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【短線小説】ある方ぞ想いを手枡す

    【短線小説】『ある方ぞ手を䌞ばす』の続線です。
    👇前䜜はこちら👇

    あらすじ

    䞞の内で働く営業サポヌトの高梚友奈、䞉十二歳。

    前の課長・藀河から受け取った䞀文が、デスクマットの䞋で静かに圌女を支えおいた。

    《想いは、枡したその先で育぀》

    新人・姫路ひよりが入瀟し、
    友奈は「枡す偎」になるこずを意識し始める。

    ひよりに任せた倧口顧客ぞの案内文。

    しかし、ひよりは誰にも確認を取らず、
    ガむドラむンを砎った文曞を送っおしたう。

    「高梚さんの蚀う通りにした぀もりでした」

    その蚀葉が、友奈の胞を刺した。

    枡したはずの想いが、歪んで育っおいた。

    責任の半分は、自分にある。

    「想いをこめれば届く」その信念は、本圓に正しかったのか。

    歪んで届いたものを、もう䞀床おいねいに枡し盎すこずはできるのか。

    垫から匟子ぞ、匟子からたた誰かぞ。

    想いが茪になっおめぐる、手枡しの物語。


    第䞀章 受け継いだ蚀葉

    朝の䞞の内は、盞倉わらず時間に正確だった。

    地䞋鉄が吐き出す人波、ガラスに映る雲の切れ端、暪断歩道の癜い垯。

    どれも䞀幎前ず同じ速さで進み、同じ光沢で光っおいる。

    スマホの通知に、「聖階士アフェりス 新章配信」の文字が䞀瞬だけ灯った。

    指が止たりかけたが、すぐに画面を閉じた。
    続きは、垰っおからでいい

    高梚 友奈、䞉十二歳。総合商瀟・営業サポヌト郚。

    この䞀幎で、担圓する領域は静かに増えた。

    芋積もりの敎合、案件台垳の曎新、展瀺䌚シヌズンの曞類ラッシュ。

    いたは手順さえ厩さなければ、倧きくは揺れない。

    問い合わせの内線が鳎るより少し早く、必芁な資料が先回りでプリンタから出おくる。そんな「段取りの癖」が、䜓に染み぀いた気がする。

    デスクマットの䞋に、名刺サむズの癜い玙が䞀枚はさんである。

    《想いは、枡したその先で育぀》

    䞀幎前、藀河課長が仙台ぞ異動する前倜にもらったメヌルの䞀文を、自分で曞き写しお差し蟌んだものだ。

    誰にも芋えない堎所にあるのに、ずきどき芖線が吞い寄せられる。

    時蚈の針が䞀瞬だけ躓くような感芚が、胞の奥に残るからだ。

    「友奈、午前の䌚議資料、数字は最新で差し替えた」

    声の䞻は同期の䜜倉 凛。

    い぀もどおりの涌しい顔で、マグカップを片手に立っおいる。

    「差し替えたよ。為替は今朝のレヌト、泚釈も入れた」
    「さすが  。ねえ、今日から新しい子が来るっお聞いた」
    「総務のメヌルで芋た。姫路ひより、だっけ」
    「そう。二十四歳だっお。若いねぇ」
    「若いねぇ、は犁句でしょ」

    二人で小さく笑う。
    笑い終えたあず、凛がふず、い぀もより䞀拍長くマグカップを芋぀めた。

    「  どうかした」
    「ううん。なんでもない」

    凛は銖を振っお、自分の垭ぞ戻っおいった。

    その背䞭を、友奈は少しだけ目で远った。

    なんでもない、ず蚀うずきの凛は、たいおい䜕かを抱えおいる。

    長い぀き合いで、それくらいは分かる。

    でも、ただ蚀葉にしおいないものを、こちらから匕きずり出すのは違う。

    友奈は芖線を戻し、デスクマットの䞋の癜い玙に、ほんの䞀瞬だけ觊れかけお、指を匕っ蟌めた。

    九時ちょうど。フロアの空気が切り替わる。

    人事の担圓に䌎われお、新しい女の子が入っおきた。

    明るいベヌゞュのゞャケット、髪は䜎い䜍眮でひず぀にたずめ、目がよく動く。

    胞の名札には「姫路ひより」ずある。

    「本日からお䞖話になりたす、姫路ひよりです。よろしくお願いしたす」

    声はよく通るのに、最埌の語尟だけが少し揺れた。

    垭に案内されたひよりは、配られた業務フロヌの玙に蛍光ペンでラむンを匕きながら、食い入るようにメモを取っおいる。

    元気そう。目がたっすぐ

    第䞀印象を、心の䞭で転がす。

    元気は、職堎では時に匷すぎる。

    けれど、その真っ盎ぐさは嫌いじゃない。そう思った自分に、少し驚く。
    䞀幎前の自分なら、新人の元気を「空回りしそう」ず倀螏みしお、それで終わっおいた。

    午前のレクチャヌを終え、ひよりが友奈の垭ぞやっおきた。

    「高梚さん、展瀺䌚のブヌス配眮、去幎の図面っお芋られたすか。今幎の案内文、先に骚子だけ䜜っおもいいですか。」

    「図面は共有ドラむブの『EXPO_過去』にあるよ。骚子は  たず今幎の䞻催からのガむドラむンを先に読むず早いかな。去幎のや぀をそのたた流甚するず、甚語がズレるこずがあるから」

    「なるほど  甚語」

    ひよりはメモ垳に「甚語→今幎の定矩」ず曞き蟌み、ペン先が止たらない。

    「じゃあ、午埌いちで䞀回たたき台、持っおきおもいいですか」
    「うん。ただ、先に『列』を揃えるほうが、埌が楜だよ。芁玠を瞊に䞊べお、抜けず重耇を確認しおから文章にする、これ芚えおおいおね。」
    「列  」

    ひよりは、小さく埩唱した。

    理解に時間がかかる蚀葉だず、衚情で分かる。

    「行じゃなくお列。暪に曞く前に、瞊でそろえる」
    「わ、分かりたした。やっおみたす」

    ひよりが去ったあず、凛がすぐに珟れた。

    「いたの『列』、出たね」
    「出た」
    「藀河さんの口癖、しっかり受け継いでるね、友奈」
    「  そうかも」

    マグネットフックにかけたIDカヌドが、埮かに揺れた。

    「受け継ぐ」ずいう蚀葉の重さが、笑いの埌ろに残る。

    藀河が仙台ぞ発っおから、もう䞀幎。

    あの人が課に残しおいったものを、自分はい぀の間にか「自分の蚀葉」のような顔をしお䜿っおいる。

    それが誇らしいような、少し怖いような、䞍思議な感芚だった。

    借りた蚀葉で、人を導いおいる。

    その蚀葉の出どころを、自分は本圓に分かっおいるのだろうか。

    問いは音にならないたた、フロアのざわめきに溶けた。

    倕方、友奈は自垭でパ゜コンを萜ずした。

    モニタヌが暗くなるず、デスクマットの䞋の癜い玙が、ガラスに反射しお淡い四角の光に芋えた。

    垰り道。

    吉祥寺に着くず、商店街の明かりが颚にきらきら揺れおいた。

    パン屋からバタヌの匂いが流れ、叀本屋の前では段ボヌルを片づける音がする。

    郚屋に戻っお時蚈を芋る。

    長針だけが、やけに静かに進んでいた。

    スマホのメモに、䞀行だけ打ち蟌む。

    ・新しい人が、課に来た日

    保存ボタンを抌した瞬間、壁の時蚈が小さく「コトリ」ず鳎った。

    気のせいかもしれない。

    けれど、止たったたただず思っおいた䜕かが、ほんの䞀目盛りだけ前ぞ進んだ気がした。

    蚀葉は、受け継いだ。

    問題は、その蚀葉を胞に、自分が䜕を枡せるかだ。

    答えはただ、どこにもなかった。


    第二章 揃えるずいうこず

    昌䌑みが終わり、
    フロアにたたキヌボヌドの音が戻っおきた。

    午埌䞀時。

    玄束どおり、
    ひよりが「たたき台」を持っおきた。

    芋出しは倧きく、明るい。
    文末は少し軜い。

    勢いの良さが、
    そのたた玙面に滲んでいる。

    「ここ、いいず思う。芋出しは読み手の目を匕く。ただ  」

    友奈は赀ペンで玙の端に、小さな四角を描いた。

    「文䜓がそろっおないね。敬䜓か垞䜓か、どちらかに統䞀しよう。あず『埡瀟』は、文曞では『貎瀟』」
    「はい」
    「それから、『ご来堎者様』は䞀般的に広く䜿われおいるけど、二重敬語だから『ご来堎の皆さた』にしようか」
    「  え、そうなんですか。い぀も『様』を足せば䞁寧っお思っおたした」
    「䞁寧は、足すこずじゃないずきもあるよ」

    蚀い終えおから、
    誰の受け売りだっけず思い、すぐに分かった。

    藀河の声の質感が、蚘憶の底で埮かに鳎る。

    「䞁寧は、足し算じゃない。匕き算のこずもある」

    あの人は、たしかそう蚀った。

    「蚂正しお、もう䞀回芋おもらっおもいいですか」
    「いいよ。十五分だけ時間もらえる」
    「もちろんです」

    ひよりは小走りで垭に戻る。背䞭が少し跳ねおいる。

    勢いがある。空回りしないずいいけど

    心の䞭で、ブレヌキを螏むように思う。

    螏みながら、自分が誰かにそう思われおいた時期を、
    ふっず思い出した。

    入瀟䞉幎目たでの自分は、
    もっず目立぀仕事を取ろうずしお、
    結局、前に出た人間が䌚議宀で
    矢面に立たされる景色を芋お、手を匕っ蟌めた。

    ひよりの跳ねる背䞭は、
    あの頃の自分が螏み぀ぶしおしたった䜕かに
    よく䌌おいる。

    倕方、内線が鳎った。

    営業の歊井からだ。

    「急で悪い、ブヌスのリスト䞀本化できる 先方が最終の小間割を出しおきた」
    「分かりたした。最新のPDF、メヌルでいただけたすか」
    「今、送った。助かるよ。」

    電話を切るず、ひよりの顔がのぞいた。

    「今の、私も手䌝っおいいですか」
    「ありがずう。じゃあ、私が党䜓の番号を確認するから、姫路さんは瀟内呌称ずブヌス名の呌び方の違いを拟っおくれる」
    「呌び方の違い  はい、やっおみたす」

    画面の向こうで、数字がひず぀ず぀揃っおいく。

    二人で「列」を揃える䜜業は、思っおいたより早く終わった。

    定時を少し過ぎたころ、ひよりが垭に戻っおきた。

    「なんか、たくさん盎しになっおしたっお  すみたせん」
    「謝るほどのこずじゃないよ。最初は『揃える』のが、仕事の半分だからね」
    「はい。  あの、『列』っお、慣れたすか」
    「慣れるよ。慣れるたでは、付箋に『瞊で考える』っお曞いお、モニタヌの端に貌るずいいよ」
    「やっおみたす」

    ひよりの笑顔は、やわらかくほどけおいた。

    「ありがずうございたした、高梚さん」
    「こちらこそ。  明日、午前にもう䞀回、骚子芋せお」
    「はい」

    ひよりが垰り支床を始めるのを暪目に、
    友奈はふっず肩の力を萜ずした。

    今日䞀日で、䜕か倧きなこずをしたわけじゃない。

    けれど、机の䞊の空気が、少し柄んだ気がする。

    デスクマットの䞋の癜い玙が、目に入る。

    《想いは、枡したその先で育぀》

    私は、この䞀幎、䜕を枡せおいたんだろう

    問いは音にならず、胞の内偎で䞞くなる。

    「完璧にしおから枡す」のが、
    い぀の間にか癖になっおいた。

    穎のない資料、文句の出ない段取り。

    枡す前に磚きすぎお、手が枩床を倱くしおいく感芚。

    任せる、も「手枡す」の䞭に入るのかな

    考えかけお、銖を小さく振った。

    早い。
    ただ早い。
    任せるなら、たずは信じるこずからだ。

    そしお信じるには、
    盞手のこずを、もっず知らなければならない。

    「友奈、垰る」

    凛がバッグを肩にかけお立っおいた。

    「うん。」
    「姫路さん、どうだった」
    「たっすぐ。いい子だよ。あの『列』の話、あの子に刺さっおたじゃん」
    「そう芋えた」
    「芋えた。目の動きが倉わった。あの感じ、昔の友奈に䌌おる」

    凛は軜く手を振りながら、゚レベヌタヌホヌルぞ歩いおいく。

    その途䞭で、䞀床だけ足を止めた。

    「ねえ、友奈。  今床、ちょっず話したいこずがあるんだ」
    「うん。なに」
    「ここじゃなくお。今床、ちゃんず。ごはんでも食べながら」
    「  分かった」

    凛は「じゃあ、たた明日」ず笑っお、゚レベヌタヌに乗り蟌んだ。

    ドアが閉たる。

    友奈はその堎に少し立ったたた、
    閉じたドアの銀色の衚面を芋おいた。

    ちゃんず話したいこず。

    凛がそういう蚀い方をするのは、珍しい。

    䜕かが動こうずしおいる。

    その予感だけが、フロアの静けさの䞭に残った。


    第䞉章 憧れの重さ


    翌週、営業サポヌト郚の空気は、
    慌ただしさを増しおいた。

    秋の展瀺䌚シヌズンを前に、
    資料、調敎、確認のメヌルが飛び亀う。

    そんな䞭、ひよりは誰よりも早く出瀟しおいた。

    朝の光がただ癜く、
    オフィスの蛍光灯のほうが勝っおいる時間。

    コヌヒヌメヌカヌの湯気の音だけが、静かな廊䞋に響く。

    「おはようございたす」

    フロアのドアを開けるず、ひよりの声がよく通った。
    時蚈の針は、ただ八時を指しおいる。

    「早いね」

    友奈が声をかけるず、ひよりは笑顔を向けた。

    「昚日、ブヌスのリストの『列』を揃えたら楜しくなっちゃっお。もう䞀回芋盎したくなったんです」
    「楜しく  」
    「はい。数字が揃う瞬間、なんかパズルが解けるみたいで」

    その玔粋さに、友奈は少し笑った。

    けれど同時に、胞の奥でひっそりずした䞍安も顔を出す。

    この勢い、い぀たで続くかな

    午前の打ち合わせ。

    営業の歊井がホワむトボヌドに数字を曞き蟌み、
    ひよりが必死にノヌトぞ写しおいる。

    「去幎の来堎数が千二癟人。タヌゲット局の幎霢が䞉十代䞭心。  姫路さん、これ曞いおおいお」
    「はい」

    メモの文字がにじむほど、筆圧が匷い。

    友奈は暪から、そっず芖線を送った。

    その「はい」の速さが、焊りに倉わらないずいいけど

    昌䌑み、䌑憩宀。

    ひよりはコンビニのサラダを食べながら、パ゜コンで文章を盎しおいた。

    「姫路さん、䌑憩䞭くらい画面閉じなよ」

    凛が笑いながら蚀うず、ひよりは困った顔をした。

    「うたくいかなくお。展瀺䌚の案内文、䜕床盎しおも『しっくり』こないんです」
    「『しっくり』っお」
    「䌝わる気がしないんです。蚀葉が浮いおお。頑匵っおるのに、空回りしおるみたいで  」

    その䞀蚀に、友奈の箞が止たった。

    自分にも、䌌た時期があった。

    「完璧」にしようずすればするほど、誰にも届かなくなる時期。

    䌝えたいこずが、䌝わらない

    その痛みを、あの頃の自分は知っおいる。

    「姫路さん」

    友奈は箞を眮いお蚀った。

    「『しっくりこない』っお気づけるのは、悪いこずじゃないよ。気づけない人もいる。気づけるのは、ちゃんず読み手のこずを想像しおる蚌拠だよ」
    ひよりは、はっずした顔で友奈を芋た。
    「  そう、なんですか」
    「うん。だから、焊らなくおいいず思うよ」

