
おとなの習い事 ー点訳を行うモチベーションー
昨年、講習を修了し「県認定点訳奉仕員」に登録されました。現在はようやくパソコン点訳に進み、毎日訓練の日々です。訓練というと何かきつそうですが、実際は楽しくて仕方ない、というのが実感です。今まで点筆を使用して一点一点、打ち込んでは「うわ、やり直し!」と悲鳴を上げていた日々に比べれば天国です。
だって、行末の空きスペースを数えなくてもいいし、間違えてもサクサク修正出来るし、外国人名のように頻出する長い語句はコピペすればいいんです。パソコンの恩恵ここにあり、です。
遠い昔、ワープロ(パソコンの前!)を初めて買ったときの感動に似ています。
現在の問題は、ついつい調子に乗って、キーボードをたたきすぎること。そうすると切らなくてはいけない「分かち書き」を見落としてしまう。
校正で発覚しますが、そんなときでも、ほい!っとスペースキーたたけば修正完了ですもんね。ラク~
さて、そんな快適点訳生活に入ったわけですが、ふと初心に帰りました。
私は、何で点訳したいと思ったのか。
定年退職して時間を持て余したこと。
何か学び、特技としたいこと。
最初はそこからでした。
で、何をやろうかと探していたときに、県の「点訳ボランティア講習会参加者募集」の記事を見て、「これだ」って思ったんですね。
・せっかく何か始めるなら役に立てるものがいい。
・平日の講習会だけど時間は余っているので問題なし。
・古い友達に全盲の方がいて、点字を読む姿を見たことがあった。
・何より本好き、読書好き。
このあたりの理由だったでしょうか。
それから、後付けでモチベーションになったのが、講義の中で聞いた、点訳は全国で情報共有して「一人一冊お任せ」であること。そして完成した暁にはその本の奥付に「点訳者:○○」と自分の名前が残ること。
なんせ子供の頃の夢は「作家」でしたから、点訳者としてでも本の中に名を残せるなんて、こんな嬉しいことはありません。
と、もともとはここまでだったんですが、最近さらに思いを強くすることがありました。
先日、図書館でたまたま手にした井上美由紀さんの著書「生きてます、15歳。」を読んだことです。
この著作にすごく感化されてしまったんです。
一言で言えば、「未熟児(なんと500g)で生まれながらにして全盲の少女とその母の物語。」しかし、その内容は凄まじいものでした。
先天性の全盲の方が適応しやすい(後天性の場合は見えていた記憶が邪魔をするから)とは聞きますが、美由紀さんの人生を読むと先天性の方がまし、なんて二度と言えません。
彼女の明るさ、強さに涙し、夢中になって読み終わると、彼女の人生の節目節目で発行された著作も立て続けに読みました。
こういう方々に少しでも多くの書籍を届けられるなんて、点訳の仕事って素敵な仕事じゃないか、と強く感じたのでした。
現在は、点字本を読むより、聞く読書の方が増えているのかもしれません。それは晴眼者の読書だって同じことです。
ですが、読書、特に物語においては文章で読むのと音で聞くのは全然違います。聞く読書(なんだか「飛ぶクルマ」と同じ匂いのする変な言葉だ)ではナレーターの感情が入るから、どうしてもそこに引っ張られて自由な読書にならないんですね。私自身、一方で朗読の講習も受講し始めたのでよくわかります。朗読では「筆者の心を捉えて伝える代弁者でなければならない。だから深いところまで読み込んでから作り上げていく。」そういう教えです。
でも読書って本来自由なものです。好きなキャラだって人によって違って当たり前。
もちろん朗読にもそれをやる意義・楽しさは別にありますよ。なにより大きな声を出すのは気持ちいいですから。
だから、少しでも早く目の不自由な方々に多くの著作をお届け出来るよう、力になりたい。今はそんな気分でいっぱいです。
さあ、もう一段ギアを上げて練習しよう!