
『風立ちぬ』から考える、魔の山にあった2つの選択肢。
「宮崎駿は『ロード・オブ・ザ・リング』がお嫌い」ーーこんな記事が2年前に書かれている。
悪行があり、それを流血によって罰する物語。悪人を罰する過程で、罪のない無数の人々が殺される物語。宮崎監督からしてみれば、ハリウッド映画とは概ねそんなものであると。
彼が発した実際の表現としては。「アメリカ人は物を撃って爆発させたりするから、さすがにそういう映画をつくる」「敵なら無限に殺してもいい。ロード・オブ・ザ・リングもそうだ」
これがファンタジー?冗談だろ的な言い方もしたらしい。かつては好きだった『インディ・ジョーンズ』も、同様の理由で嫌になってしまったそう。
近年は海外の記事で、こういうものをひんぱんに見かけるようになった。よく読まれているから、多く書かれているのだろう。
第96回アカデミー賞・長編アニメ映画賞。『君たちはどう生きるか』で、ジブリ作品は21年ぶり2度目のオスカーを受賞した。
同作のその他の受賞


1度目の『千と千尋の神隠し』(ビジュアルから日本文化を大いに感じられる作品)の受賞の時とは、明らかに違う現象が起きている。


本質的な部分でジブリが変わったのではない。受けとり手側が変わった。
宮崎駿が38歳で監督デビューした時の鬼畜エピソードクソワロタwwwww https://t.co/MH3TtQifsj
— 哲学ニュースnwk (@nwknews) August 22, 2024
大塚っていうパヤオの先輩が映画版ルパンの監督をやることになったんだが
鈴木清順の書いた脚本がゴミ過ぎて大塚がパヤオに「監督なんかやりたくねえよ」と電話した…
彼は元からぶっとんでいるのだから……。
アニメーションにどこまでを求めるか。断言するが。世界中の人々のそれを変え続けてきたのは、ジブリ以外も含めた日本のクリエイターたちと数多の作品だ。

私のお気に入り show7tell ネキ。いい人。
単に、継母を受け入れるというよりも。
思春期の少年が、母親が亡くなってから1年以内に、父親と母の妹との間に子どもができていた事実(下世話だが逆算するとそうなる)を受け入れること。

みんなに、それぞれのイニシエーションがあるが。これが、この作品の主人公のイニシエーションである。

イニシエーションとは、グループや社会への参入や受け入れを示す通過儀礼のことだ。
入門者が新しい役割に生まれ変わることを意味する場合もある。例)キリスト教の洗礼
ネットで「Initiation」と検索して出てくる画像で、私が気に入っているもの。↓



この義母に、キモイわ〜とかムリだわ〜とか言っているのは、いつまでもこれをむかえずにいる人なんじゃあないの。……大人になれよ。
「行きて帰りし物語」について。

古くからある物語類型の1種で、登場人物の帰還の旅を描いたものなのだが。こう呼ばれるようになった発端は LotR にある。
J.R.R.トールキン『ホビット〜行きて帰りし物語〜』(『The Hobbit: Or There and Back Again』)。その何十年後の物語という設定で書かれた『指輪物語』。それが映画になった『ロード・オブ・ザ・リング』。

『千と千尋の神隠し』も行きて帰りし物語だ。
『風立ちぬ』でカプローニが「行きて帰りし物語だ」と言うと。亡くなった妻が現れ、主人公に「あなた生きて」と言う。
『君たちはどう生きるか』の生きて帰りしパターンについて知りたい人は、「冥府下り」「オルペウス」「ギリシャ神話」などのキーワードでググッてみて。
他の物語類型についてふれた関連回↓
スティーブ・アルパート氏の著者『Sharing a House with the Never-Ending Man: 15 Years at Studio Ghibli』

1996年から2011年まで、ジブリの社員だった人物だ。ジブリの映画や製品の国際部門の責任者だった。彼は、広報活動から作品の英訳まで、あらゆることにたずさわっていた。

日本語と中国語を流暢に話す。
『風立ちぬ』に登場するカストルプというキャラクターのモデルは、このアルパート氏だ。声の吹替えも彼が担当している。
カストルプのモデルは他にもいて、それはリヒャルト・ゲルゾなのではないかーーという説がある。