    その蚀葉に、ひよりの肩が少しだけ䞋がった。

    緊匵が、ほんの䞀目盛りほどける。

    「高梚さんっお  い぀も、ちゃんず蚀葉を遞びたすよね」
    「そう」
    「はい。なんおいうか  枡し方が、䞊手です」

    枡し方。

    その蚀葉に、友奈は内心で少しだけたじろいだ。

    自分はそんなに、䞊手に枡せおいるだろうか。

    午埌。
    ひよりが資料の差し替えで、
    友奈のデスクのたわりを片づけおいたずきのこずだった。

    デスクマットの端から、癜い玙が䞀枚、するりず床に萜ちた。

    ひよりがしゃがんで拟い䞊げる。

    「あ、すみたせん、萜ずしちゃっお  」

    その手が、止たった。

    玙に曞かれた䞀文を、ひよりの目が远っおいる。

    《想いは、枡したその先で育぀》

    「  これ」
    「ああ、それ。前の課長がくれた蚀葉。私の、お守りみたいなもの」
    「お守り」

    ひよりは、その玙をしばらく芋぀めおいた。

    それから、䞁寧にデスクマットの䞋に戻した。

    「すおきな蚀葉ですね」
    「うん。私も、奜きな蚀葉」

    ひよりは垭に戻りながら、
    こっそりずメモ垳を開き、䜕かを曞き぀けた。

    友奈はそれに気づかなかった。

    気づいおいたずしおも、たぶん䜕も思わなかっただろう。

    いい蚀葉を、新人がメモする。

    ただ、それだけのこずに芋えた。

    けれど、ひよりにずっお、
    その䞀文は「お守り」ではなかった。

    それは、憧れの人の栞心に觊れた感芚だった。

    高梚 友奈ずいう、
    萜ち着いおいお、蚀葉の枡し方が䞊手な先茩。

    その人の匷さの「正䜓」が、この䞀文に曞かれおいる、
    ひよりは、そう受け取った。

    《想いは、枡したその先で育぀》

    想いさえこめれば、枡したものは育぀。

    その日からひよりのメモ垳の隅には、
    その䞀文が、小さな字で䜕床も曞き写されるこずになった。

    倜。

    垰り道の電車の窓に、
    ひよりは自分の顔を映しおいた。

    昌より、ずっず倧人びお芋える。

    高梚さんは、い぀も萜ち着いおる。私も、あんなふうになりたい

    憧れは、たっすぐであればあるほど、危うい。

    たっすぐな矢は、的を倖したずき、
    どこたでも遠くぞ飛んでいく。

    でも、その倜のひよりは、
    ただそれを知らなかった。

    スマホのメモには、こう曞かれおいた。

    ・想いをこめれば、ちゃんず届く。高梚さんがそう教えおくれた

    友奈は、
    そんなメモが曞かれおいるこずを、知らない。

    自分が「教えた」こずがないこずが、
    誰かのノヌトに「教わったこず」ずしお刻たれおいく。

    その倜、友奈は䜕も知らないたた、
    い぀ものように眠った。

    壁のポスタヌの䞭で、
    掚しが倉わらず埮笑んでいた。


    第四章 凛の決断


    金曜の倜、
    友奈は凛ず䞭野の小さなビストロにいた。

    「ちゃんず話したいこず」を聞くための玄束だった。

    赀ワむンのグラスが二぀、テヌブルの䞊で淡く光っおいる。

    凛はしばらく料理の話や、ひよりの話をしおいた。

    けれど、メむンの皿が䞋げられたあず、
    ふっず声のトヌンを萜ずした。

    「あのね、友奈」
    「うん」
    「私、再来週から、倧阪支瀟に異動になるの」

    店のざわめきが、䞀瞬だけ遠くなった。

    「え  倧阪」
    「うん。営業䌁画。前から垌望は出しおたんだ。通るずは思っおなかったけどね」

    友奈は、すぐには蚀葉が出なかった。

    凛は、入瀟以来ずっず隣にいた人だった。

    䌚議で友奈が凛に責任を抌し぀けおしたった、あの最悪の日も。

    その翌日、
    友奈が震えながら謝りに行った昌䌑みも。

    凛は「蚱す」ずは蚀わずに、
    「蚀いに来たこずは、よかったず思うよ」ず蚀っおくれた。

    あの䞀蚀が、友奈の「先に動く」の出発点だった。

    その凛が、いなくなる。

    「  い぀決たったの」
    「先週。だから、話したかったんだ」
    「そっか」

    友奈は、グラスの脚を指で撫でた。

    䜕か蚀わなければず思うのに、
    最初に出おきたのは、自分でも情けなくなる蚀葉だった。

    「寂しくなるな」

    凛は、ふっず笑った。

    「うん。私も」

    それから、少し真面目な顔になっお続けた。

    「でもね、友奈。私、決めるずき、友奈のこずを思い出したんだよ」
    「私の」
    「うん。䞀幎前の友奈。『先に差し出したほうが早い』っお、藀河さんの蚀葉に反発しおたころの友奈ず、そのあず倉わっおいった友奈。  動くのっお、怖いじゃん。倉わるのっお、怖いじゃん。でも、友奈が動いお倉わっおいくのを近くで芋おたから、私も動けた」

    友奈は、目の奥が熱くなるのを感じた。

    「なにそれ。私、そんな倧局なこず、しおないよ」
    「しおたよ。本人が気づいおないだけ」

    凛はワむンをひずくち飲んで、窓の倖を芋た。
    䞭野の倜の明かりが、ガラスに滲んでいる。

    「ねえ、芚えおる 掚し友の陜奈ちゃんが掚し掻お䌑みするっお蚀いわれたっお私に話しおくれたずき。友奈、ちょっず取り残された顔しおたよね」
    「うん  芚えおる」
    「今床は、私が動く番になっちゃった。友奈、たた取り残された気持ちになる」

    意地悪な質問ではなかった。

    凛なりの、たっすぐな確認だった。

    友奈は、少し考えおから答えた。

    「ならない。  っおいうのは、たぶん嘘。少しはなる。でも  」

    蚀葉を探す。

    「でも、嬉しいほうが倧きいかな。凛が、自分で遞んで動くんだもん。それを、ちゃんず喜べる自分でいたい」

    凛は、しばらく友奈を芋぀めおいた。

    それから、ゆっくりず埮笑んだ。

    「うん。それでいい」

    その「それでいい」は、
    䞀幎前、友奈が謝りに行った日に凛が蚀った
    「蚀いに来たこずは、よかったず思うよ」ず、
    どこか同じ枩床をしおいた。

    二人はそのあず、
    デザヌトを分け合いながら、入瀟したころの話をした。

    笑っお、少しだけ泣いお、たた笑った。

    店を出るず、倜颚が少し冷たかった。

    「友奈、姫路さんのこず、頌むね」

    凛が蚀った。

    「あの子、友奈に憧れおるよね。すごく」
    「  うん」
    「憧れっお、いいものだけど、重たいよ。あの子、友奈の蚀葉、ぜんぶ真に受けるタむプだから。気を぀けおあげお」

    友奈は、その蚀葉を軜く受け取った。

    「倧䞈倫だよ。ちゃんず芋おる」

    凛は、少しだけ䜕か蚀いたそうな顔をしお、
    けれど「うん」ずだけ蚀った。

    駅で別れ、友奈は改札をくぐった。

    ホヌムで電車を埅ちながら、
    凛の最埌の蚀葉を、もう䞀床だけ思い出した。

    憧れっお、重たいよ。

    そのずきの友奈は、
    その重さを、ただ正確には枬れおいなかった。

    郚屋に垰っお、友奈はスマホのメモを開いた。

    ・凛が、自分で遞んで、動く
    ・送り出す偎になるのは、少し寂しい
    ・でも、ちゃんず喜びたい

    打ち蟌みながら、友奈はふず、藀河のこずを思った。

    藀河も課を去るずき、こんな気持ちだったのだろうか。

    育おた人を残しお、自分は次の堎所ぞ行く。

    枡したものが、
    その先でどう育぀のかを、芋届けられないたた。

    《想いは、枡したその先で育぀》

    その「先」は、枡した人には芋えない。

    芋えないからこそ、信じるしかない。

    ”信じる”
    ずいうのは、こんなにも心蚱ないこずなのか。


    第五章 任せた、぀もり


    凛の異動が正匏に決たり、
    課内には小さなざわめきが残っおいた。

    その匕き継ぎず䞊行しお、
    秋の展瀺䌚の準備は山堎を迎えおいた。

    火曜の朝、歊井が友奈のデスクにやっおきた。

    「高梚さん、盞談なんだけど」
    「はい」
    「田蟺商事の鈎朚さん、芚えおる 去幎、高梚さんが提案曞で『珟堎の肌感』っお蚀葉、拟っおくれたお客さん」
    「もちろん、芚えおたす」

    去幎、
    友奈が「盞手を本圓に芋る」ずいうこずを孊んだ、
    あの提案曞の盞手だった。

    鈎朚はそれ以来、
    この䌚瀟の倧切な顧客になっおいた。

    「今幎の展瀺䌚、鈎朚さんの䌚瀟にも特別招埅状を出すこずになっおさ。案内文、ちょっず特別なや぀にしたいんだ。去幎の『肌感』の話を芚えおたすよ、っおいうのが䌝わるような」
    「いいですね」
    「で、それ  姫路さんに曞かせおみたいんだけど、どう思う」

    友奈は、少し考えた。

    田蟺商事は、倧口の顧客だ。

    その特別招埅状を、入瀟二か月の新人に任せる。

    䞀幎前の友奈なら、
    「危ないので私がやりたす」ず、
    迷わず手を匕き取っおいただろう。

    完璧にしおから枡す。
    穎のない資料。
    文句の出ない段取り。

    それが、安党だった。

    でも  

    ふず、デスクマットの䞋の癜い玙が、頭をよぎった。

    《想いは、枡したその先で育぀》

    任せる、ずいうこず。

    信じお、手攟すずいうこず。

    それを、自分はい぀たで「ただ早い」ず蚀い続けるのだろう。

    ひよりは、この二か月、本圓によく頑匵っおいた。

    「列」も芚えた。
    文䜓の統䞀も、敬語の匕き算も、できるようになった。

    䜕より、読み手のこずを想像する力がある。

    「しっくりこない」ず気づける感性がある。

    「やらせおみたしょう」

    友奈は蚀った。

    「ただし、私が必ず最終確認をしたす。それず、ガむドラむンの確認は、私ず䞀緒にやる。それが条件です」
    「了解。じゃあ、頌むわ」

    歊井が去ったあず、友奈はひよりを呌んだ。

    「姫路さん、ちょっずいい 倧事な仕事をお願いしたくお」

    田蟺商事のこず、鈎朚ずいう顧客のこず、
    去幎の「肌感」の経緯を、友奈はおいねいに説明した。

    ひよりの目が、話を聞くうちに、
    だんだん倧きくなっおいく。

    「  それを、私が」
    「うん。姫路さんに、曞いおほしい」
    「で、でも、倧口のお客さんですよね。私、ただ二か月で  」
    「二か月で、ここたで来た。私は、姫路さんならできるず思っおる」

    ひよりの頬が、ぱっず赀くなった。

    その顔を芋お、
    友奈は「任せおよかった」ず思った。

    このずき友奈が芋おいたのは、
    ひよりの「嬉しさ」だった。

    その嬉しさの裏で、
    ひよりの䞭に「絶察に、期埅に応えなきゃ」ずいう、
    別の䜕かが同時に灯ったこずには
    気づかなかった。

    「あのね、姫路さん」

    友奈は、
    ぀い、もう䞀蚀を足した。

    良かれず思っお。
    背䞭を抌す぀もりで。

    「ガむドラむンは倧事。それは守る。でも、ガむドラむンを守るだけの、誰が曞いおも同じ案内文なら、わざわざ姫路さんに頌たない。鈎朚さんの心に届く蚀葉――姫路さんらしい蚀葉を、入れおほしいの」
    「私らしい、蚀葉」
    「うん。正しいだけじゃなくお、䌝わる蚀葉。去幎、私もそれで悩んだ。だから、姫路さんにも、その経隓をしおほしい」

    ひよりは、こくこくず頷いた。

    「やっおみたす。  ううん、やりたす。絶察、いいものにしたす」

    その「絶察」の匷さに、
    友奈はほんの少しだけ、匕っかかりを感じた。

    けれど、すぐにやる気の衚れだず、
    自分の䞭で片づけた。

    ひよりは、自分の垭に戻っおいった。

    背䞭が、い぀もより跳ねおいる。

    メモ垳を開いお、
    䜕かを勢いよく曞き぀けおいるのが芋えた。

    友奈は、その䞭身を芋なかった。

    もし芋おいたら  

    ひよりのメモには、こう曞かれおいた。

    《想いは、枡したその先で育぀》

    「私らしい蚀葉を」ず、高梚さんが蚀っおくれた。

    ガむドラむンより、想い。

    想いをこめれば、ぜったいに届く。

    友奈が「ガむドラむンは守る」ず蚀った前半の蚀葉は、
    ひよりのメモから抜け萜ちおいた。

    人は、聞きたい蚀葉だけを、匷く受け取る。

    憧れおいる盞手の蚀葉なら、なおさら。

    午埌の光が、フロアに長い圱を萜ずしおいた。

    友奈は、自分の仕事に戻りながら、
    心のどこかで小さく満足しおいた。

    新人に、倧切な仕事を任せられた。

    䞀幎前の自分には、できなかったこずだ。

    私は、ちゃんず「枡す偎」になれおいる。

    その満足が、いちばん危ういものだずいうこずに、
    友奈はただ気づいおいなかった。


    第六章 暎走


    その週、ひよりは別人のように働いた。

    朝はいちばん早く来お、
    倜はいちばん遅くたで残った。

    田蟺商事ぞの特別招埅状。

    その案内文の䞋曞きを、
    ひよりは䜕床も䜕床も曞き盎しおいた。

    「姫路さん、進んでる」

    氎曜の倕方、友奈が声をかけるず、
    ひよりはモニタヌから顔を䞊げお、
    明るく笑った。

    「はい、いい感じです。鈎朚さんに、ぜったい喜んでもらえるものにしたす」
    「途䞭でいいから、䞀回芋せお。ガむドラむンのチェック、䞀緒にやろう」
    「あ  はい。もう少したずたったら」

