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『選ばれる人』第十話(全十六話)


    第十章 託されてしまう思い


     八年もの間、平然と捨て置かれていた椎名の名前が、代表復帰によって、いとも簡単に、また表舞台に躍り出た。
     各メディアはこぞって椎名の特集を組み、過去の活躍による栄光と二度の大怪我による挫折をダイジェストで伝え、そして「知らぬ間に」蘇っていた高いパフォーマンスを解説すると、とどめとして、いまだ衰えない「美貌」をふんだんに露出させた。
     多岐川や花井の敬意を込めたコメントなどもあいまって、日増しに世間の関心が高まるとともに、直接取材の依頼が殺到した。
     星野からのコンタクトもあったが、椎名はすべての取材を断り(協会から嫌な顔をされながら)沈黙を守った。
     ただ(協会の懸念に反して)美しい椎名の沈黙は、世間から概ね好意的に受け入れられ、代表チームはより注目、期待されることとなる。

    「最後まで藤堂監督は話題づくりが巧い」
     本郷はじめ関係者の的外れな評価に、藤堂はいらだった。
    『チームは常に勝利を最優先に編成してきた。勝負事なのだから、やはり、勝たなければ意味がないのだ。
     話題づくりのために起用したり外したりした選手などひとりもいない。
     すべてはチームの勝利のために。
     四年間、この唯一無二の目的のために過酷な選択を繰り返してきたのだ。
     それなのに、なぜ周囲は椎名の電撃復帰を決勝トーナメント進出のための勝負手と考えず、効果的な話題づくりなどと言うのだろう?』

     椎名が沈黙を守ったのは、一か月弱という調整期間で、取材を受けている時間的余裕がなかったからではなく、自らの複雑な心境に辟易していたからだった。
     つまり、取材陣から「今の気持ち」を問われても、上手く言葉にできるとは思えなかったのだ。
     間違いないのは、明快な喜びが湧き上がらないことだった。
     嫌なはずはない。嫌なら打診を受けても辞退すればいい。
     八年間代表から外されていたことを恨んでもいない。八年前がつい昨日のようにも感じられる。でも、素直には喜べなかった。

     椎名は、その理由を自分に問いかける。
    『ひとつには、代表に復帰してワールドカップ出場を果たすことを最終目標として、この数年間を過ごしていたわけではないという経緯があるだろう。
     引退しないために、現役を続けてきただけなのだ。
     当たり前の日常である選手生活を失うことが何よりも怖かった。
     引退を回避して現役でいるための目標は、常に差し迫っていた。
     それはどこかのクラブに所属することであり、拾ってくれた二部のクラブでレギュラーとなり好成績を残すことであり、その延長線上にある一部昇格を実現することだった。
     一部リーグへの昇格が叶った今、次なる差し迫った目標はそこで安定した活躍をすることだった。
     その延長線上に、代表復帰やワールドカップ出場はなかった。
     もちろん選手である限り、精鋭である代表チーム選出は光栄なことだが、このワールドカップ出場が、八年前のように現役引退を引き寄せるきっかけになってしまう気がする。
     すでにいくつかのメディアでは、そんな引退に向けた花道といった雰囲気を醸し出す活字を目にする。
     やっと取り戻した普通の生活を奪われたくない……』

     代表チームの最終合宿初日、監督の藤堂は選手たちに、ワールドカップでのキャプテンマークは椎名につけてもらうと発表した。
     事前に打診された際、椎名は代表としての長いブランクと、花井の申し分ないキャプテンシーを理由に辞退したが、
    「これは花井本人の望むところでもある。何より、チームが世界の強豪国と渡り合って勝利するためのマストの戦略のひとつ」
     と、迷うことなく力説する藤堂に気圧されて従った。
     藤堂監督からの発表に続く、通りいっぺんな椎名のキャプテン就任挨拶を聞きながら、多岐川は目に涙を滲ませた。