生まれがロシアで育ちがドイツ。父親がドイツ人で母親がロシア人。
18才でドイツ陸軍に志願して従軍。軍事勲章を授与される活躍をしたが。戦傷から、医学的に軍務に不適格と判断された。除隊後は「紛争の無意味さに幻滅した」と大学へ。ハンブルクで Dr. rer. pol.(ドイツの政治学博士号)を取得。ドイツ共産党に入党。
ラムゼイというコードネームを与えられ、複数の国で “情報収集” をするようになった。
(1932年の選挙結果で、ナチ党が第一党・共産党は第4党に。翌年、ヒトラー内閣が成立)
昭和8年~16年に、ソビエト連邦のスパイとして日本で諜報活動を行ったとされた。治安維持法および国防保安法違反で、死刑判決。日本で処刑された。

作中、カストルプはクレソンのサラダを食べる。一心不乱に食べる。

大量のクレソンだけのサラダで・それにむしゃむしゃと食らいつく彼の姿が、強調されているように見える。
ヒトラーはベジタリアンだったと言われている。クレソンはヒトラーを表し、クレソンを食らうことはナチスによる圧政に抵抗することを表すのだと。

カストルプがピアノ演奏し歌うのは、ドイツ映画『会議は踊る』に使われた『ただ一度だけ』という曲だ。

1933年に、退廃芸術であるとして、ヒトラーに上映を禁止された映画。しかし、日本には配給された。10年近くかけて、日本では何度も公開されたという。
だから、軽井沢のホテルで合唱できたのか。日本人の宿泊客も一緒に外国の歌をうたって、すごいねと思っていた(違和感があった)。
内容としては、一言でいってしまうと、女性の玉の輿物語だそうだが。かもし出す雰囲気はなかなか儚いものがあるらしい。
私は泣いているの?笑っているの?
夢を見ているの?目覚めているの?
みんなが私のことを笑う
これはただ一度だけの出来事
二度と起こらない出来事
もしかしたらただの夢かもしれない
人生はただ一度だけしかない
人生は、考えようによっては、全て夢かもしれない。
こうでなければならない・ああであってはならない、これをしなければらない・あれをしてはならない……。これは夢なのに。二度と同じ夢は見れないのに。私たちは、自分の本当の願望を押し殺したりして生きている。
私たちはみんな、立派で滑稽だね。
人生における最高の時は、ただ一度だけ。それも、つかの間に過ぎ去ってゆくもの。




岡田氏による、菜穂子の怖い一面の考察。

彼の分析どおりだとして(私もこの分析はあっていると思う)。私は、そういうところも含め、このヒロインが好きだ。
お絹にはあれで自分にはこれだったら、悔しい。ナイス・キャッチ!と思い出の言葉を言うなどしてみたのに。二郎、覚えちゃあいない。意気消沈していて、心ここに在らずだとしても。私の存在で、そんなこと(自分が考案した機体のテスト飛行でパイロットが死んだこと)すっかり忘れちゃうくらい「元気」になればいいじゃない。
性的な気持ちになどなれない時がある。結局、男性には、そうやって純粋で真面目なところがある。女には、こういう怖い一面がある。
「他の人にはわからない」よね、菜穂子。岡田氏は見ぬいて(わかって)くれるようだけど。そんなできた男は嫌なんだよね、菜穂子(笑)。二郎みたいな男だからかわいいのだろう。
トーマス・マン『魔の山』の主人公、ハンス・カストルプ。

第一次世界大戦前後のドイツ。ヴィルヘルム帝制からヴァイマル共和制へ。
ハンブルク出身の造船技師であるカストルプは、結核をわずらう従兄を見舞うため、スイスのダボスにあるサナトリウムをおとずれる。

彼自身にも結核の徴候が出てしまい、滞在を延長することになる。結局、7年間もそこにいた主人公だが。世界大戦が勃発し、戦場へおもむくことに。



結核は結核菌による慢性感染症だ。吸い込んだ菌が多い場合や免疫が低下している場合に、結核症に進んでしまうらしい。
日本では大正時代から昭和20年代まで、国民病や亡国病などと呼ばれていた。結核の年間死亡者数は十数万人におよび、その頃の死因の第一位だった。
1944年に、結核治療に劇的な効果を表す薬が開発された。放線菌から生まれたストレプトマイシンだ。追って複数の薬剤が開発され、薬の耐性ができてしまう問題も解決された。