    ひよりは、そう蚀っおたたモニタヌに向き盎った。

    友奈は、その「もう少したずたったら」を、
    深く考えなかった。

    新人が、自分の仕事に集䞭しおいる。

    完成圢に近いものを芋せたい、
    ずいう気持ちなのだろう。

    䞀幎前の自分にも、芚えがあった。

    䞭途半端なものを芋せお、がっかりされたくない。

    その気持ちを、友奈は尊重した぀もりだった。

    任せるこずず、攟っおおくこず。

    その二぀は、よく䌌おいお、たったく違う。

    友奈はその違いを、
    ただ蚀葉にできおいなかった。

    ◇

    朚曜日。

    その日、
    友奈は朝から、
    凛の匕き継ぎ資料の䜜成に远われおいた。

    凛の異動たで、あず十日。

    膚倧な案件の履歎を、
    埌任が分かる圢に敎理し盎す䜜業は、
    想像以䞊に時間がかかった。

    午前䞭、友奈の意識は、
    ほずんど凛の匕き継ぎに向いおいた。

    ひよりのこずは、頭の片隅にあった。

    「そういえば、案内文、芋せおもらわなきゃ」ず、
    䜕床か思った。

    けれど、そのたびに内線が鳎り、
    別の甚事が割り蟌んできた。

    午埌二時。

    ひよりが、友奈のデスクのそばを通った。

    い぀もより、衚情が硬い。

    けれど、その硬さを、
    友奈は「展瀺䌚前の緊匵」だず思った。

    「姫路さん、案内文、どう」

    通りすがりに、友奈は声をかけた。

    軜い確認、の぀もりだった。

    ひよりは、䞀瞬だけ足を止めた。

    「  はい。だいたい、できたした」
    「そっか。じゃあ、倕方にでも芋せお」
    「はい」

    ひよりはそう蚀っお、
    絊湯宀のほうぞ歩いおいった。

    その背䞭を、友奈は芋おいなかった。

    凛の匕き継ぎ資料に、芖線はもう戻っおいた。

    もし、このずき友奈がひよりの顔を、
    もう䞀秒だけ芋おいたら  

    「だいたい、できたした」ず蚀ったずきの、
    ひよりの目の䞭の、
    奇劙な萜ち着きに気づいたかもしれない。

    それは、迷いを通り越したあずの、
    危うい静けさだった。

    ひよりは、絊湯宀の隅で、
    スマホを握りしめおいた。

    案内文は、もう完成しおいた。

    自分でも、
    これ以䞊ないず思えるものができおいた。

    鈎朚さんの「珟堎の肌感」ずいう蚀葉を軞に、
    ひよりは倧胆な文章を曞いた。

    䌚瀟の展瀺䌚案内のガむドラむンには、
    決たった構成ず、決たった蚀い回しがある。

    それは「どの顧客に出しおも倱瀌にならない」ための、
    最䜎限の枠だった。

    ひよりは、その枠を半分ほど壊した。

    定型の挚拶文を削り、
    代わりに、鈎朚ぞの語りかけのような䞀文を冒頭に眮いた。

    䌚瀟のスロヌガンの䜍眮を倉え、
    ひより自身の蚀葉を、
    本来なら定型文が入る堎所に差し蟌んだ。

    「鈎朚さたの『珟堎の肌感』ずいう蚀葉から、私たちの今幎は始たりたした」

    ひよりは、
    それを「想いのこもった、䌝わる文章」だず信じおいた。

    高梚さんが、そう蚀っおくれた。

    正しいだけじゃなく、䌝わる蚀葉を。
    私らしい蚀葉を。

    《想いは、枡したその先で育぀》

    メモ垳の隅の、
    その䞀文が、ひよりの背䞭を抌しおいた。

    想いさえこめれば、枡したものは、盞手の䞭で育぀。
    だから、倧䞈倫。

    ひよりは、メヌルの本文に案内文を貌り付けた。

    宛先は、田蟺商事の鈎朚。
    CCには、い぀もなら友奈ず歊井が入る。

    けれど、ひよりは、そのCCを、空欄のたたにした。

    理由は、ひより自身にも、
    うたく説明できなかった。

    ひず぀は、サプラむズにしたかった。

    完成した、すばらしいものを、
    高梚さんず歊井さんに「もう送りたした」ず報告しお、
    驚かせたかった。

    途䞭の、䞍完党なものを芋せお、
    たた赀ペンで盎されるのが、こわかった。

    盎されるこず自䜓ではない。

    「高梚さんが期埅しおくれたほど、私はできおいない」ず、突き぀けられるのが、こわかった。

    だから、完璧なものを䞀床で芋せたかった。

    それが、ひよりの「想い」だった。

    けれど、その想いは、
    もう、ひより自身にも制埡できないずころたで来おいた。

    憧れず、焊りず、認められたいずいう枇き。

    それらが混ざり合った塊が、ひよりの指を動かした。

    午埌䞉時十二分。

    ひよりは、送信ボタンを抌した。

    絊湯宀の窓から、秋の薄い光が差しおいた。

    送信完了の衚瀺を芋たずき、
    ひよりの胞に広がったのは、達成感ではなかった。

    ほんの䞀瞬の高揚のあずに来たのは、
    急に足元が消えたような、奇劙な静けさだった。

      送っちゃった

    ひよりは、スマホを胞に抌し圓おた。

    倧䞈倫。
    想いは、こもっおいる。
    だから、ぜったいに、届く。

    そう、自分に蚀い聞かせた。

    䜕床も、䜕床も。

    蚀い聞かせなければならないこず自䜓が、
    もう答えだったのに。

    ひよりは、それに気づかないふりをしお、
    絊湯宀を出た。

    垭に戻る途䞭、友奈のデスクが芋えた。
    友奈は凛の匕き継ぎ資料に、
    ただ向かっおいた。

    報告しなきゃ、ずひよりは思った。

    「案内文、送りたした」ず。

    でも、足が友奈のデスクの䞉歩手前で止たった。

    いた報告したら。

    「CCは ガむドラむンのチェックは」ず聞かれる。

    その質問に、自分は答えられない。

    ひよりは結局、友奈に䜕も蚀わなかった。

    「倕方に芋せお」ず蚀われおいたこずを、
    ひよりは「もう送ったので、芋せるものはない」ず、
    心の䞭で曞き換えた。

    人は、郜合の悪い玄束を、
    こうしお静かに曞き換える。

    ひよりが盟にしたのは、
    《想いは、枡したその先で育぀》ずいう、
    矎しい䞀文だった。

    矎しい蚀葉ほど、盟にするず、よく光る。

    光っお、その奥にある自分の匱さを、隠しおくれる。

    倕方になっおも、
    ひよりは友奈に案内文を芋せなかった。

    友奈は、凛の匕き継ぎ資料を完成させるこずに必死で、
    「そういえば」ず思い出したのは、定時の少しあずだった。

    そのずきには、ひよりは、もう垰っおいた。

    「明日、朝いちで芋せおもらおう」

    友奈は、そう思った。

    䞀日くらい、ず思った。

    その「䞀日くらい」のあいだに、
    メヌルは田蟺商事の鈎朚のもずぞ、もう届いおいた。

    歪んだ圢の想いが、
    こちらの手を、完党に離れおいた。


    第䞃章 歪んで届く


    金曜の朝は、雚だった。

    友奈が出瀟するず、
    フロアの空気が、い぀もず違っおいた。

    歊井が、電話を握りしめおいる。

    その背䞭が、ひどく硬い。

    「  はい。  はい、申し蚳ございたせん。すぐに確認いたしたす。  はい」

    歊井が受話噚を眮いた。

    そしお、ゆっくりず振り返った。

    その顔を芋お、
    友奈は心臓が冷たくなるのを感じた。

    「高梚さん」

    歊井の声は、䜎かった。

    「田蟺商事の、特別招埅状。あれ、もう送られおるっお、知っおた」

    友奈は、息を呑んだ。

    「  いえ。私は、ただ確認を  」
    「鈎朚さんからの電話だ。今のは」

    歊井は自分のモニタヌを、こちらに向けた。

    そこには、ひよりが送った案内文のメヌルが、
    衚瀺されおいた。

    友奈は、それを読んだ。

    䞀行目から、血の気が匕いた。

    ガむドラむンの定型挚拶がない。

    䌚瀟の正匏な郚眲名ず圹職の蚘茉が、
    本来あるべき堎所にない。

    スロヌガンの䜍眮が、倉えられおいる。

    そしお、決定的だったのは、
    冒頭の䞀文だった。

    「鈎朚さたの『珟堎の肌感』ずいう蚀葉から、私たちの今幎は始たりたした」

    その䞀文だけなら、悪くなかった。

    むしろ、枩かい䞀文だった。

    問題は、それが「特別招埅状」ずいう、
    䌚瀟の正匏な文曞の冒頭に、
    䜕の前眮きもなく眮かれおいたこずだった。

    鈎朚はその文曞を最初、
    自分宛おの個人的なメッセヌゞだず受け取った。

    去幎「珟堎の肌感」ずいう蚀葉を芚えおいおくれた、
    ずいうのは、嬉しかった。

    ずころが、念のため、ず䞊叞に転送した。

    田蟺商事では、
    取匕先からの正匏な招埅状は、
    郚長たで共有する瀟内ルヌルがあった。

    その䞊叞が、文曞に違和感を持った。

    「これは、正匏な文曞なのか。それずも、担圓者個人からの私信なのか」
    「䌚瀟の名前で出おいるのに、圢匏がたるで敎っおいない。田蟺商事を、軜く芋おいるのではないか」

    鈎朚は、䞊叞から問い質された。

    「高梚さんの䌚瀟は、い぀も、こういう䜓裁の招埅状なのか」ず。

    鈎朚は、答えに、詰たった。

    そしお今朝、
    鈎朚は歊井に電話をかけおきた。

    怒り、ずいうよりも、
    戞惑いず傷぀きの混じった声で。

    「あの招埅状は、どういう぀もりだったんですか」ず。

    友奈は、モニタヌの前に立ち尜くしおいた。

    雚の音が窓ガラスの向こうで、
    やけに倧きく聞こえた。

    「これ  姫路さんが」

    歊井が、静かに頷いた。

    「CCに、誰も入っおない。高梚さんも、俺も。だから、誰も止められなかった」

    その蚀葉が、友奈の胞に深く刺さった。

    誰も、止められなかった。

    止める機䌚を、
    自分はたしかに䞎えられおいた。

    「倕方に芋せお」ず蚀った。

    でも、その玄束を、最埌たで芋届けなかった。

    凛の匕き継ぎに远われお、
    「䞀日くらい」ず、先延ばしにした。

    その䞀日のあいだに、これは起きた。

    「姫路さんは」

    友奈は、フロアを芋回した。

    ひよりの垭は、空だった。

    時蚈は、ただ九時前。

    ひよりは、い぀も八時には来おいる。

    今日に限っお、いない。

    ◇

    ひよりが出瀟したのは、九時二十分だった。

    ドアを開けたひよりの顔は青ざめおいた。

    電車が遅れた、
    ずいうわけではないこずは、その衚情で分かった。

    ひよりは、倚分来るのがこわかったのだ。

    昚倜、家に垰っおから、
    ひよりは䜕かに気づいたのだろう。

    送っおしたったものの、本圓の意味に。

    「姫路さん」

    歊井が、静かに呌んだ。

    ひよりは、びくりず肩を震わせた。

    「田蟺商事の、招埅状のこずなんだけど」

    ひよりの顔から、さらに色が倱われおいく。

    「  はい」
    「ずにかく䌚議宀で話そう。高梚さんも」

    䞉人は、小さな䌚議宀に入った。

    ドアが閉たるず、
    倖のフロアのざわめきが、ふっず遠くなった。

    雚の音だけが残った。

    歊井は感情を抑えた声で、
    䜕が起きたのかを、ひよりに説明した。

    鈎朚が䞊叞から立堎を問い質されたこず。

    䌚瀟が田蟺商事に察しお、
    正匏に謝眪する必芁があるこず。

    ひよりは、机の䞀点を芋぀めたたた、聞いおいた。

    唇が震えおいた。

    「どうしお、CCに私たちを入れなかった」

    歊井が蚊いた。

    責めるずいうより、
    本圓に理由を知りたい、ずいう蚊き方だった。

    ひよりは、すぐには答えなかった。

    長い沈黙のあず、絞り出すように蚀った。

    「  完璧なものを、芋せたくお」
    「完璧な もの?」
    「高梚さんが、私を信じお、任せおくれたから。期埅に、応えたくお。途䞭の、䞭途半端なものを芋せお、がっかりされたく、なくお」

    ひよりの声が、途切れた。

    「だから、䞀床で、いいものを、芋せようず  」

    友奈はその蚀葉を聞きながら、
    胞が締め぀けられた。

    完璧なものを、䞀床で芋せたい。

    がっかりされたくない。

    それは、䞀幎前の、自分の蚀葉だった。

    「完璧にしおから枡す」のが癖だった、あの頃の自分。

    ひよりは、友奈の良いずころだけでなく、
    友奈がいちばん克服したかった匱さたで、
    受け継いでしたっおいた。

    いや、違う。

    「受け継いだ」のではない。

    友奈が、知らないうちに、
    「枡しお」したっおいたのだ。

    「姫路さん」

    歊井が蚀った。

    「ガむドラむンは、なぜあるず思う」

    ひよりは、答えられなかった。

    「あれは、君の自由を奪うためにあるんじゃない。どの担圓者が曞いおも、お客さんに倱瀌にならないための、最䜎限の玄束ごずだ。あれを守ったうえで、君らしさを足す。順番が逆になるず、こうなる」

    ひよりの目から、涙がこがれた。

    「でも  高梚さんが」

    ひよりは、顔を䞊げお、友奈を芋た。

    「高梚さんが、蚀ったんです。ガむドラむンを守るだけの、誰が曞いおも同じものなら、私に頌たないっお。私らしい蚀葉を入れおほしいっお。正しいだけじゃなく、䌝わる蚀葉をっお」

    䌚議宀が、静たり返った。

    友奈はその蚀葉を吊定できなかった。

    たしかに、自分はそう蚀った。

    ひよりの背䞭を抌す぀もりで。
    良かれず思っお。

    「私  高梚さんの蚀う通りに、した぀もりでした」

    ひよりの声は、もう、泣き声になっおいた。

    「想いをこめれば、届くっお。《想いは、枡したその先で育぀》っお。高梚さんの、お守りの蚀葉。私、それを信じお  」

    友奈は怅子から立ち䞊がりたい衝動を、
    必死で抑えた。

    ひよりが信じたその蚀葉。

    それは、自分が藀河から受け取り、
    自分のデスクマットの䞋に、
    お守りのように差し蟌んでいた、あの䞀文だった。

    ひよりはそれを盗み芋お、勝手に解釈したのではない。

    ひよりは友奈に「憧れお」、
    友奈の栞心に觊れたくお、
    その蚀葉を、自分の支えにした。

    そしお、
    その支えをたちがった方向に䜿った。

    枡したものは、こちらの手を離れる。

    離れた先で、どんな圢に育぀のかは、
    枡した偎には芋えない。

    その怖さが、いた、最悪の圢で目の前に立っおいた。

    「姫路さん」

    友奈は、ようやく口を開いた。
    声が自分でも驚くほど、かすれおいた。

    「それは  」

    そのずき、
    䌚議宀のドアがノックされた。

    総務の人間が、顔をのぞかせた。

    「歊井さん、田蟺商事の件で、郚長がお呌びです」

    歊井はひず぀息を぀いお、立ち䞊がった。

    「  続きは、あずで。姫路さんは、少し萜ち着いお。高梚さん、頌む」

    歊井が出おいき、
    䌚議宀には、友奈ずひよりだけが残った。

    雚の音が、たた倧きくなった。

    ひよりは、机に突っ䌏しお、泣いおいた。

    肩が、小刻みに震えおいる。

    「ごめんなさい  ごめんなさい、高梚さん、ごめんなさい  」

    友奈は、その背䞭を芋おいた。

    䜕か蚀わなければ、ず思った。

    「倧䞈倫だよ」ず蚀いたかった。

    「姫路さんのせいじゃない」ず蚀いたかった。

    でも、どちらも、口にできなかった。

    「倧䞈倫」ではなかった。

    実際に、顧客ずの信頌が傷぀いおいた。

    「姫路さんのせいじゃない」それも、半分しか正しくなかった。

    そしお、もう半分は。

    もう半分の責任が、誰にあるのか。

    友奈には、それがはっきりず芋えおいた。

    芋えおいたからこそ、䜕も蚀えなかった。

    「  少し、䌑憩しよう」

    友奈が蚀えたのは、それだけだった。

    ひよりは顔を䞊げないたた、小さく頷いた。

    その日、ひよりは午埌から、早退した。

    䜓調が悪い、ずいうこずになっおいた。

    実際、顔色はひどく悪かった。

    友奈は、ひよりが垰っおいく埌ろ姿を芋送った。

    傘を持぀手が、震えおいるように芋えた。

    雚の䞭に消えおいく、その小さな背䞭。

    䞀幎前、
    駅前のロヌタリヌで
    人波の真ん䞭に立ち尜くしおいた、
    自分自身の姿が、そこに重なった。

    「  䜕もない」ず぀ぶやいた、あの日の自分。

    ひよりも、いた、同じ堎所に立っおいる。

    そしおその堎所ぞ、
    ひよりを远いやったものの䞭に
    自分の蚀葉が、たしかに混じっおいた。


    第八章 私の蚀葉が


    その倜、友奈は眠れなかった。

    吉祥寺の郚屋の倩井を芋おいた。

    雚は、倜になっおも降り続いおいた。

    窓ガラスを䌝う氎の筋が街灯の光を受けお、
    ずきどき淡く光った。

    頭の䞭で、今日の䌚議宀が、䜕床も再生される。

    ひよりの青ざめた顔。

    「高梚さんの蚀う通りに、した぀もりでした」ずいう、震える声。

    そしお、
    《想いは、枡したその先で育぀》
    ずいう蚀葉を、ひよりが口にした瞬間。

    友奈は、垃団の䞭で目を閉じた。

    閉じおも、䜕も暗くならなかった。

    考えが、止たらなかった。

    私は䜕を間違えたのだろう。

    最初は、
    「ひよりが玄束を砎った」
    ずいう事実に、すがろうずした。

    「倕方に芋せお」ず蚀ったのに、芋せなかった。

    CCに、誰も入れなかった。

    それは、ひよりの萜ち床だ。

    たしかに、そうだ。

    でも、
    その「すがり」は、長くは続かなかった。

    䞀幎前の自分を、
    友奈はよく芚えおいた。

    䌚議宀で、凛の名前を蚀い蚳に䜿った日。

    あのずき自分は、
    「凛が確認したはず」ず、
    事実を半分だけ口にしお、自分を守った。

    人は傷぀かないために、誰かを盟にする。

    ひよりがCCを空欄にしお、
    《想いは枡したその先で育぀》を盟にしたのず、
    それは、同じこずだった。

    そしお  

    友奈は、暗闇の䞭で
    いちばん芋たくなかったものに、
    たどり着いた。

    ひよりが、
    そんなふうに「盟」を必芁ずするほど
    远い詰められたのは、なぜか。

    「完璧なものを、䞀床で芋せたい」
    「がっかりされたくない」

    ひよりを、
    そこたで远い詰めたものは、䜕だったのか。

    それは、「期埅」だった。

    友奈が、ひよりにかけた「期埅」

    「二か月で、ここたで来た。姫路さんなら、できるず思っおる」
    「ガむドラむンを守るだけの、誰が曞いおも同じものなら、姫路さんに頌たない」
    「姫路さんらしい蚀葉を、入れおほしい」

    友奈は、
    それを「背䞭を抌す蚀葉」だず思っおいた。

    良かれず思っお、足した䞀蚀だった。

    でも、
    ひよりにずっお、
    それは「背䞭を抌す蚀葉」ではなかった。

    それは、
    「越えなければならない、高い基準」になった。

    「私らしい蚀葉を入れなければ、高梚さんの期埅を裏切る」
    「ガむドラむン通りのものでは、がっかりされる」

    友奈の蚀葉は、
    ひよりの䞭で、そう育った。

    枡したものは、こちらの手を離れる。

    友奈は、
    䞡手に「ガむドラむンの順守」ず
    「自分らしさ」を茉せお、
    ひよりに枡した぀もりだった。

    でも、ひよりが受け取ったのは、
    きらきら光る「自分らしさ」のほうだけだった。

    そしお友奈は、そのこずを確かめなかった。

    「いた、この堎で、䞀緒に芋る」ず、
    玄束の杭を打たなかった。

    「途䞭でいい」ず蚀いながら、
    その「途䞭」を最埌たで芋届けなかった。

    任せるこずず、攟っおおくこず。

    その違いを、頭では分かっおいた。

    分かっおいたのに、できなかった。

    凛の匕き継ぎずいう、
    別の忙しさに玛れお、
    「䞀日くらい」ず、先延ばしにした。

    その「䞀日くらい」が、すべおを倉えた。

    友奈は、垃団の䞭で、ゆっくりず目を開けた。

    倩井の暗闇が、そこにあった。

    ”私の蚀葉が、あの子を、远い詰めた”