     同じころ、前回のワールドカップ以後は、藤堂監督から一度として代表に召集されることのなかった今泉が、異国の地で死んだ。
     自殺だった。
     海外でプレーする今泉の自殺を大手メディアは黙殺した。
     逆に、弱小メディアは執拗に流し続け、自殺の動機をめぐる揣摩臆測は、藤堂との確執を軸に醜聞として膨らんだ。
     今泉の死は、選ばれし者が放つ光に対し、追放されし者が落とす影の象徴となった。
     弱小メディアの報道を知った人たちは、追われた者の影の暗さに身震いしながらも、長く同情することはなく、あらためて選ばれた者の輝きのほうを仰ぎ見ていた。
     そして、
    『あまたの無念が凝縮した陰影に色濃く縁取られているからこそ、今ここにある光彩が際立って見えるのだ』
     と酷薄な感慨に浸った。

     藤堂はその死によって「忘れていた今泉」のことを思い出した。
     口さがない弱小メディアの中傷報道に傷つきながらも、代表監督として、実は別の不安を募らせていた。
     今泉に替わるポジションを任せる小早川のことである。
     六年前の今泉のように一昨年のオリンピックで活躍し、ポスト今泉としてポジションを獲得した選手だった。
     国内リーグで優勝した多岐川や花井と同じクラブチームのレギュラーで、「藤堂の再来」ともいわれる選手だが、代表チームの要、また司令塔としては物足りない。
     そもそも「藤堂の再来」は、毎年のように現れては、いつの間にか消えていくのだ。
     小早川は国際試合の経験が浅く、精神的にも脆いところがある。
     数え上げれば不安が尽きることはなかった。
    『四年前に今泉の控えだった安部はもういない。
     ベテランの倉橋を控えにしてはいるが、倉橋を先発させなければならないようではチームの躍進は望めない。
     小早川が多岐川や花井、また椎名や新田たちと上手く噛み合えば、チームは化けるかもしれない。化けてほしい。
     勝ちさえすれば、世間の批判の大半は一掃される。
     今泉の呪縛から解き放たれるためにも、勝ち進むしかないのだ』
     神に祈るような思いだった。
     しかし、実際に藤堂監督が神に祈ることはなかった。
    『これまでにも、世界中の代表監督が祈ったはずだ。
     それでも試合が終われば、にべもなく勝者と敗者に分けられてしまった。
     どの監督や選手にとっても、一世一代の大会なのだ。
     浮気で気まぐれな勝利の女神を頼ってみてもしかたがないだろう』

     合宿先にいる椎名のもとに所属クラブから宅配便が届いた。
     ファンレターなど郵便物の転送と、クラブからの陣中見舞いの品々。
     一部昇格を決めた試合直後の集合写真を引き伸ばしたパネルもあった。
     写真の余白には、チームメイトからのエールの寄せ書きが、ところ狭しと綴られている。
     縁あって、ともに戦う仲間となり、ライバルでもあるアスリートたちから寄せられた実直な言葉の一つひとつが、思いのほか椎名の胸に深く沁みた。
     自分が多くの選手たちの「代表」であるという意味を、改めて真摯に考えさせられる機会となった。
     封筒に差出人の名前のない手紙があった。ファンレターではよくあることなので、別段気にも留めずに封を切った。
     それは、死んだ今泉からの手紙だった。
     知らない相手ではないが、直接話した記憶はなく、何より自殺のニュースに接したばかりなので驚いた。