(スイスの)サナトリウムには、世界中から、さまざまな文化的出自をもつ人々がおとずれていた。国際的な雰囲気が漂う一方で、当然、病気によるデカダンスの気配も濃厚だった。
世界のいたる場所で、相対主義化や多元主義化が進んでいた。それぞれの伝統的諸価値は揺らいでいた。
世界大戦がはじまり、カストルプも出征する。これが1つの道。人類が選んだ道。この道が選ばれた瞬間、もう1つの道は消滅した。
カストルプが雪山で遭難(?)してしまうシーンがある。意識がもうろうとする中、彼は新しいヒューマニティーの予感に満ちた夢をみる。これが、物語の中盤に(歴史の途中に)あるもう1つの道。我々の別の可能性だった。



雪中の夢 と 戦火の現実。
どうしようもなかったのかもしれない。いつだって、無力な私たちには、何も何も何もできないのかもしれない。
けれども。魔の山(マジック・マウンテン)には、それらの両方がたしかにあったのだ。
個人的に、真白と真紅のコントラストは好きだ。
輪郭のぼやけた雪というものに真っ赤な血がパタとおちたら。ああ、打つ手がないーー止めようがないーーというようなイメージがわく。容赦なく染みてゆく。

『風立ちぬ』にも。雪原にバラバラになった飛行機が燃えながら堕ちてくる、そんな描写があったかと思う。
戦前から戦後にかけて『魔の山』を執筆していたトーマス・マン。
第一次大戦中のエッセイにおいては、デモクラシーに対して否定的な姿勢をあらわにしていた。戦後の講演においては、デモクラシーを肯定するようになっていた。
デモクラシーは(も)、ともすれば、無意味へと帰結する。人という生き物はニヒリズムにおちいることがある。
「忘れるに、いいところです。チャイナと戦争してる、忘れる。満州国つくった、忘れる。国際連盟ぬけた、忘れる。世界を敵にする、忘れる。日本破裂する、ドイツも破裂する」


宮崎監督と高畑監督は、徳間書店の出資により、1985年にスタジオ・ジブリを設立した。
アルパート氏は、ジブリに入社する前は日本のディズニーで働いていた。ジブリとディズニーとの間に契約を結ぼうと、徳間書店に出向きプレゼンテーションをする。これを1年半ほど繰り返した後、ようやっと彼は気づいた。
徳間書店の人たちには承認の権限がなかったことに。
このことを知り、みかねたのか。鈴木プロデューサーの方から、会いに来てくれたという。

『もののけ姫』が公開された時。サムライが出てくる時代の日本の話で・ハンセン病患者についてとり扱い・何度も人の腕が切り落とされるアニメが、アメリカで受け入れられるだろうか。こう、心配されていたという。
鈴木氏は、ディズニーのおすみつきをもらうことで宣伝効果を得ようと考えたのだろう。
ジブリがディズニーと契約を結んだ直後、アルパート氏はジブリに入社した。
当時のミラマックスの重役が、『もののけ姫』を40分もカットすると言い出し。アルパート氏と激しく衝突。その人のあだ名は「ハーヴェイ・シザーハンズ」だったそう笑。常習犯だったのだ。
アルパート氏「鈴木さんから、毎回10個の英題の選択肢が与えられた。My Neigbor Something は常に選択肢にあった。『千と千尋の神隠し』の英題の候補には、『となりの湯婆婆』があった」。笑笑



徳間書店が権利を有していたにもかかわらず、アメリカ人はナウシカを勝手に編集した。犯人はワールド・ピクチャーズだ。
1985年のこと。『風の戦士たち』とタイトルを変えられ・20分カットされた、風の谷のナウシカもどきが全米公開された。

ディズニーは、ノーカットで上映すること・決して編集などしないことをジブリに約束した。
それ以来、両者は良好な関係をたもっているーー否。
ディズニーの重役たちがジブリ作品をこき下ろしたことがある。宮崎監督は「『ファンタジア2000』は本当にひどい」と発言することでリベンジ。ちなみに。あるディズニーのスタジオへ行き、スタッフらに直にそう伝えた。笑
鈴木氏が『魔女の宅急便』の英語版を見て。一旦もち帰ってから(宮崎監督にほうれんそうしたのだろう)、却下だと伝えた。ディズニーは、鈴木氏がその場で異を唱えなかったため、OKなのだと思ったと。このことは法的な問題となってしまった。
約束に反して 、『魔女の宅急便』英語版に、音楽・効果音・セリフが追加される結果に。