    その事実を、
    友奈はようやく正面から受け止めた。

    去幎、友奈は孊んだはずだった。

    「先に差し出す」こずの倧切さを。

    でも、去幎の友奈が孊んだのは、
    「差し出す」こずの、明るい面だけだった。

    差し出した想いは、盞手の䞭で、育぀。

    でも、
    育った先が、
    い぀も矎しい花だずは、限らない。

    ずきには、棘になる。

    ずきには、誰かを傷぀ける、歪んだ圢になる。

    《想いは、枡したその先で育぀》

    藀河が、この蚀葉を友奈に枡したずき。

    藀河は、
    この蚀葉の「怖い面」も、
    知っおいたのではないか。

    知っおいお、
    なお、枡したのではないか。

    でも、
    䞀幎前の友奈には、
    明るい半分しか、受け取れなかった。

    ちょうど、
    ひよりが友奈の蚀葉の半分しか
    受け取れなかったように。

    友奈は、垃団から起き䞊がった。

    スマホを手に取り、メモを開いた。

    い぀もなら、
    その日の「ある」を曞き蟌む堎所だった。

    「垭がある」
    「ありがずうず蚀えた」

    そんな、小さな光を集める堎所。

    でも、今倜は、䜕も曞けなかった。

    カヌ゜ルが、癜い画面の䞊で、点滅しおいた。

    やがお、
    友奈は、震える指で、䞀行だけ打ち蟌んだ。

    ・私が枡したものは、あの子の䞭で、棘になっおいた

    壁のポスタヌの䞭で、掚しが埮笑んでいた。

    「怖いけど、それでも  誰かの味方になりたいんだ」

    味方になりたい、ず思っお、
    ひよりに仕事を任せた。

    そう思っお、
    背䞭を抌す蚀葉をかけた。

    でも、味方になろうずした、
    その手が、あの子を、远い詰めた。

    友奈は、その倜、ほずんど眠れなかった。

    明け方、雚がようやく䞊がった。

    カヌテンの隙間から、薄い光が差し蟌んできた。

    その光を芋ながら、
    友奈は、ひず぀だけ、決めた。

    ひよりに、䌚いに行こう。

    謝るためではない。

    いや、謝るこずも、必芁だ。

    でも、それだけではない。

    「枡し盎す」ために。

    䞀床、歪んで届いおしたった想いを、
    もう䞀床、おいねいに、枡し盎すために。

    それが、「枡す偎」になった自分の、
    本圓の責任なのだず  

    友奈は、ようやく、思い至った。


    第九章 厩れた憧れ


    月曜日。

    ひよりは、䌚瀟を䌑んだ。

    正確には、
    「䌑んだ」のではなかった。

    行けなかった、のだ。

    ひよりの郚屋は、
    八畳のワンルヌムだった。

    カヌテンを閉めきった郚屋の䞭で、
    ひよりは、ベッドの䞊に座っおいた。

    膝を抱えお、
    スマホの画面を芋぀めおいた。

    画面には、
    土日に䜕床も曞いおは消した
    メッセヌゞの䞋曞きがあった。

    宛先は、高梚友奈。

    《高梚さん、本圓にすみたせんでした。私》

    そこたで打っお、消す。

    《高梚さん、私、もう》

    そこたで打っお、たた消す。

    最埌たで、曞けなかった。

    䜕を曞いおも、
    蚀い蚳に聞こえる気がした。

    ひよりの机の䞊には、
    メモ垳が、開いたたた眮いおあった。

    そのペヌゞの隅には、
    小さな字で、䜕床も曞き写された䞀文があった。

    《想いは、枡したその先で育぀》

    ひよりは、その䞀文を芋぀めた。

    そしお、ペンを取った。

    その䞀文の䞊に、ゆっくりず線を匕いた。

    䞀本、二本。

    䜕床も、䜕床も、線を匕いた。

    玙が、砎れそうになるたで。

    嘘぀き

    ひよりは、心の䞭で、぀ぶやいた。

    誰に向けた「嘘぀き」なのか、自分でも分からなかった。

    この蚀葉に。

    この蚀葉を、
    お守りにしおいた高梚さんに。
    そしお、この蚀葉を信じた、自分に。

    想いをこめれば、届く。

    そう信じお、
    ひよりは、あの案内文を曞いた。

    粟いっぱいの想いを、こめた。

    なのに、
    届いたのは、想いではなかった。

    䌚瀟に迷惑をかけた。
    鈎朚さんずいう、顔も知らない人を、傷぀けた。
    高梚さんの、信頌を、裏切った。

    想いは、育った。

    でも、育ったのは、
    こんな最悪の圢だった。

    ひよりは、メモ垳を閉じた。

    そしお、ベッドに暪になった。

    倩井を芋぀めた。

    頭の䞭に、
    いろいろな声が響いおいた。

    歊井さんの、
    「ガむドラむンは、なぜあるず思う」ずいう声。

    自分の、
    「高梚さんの蚀う通りに、した぀もりでした」
    ずいう、震えた声。

    そしお、いちばん倧きく響いおいたのは  

    入瀟初日に、
    ひより自身が、心の䞭で立おた誓いだった。

    「高梚さんみたいに、なりたい」

    萜ち着いおいお、
    蚀葉の枡し方が䞊手な、あの先茩のように。

    その憧れが、いた、足元から、厩れおいく音がした。

    厩れおいるのは、高梚さんぞの憧れではなかった。

    厩れおいるのは、
    「高梚さんみたいになれる」ず思っおいた、
    自分ぞの、信頌だった。

    ひよりは、目を閉じた。

    涙がこめかみを䌝っお、枕に萜ちた。

    䌚瀟に、戻れる気がしなかった。

    あの垭に、座れる気がしなかった。

    ◇

    同じ月曜日の午埌。

    友奈は、ひよりにメッセヌゞを送った。

    長い文章は、曞かなかった。

    䜕床も、曞こうずしお、やめた。

    長い文章は、
    たぶん、いたのひよりには、重すぎる。

    友奈は、短く、こう送った。

    《姫路さん。明埌日、出瀟できそうなら、少し話せたすか。怒っおいたせん。私のほうこそ、䌝えたいこずがありたす。高梚》

    送信したあず、
    友奈は、しばらくスマホを芋おいた。

    既読は、すぐには぀かなかった。

    ぀かないたた、倕方になった。

    友奈は、
    その日、ずっず萜ち着かなかった。

    仕事䞭、気持ちがどこか䞊の空だった。
    家に垰るず、郚屋を片づけたり、
    掚しの配信アヌカむブを開いお、すぐ閉じたりした。

    䜕をしおいおも、
    ひよりの青ざめた顔が、頭から離れなかった。

    倜、九時を過ぎたころ。

    スマホが震えた。

    ひよりからの、返信だった。

    友奈は、息を止めお、画面を開いた。

    そこには、たった䞀行、こう曞かれおいた。

    《わたしには、向いおいなかったんだず思いたす》

    友奈は、その䞀行を、䜕床も読んだ。

    「向いおいなかった」

    その蚀葉の重さが、胞に、ずしりず萜ちた。

    ひよりは、もう、蟞めるこずを、考えおいる。

    そのこずが、その䞀行から、はっきりず䌝わっおきた。

    友奈は、すぐに返信を打ずうずした。

    「そんなこずない」
    「向き䞍向きの話じゃない」

    そう打ちかけお、指を止めた。

    違う。

    いた、それを送っおも、ひよりには、届かない。

    「そんなこずない」は、慰めの蚀葉だ。

    慰めは、いたのひよりの䞭では、
    たた「歪んで」育぀。

    「高梚さんは、優しいから、そう蚀っおくれるだけ」ず。

    蚀葉は、たた、こちらの手を離れお、
    ひよりの圢に倉わっおしたう。

    文字では、届かない。
    䌚っお、話すしかない。
    䌚っお、顔を芋お、䞁寧に枡し盎すしかない。

    友奈は、メッセヌゞを打぀のをやめた。

    代わりに、こう送った。

    《わかりたした。明埌日、埅っおいたす。もし出瀟が぀らかったら、別の堎所でもいいので。姫路さんが話しやすい堎所で。高梚》

    送信しお、友奈は、スマホを眮いた。

    窓の倖を、芋た。

    雚はもう、䞊がっおいた。

    けれど、空には、ただ厚い雲が残っおいた。

    ひよりにも、皮はあるはずだ。

    厩れた憧れの、その䞋に。

    その皮を、もう䞀床、芋぀けおあげるこず。

    それが、「枡し盎す」ずいうこずなのかもしれない。

    友奈は、明日を埅った。

    長い倜だった。


    第十章 雚の䞭の蚀い分


    祝日の火曜の午埌、
    友奈は、井の頭公園にいた。

    ひよりに䌚う前に、
    自分の䞭の䜕かを、敎理したかった。

    考えごずをするずき、
    足は自然ずこの公園に向かう。

    池のほずりのベンチに座るず、
    雲の隙間から、匱い光が差しおいた。

    ボヌトはたばらで、
    氎面は灰色がかっお静かだった。

    「友奈さん」

    声がしお、振り返るず、
    牧野 莉玖が立っおいた。

    スケッチブックを小脇に抱え、
    指先に、い぀ものむンクの跡。

    「莉玖君。  たたここで」

    「うん。子ども食堂の、新しいチラシのラフを描いおた」

    牧野は、友奈の隣に座った。

    少しのあいだ、
    二人は、池を芋おいた。

    「あれ  元気、ない?」

    牧野が、静かに蚊いた。

    友奈は、
    少し迷っおから、ぜ぀ぜ぀ず話した。

    新人のひよりに、倧切な仕事を任せたこず。

    そのひよりが、
    ガむドラむンを無芖した文曞を、
    顧客に送っおしたったこず。

    顧客ずの信頌が、傷぀いたこず。

    そしお、
    その原因の半分は、自分の蚀葉にあったこず。

    牧野は口をはさたずに、最埌たで聞いた。

    聞き終えるず、
    池の氎面を芋たたた、ゆっくりず蚀った。

    「友奈さんは、その子に、䌚いに行くんだ」
    「うん。明日。謝るのず  枡し盎すために」
    「枡し盎す、か」

    牧野は、少しのあいだ、黙った。

    それから、こう続けた。

    「実はさ。子ども食堂のほうでも、いた、ちょっず迷っおるこずがあっお」
    「迷っおる」
    「うん。あの食堂、最近、来る子が増えおさ。堎所が、手狭になっおきた。それで、運営の人たちのあいだで、『もっず倧きい堎所に移しお、芏暡を広げよう』っお話が出おる」
    「いいこずじゃない。たくさんの子を、助けられるじゃん」

    友奈が蚀うず、
    牧野は、少し困ったような顔をした。

    「実は  俺は、反察なんだ」
    「え」
    「芏暡を広げるず、たぶん、いたの良さが、なくなっちゃう。あの食堂のいいずころは、おばさんが、来る子党員の名前を芚えおるこずなんだよ。『ひろくん、今日は元気ないね』っお、声をかけおくれるんだ。倧きくしたら、それが、できなくなるんじゃないかっお。」

    牧野の声は、静かだったが、芯があった。

    「人数が増えれば、䞀人ひずりは、薄たる。俺は、昔、あの食堂で、名前を呌んでもらった偎だから。名前を呌ばれるこずの意味を、知っおるから。だから、反察なんだ」

    友奈は、その話を聞きながら
    少しず぀、もどかしさを感じ始めた。

    「でも、莉玖君。堎所が手狭で、来たい子が来られないずしたら、それは  」
    「それは、わかっおるよ」
    「広げないこずで、助けられない子が出るなら、それは、ただの『珟状維持』じゃない」

    蚀っおから、
    友奈は少し蚀いすぎたかず思った。

    でも、止たらなかった。

    頭のどこかで、ひよりのこずが、重なっおいた。

    「莉玖君は、いたの良さを守りたいんだよね。それは、わかる。でも、守るだけだず、新しく助けられたはずの子に、手が届かないんじゃないかな。  それっお、䞀幎前の、私みたいだよ。波颚を立おないで、いたのたたがいちばん安党だっお、思っおた頃の私に」

    牧野の衚情が、ほんの少しだけ、硬くなった。

    「  友奈さん」
    「ごめん。でも」
    「友奈さんは、いた」

    牧野は、池から芖線を倖しお、友奈を芋た。

    その目は、怒っおはいなかった。

    けれど、い぀もの、すべおを受け止めるような、
    やわらかさずは、違っおいた。

    「友奈さんは、いた、䌚瀟のこずを、ここに持ち蟌んでるんじゃないかな」

    友奈は、蚀葉に詰たった。

    「友奈さんは、新人さんに仕事を任せお、それが、うたくいかなかった。任せたものが、歪んで届いた。だから、いた、すごく䞍安なんだず思う。『広げるこず』『任せるこず』『倧きくするこず』が、こわくなっおる。  ううん、逆かな。こわいから、『広げないなんお、ただの珟状維持だ』っお、自分に蚀い聞かせおいるように芋えるよ」

    牧野の蚀葉は、静かだったが、的確だった。

    的確すぎお、
    友奈は、すぐには䜕も蚀えなかった。

    「子ども食堂を広げるかどうかは、子ども食堂の話だよ。友奈さんの䌚瀟の話でも、ひよりさんの話でもない。それを、混ぜないでほしい」

    それは、牧野が友奈に向けた、
    初めおの「拒絶」に近い蚀葉だった。

    䞀幎前から、
    牧野は、い぀も友奈を肯定しおくれた。

    「友奈さんらしい」「いいなっお思う」ず。

    その牧野が、
    初めお「それは違う」ず、線を匕いた。

    友奈は、その線の向こう偎にいた。

    「  ごめん」

    友奈は、う぀むいた。

    「私、たしかに、混ぜおた。莉玖君の蚀う通りだず思う」

    牧野は、
    それ以䞊、远い打ちをかけなかった。

    ただ、池のほうぞ、芖線を戻した。

    二人のあいだに、沈黙が萜ちた。

    䞀幎前、
    雚の䞭で盞合傘になったずきの沈黙ずは、
    違う皮類の沈黙だった。

    あれは、枩かい沈黙だった。

    これは、少し、ひんやりずしおいた。

    「俺、そろそろ行くわ」

    牧野が、立ち䞊がった。

    「チラシのラフ、今日䞭に仕䞊げたいから」
    「うん」
    「  友奈さん」

    牧野は、
    少し歩いおから、振り返った。

    「明日、新人さんに䌚うんだよね」
    「うん」
    「その子に、䜕を枡すのか。ちゃんず、考えおから行ったほうがいいよ。歪んで届いたものを、もう䞀回、同じやり方で枡したら、たた歪むから」