    「前略、失礼いたします。今泉です。
     取り留めのない乱文になると思いますが、ご容赦ください。
     代表復帰おめでとうございます。
     突然にお手紙を差し上げた理由は、憧れの存在だった椎名さんの復活を心より祝福しているという気持ちをお伝えしたかったからです。
     ずっと自分は椎名さんと同じチームでプレーするのが夢でした。
     それは残念ながら縁がなく叶えられませんでした。今は椎名さんのW杯でのご活躍を祈るばかりです。
     ご存知かどうか、自分は代表のメンバーだったころに、行儀が悪いと散々叱られました。無知や無意識の結果ではありません。
     競技や選手たちを取り巻くいびつな状況にいらだっていたのです。
     蚊帳の外からいくら吼えてみたところで、誰も聞く耳をもってくれないと思ったので、代表メンバーになってから毒づきました。
     椎名さんのことを「使い捨てられた選手」だなどと勝手に被害者あつかいする暴言を吐いたこともありました。ごめんなさい……。
     本当のところ、状況の何がいびつで、どう改善すべきなのかは、わかっていませんでした。今もそうです。
     ただ、神聖な競技や輝く選手の姿が、協会をはじめ、メディアやサポート企業の人たちの手で汚されていると思えたのです。
     経済的な利益を生み出なければ競技も選手も存在意義がないという理屈もあまりに露骨すぎて、ついていけませんでした。
     ついていこうと思えばいけたのかもしれませんが、いつか自分の経済的な利用価値が見限られて、誰か汚らわしい人たちの判断で選手生命が絶たれるくらいなら、選手生命が短くなったとしても自分の意思で行動する。
     汚らわしい誰かの言いなりにはなるまいと思ったのです。
     でも、抵抗のための抵抗では何も変わらず、聞き分けのよくない不良選手のレッテルが貼られました。
     ある意味では望むところでしたが、代表メンバーからも外された国内での居心地は悪く、逃げ出すように海外に移籍しました。
     移籍した海外のリーグや所属したクラブには、さまざまな国籍の選手たちがいて、そんな境遇や背景の異なる人たちとの交流では、目が開かれるような思いをたくさんしました。
     よくも悪くも世界は広いと感じました。
     所属クラブやその土地での生活もさほど苦にはなりませんでしたが、それは「やがていなくなる異邦人」としての謙虚さと気楽さが幸いしたからで、そこに慣れ親しんだころには、自分を含め多くの選手たちが、また別の場所に旅立って行くのです。
     選手が使い捨てられていく論理は、海外でも同じです。
     それに、当たり前のことかもしれませんが、外国人選手に対する処遇は、邦人よりも過酷です。黄色人種として露骨な人種差別も受けました。
     とはいえ海外では移籍が日常的なため、慣れれば精神的な負担も少なく、次の街、次のチームの目新しさを楽しむ心の余裕も生まれました。
     でも、違うのです。
     自分の思い描いた選手生活は、こんなものではなかったのです。
     この四年間、自分は一度も帰国していません。
     帰りたいと思ったことはありませんが、たとえ思ったとしても、逃げ出した国なので帰る場所などないのです。
     日本に未練はありませんが、どこにも落ち着く場所がない浮き草のような生活を思うと、やっぱり心細くて淋しくて、柄にもなく涙があふれます。
     汚らわしい人たちの手で堕とされるのが嫌で、あえて先回りして自分から堕ちて、周囲と自分を責めながら逃げ回っているうちに、競技に抱いていた神聖な気持ちもなくなりました。
     それどころか、今はもう単純な興味すら……。
     自分は何のために、今まで頑張ってきたのでしょう? こんなことになるのなら、選手になどならないほうがよかったのでしょうか?
     考えても無駄なこと、自分はもうだめです。
     自分のくだらない話ばかりになってすみません。
     これから晴れの舞台に立とうとする人に、よせばいいのにこんな恨み言を書いたのは(とんだ見当違いの杞憂だとは思いますが)椎名さんには、自分のような最後に失意や後悔に染まるアスリート人生を送ってもらいたくないからです。
     できれば一度ゆっくり椎名さんのお話を伺ってみたかったです。
     椎名さんは自分にとって、永遠のヒーローです。沈むことがあっても必ずまた昇ってくれる太陽のような存在です。
     椎名さんが今後とも末永く、代表メンバーであろうとなかろうと、たとえ現役を退かれても、特別な人として輝いて、たくさんの後輩たちが正々堂々と憧れることのできるレジェンドであられますことを祈ってやみません。
     草々不一」

