャーがかかる。
    もちろん上司から私にもプレッシャーがかかり、それを逃れることはできない。
    如何に逃れようか、辞退をする術は無いか。
    それをほぼ毎日の様に新シーズンを迎えたプロ野球の球場や、会社の行き帰りの電車内で考えていた。

    年度初めということもあり課長面談がこの時期には設けられる。
    昨年度の振り返りと新年度の目標設定、それにもちろん昇格試験に向けた行動設計を課長と摺り合わせなければならない。
    課長との面談が1週間後に迫った時、ふとある考えに思いつく。

    ”退職願をこの面談で提出しよう”

    昇格試験を辞退ができないのであれば、辞めるしかない。
    泥酔とミスと叱責を繰り返す日々からも脱することができる。
    チケット代・酒代・遠征費でほぼ貯金はできていなかったが、会社を辞めて金はなくなっても身は残る。
    それで十分な気がした。
    そして30歳になるまでに行動を起こさなければ、このままこの会社人生が固定されていくに違いないとも思った。

     
     

    Sin

     
     
    大学・社会人を中心に年間300試合ほど観戦しています。 ゆるいエッセイを書くことがボチボチあります。

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