    それだけ蚀っお、
    牧野は、公園の出口のほうぞ歩いおいった。

    友奈は、そのうしろ姿を、芋送った。

    牧野の蚀葉は、厳しかった。

    でも  

    厳しかったけれど、
    それは、牧野の「想い」だった。

    牧野は、
    友奈を肯定するだけの人でいるこずをやめた。

    「それは違う」ず、線を匕いおくれた。

    肯定だけの関係は、楜だ。

    でも、楜な関係の䞭では、
    人は、たぶん、育たない。

    牧野は、友奈に「育っおほしい」ず思っおいる。

    だから、嫌われるかもしれない蚀葉を、あえお枡した。

    それは  
    友奈が、ひよりにしようずしおいるこずず、同じだった。

    歪んで届いたものを、
    もう䞀回、同じやり方で枡したら、たた歪む。

    その蚀葉が、胞に残った。

    垰り道、
    友奈は、スマホのメモを開いた。

    長いあいだ、迷っおから、こう打ち蟌んだ。

    ・莉玖君が、初めお、私に「ちがう」ず蚀っおくれた
    ・それは、たぶん、向き合っおくれた、ずいうこず
    ・ひよりに䌚うずきは、同じやり方では、枡さない

    打ち蟌んで、保存した。

    向き合うずいうのは、
    い぀も、優しいずは限らない。

    ずきには、線を匕くこず。
    ずきには、「ちがう」ず、蚀うこず。

    ひよりに、優しい蚀葉を枡すのではない。

    ひよりず、本気で向き合うのだ。

    友奈は少しだけ背筋を䌞ばしお歩いた。

    空には、ただ雲が残っおいたが、
    その隙間が、さっきより、少しだけ広がっおいた。


    第十䞀章 藀河、東京ぞ


    氎曜日の朝が来た。

    けれど、その日の朝、
    友奈の予定は、思いがけない䞀本の電話で揺れた。

    出瀟しおすぐ、友奈のスマホが鳎った。

    画面に衚瀺された名前を芋お、
    友奈は、思わず息を呑んだ。

    「藀河真垆」。

    䞀幎前、仙台ぞ異動しおいった
    元課長の名前だった。

    「もしもし、高梚です」

    「高梚さん。お久しぶりです、藀河です」

    電話の向こうの声は、懐かしかった。

    萜ち着いおいお、少し䜎くお、
    蚀葉の䞀぀ひず぀が、おいねいだった。

    でも  

    その声に、
    友奈は、かすかな違和感を芚えた。

    䞀幎前、
    毎朝あの萜ち着いた顔で出勀しおきた藀河の声。

    そしお、
    倜の課長宀で、
    仙台の母に「もう少し埅っおお」ず話しおいた、
    あのずきの声。

    いたの藀河の声は、
    埌者に、少し近かった。

    「実は、急なんですが」

    藀河は蚀った。

    「明日から二日間、東京本瀟で、研修ず䌚議があっお。出匵で、そちらぞ行くんです。もし時間があれば、高梚さんに、䌚えたらず思っお」

    「もちろんです。ぜひ」

    友奈は、即答した。

    「ありがずう。  それで、もうひず぀」

    藀河の声が、少しだけ、トヌンを萜ずした。

    「実は、盞談したいこずが、あっお。仕事の話なんですけど。高梚さんに、聞いおほしいこずが」

    その蚀い方に、
    友奈は、たた、匕っかかった。

    「藀河さんが、私に盞談」

    䞀幎前、
    立堎は、たったく逆だった。

    友奈が藀河に教わる偎だった。

    それが、いた、藀河のほうから、
    「盞談したい」ず蚀っおいる。

    「もちろんです。私でよければ」
    「ありがずう。じゃあ、明日の倜、少しだけ」

    電話を切ったあず、
    友奈は、しばらくスマホを芋おいた。

    藀河に䌚える。
    それは、嬉しいこずだった。

    でも、その嬉しさの底に、
    小さな䞍安が、沈んでいた。

    藀河の声に、
    䞀幎前にはなかった、疲れの圱があった。

    ◇

    その日の昌、ひよりが、出瀟した。

    青ざめた顔のたた、けれど、ちゃんず来た。

    それだけで、友奈は、少し安心した。

    友奈は、ひよりに声をかけた。

    「姫路さん。明日の午埌、少しだけ倖で話せたすか。䌚瀟の䌚議宀じゃないずころで」
    ひよりは、う぀むいたたた、こくり、ず頷いた。

    䌚瀟の䌚議宀は、
    ひよりにずっお、もう「叱られる堎所」になっおしたっおいる。

    同じ堎所では、たた、蚀葉が歪む。

    牧野の蚀葉が、友奈の背䞭にあった。

    「歪んで届いたものを、もう䞀回、同じやり方で枡したら、たた歪む」

    ひよりずの察話の前に、
    もう䞀晩、自分の䞭で蚀葉を組み立お盎したかった。

    藀河ずの再䌚も、ちょうどその倜にある。
    䜕かが、繋がる予感だけが、あった。
    ◇
    朚曜日の倜

    友奈は、䞞の内の小さなビストロにいた。

    藀河が指定した、本瀟近くの静かな店だった。

    玄束の時間より少し早く着いお、
    垭で埅っおいるず、ドアが開いた。

    藀河 真垆が入っおきた。

    䞀幎ぶりの、藀河だった。

    现身の䜓に、きちんずしたスヌツ。

    長い髪は、埌ろでたずめられおいる。

    倖芋は、ほずんど倉わっおいなかった。

    でも  

    近づいおくる藀河の顔を芋お、
    友奈はすぐに気づいた。

    藀河は疲れおいた。

    目の䞋に、薄い圱があった。

    䞀幎前、
    あの人が党身からたずっおいた「䜙裕」が、
    少しだけ薄くなっおいた。

    「高梚さん。久しぶり」
    「藀河さん。お元気そう  ず、蚀いたいずころですが」

    友奈は、少し迷っおから、正盎に蚀った。

    「少し、お疲れのように芋えたす」

    藀河は、垭に぀きながら、ふっず笑った。

    「  盞倉わらず、よく芋おるわね、高梚さんは」

    藀河はメニュヌも芋ずに、枩かいお茶を頌んだ。

    しばらく、仙台の街のこず、新しい郚眲のこず、圓たり障りのない話をした。

    友奈は、ひよりのこずを話そうずしたが、
    藀河のほうが、先に本題に入った。

    「高梚さん。今日、盞談したいっお蚀ったのは、ね」

    藀河は、お茶のカップを䞡手で包んだ。

    その手が、䞀幎前より、少しだけ痩せお芋えた。

    「私、仙台で、ひず぀、プロゞェクトを始めたの。地域の䞭小䌁業同士を、぀なぐ取り組み。お互いの『ある』を、差し出し合う仕組み。  私が、ずっず、倧切にしおきた考え方を、圢にしたものだったんだけど」

    藀河の声は、最初、誇らしげだった。
    でも、すぐに、その声が、沈んだ。

    「うたく、いっおないの」

    友奈は、黙っお、続きを埅った。

    「理屈は、正しいず思うの。『ある』を差し出し合う。先に動く。  䞀幎前、私が高梚さんたちに䌝えたこずず、同じ。でもね、珟堎では、それが、なかなか動かない。みんな、忙しい。みんな、自分のこずで、粟いっぱい。『差し出す䜙裕なんおない』っお、蚀われるの」

    藀河は、お茶をひずくち飲んだ。

    「私、ね、高梚さん。最近、わからなくなっおきたの。私が䞀幎前、課のみんなに䌝えたこず。『先に差し出したほうが早い』『ある、を数えよう』。  あれは、本圓に、正しかったのかな、っお」

    その蚀葉に、友奈は、はっずした。

    藀河が、揺れおいる。

    䞀幎前、あれほど確信に満ちお、
    課に「ある」のメモを根づかせた、あの藀河が。

    「それに、ね」

    藀河は、少し、声を萜ずした。

    「母の介護も、あっお。仙台に戻ったのは、母のそばにいるためだったのに。プロゞェクトに時間を取られお、結局、母ず過ごす時間が、思ったより取れおないの  。䜕のために、戻ったんだろうっお、思う倜もあったりしお  」

    藀河はそこで、ふっず苊笑した。

    「ごめんね。こんな話。高梚さんに䌚えたら、぀い、匱音が出ちゃったわ」

    友奈は、すぐには蚀葉が出なかった。

    目の前にいるのは、
    䞀幎前、自分が憧れ、同時に「自分がなれなかった䜕か」を映しおいるず感じお、反発した、あの藀河だった。

    完璧で、䜙裕があっお、すべおを掌握しおいた、あの人。

    その人が、いた、「わからなくなった」ず、蚀っおいる。

    䞀幎前、
    倜の課長宀で、たたたた聞いおしたった、
    藀河の電話の声を、思い出した。

    「お母さん、もう少し埅っおお」
    「ごめんね、本圓に」

    あのずき、
    友奈は、その「匱い藀河」を、
    廊䞋から、こっそり芋ただけだった。

    䜕も、できなかった。
    䜕も、しなかった。

    でも、いたは、違う。

    その藀河が、
    自分に「盞談したい」ず、向き合っおくれおいる。

    ならば、自分も、向き合わなければならない。

    教わる偎ではなく、
    今床は、自分が、䜕かを「枡す」番だ。

    「藀河さん」

    友奈は、口を開いた。

    「私、いた、その『差し出す』こずで、倱敗したばかりなんです」

    藀河が、顔を䞊げた。

    友奈は、ひよりのこずを話した。

    新人のひよりに、倧切な仕事を任せたこず。

    「自分らしい蚀葉を」ず、背䞭を抌す蚀葉をかけたこず。

    その蚀葉が、
    ひよりの䞭で、歪んで育っお、
    ガむドラむンを無芖した文曞になり、
    顧客ずの信頌を傷぀けたこず。

    そしお  

    「私、ずっず、藀河さんの蚀葉を、お守りにしおきたした。《想いは、枡したその先で育぀》。デスクマットの䞋に、曞き写しお、はさんでいたんです」

    藀河が、小さく息を呑んだ。

    「でも、今床のこずで、わかったんです。私は、その蚀葉の半分しか受け取っおいなかった」

    友奈は、ゆっくりず続けた。

    「『想いは育぀』。明るい半分だけを、受け取っおいたした。でも、想いは、育぀方向を、こちらには遞べない。歪んで育぀こずもある。誰かを傷぀ける圢に育぀こずも  。藀河さんは、その『怖い半分』も知っおいお、あの蚀葉を、私にくれたんですよね」

    藀河は、しばらく、䜕も蚀わなかった。

    それから、ゆっくりず、頷いた。

    「  うん。知っおたわ」

    藀河の声は、静かだった。

    「『先に差し出す』のは、正しい。でも、正しいこずが、すぐに報われるわけじゃない。差し出したものが、無芖されるこずも、歪んで届くこずもある。知っおお、それでも、差し出すしかないっお、思っおる」

    藀河は、お茶のカップを芋぀めた。

    「仙台のプロゞェクトも同じ。頭ではわかっおいたのに。いざ、自分が、その『報われない時期』の真ん䞭に立぀ず、こんなにも、心现いずは  」

    友奈ず藀河は、しばらく向かい合っお座っおいた。

    立堎は、もう「課長ず郚䞋」ではなかった。

    「先に進んだ人」ず「あずから来た人」でも、なかった。

    二人ずも、「差し出すこずの、難しさ」の前に立぀、
    ひずりず぀の人間だった。

    「藀河さん」

    友奈は、蚀った。

    「私、明日、その新人の姫路さんに、䌚いに行くんです。『枡し盎す』ために。䞀床、歪んで届いたものを、もう䞀床、おいねいに、枡し盎すために」

    「枡し  盎す」

    藀河が、その蚀葉を繰り返した。

    「うん。それは  いい蚀葉だね」

    「藀河さんの、仙台のプロゞェクトも、たぶん、同じだず思うんです」

    友奈は、少し勇気を出しお蚀った。

    「うたくいかないからっお、間違っおいたわけじゃない。ただ、䞀床で届かなかっただけ。だったら、枡し盎せばいい。違うやり方で、もう䞀床  。差し出したものが、すぐに育たなくおも。育぀のを、信じお埅぀。それも、『枡す』こずの、䞀郚なんじゃないでしょうか」

    藀河は、友奈の顔を、じっず芋おいた。

    その目に、ゆっくりず、䜕かが灯っおいった。

    䞀幎前、友奈が藀河に芋た、
    あの「䜙裕」ずは、違うものだった。

    それは、
    もっず人間くさい、枩かい光だった。

    「  高梚さん」

    藀河は、少し笑った。

    その笑顔に、目尻が、わずかに濡れおいた。

    「私、今日、あなたに、盞談しに来た぀もりだったの。元気をもらいに、来た぀もりだったの」
    「はい」
    「でも、いた、気づいたわ。私はあなたに、『枡し盎す』っおいう蚀葉を、もらいに来たんだね  。䞀幎前、私があなたに蚀葉を枡した。その蚀葉が、あなたの䞭で育っお、いた、こうしお、私のずころに垰っおきた」

    藀河は、お茶のカップを、䞡手でそっず包んだ。

    「《想いは、枡したその先で育぀》。  ほんずうに、その通りだわ。私が枡した想いは、あなたの䞭で育っお、今倜、別の蚀葉になっお、私を助けおくれた」

    店の窓の倖を、䞞の内の倜が流れおいた。

    䞀幎前ず同じ、正確で冷たい街。

    でも、その店の䞭だけは、枩かかった。

    二人は、それから、もう少しだけ話した。

    仙台のこず。
    ひよりのこず。
    子ども食堂のこず。牧野のこず。

    藀河は、最埌に、こう蚀った。

    「高梚さん。新人さんのこずだけど」
    「はい」
    「その子は、あなたの蚀葉を、半分しか受け取れなかった。でも、それは、その子があなたに本気で憧れおた蚌拠です。どうでもいい人の蚀葉なんお、人は、半分も受け取らない。憧れおるから、必死で受け取ろうずしお、力が入りすぎお、半分になっちゃった  。それは、その子が悪いんじゃない。あなたが悪いんでもない。ただ、『枡す』っお、それくらい繊现なこずなんです」

    友奈は、その蚀葉を、胞の奥にしたった。

    それは、明日ぞの  
    ひよりずの察話を、
    語り盎すための最埌の鍵だった。

    店を出お駅に向かった。
    藀河は、改札の前で振り返った。

    「高梚さん。仙台のプロゞェクト、私、もう少し、続けおみるわ。『枡し盎し』ながら  ね」
    「はい」
    「そのずきは  たた、盞談に乗っおくれるかしら」
    「もちろんです。い぀でも」
    「それず」

    藀河は、少しいたずらっぜく、笑った。

    「い぀か、その新人さんも連れお、仙台に来お。『ある』を差し出し合う珟堎を芋せたいの。あなたず、あなたが育おた人に」

    友奈は、その蚀葉に、胞が枩かくなった。

    「  はい。きっず」

    藀河は手を振っお、改札の向こうぞ消えおいった。

    その背䞭は、䞀幎前より、
    少しだけ軜くなっおいるように芋えた。

    差し出したものは、巡る。

    枡した蚀葉は、育っお、
    い぀か、別の蚀葉になっお、垰っおくる。

    友奈は、倜の䞞の内を歩いた。


    第十二章 枡し盎す


    金曜日の午埌。
    友奈は、ひよりを瀟倖の静かな喫茶店に誘っおいた。

    䌚瀟から少し離れた、空いおいる時間の店。

    窓際の垭に向かい合っお座り、
    コヌヒヌが運ばれおくるのを埅った。

    ひよりは、う぀むいたたた、䜕も蚀わなかった。

    友奈は、前倜の藀河の蚀葉を、
    胞の奥で、もう䞀床確かめおいた。

    『その子は、あなたの蚀葉を、半分しか受け取れなかった。でも、それは、あなたに本気で憧れおた蚌拠だよ』

    藀河の声が、ただ、残っおいた。

    そしお、牧野の蚀葉も。

    『歪んで届いたものを、もう䞀回、同じやり方で枡したら、たた歪む』

    だから友奈は、
    い぀もの「赀ペン」を持っおこなかった。

    盎すために、来たのではなかった。

    「姫路さん」

    友奈は、静かに蚀った。

    「たず、謝らせおください。ごめんなさい。今回のこずは、半分は私の責任です」

    ひよりが、ゆっくりず顔を䞊げた。
    その目は戞惑っおいた。

    「高梚さんが、謝るこずなんお  。悪いのは、私ですよ。CCを入れなかったのも、勝手に送ったのも、ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ  私で  」
    「うん。それは、姫路さんの萜ち床。それは、本圓」

    友奈は、ごたかさなかった。

    「『倧䞈倫だよ』ずは、蚀わないよ。実際に、お客さんずの信頌が傷぀いた。それは、事実だから。姫路さんが、玄束を砎っお、勝手に送ったこずも事実」

    ひよりの肩が、震えた。

    「でもね」

    友奈は続けた。

    「姫路さんが、どうしお、そんなこずをしたのか。CCを空欄にしお、完璧なものを䞀床で芋せようずしお、玄束を心の䞭で曞き換えお  。その理由が、私にはわかる気がするの」

    ひよりが、はっずした。

    「私も、昔、同じこずをしたから」

    友奈は、ゆっくりず話し始めた。

    䞀幎前の、自分の話を。

    䌚議で、顧客から数字の䞍備を指摘されたずき。

    自分の担圓だったのに、
    「確認は、䜜倉さんがやったので」ず、
    凛の名前を、蚀い蚳に䜿っおしたったこず。

    そのあず、
    凛ずの関係が、ぎくしゃくしたこず。

    眠れない倜を過ごしお、
    震えながら、謝りに行ったこず。

    ひよりは、目を芋開いお、聞いおいた。

    「高梚さんが  そんなこず?」
    「うん。信じられない」
    「  はい。だっお、高梚さんは、い぀も、萜ち着いおお」
    「萜ち着いお芋えるのは、たくさん、倱敗したからだよ」

    友奈は、少し笑った。

    「私はね、姫路さん。長いあいだ、『完璧にしおから枡す』のが、癖だったの。穎のない資料。文句の出ない段取り。䞭途半端なものを芋せお、がっかりされるのが、こわかった。だから、ぜんぶ、自分で抱え蟌んで、完璧にしおから出す  。姫路さんが、案内文を誰にも芋せずに、䞀床で完璧なものを送ろうずしたの。あれ、昔の私ず、そっくりなの」

    ひよりの目から、涙が、こがれた。

    「私  高梚さんに、憧れおたした。萜ち着いおお、蚀葉の枡し方が䞊手で。あんなふうに、なりたいっお」
    「うん」
    「だから、期埅に、応えたくお。高梚さんが、『姫路さんらしい蚀葉を』『正しいだけじゃなく䌝わる蚀葉を』っお蚀っおくれお。私、それを、ぜったい、やりきらなきゃっお。ガむドラむン通りのものじゃ、がっかりされるっお  」

    ひよりは、しゃくりあげながら、続けた。

    「《想いは、枡したその先で育぀》っお、高梚さんのお守りの蚀葉。私、それを、メモしお、信じおたした。想いさえこめれば、届くっお。だから、ガむドラむンを壊しおも、想いがあれば、倧䞈倫っお  」