     手紙に記された日付を逆算すると、自殺した日の二日前である。
     今泉の「遺書」を読み終えた椎名は、しばらくは茫然と時を過ごした。
     このような手紙がこの一通のみとは限らないが、会ったことも話したこともない相手に「自分はもうだめだ」と告白し、自らの命を絶った今泉が不憫でならなかった。
     特別な人として末永く輝いてくれと祈られても当惑するしかないが、今泉が吐露していた死に至る先回りの転落や、寄る辺のない孤独が、不謹慎かもしれないが、よくわかる気がした。
     似たような人間だと思ったから、今泉も自分に最期のメッセージを送ってきたのだろう。
     いや、およそ選手というものは同じような宿命を背負っているのだから、せめて「例外」はあるという慰めがほしくて、誰でもいい「幸運な例外」の役目を、代表復帰のニュースで懐かしく思い出した自分に託してくたのかもしれない。
    『今日沈んだ太陽が、必ず明日また昇るとは限らない。
     自分は、今泉よりもほんの少しだけ、暗くて寒い夜の長さに耐えられたに過ぎない。ただ鈍感なだけだったのかもしれない。
     ともあれ偶然生き残り、また代表として試合に臨むことになった自分は、きっと今泉のような人たちの身代わりでもあるのだろう』
     今泉の手紙のことを椎名は誰にも話さなかった。


     それからというもの、椎名はワールドカップ開幕までのわずかな期間に(できれば知らずにおきたかったような)ほかの代表メンバーたちが背負うさまざまな「託された思い」を知ることになる。

     「藤堂の再来」として期待される小早川は、小早川と入れ替わるかたちでチームを去った同い年で親友でもある辰野から絶交されていた。
     高校で「東の小早川、西の辰野」と注目されたことから親交を深め、プロになってからも互いの実力に敬意を払いながら友情を温めた仲で、先に藤堂の再来といわれたのは辰野のほうだった。
     辰野は「さすがは小早川だというプレーでこの悔しさを一蹴してほしい。そうでなければ絶交は解かない」と代表落ちした胸中を隠さず、泣きながら小早川を抱擁したという。

     新田たちの復帰で、片や代表落ちし片や残った林と世良の場合は、残った世良も控えに回ることから、
     世良から「林といっしょのつもりで、しっかり世界を見てくるから、次はふたりでレギュラーになろう」と林に告げて、慎ましく慰め合った。

     松岡は、最終合宿中に父親が経営する会社が倒産したことを知らされる。
     父親はせめて大会終了まで伏せようとしたが、気弱になった母親から
    「大きな借金が残った。これからは、あなただけが頼りだ」
     という取り乱した電話を受けたらしい。
    「お嬢さま育ちで、苦労を知らない母をなだめるのは大変でしたが、自分は大丈夫です。母ほど繊細なタイプではありませんから」
     と、松岡は笑いながら気丈に振舞っている。

     松岡と違って裕福とはいえない家庭環境で育った真鍋には夢があった。
     それは、両親に「家」を買ってあげること。
     真面目に何十年も働き、苦労を重ねながらも収入には恵まれず、古い借家での暮らしを続ける両親の果たせぬ夢でもあった。
     土地から購入するとなると容易な額ではないが、ワールドカップでの活躍はキャリアアップに直結する。「お前が元気でさえいてくれれば十分だ」と両親から言われるたびに「自分も親も元気なうちに、夢を実現させよう」と誓いを新たにすると真鍋は照れた。

     山田は膝の故障を隠していた。椎名だけが気づいた。
    「誤魔化せる程度の故障ですから、どうか見逃してください。自分のような代表当落線上の人間の故障が監督に知れたらおしまいです。
     自分の地元は小さな過疎の村ですが、村の過半数の人たちが、積み立てたお金でバスを連ねて応援に来てくれます。
     自分のことを誇りに思い、活躍を信じてくれています。ここにきて期待を裏切るわけにはいきません。絶対に無様なプレーはしませんから」
     山田は椎名にすがった。