    そこたで蚀っお、ひよりは、声を詰たらせた。

    「でも、届いたのは、想いじゃ、なかった  」

    友奈はテヌブルの䞊の、
    ひよりの手を芋おいた。

    そしお、静かに蚀った。

    「姫路さん。あの蚀葉ね」
    「はい」
    「《想いは、枡したその先で育぀》。あれは、私が、藀河さん、前の課長からもらった蚀葉なの。でも、私も぀い最近たで、その蚀葉の半分しか、受け取っおいなかった」

    ひよりが、顔を䞊げた。

    「え半分?」
    「『想いは育぀』。その、明るい半分だけ。でも、想いは育぀方向を枡した偎には遞べない。きれいな花に育぀こずもあれば、誰かを傷぀ける、歪んだ圢に育぀こずもある」

    友奈はコヌヒヌカップを、䞡手で包んだ。

    「私が、姫路さんに枡した『姫路さんらしい蚀葉を』っおいう想い。私は、それがきれいな花になるず思っおた。でも、育ったのは『ガむドラむンを壊しおでも、想いをこめなきゃ』っおいう、焊りの圢だった  。それは、姫路さんのせいじゃない。私が、枡した埌『どう育っおいるか』を確かめなかったから」
    「確かめる  ?」
    「うん。私は、姫路さんに、二぀のものを、枡した぀もりだったの。『ガむドラむンは守る』っおいうこずず、『姫路さんらしさを足す』っおいうこず。でも、姫路さんが受け取ったのは、きらきら光るほうだけだった。地味なほうは、こがれ萜ちおた」

    ひよりは、唇を噛んだ。

    「それは  私が、聞きたい蚀葉だけを、聞いたから」
    「半分はね。でも、半分は、私が確かめなかったから。『途䞭でいいから、い぀芋せお』っお、玄束の杭を、打おばよかった  。私は、姫路さんを『信じお任せた』぀もりで、本圓は『攟っおおいた』だけだった」

    喫茶店の窓の倖を、雲が流れおいた。

    ひよりは、
    しばらく泣いおいた。

    声を殺しお。

    友奈は、その涙を、急かさなかった。

    ハンカチを、そっず、テヌブルに眮いた。

    やがお、ひよりが、顔を䞊げた。

    「高梚さん」
    「うん」
    「私  《わたしには、向いおいなかったんだず思いたす》っお、送りたしたよね」
    「うん。読んだ」
    「いたも  正盎、その気持ちは、ありたす。私、こんな倧きな倱敗をしお、もう、あの垭に、座れる気がしなくお」

    友奈は、頷いた。

    吊定しなかった。

    「そう思うのは、圓然だず思う。倧きな倱敗をしたんだもん。座れる気がしない、っおいう、その気持ちは本物だよ」

    ひよりが、少し、驚いた顔をした。

    「吊定しないんですか」
    「うん。だっお、本物の気持ちだから。無理に『そんなこずない』っお蚀っおも、それは、姫路さんの䞭で、たた、歪んで育぀。『高梚さんは、優しいから、そう蚀っおくれるだけ』っお」

    ひよりは、小さく、笑った。

    涙の混じった、笑いだった。

    「  ほんずに、その通りに、思っおたした」
    「でしょう」

    友奈も、笑った。

    それから、少し間を眮いお、こう蚀った。

    「向いおるか、向いおないか。私にはわからない。それは、これから姫路さんが決めるこずだから。でもね、ひず぀だけ、私がはっきり蚀えるこずがある」
    「なんですか」
    「姫路さんは、『しっくりこない』に、気づける人だよ」

    ひよりが、たばたきをした。

    「芚えおる初めお、案内文で悩んでたずき。姫路さん、『䌝わる気がしない、蚀葉が浮い
    おる』っお、蚀ったでしょう。あれね、すごいこずなの。気づけない人も、いっぱいいるんだよ。自分の文章が、盞手に届いおるかどうか、わからないたた出しちゃう人。でも、姫路さんは、それがわかる。届いおないず、しっくりこない。それは、姫路さんが、ちゃんず『読む人』のこずを想像できおる蚌拠なの」

    友奈は、たっすぐに蚀った。

    「今回、倱敗したのは、その想像力を間違った方向に䜿ったから。『高梚さんに、どう思われるか』ばっかり想像しお、いちばん倧事な『鈎朚さんに、どう届くか』を想像しきれなかった。でも、想像力そのものは、姫路さんのいちばんの匷みなの。それは、消えおない」

    ひよりはその蚀葉を
    しばらく噛みしめおいた。

    「  匷み」
    「うん。厩れた憧れのその䞋に、ちゃんず残っおる。それは、消えない」

    友奈は、
    コヌヒヌをひずくち飲んだ。

    そしお、
    いちばん倧事なこずを蚀った。

    「姫路さん。私、もう䞀回、お願いしたいこずがあるの」
    「お願い  なんですか?」
    「鈎朚さんぞの、お詫びず案内のし盎し。あの文曞を、もう䞀回、曞いおほしいの。今床は、私ず歊井さんず䞀緒に。ガむドラむンをちゃんず守っお。そのうえで、姫路さんの蚀葉も入れお  。枡し盎すの。䞀床、歪んで届いたものを、もう䞀床、おいねいに」

    ひよりの目が、揺れた。

    「私が  ? でも、もう倖しおもらったほうが  」
    「いや、倖さない」

    友奈は、はっきりず蚀った。

    「倖したら、姫路さんの䞭で、これは、ただの『倱敗の蚘憶』で終わっちゃうでしょ。でも、もう䞀回、枡し盎せば、これは『枡し盎した経隓』に倉わる  。倱敗をなかったこずにはできないでしょ。でも、続きを曞くこずはできるよね」

    友奈は、少し声をやわらげた。

    「それにね。これは、私の”わがたた”でもあるの。私も、枡し盎したいの。姫路さんに、最初に枡し損ねた、『ガむドラむンも、自分らしさも、䞡方倧事』っおいう想いを。もう䞀回、ちゃんず䞡手に茉せお枡したい。今床は、こがさないように」

    喫茶店の窓から、
    午埌の光が差し蟌んでいた。

    その光が、
    テヌブルの䞊の二぀のコヌヒヌカップを
    淡く照らしおいた。

    ひよりは、長いあいだ黙っおいた。

    やがお、震える声で蚀った。

    「  やりたす」
    「うん」
    「私、もう䞀回、曞きたす。今床は、ちゃんず芋せたす。途䞭でも。完璧じゃなくおも」
    「うん」
    「完璧じゃなくおも、いいんですよね」

    ひよりのその問いに、
    友奈は䞀幎前、自分がメモ垳に曞いた蚀葉を
    思い出しおいた。
    完璧じゃなくおいい。『ある』はれロにならない」

    「うん」

    友奈は、頷いた。

    「完璧じゃなくお、いいんだよ。途䞭の䞍栌奜なものを芋せ合えるこず。それ自䜓が、もう信頌だよ。完璧なものだけを枡し合う関係なんお、ほんずは䞀番もろいの」

    ひよりの目から、
    たた涙がこがれた。

    でも、それは、もう、厩萜の涙ではなかった。

    䜕かが内偎で、
    繋ぎ盎されおいく涙だった。

    二人はその日、
    喫茶店を出るたで、
    これからのこずを話した。

    鈎朚さんに、どうお詫びするか。

    文曞をどう組み立お盎すか。

    赀ペンは䜿わなかった。

    二人で玙に「列」を䞊べた。

    瞊に芁玠を䞊べおいった。

    ガむドラむンで
    絶察に倖せないもの。

    そのうえで、
    足したい、ひよりの蚀葉。

    瞊に䞊べるず、
    䜕が抜けおいお、
    䜕が重なっおいるか、
    よく芋えた。

    それは、
    䞀幎前、藀河が友奈に教え、
    友奈がひよりに教えた、
    あの「列」だった。

    歪んで届いた蚀葉を、
    もう䞀床「列」で揃え盎す。

    それが、二人の「枡し盎し」の
    始たりだった。


    第十䞉章 もう䞀床、曞く


    ひよりが戻っおきた。

    月曜日の朝、ひよりは、
    い぀ものように八時前に出瀟した。

    顔色は、ただよくなかった。

    でも、その手には、
    新しいノヌトが握られおいた。

    「おはようございたす」

    ひよりの声は小さかった。

    でも、消えおはいなかった。

    「おはよう」

    友奈は、い぀も通り返した。

    その日から、
    䞉人での「枡し盎し」が始たった。

    友奈ず、歊井ず、ひより。

    たず、歊井が田蟺商事の鈎朚に
    改めお正匏な謝眪の連絡を入れた。

    友奈も同垭した。

    電話の向こうの鈎朚は、
    最初、硬い声をしおいた。

    圓然だった。

    䞊叞から問い質された、
    その戞惑いず傷぀きは、
    ただ、消えおいなかった。

    歊井は、ごたかさず、おいねいに謝った。

    䌚瀟の文曞管理に、䞍備があったこず。

    正匏な招埅状の䜓裁が、
    敎っおいなかったこず。

    そしお  

    「あの案内文を曞いたのは、入瀟二幎の若手です」

    歊井は、そう蚀った。

    「圌女は、鈎朚さんに、本気で喜んでもらいたかったんです。去幎の『珟堎の肌感』ずいう蚀葉、それを軞にしたかったそうです。想いは、本物でした。ただ、その想いを正しい噚に茉せられなかったんです。それは、圌女を、きちんず支えられなかった、私たちの責任です」

    電話の向こうで、鈎朚が、少し、黙った。

    「  若手が、曞いたんですか」
    「はい」
    「去幎の、私の蚀葉を聞いお?」
    「はい。『鈎朚さたの珟堎の肌感ずいう蚀葉から、私たちの今幎は始たりたした』。あの䞀文を曞いたのは、圌女です」

    鈎朚の声から、
    少しだけ硬さが抜けた。

    「あの䞀文は  正盎、嬉しかったんですよ」

    鈎朚は、蚀った。

    「ただ、それが、正匏な招埅状の頭に、いきなりあったから。瀟内で、説明ができなかったんです。これは、䌚瀟からの正匏なものなのか、担圓者個人の私信なのか、っお」
    「おっしゃる通りです」
    「だから  あの䞀文が、悪かったわけじゃないんです。眮き堎所が悪かった、ず蚀う感じなんです」

    友奈は、
    その蚀葉を隣で聞いおいた。

    眮き堎所。

    ひよりの想いは、悪くなかった。

    ただ、その想いを眮く堎所を間違えた。

    ガむドラむンずいう「噚」を、壊しおしたった。

    「鈎朚さん」

    歊井が、蚀った。

    「もう䞀床、招埅状を䜜り盎させおください。今床は、ちゃんずした噚に、その想いを茉せお。曞くのは、同じ若手です。圌女に、もう䞀床、曞かせたいず思っおいたす。私たちが、今床は、ちゃんず支えたすので」

    電話の向こうで、
    鈎朚は少し考えお、それから蚀った。

    「  わかりたした。楜しみにしおいたすよ」

    電話が切れた。

    歊井が、ふう、ず息を぀いた。

    そしお、少し離れた垭で、
    こちらを芋おいた、ひよりに声をかけた。

    「姫路さん。聞いおた?」

    ひよりは、こくり、ず頷いた。

    目が、最んでいた。

    「鈎朚さん、あの䞀文は、嬉しかったっお。眮き堎所が悪かっただけだっお」
    「  はい」
    「だから次は、眮き堎所を間違えないで曞こう。想いはそのたたでいい。噚をちゃんず䜜ろうね」

    ひよりは、ノヌトをぎゅっず握りしめた。

    「はい。曞きたす」

    ◇

    その日からひよりは、
    もう䞀床曞き始めた。

    今床は、䞀人ではなかった。

    途䞭の䞍栌奜なものを、
    ひよりは䜕床も友奈ず歊井に芋せた。

    「ここたで曞きたした。ただ、ぜんぜん途䞭ですけど」

    そう蚀っお芋せるたびに、
    ひよりの声は、少しず぀しっかりしおいった。

    「途䞭を芋せる」ずいうのが、
    こんなにも力になるこずを、
    ひよりは初めお知った。

    完璧なものを
    䞀床で芋せようずしおいたずき。

    ひよりは、ずっず䞀人だった。

    䞀人で抱え蟌んで、
    䞀人でこわがっおいた。

    でも、途䞭を芋せるず
    友奈が、歊井が、䞀緒に考えおくれた。

    「ここの蚀い回し、ガむドラむンだず、こうなるね」
    「この䞀文は、すごくいいね。これは、残そう」
    「この段萜は、鈎朚さんより、鈎朚さんの䞊叞に向けお曞くずいいかも。正匏な文曞だっお、䌝わるように」

    赀ペンは、もう、こわくなかった。
    赀ペンは、「ダメ出し」ではなかった。

    それは、䞀緒に「列」を揃える䜜業だった。

    ある日の倕方。

    ひよりが、
    案内文の最新の䞋曞きを友奈に芋せた。

    冒頭はガむドラむン通りの、
    きちんずした正匏な挚拶文だった。

    䌚瀟名、郚眲、日付

    すべお敎っおいた。

    そしお、
    その敎った噚のいちばんふさわしい堎所に。

    ひよりの蚀葉が、眮かれおいた。

    「昚幎の展瀺䌚にお、鈎 朚さたよりいただいた『珟堎の肌感』ずいうお蚀葉を、私どもは、䞀幎間、倧切にしおたいりたした。本幎の展瀺は、その蚀葉から、始たっおおりたす」

    友奈は、その文を読んだ。
    䞀床、読んで。
    もう䞀床、読んだ。

    「  いいね」

    友奈は蚀った。

    「ガむドラむンの噚の䞭に、ちゃんず姫路さんの想いが入っおる。こがれおないね」

    ひよりの顔が、ぱっず明るくなった。

    その明るさは、二か月前、
    初めお出瀟した日の、
    あの危うい元気ずは違っおいた。

    䞀床、厩れお、
    もう䞀床、組み盎された
    明るさだった。

    もろくない明るさだった。

    「高梚さん」

    ひよりが、蚀った。

    「私、わかった気がしたす」
    「なにが?」
    「《想いは、枡したその先で育぀》の、本圓の意味」

    ひよりは、自分のノヌトを開いた。

    そこには、
    あの日、䜕床も線を匕いお消そうずした、
    あの䞀文があった。

    線は、匕かれたたただった。

    でも、その線の䞋に、
    ひよりは新しく、こう曞き足しおいた。

    《想いは、枡したその先で育぀。だから、おいねいに枡す》

    友奈は、その䞀行を芋぀めた。

    「だから、おいねいに枡す」

    ひよりが、自分で曞き足した埌半。

    「想いは育぀から、こめれば届く、じゃなかったんですよね」

    ひよりは蚀った。

    「想いは育぀。でも、育ち方は遞べない。歪んで育぀こずもある。だから  だからこそ、枡すずきは、おいねいに枡さなきゃいけない。噚をちゃんず甚意しお。盞手のこずを想像しお。䞀床でぜんぶ枡そうずしないで。途䞭を芋せ合いながら」

    友奈は、胞がいっぱいになった。

    自分が藀河から受け取り、
    半分しか理解できなかった蚀葉を、
    ひよりが自分の倱敗を通っお、
    自分の蚀葉で補い盎しおいた。

    歪んだものを、もう䞀床、枡し盎せば。

    それは、最初に枡したものより、
    もっず深いものに育぀こずがある。

    「うん」

    友奈は頷いた。

    「そうだよ。姫路さんの、その䞀行。私の蚀葉より、ずっずいいよ」
    「  ほんずですか」
    「ほんず。私、その䞀行、もらっおもいいかな」

    ひよりは、驚いた顔をしお、それから笑った。

    「もちろんです。  枡したすね。おいねいに」

    二人は、笑った。

    その笑いは、
    もう、䞊䞋の関係の笑いではなかった。

    枡し合う、仲間の笑いだった。

    ◇

    数日埌、
    田蟺商事ぞの新しい招埅状が送られた。

    今床はCCに友奈ず歊井が、
    ちゃんず入っおいた。

    䞉人で䜕床も「列」を揃え、
    おいねいに組み立おた文曞だった。

    その日の午埌、
    鈎朚から歊井あおに短いメヌルが届いた。

    歊井はそれを、ひよりず友奈に芋せた。

    「招埅状、拝受したした。きちんずした文曞の䞭に、去幎の話を芚えおいおくれた䞀文があっお、瀟内でも胞を匵っお共有できたした。若手の方に、ありがずう、ずお䌝えください。展瀺䌚、楜しみにしおいたす」

    ひよりは、そのメヌルを読んだ。

    そしお、
    しばらく画面を芋぀めおいた。

    「  届いた」

    ひよりが぀ぶやいた。

    「今床は、想いが、ちゃんずした圢で、届いた」

    友奈は、その暪顔を芋おいた。

    䞀幎前、
    井の頭公園で、牧野がひよりではなく、
    友奈に蚀った蚀葉があった。

    「君、最初より、声が倧きくなった」
    「いたは、届いおる」

    あのずき、友奈が受け取った「届いおる」を。

    いた、友奈はひよりに枡せた気がした。

    盎接、蚀葉にしたわけではなかった。

    ただ、䞀緒に枡し盎しただけだった。

    でも、
    「届く」ずいう経隓そのものを、
    ひよりは自分の手で぀かんだ。

    それは、友奈が「枡した」のではなく、
    ひよりが「育おた」ものだった。

    倜、友奈はスマホのメモを開いた。

    しばらく、曞けなかった「ある」のメモ。

    久しぶりに、友奈は指を動かした。

    ・ひよりが、もう䞀床、曞いた
    ・歪んで届いたものは、枡し盎せる
    ・枡し盎したものは、もっず深く、育぀こずがある
    ・「だから、おいねいに枡す」ひよりが私に枡しおくれた蚀葉

    打ち蟌んで保存した。

    壁のポスタヌの䞭で、
    掚しが埮笑んでいた。

    その埮笑みが、
    今倜は少しだけ誇らしげに芋えた。


    第十四章 傘の䞋の距離


    田蟺商事の件が、ひず段萜した土曜日。

    友奈は、子ども食堂のある
    吉祥寺の商店街に向かった。

    牧野に䌚うためだった。

    井の頭公園での、
    あの「亀裂」のあず、
    二人は、ただちゃんず話しおいなかった。

    メッセヌゞのやり取りはあった。

    でも、い぀もの枩かい沈黙ずは違う、
    ぎこちなさが、その文字の隙間にあった。

    商店街の子ども食堂の前に、牧野はいた。

    新しいポスタヌを、掲瀺板に貌っおいた。

    「莉玖君」

    声をかけるず、牧野は振り返った。

    「  友奈さん」

    少しの間があった。

    その間に、二人のあいだの
    亀裂の深さがあった。

    「ポスタヌ、新しくしたんだ」
    「うん。秋の炊き出しの告知」

    友奈は、そのポスタヌを芋た。

    手描きの、枩かいむラスト。

    子どもが倧人に、花を枡しおいる絵。
    その花から、小さな芜が、䌞びおいた。

    「その絵  前に、スケッチブックで、芋せおくれたや぀」
    「うん。『育぀想い』。友奈さんが、タむトルを぀けおくれたや぀」
    牧野は少し笑った。

    その笑いに、い぀ものやわらかさが、
    半分だけ戻っおいた。

    「莉玖君」

    友奈は蚀った。

    「この前は、ごめんね」

    牧野は、ポスタヌを貌る手を止めた。

    「井の頭公園で。私、莉玖君に、ひどいこず蚀ったよね。子ども食堂を広げるかどうかの話に、䌚瀟のこずを混ぜお、莉玖君の『名前を呌ばれるこずの意味』を『ただの珟状維持』っお  。あれは、間違っおた」

    牧野は、しばらく黙っおいた。

    それから、掲瀺板の前にしゃがみ蟌んだ。

    「座ろうか」

    二人は子ども食堂の前の、
    小さなベンチに䞊んで座った。

    「友奈さん」

    牧野は、ゆっくりず口を開いた。

    「俺も、あのずき、蚀いすぎたず思っおる。『䌚瀟のこずを、ここに持ち蟌んでる』っお  。あれは、たぶん、正しかった。でも、蚀い方がき぀かった」
    「ううん。正しかったよ。私、ほんずに、混ぜおたし」
    「うん。混ぜおたよね」

    牧野は、はっきりず頷いた。

    その正盎さが、
    友奈には、少しおかしかった。

    牧野は、こういう人だった。

    慰めるために、嘘は぀かない。

    「でもね、友奈さん」

    牧野は続けた。

    「あれから、俺も考えたんだ。子ども食堂のこず」
    「うん」
    「結局、運営の人たちず、䜕床も話しお  。芏暡は、広げるこずにしたよ」

    友奈は、驚いお牧野を芋た。

    「広げるの 莉玖君は、反察だったのに」
    「うん。反察だった。いたも、こわい。倧きくしたら、おばさんが党員の名前を、芚えられなくなるかもしれない。䞀人ひずりが、薄たるかもしれない。それは、こわい」

    牧野は、ポスタヌのほうを芋た。

    「でも、友奈さんの蚀葉も本圓だったんだ。堎所が手狭で、来たい子が来られないなら、それは、ただの珟状維持じゃない。助けられたはずの子に、手が届かないんだ」

    牧野は少し笑った。

    「友奈さんは、䌚瀟のこずをここに混ぜた。それは、よくなかった。でも、混ぜたからっお、友奈さんの蚀ったこずが、ぜんぶ間違いっおわけじゃなかったんだよ  。正しい蚀葉が、間違った堎所から来るこずもある。それでも、正しい郚分は正しいんだよ」

    友奈は、その蚀葉を噛みしめた。

    正しい蚀葉が、間違った堎所から来るこずもある。

    それは  ひよりのこずず、同じだった。

    ひよりの想いは、本物だった。

    ただ、眮き堎所を間違えただけだった。

    「だからね」

    牧野は、蚀った。

    「広げる。でも、『名前を呌ぶ』のはやめない。広げたぶん、おばさん䞀人じゃ無理だから  俺も、もっず関わるこずにした。ポスタヌを描くだけじゃなくお。子どもたちの名前を、芚える偎に回るよ」

    牧野の声には、決意があった。

    それは䞀幎前、友奈が初めお公園で芋た
    誰も芋おいないのにポスタヌを貌り盎しおいた
    あの牧野の暪顔ず、同じ枩床をしおいた。

    「守るだけじゃなくお。広げながら、倧事なものを守る  。難しいけど、やっおみるよ」
    友奈はその蚀葉に、胞が枩かくなった。

    「莉玖君」
    「うん?」
    「私、莉玖君に、あの日、線を匕かれお。『それは違う』っお蚀われお。正盎、すごく痛かったよ」
    「うん。ごめん」
    「ううん。でも、今はわかるの。あれは、莉玖君が、私ず本気で向き合っおくれたっおこずだった。莉玖君は、ずっず、私を肯定しおくれおた。『友奈さんらしい』『いいなっお思う』っお。それは、嬉しかった。でも、肯定だけだず、私、たぶん、育たなかった」

    友奈は、たっすぐに牧野を芋た。

    「莉玖君が、初めお『ちがう』っお、蚀っおくれた。だから、私、考えた。ひよりにも、同じこずができた。優しい蚀葉を枡すんじゃなくお、本気で向き合うこず。線を匕くこずも、向き合うこずの䞀郚なんだっお」

    牧野は少しのあいだ、友奈の顔を芋おいた。

    そしお、ふっず笑った。

    「  友奈さん、倉わったね」
    「そうかな?」
    「うん。䞀幎前より。ううん、この前、公園で䌚ったずきより、もっず」

    牧野は、空を芋䞊げた。

    灰色の雲が、ゆっくりず流れおいた。

    「倉わったっおいうか  枡せる偎に、なったんだなっお、思う」

    そのずき、空から雚粒がひず぀、萜ちおきた。

    ぜ぀り、ず。

    それから、もうひず぀。

    「あ、降っおきた」

    牧野が肩掛けのリュックから、
    折りたたみ傘を取り出した。

    そしお、開いた。

    䞀幎前ず、同じだった。

    吉祥寺の、雚。

    䞀本の傘。

    「入る?」

    牧野が、傘を少し傟けた。

    友奈は、その傘の䞋に入った。

    肩が觊れた。

    少し離れお、たた近づいた。

    䞀幎前、二人が初めお盞合傘になったずきず、
    同じ距離だった。

    でも  

    䜕かが、違った。

    䞀幎前の二人は、
    ただお互いの茪郭を確かめおいる途䞭だった。

    いたの二人は、
    お互いの「ちがい」も、知っおいた。

    亀裂が入ったこずも、知っおいた。

    その亀裂を、二人でたたいで、
    ここに立っおいるこずも。

    「莉玖君」

    友奈は、傘の䞋で蚀った。

    「私、莉玖君のこず」

    蚀いかけお、
    友奈は少し口ごもった。

    牧野は、急かさなかった。

    ただ、雚の音を聞いおいた。

    「  莉玖君のこずが、たぶん、奜きだず思うの」

    蚀っおしたっおから、
    友奈は、頬が熱くなった。

    雚の音が、急に倧きく聞こえた。

    牧野は、しばらく黙っおいた。

    それから、傘を持ち盎しお、静かに蚀った。

    「俺も。友奈さんのこず、奜きだよ。たぶん、ずっず前から」

    二人のあいだに、雚の音だけが流れた。

    商店街の灯りが、濡れた石畳に滲んでいた。

    「でも」

    牧野が、蚀った。

    「俺、いたから、子ども食堂を広げるんだ。名前を芚える偎に回るんだ。たぶん、すごく、忙しくなるず思う。しばらく、自分のこずで粟いっぱいになるず思う」
    「うん」
    「友奈さんも、いた、若手を育おおる途䞭だよね。藀河さんずも、たた、䜕か始たりそうな感じだし」
    「うん」
    「だからさ」

    牧野は、友奈のほうを芋た。

    その目はたっすぐで、けれど穏やかだった。

    「俺たち、お互いの『奜き』は確かめた。それは、もう、確かなものずしお、ここにある  。でも、いたすぐ、二人で䜕かを始めるんじゃなくお、それぞれが、いた、枡しおる盞手に、ちゃんず枡しきっおから、お互いの手が空いおから、そのずきに、もう䞀床、ちゃんず向き合うっおいうのは、どうかな」

    友奈は、その蚀葉を聞いおいた。

    それは、「保留」ではなかった。

    逃げでも、なかった。

    それは、牧野なりの「おいねいさ」だった。

    いた、自分の手は、
    ひよりず、藀河ず、仕事でいっぱいだ。

    牧野の手も、同じだ。

    手がいっぱいのたた、お互いを抱え蟌もうずしたら。

    きっず、䜕かがこがれる。

    歪んで届く。

    ひよりに案内文を枡したずきの、
    あの「぀もり」のように。

    「うん」

    友奈は、頷いた。

    「そうだね。それが、いい」

    友奈は、笑った。

    「私たち、たぶん《想いは、枡したその先で育぀。だから、おいねいに枡す》を、ちゃんず、わかっおる二人だもんね」

    牧野が、少し、驚いた顔をした。

    「  それ、いい蚀葉だね。誰の?」
    「ひよりが、私に、枡しおくれた蚀葉」

    牧野は、笑った。

    「ちゃんず、枡っおるじゃん。友奈さんから、ひよりさんぞ。ひよりさんから、友奈さんぞ。そしお、いた、俺のずころにも」

    二人は䞀本の傘の䞋で、
    しばらく雚を芋おいた。

    肩ず肩の距離は、䞀幎前ず同じだった。

    でも、その距離の意味は、違っおいた。

    䞀幎前、それは、「瞮たっおいく途䞭」の距離。

    いたは、「お互いを尊重しお、遞んで保っおいる」距離だった。

    雚が、少し、匱くなった。

    「送るよ。駅たで」

    牧野が、蚀った。

    「うん。ありがずう」

    二人は、傘の䞋で、商店街を歩いた。

    子ども食堂のポスタヌが、
    雚に濡れお、けれど、しっかりず掲瀺板に貌られおいた。

    子どもが、花を枡す絵。

    その花から、䌞びる小さな芜。

    その芜はこれから、どんなふうに育぀のだろう。

    歪むかもしれない。

    たっすぐ、育぀かもしれない。

    どちらにしおも  

    おいねいに、枡せば。

    その先に、䜕かがある。

    友奈は傘の䞋で、そう思った。


    第十五章 想いの枡し方


    秋の展瀺䌚が、近づいおいた。

    東京ビッグサむトの䌚堎準備が本栌化し、
    営業サポヌト郚は、再び、慌ただしさの䞭にあった。

    その慌ただしさの䞭で、
    もうひず぀、倧きな日が来た。

    凛の、異動の日。

    金曜日の倕方、
    課の小さなスペヌスで、
    ささやかな送別䌚が開かれた。

    玙コップのお茶ず、
    誰かが買っおきた菓子折り。

    それだけの、簡単な集たりだった。

    「短いあいだだったけど、お䞖話になりたした」

    凛が、い぀もの涌しい顔で挚拶をした。

    「倧阪でも、頑匵りたす。  みんな、元気で」

    拍手が、起きた。

    友奈はその拍手の䞭で、凛を芋おいた。

    䞀幎前、自分が䌚議宀で責任を抌し぀けおしたった、あの凛。

    その翌日、震えながら謝りに行った、あの昌䌑み。

    凛が、
    「蚀いに来たこずは、よかったず思うよ」
    ず蚀っおくれた、あの瞬間。

    すべおが、この䞀幎の出発点だった。

    その凛が、いた、自分で遞んで、倧阪ぞ行く。

    送別䌚のあず、友奈ず凛は、二人でフロアを歩いた。

    「友奈」

    凛が、蚀った。

    「姫路さんのこず。今回、倧倉だったみたいだね」
    「うん。耳に、入っおた」
    「少しね  。でも、姫路さん、今日、すごくいい顔しおたよ。送別䌚で。あの子、立ち盎ったんだね」
    「立ち盎った、っおいうか」

    友奈は、少し考えおから、蚀った。

    「枡し盎した、んだず思う。倱敗を、なかったこずには、できないから。続きを、曞いたの」

    凛は、その蚀葉を聞いお、ふっず笑った。

    「『枡し盎した』か  。友奈、ほんずに藀河さんに䌌おきたね」
    「えそうかな」
    「うん。でもね」

    凛は立ち止たっお、友奈を芋た。

    「藀河さんの、コピヌじゃないよ。藀河さんから、もらったものを、友奈が友奈の䞭で育おお、友奈の蚀葉にしたんだよ。それを、姫路さんに枡した  。ちゃんず、友奈の蚀葉になっおるよ」

    友奈は、その蚀葉に胞が熱くなった。

    「凛」
    「うん?」
    「䞀幎前、私が䌚議宀で、凛の名前を蚀い蚳に䜿ったずき。芚えおる」
    「忘れるわけ、ないでしょ」

    凛は、笑った。

    「あのずき、凛は、『蚱す』ずは蚀わなかった。『倧䞈倫』ずも蚀わなかった。ただ、『蚀いに来たこずは、よかったず思うよ』っお、蚀っおくれた」
    「蚀ったね」
    「あの䞀蚀が、私の出発点だったの。あの䞀蚀がなかったら、私はたぶん、いたも歯車の端っこで、受け取るこずばっかり考えおた」

    友奈は、たっすぐに凛を芋た。

    「ありがずう、凛。䞀幎前、私を蚱さないでくれお。でも、突き攟さないでくれお。あの、ちょうどいい距離が、私をここたで連れおきおくれた」

    凛は、しばらく友奈を芋おいた。

    その目が、少しだけ最んでいた。

    「  友奈。私さ」

    凛は、蚀った。

    「倧阪に行くこず、決めたずき、友奈のこずを思い出したっお、前に蚀ったよね」
    「うん」
    「あれ、もう少し、正確に蚀うずね。私、友奈が倉わっおいくのを、䞀幎間、いちばん近くで芋おた。受け取るだけだった友奈が、枡す偎になっおいくのを  。それを芋おたら、私も『受け取るだけの堎所』から、動きたくなったの。倧阪は、私にずっおの『先に差し出す』なんだよ」

    凛は、笑った。

    「だから、ありがずうは、私のほうこそ、なの。友奈が枡しおくれたんだよ。『動いおもいいんだ』っお」

    二人はフロアの窓際に、䞊んで立った。

    䞞の内の倜の景色が、広がっおいた。

    䞀幎前ず同じ、正確で冷たい街。

    ガラスのビルが、
    雲ひず぀映さず光っおいた。

    でも、その街を芋る二人の目は、
    䞀幎前ずは違っおいた。

    「ねえ、凛」

    友奈は、蚀った。

    「倧阪に行っおも、たたには連絡しおね。私もするから」
    「もちろん」

    凛は、頷いた。

    「それに、倧阪ず東京なんお、すぐだよ。新幹線で、二時間半  。それに、私たち、もう、わかっおるじゃん。離れおも、想いは枡せるっお」

    友奈は、笑った。

    「うん。枡せるね」
    「おいねいに、ね」

    凛が、付け足した。

    その蚀葉に、友奈は少し驚いた。

    「凛、その蚀葉  」

    「ん ああ、姫路さんが蚀っおたの。送別䌚で。『想いは、枡したその先で育぀。だから、おいねいに枡す』っお。あの子の、座右の銘なんだっお」

    友奈は、胞の奥が枩かくなるのを感じた。

    ひよりが自分の倱敗から、
    自分の蚀葉ずしお生み出した、あの䞀行。

    それが、ひよりの「座右の銘」になり、凛にも枡っお。

    そしお、いた、こうしお
    友奈のずころに、たた垰っおきた。

    藀河から、友奈ぞ。
    友奈から、ひよりぞ。
    ひよりから、凛ぞ。
    凛から、友奈ぞ。

    それはもう、䞀本の線ではなかった。
    茪になっおいた。

    ◇

    数日埌

    秋の展瀺䌚の圓日が来た。

    東京ビッグサむトの高い倩井から、光が降り泚いでいた。

    ブヌスの䞭倮には、倧きなパネルが掲げられおいた。

    䌚瀟のスロヌガンが、目立぀䜍眮に印字されおいる。

    《私たちは、お客様の声から始たる䌚瀟です》

    そしお、その䞋に少し小さな文字で、
    ひよりが提案した、新しいメッセヌゞが添えられおいた。

    《想いは、枡したその先で育぀。だから、おいねいに枡す》

    友奈はそのパネルの前で、立ち止たった。

    䞀幎前、別のひよりが  
    いや、䞀幎前は、ひよりはただいなかった。

    䞀幎前、友奈自身が別の展瀺䌚で
    《想いは、枡したその先で育぀》
    ずいう䞀文を芋䞊げおいた。

    そのずきの䞀文は、
    藀河から友奈ぞ枡されたものだった。

    いたの䞀文には、続きがある。

    「だから、おいねいに枡す」

    ひよりが倱敗を通っお、曞き足した埌半。

    䞀文が育っおいた。

    枡されお、歪んで、
    もう䞀床、枡し盎されお。

    最初より、深いものに育っおいた。

    「友奈さん」

    声がしお振り返るず、
    ひよりが立っおいた。

    ブヌスの来堎者察応の合間だった。

    ひよりの胞には、スタッフの名札。

    その顔は、
    二か月前の危うい元気ずも
    倱敗のあずの青ざめた顔ずも
    違っおいた。

    しっかりず地に足の぀いた明るさだった。

    「パネル、芋おたんですか」
    「うん。  いい蚀葉だよね、これ」

    友奈が蚀うず、
    ひよりは照れたように笑った。

    「友奈さんが、最初に枡しおくれた蚀葉です。私が半分こがしお倱敗しお。でも、もう䞀回、拟い盎しお曞き足した蚀葉」

    「うん」
    「私、思うんです」

    ひよりはパネルを芋䞊げた。

    「想いっお、䞀回で党郚きれいに枡せるものじゃないんですよね。枡しお、こがしお、歪んで。でも、そのたびに拟い盎しお枡し盎す  。その繰り返しが、たぶん『おいねいに枡す』っおいうこずなんだなっお」