    「ワールドカップは、初心に戻って臨もうと思っています」
     そう宣言している花井は、自身が高校まで在院した児童養護施設の子どもたちをワールドカップに招待している。
     施設を出てからも「ここが自分の実家」と交流を続けているという。
    「人によって考えは違いますが、自分に言わせると、施設の子どもたちは、やっぱり、かわいそうです。しなくてもいい苦労を強いられています。
     世間からの偏見や差別につながるような誤解をされると困りますが、物心もつかないような小さい子どもでさえ、無意識のうちに自分の特殊な境遇に気づき、人には言えない思いを抱えて暮らしています」
     いつになく物静かに、花井は椎名に話した。
    「かわいそうなのは、施設にいることではなくて、そこにいなければ生きていけないという現実です。
     施設に入所する理由はさまざまですが、それを大人がどう解釈しようと、子どもたちにとっては、やっぱり不条理な不幸でしかないんです。
     月並みですが、自分は子どもたちに夢をもってほしいと思っています。
     そして一日も早くその夢を叶えて、強いられた境遇を見返してほしい。
     見返すなんて穏やかではありませんが、子どもころの私は、無力な自分を傷つける悲しみや怒りに震えて生きいました。
     一度は受け入れるしかなかった境遇に必ずリベンジし、自分の人生は自分で切り拓くという強い意志をもってほしい。
     まがりなりにも夢が叶い、充足した日常に慣れてしまって久しいですが、もう一度その覚悟でこの大会に臨みたいと思います。
     強敵ばかりが相手ですから丁度いいです。見た目は悪くても、どんな逆境でも諦めず、必死に食らいついて戦います。
     その姿を子どもたちに見てもらいたいんです。負けるにしても前のめりに倒れて、次は勝ってみせるという闘志を示したい。
     自分が初心に戻るというのはそういうことです」

     代表メンバーたちそれぞれの「事情」が、自分の感情さえ持て余している椎名の胸に重く沈殿した。
     捉えようによっては、どれもみな世の中では「ありがちなこと」であり、知ったところで驚天動地するような目新しい衝撃はないが、これから世界を相手に戦うチームメイトのそれとなると、やはり、話は違ってくる。
     感情移入をしてしまう。
     託された期待や希望に添えなかったとしても、個々のメンバーが悪しざまに責められることはないだろうが、「結果」を最重視してきた選手生活の癖が身に染みついているだけに、自分で自分を責めるに違いない。
     理屈や過程だけでは、自分が納得できないのだ。

     何も託されず何も背負わされていないのは、多岐川くらいのものだった。
     これも生まれた星の下の違いと考えればそれまでのことだが、その一方で多岐川には、敏感に「託されそうになる思い」を遠ざけたり、時に拒んだりしてきたという後ろめたさが絶対にあると椎名は思っていた。
     椎名にも思い当たる節があるからだった。
     誰かや何かのために戦わないのなら、勝とうが負けようが結果はあくまで自分の問題で、それ以上波紋が広がることはない。
     そうしていられるならそれでいいはずなのに「重荷を背負わない卑怯者」という罪悪感に見舞われてしまう。
    『罪悪感から逃れようとすれば孤独になる。国旗を背負うということの重圧もまた然りだ。荷が重すぎる』
     みんなの代表として戦線に向う選手が「身軽であっていいはずがない」という強迫観念に支配されてしまっているのだ。
    『それ相応の重荷を背負って戦うことが選ばれた者の宿命なのだとしたら、「大義」に殉ずるよりも、「個人的な事情」に縛られて戦うほうが、むしろ腹をくくりやすいのかもしれない。
     それ相応の重荷を背負うことが宿命だとしたらの話だ』


    (第十一話につづく)https://note.com/sin_sen/n/n74f49a0408fc
    (第九話はこちら)https://note.com/sin_sen/n/n87c9980cb09f

     
     

    新泉

     
     
    不慣れですがよろしくお願いします。

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