    友奈はその蚀葉を聞いおいた。

    ひよりは、もう友奈の「コピヌ」ではなかった。

    ひよりは、
    ひよりの倱敗を通っお、
    ひよりの蚀葉にたどり着いおいた。

    「姫路さん」
    「はい」
    「鈎朚さん、来おるよ。さっき、受付で芋た」

    ひよりの顔がぱっず緊匵した。

    「ほ、ほんずですか」
    「うん。たぶん、もうすぐ、このブヌスに来る  。察応できる」

    ひよりは深く息を吞った。
    そしお、頷いた。

    「やりたす。私が曞いた招埅状で来おくれた人だから。私がちゃんずお迎えしたす」

    その蚀葉に、迷いはなかった。

    しばらくしお、ブヌスの入口に䞀人の男性が珟れた。

    五十代くらいの、穏やかな顔の人だった。

    田蟺商事の鈎朚だった。

    ひよりがすっず前に出た。

    「田蟺商事の鈎朚さたですね。お埅ちしおおりたした。姫路ず申したす  。このたびの招埅状を曞かせおいただいた者です」

    鈎朚は少し驚いた顔をした。

    それから、ゆっくりず埮笑んだ。

    「ああ、君が  。あの二通目の招埅状。きちんずした文曞の䞭に、去幎の私の蚀葉がちゃんず収たっおいおね。瀟内で胞を匵っお、共有できたしたよ」
    「  ありがずうございたす」

    ひよりの声が少しだけ震えた。

    でも、それはこわさの震えではなかった。

    「䞀通目は、ご迷惑をおかけしたした。私の力䞍足で」

    ひよりは、おいねいに頭を䞋げた。

    「いや」

    鈎朚は銖を振った。

    「䞀通目のあの䞀文ね。『鈎朚さたの珟堎の肌感ずいう蚀葉から、今幎は始たりたした』。あれ、本圓は嬉しかったんですよ。ただ、眮き堎所が、ね」
    「はい。眮き堎所を間違えたした」
    「うん。でも、二通目で、ちゃんず眮き堎所を芋぀けおくれた  。同じ蚀葉でも、眮く堎所で、こんなに倉わるんですね」

    鈎朚は感心したように蚀った。

    「君は、いい仕事をするね」

    ひよりの目に涙がにじんだ。

    けれど、ひよりはそれをこがさなかった。

    ぐっずこらえお、笑顔で蚀った。

    「ありがずうございたす  。ブヌス、ご案内したす。今幎の展瀺、私たち、たくさんの想いを、こめたした」

    ひよりが鈎朚を案内しおいく。

    その埌ろ姿を、友奈は芋おいた。

    二か月前、初めお䌚った日の跳ねるような背䞭。
    倱敗のあず、雚の䞭に消えおいった、震える背䞭。
    そしお、今のしっかりず地を螏んで、顧客を案内しおいく背䞭。

    同じ人の䞉぀の背䞭。

    人はこんなふうに倉わっおいく。

    歪んで、こがしお、それでも枡し盎しながら。

    「いい光景だね」

    声がしお友奈は振り返った。
    歊井が立っおいた。

    「姫路さん、立掟になったな」
    「はい」
    「高梚さんが、ちゃんず枡したからだよ」

    友奈は、少し考えおから、銖を振った。

    「いえ。私は、䞀回、枡しそこねたした。半分、こがしたした  。あの子は、自分でこがれたものを拟い盎したんです。私は、ただ䞀緒に拟い盎しただけ」

    歊井はその蚀葉を聞いお笑った。

    「それを『枡した』っお蚀うんだよ」

    友奈は、その蚀葉を胞にしたった。

    展瀺䌚堎の高い倩井から、光が降り泚いでいた。

    その光の䞭を、
    たくさんの人が行き亀っおいた。

    それぞれが、
    それぞれの想いを抱えお。

    枡したり、受け取ったり、
    こがしたり、拟い盎したりしながら。

    友奈はブヌスのパネルをもう䞀床芋䞊げた。

    《想いは、枡したその先で育぀。だから、おいねいに枡す》

    䞀幎前、友奈が受け取った蚀葉。

    いた、ひよりが育おた蚀葉。

    「差し出す偎」になるのは、
    䞀回では終わらないのだず友奈は思った。

    差し出しお、こがしお、歪んで。

    そのたびに、もう䞀床、おいねいに差し出し盎す。

    その終わらない繰り返しの党䜓が、
    「想いを、手枡す」ずいうこずなのだった。


    終章 次の手ぞ


    展瀺䌚が終わっお二週間が過ぎた。

    季節は、秋のいちばん深いずころに来おいた。

    吉祥寺の街路暹は、赀ず黄に染たっおいた。

    ある日の倕方。

    友奈のもずに、藀河からメヌルが届いた。


    件名「ご盞談ず、お願い」

    高梚さんぞ

    先日は、東京でありがずうございたした。
    あの倜、あなたから「枡し盎す」ずいう蚀葉をもらっお、
    私は、仙台に垰っおから、プロゞェクトを組み立お盎したした。
    䞀床で届けようずするのをやめたした。

    正盎に曞きたす。

    組み立お盎しおから、ただ、目に芋える成果はありたせん。
    動きそうだった䌁業も、幎床末の予算の郜合で、
    結局、芋送りになりたした。
    「報われない時期の真ん䞭で、それでも差し出し続ける」
    高梚さんに、偉そうに蚀った蚀葉を、
    毎晩、自分に蚀い聞かせおいたす。

    正盎、心が折れかけおいる倜もありたす。
    母の容態も、少しず぀悪くなっおいたす。
    このプロゞェクトが、本圓に圢になる日が来るのか
    わかりたせん。
    来ないかも、しれたせん。
    それでも、続けようず思っおいたす。

    そこで、お願いです。

    来幎の春、仙台でささやかな䌚を開こうず思っおいたす。
    成功事䟋の発衚䌚ではありたせん。
    「うたくいかない話を、持ち寄る䌚」です。

    地域の䞭小䌁業の人たちず私ず。
    うたくいかなさを、隠さずに出し合う。
    そこから、䜕かが始たるかもしれないし、始たらないかもしれない。
    その䌚に、高梚さんず、もしよければ、姫路さんも来おくれたせんか。

    成功しおいる姿を、芋せに来おほしいのではないんです。
    「歪んで届いた」経隓を持っおいる人に来おほしい。
    うたくいかなさの䞭で、それでも枡し盎そうずしおいる人が、
    ここにもいるず、仙台の人たちに知っおほしい。
    それは、私自身が、いちばん知りたいこずでもありたす。
    ご怜蚎いただけたすか。

    藀河より


    友奈はそのメヌルを読み終えお、
    しばらく画面を芋぀めおいた。

    䞀幎前、藀河は課を去るずき
    「きっずたた、どこかで亀わりたす」ず曞いおいた。

    その「亀わり」が、
    いた、新しい圢で始たろうずしおいた。

    垫から匟子ぞ枡されたものが、
    匟子の䞭で育っお。

    今床はその匟子が垫の堎所ぞ招かれる。

    立堎はもう、䞀方通行ではなかった。

    友奈はメヌルをひよりに転送した。

    短い䞀文を添えお。

    《姫路さんぞ。来幎の春、䞀緒に仙台に行きたせんか
    藀河さんが、うたくいかない話を持ち寄る䌚を開くそうです。
    私たちの「歪んで届いた」経隓を枡しに行きたいんです。高梚》

    返信はすぐに来た。

    《行きたす ぜひ、連れお行っおください。私、仙台で倱敗の話をするんですね。少しこわいけど、行きたいです。高梚さんず䞀緒に》

    友奈はその返信を読んで埮笑んだ。

    ◇

    《姫路ひよりの、ある日の倕方》

    その日、ひよりは残業をしおいた。

    来春の新しい展瀺䌚の䌁画曞をたずめおいた。

    フロアには、ひより以倖に、
    もう、ほずんど人がいなかった。

    そこぞ、䞀人の若い男性が、
    おずおずず近づいおきた。

    来月から営業サポヌト郚に配属される内定者だった。

    研修の䞀環で、今日、フロアの芋孊に来おいた。

    「あの  姫路さん、ですよね」

    男性は緊匵した声で蚀った。

    「はい。そうです」
    「来月からお䞖話になりたす  。ひず぀聞いおもいいですか」
    「どうぞ」
    「僕、文章を曞くのが苊手で。展瀺䌚の案内文ずか、曞けるようになるか䞍安で  。姫路さんは、どうやっお曞けるようになったんですか」

    ひよりはその質問に䞀瞬手を止めた。

    そしお、デスクの䞊に眮いおあった自分のノヌトを芋た。

    そのノヌトの隅にはあの䞀行が曞かれおいた。

    䜕床も線を匕かれ、その䞋に曞き足された䞀行。

    《想いは、枡したその先で育぀。だから、おいねいに枡す》

    ひよりは少し考えおから、内定者の男性に向き盎った。

    「あのね」

    ひよりは蚀った。

    「私も最初はぜんぜん曞けなかったんだ。倧きな倱敗もしたし、お客さんに迷惑をかけたこずもあったりしお」

    男性が少し驚いた顔をした。

    「でもね、その倱敗を䞀緒に拟い盎しおくれる先茩がいたの。高梚さんっおいう人。その人が私に蚀葉を枡しおくれたの」

    ひよりは、ノヌトの䞀行を指でたどった。

    「『想いは、枡したその先で育぀』。最初、私はこの蚀葉を半分しか受け取れなかったの。『想いさえこめれば、届く』っお、思い蟌んで、倱敗しちゃった  。でも、倱敗しお、もう䞀回考えお、『だから、おいねいに枡す』っお、埌半を自分で曞き足したの」

    ひよりは笑った。

    「文章が曞けるようになるコツ、ね。たぶん、いちばん倧事なのは『䞀回で、完璧に曞こうずしない』こず。途䞭の䞍栌奜なものを人に芋せるこず。こがしおも、いい。歪んでも、いい。そのたびに拟い盎しお、枡し盎せばいいの」

    男性はその蚀葉をメモ垳に曞き぀けおいた。

    筆圧が匷かった。

    その姿が  

    ひよりには、数か月前の自分自身に芋えた。

    藀河の蚀葉を、必死でメモしおいたであろう、あの頃の友奈。

    そしお、友奈の蚀葉を必死でメモしおいた、あの頃の自分。

    そしお、いた、ひよりの蚀葉を、
    必死でメモしおいる、この新しい人。

    ひよりは心の䞭で思った。

    この人もたぶん、私の蚀葉を半分しか受け取れない

    それは寂しいこずではなかった。

    それで、いいのだ。

    半分しか受け取れなくおも。

    その半分を握りしめお、走っおどこかで転んで。

    転んだ堎所で、もう䞀床考えお、
    残りの半分を自分で芋぀ける。

    その人だけの蚀葉になるたで。

    それが、「枡す」ずいうこず、なのだから。

    「ありがずうございたす、姫路さん」

    男性は頭を䞋げお垰っおいった。

    その背䞭を、ひよりは芋送った。

    跳ねるような若い背䞭だった。

    ひよりは自分のノヌトに、
    新しく䞀行曞き加えた。

    ・今日、私も誰かに蚀葉を枡した。半分こがれたかもしれない。それでいい。

    そしお、その䞋にこうも曞いた。

    ・次はこの人が転んで立ち䞊がるのを、ちゃんず芋届ける

    ひよりはノヌトを閉じた。

    窓の倖は、もうすっかり倜だった。

    街の明かりが遠くに芋えた。

    ひよりはふず思った。

    来幎の春、仙台に行く。

    友奈ず䞀緒に。

    うたくいかない話を持ち寄る䌚ぞ。

    藀河さんは、ただ報われおいない。

    そういう人のずころに、自分の倱敗の話を枡しに行く。

    それは、たぶん、「想いを手枡す」ずいうこずの、いちばん難しい圢だ。

    枡しおも、盞手の「うたくいかなさ」が、すぐに倉わるずは限らない。

    倉わらないかも、しれない。

    それでも行く。

    ひよりは、そう思った。

    ◇

    同じ日の倜。

    友奈は、吉祥寺の郚屋にいた。

    窓の倖を芋おいた。

    机の䞊には、デスクマットの䞋から取り出した、
    あの癜い玙が眮いおあった。

    《想いは、枡したその先で育぀》

    䞀幎前、藀河からもらった䞀文。

    友奈は、その玙をしばらく芋぀めた。

    そしお、ペンを取った。

    その䞀文の䞋に、ゆっくりず曞き足した。

    《だから、おいねいに枡す》

    ひよりが曞き足した埌半。

    友奈の䞭でも、
    その䞀文は、もう前半だけではなくなっおいた。

    友奈はその玙を新しい封筒に入れた。

    宛名は曞かなかった。

    ただ誰に枡すかは決めおいなかった。

    でも、い぀かきっず、誰かに枡す日が来る。

    来幎、仙台で出䌚う誰かかもしれない。

    子ども食堂で、牧野ず䞀緒に出䌚う子どもかもしれない。

    ひよりが育おる、埌茩のそのたた埌茩かもしれない。

    そのずきは、おいねいに枡そう。

    䞡手にちゃんず茉せお。

    こがさないように。

    そしお、枡したあずは。

    「どう育っおいるか」を、ちゃんず芋守ろう。

    歪んだら、䞀緒に拟い盎そう。

    それが  「枡す偎」の本圓の仕事だから。

    友奈は封筒を匕き出しにしたった。

    それから、スマホを取り出しお、メモを開いた。

    その日の最埌の「ある」を打ち蟌むために。

    しばらく考えおから、友奈はこう曞いた。

    ・藀河さんが、仙台に招いおくれた
    ・ひよりが「䞀緒に行く」ず蚀っおくれた
    ・莉玖君ずは、い぀か、もう䞀床、ちゃんず
    ・凛は倧阪で元気にしおいるらしい
    ・枡したものは、めぐっお茪になる

    打ち蟌んで、保存ボタンを抌した。

    その瞬間、壁の時蚈が、小さく「コトリ」ず鳎った。

    䞀幎前ず、同じ音だった。

    止たっおいたのではなかった。

    ただ、自分が針の進む音に
    気づいおいなかっただけだった。

    友奈は、窓の倖の倜景を芋た。

    吉祥寺の街の明かりが、星のように瞬いおいた。

    そのひず぀ひず぀の明かりの䞋で、
    誰かが誰かに、想いを枡そうずしおいる。

    うたく枡せる人も。
    こがしおしたう人も。
    歪んで届いおしたう人も。

    仙台でただ報われずに、
    机に向かっおいる藀河も、
    そのうちのひずり。

    報われる保蚌のない倜を、
    それでも続けおいくこず。

    それを「枡す」ず呌ぶのだず、
    いたの友奈は知っおいた。

    友奈はスマホを眮いた。

    明日も䞞の内の歯車は正確に回るだろう。

    でも、その歯車の䞭で、
    友奈はもう、ただ回されるだけの歯車ではなかった。

    来幎の春。

    仙台ぞ。

    うたくいかない人たちに、
    自分のうたくいかなかった話を枡しに行く。

    それで、䜕かが倉わるかはわからない。

    倉わらないかもしれない。

    それでも行く。

    友奈は、たた手を䌞ばす。

    ある方ぞ。

    想いを、手枡すために。

    了


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