ウォルト・ディズニー・カンパニーは世界的なコングロマリットだ。良くも悪くも、エンターテインメント業界のかなりの部分を所有している。
ジブリはディズニーから離れ、GKIDSと契約。今や、ジブリ作品を削りたいなどと求める人は誰もいなくなった。
『半藤一利と宮崎駿の腰ぬけ愛国談義』に、このような話がある。


イタリアで航空機製造会社を創業した、カプローニ氏。

彼のひ孫にあたる人が『紅の豚』を観て、ジブリにカプローニ社の社史を贈った。

そこに、カプローニCa.60 の図面があった。
同社が1921年に製造した旅客用飛行艇だ。100人の乗客を乗せて大西洋を横断するという、壮大な構想で開発されたもの。

これで大西洋をこえるのだと。無理があるだろう。

この冗談のような機体から、うかがい知れることとは何か。戦争へとつき進む中で民間の航空機会社が生き残るには、ハッタリが必要。そう、彼は考えたのだろう。
社史には、この飛行艇をつくっている時のカプロー二氏の写真もあった。宮崎監督が言うには、彼はかなりげっそりとした顔をしていた。無理だとわかりながらつくっていたのだと。
テスト飛行で100mだけなら飛べた。2回目の滑走で壊れた。
漫画版の男性キャラクターたちの見た目は、ブタだ。菜穂子はブタじゃない。


以下、ジブリの公式解説より抜粋(中略あり)。
「堀越二郎は航空史に残る美しい機体をつくりあげた。三菱A6M1、ゼロ戦である。関東大震災・世界恐慌・失業・貧困と結核・革命とファシズム・言論弾圧と戦争につぐ戦争」
「この作品の題名は堀辰雄の同名の小説に由来する。大衆文化の開花・モダニズム・ニヒリズム・享楽主義。詩人は旅に病み、死んでいく時代だった」
「堀越二郎と、同時代に生きた文学者の堀辰雄をごちゃまぜにして、ひとりの主人公に」
「自分の夢に忠実にまっすぐ進んだ人物を描きたい。夢は狂気をはらむ。その毒も隠してはならない。美しすぎるものへの憧れは人生の罠でもある」

堀辰雄によるポール・ヴァレリーの作品の和訳「風立ちぬ、いざ生きめやも」について。
これは誤訳だと、よく指摘される。
Le vent se lève.
il faut tenter de vivre.
L'air immense ouvre et referme mon livre.
La vague en poudre ose jaillir des rocs.
Envolez-vous, pages tout éblouies.
Rompez, vagues.
Rompez d'eaux réjouies.
Ce toit tranquille où picoraient des focs.
ヴァレリーの『海辺の墓地』の一部だ。
一陣の風が立つ。
生きることを試みる必要がある。
絶えることなき風は広々と吹きわたり、私の本を開き、また、閉じもする。
波は岩で突然に砕かれ、激しく粉のように舞う。
飛べ、君よ。あらゆる頁(ページ)に目をくらませて。
乱せ、波よ。楽しげに躍る水で砕け。
三角帆のついばむところ。この穏やかな屋根を。

海辺の墓地然としている心象風景に、生きることを決意させるような、強い風が吹き荒れる。
鳥についばまれたような三角帆が、海面に無数に浮かぶ。そこに外部からの刺激を与えよ、その規則性を乱してみせよ、というメッセージだ。
仏語の picoraient には、ミツバチが蜜を集めるという意味もあるらしい。一般的な概念では、昆虫とは規則性が高い生き物だ。
どちらを採用しても似たようなメッセージになるため、ダブル・ミーニングなのだろう。


少し、虫の話をしよう。
1)環境への適応力がずばぬけている
2)翅(はね)で移動し住む場所を選べる
3)一世代の期間が短く進化のチャンスが多い4)そもそも体が小さい → 少量で済む食事、豊富な生存空間
これらが、昆虫が繁栄に成功した主な理由である。
昆虫の仲間は、海を除く地球上のあらゆる場所に生息している。その数、約100万種と言われるが。毎年3000種以上が新種として発表されるため、未知の種を加えた実際の種類数は500万種とも1000万種とも考えられる。そうなると、全動物種の8割は昆虫類で占められていることに。
この星を「虫の惑星」と呼んでも、過言ではなくなってくる。何が言いたいかというと。ナウシカの世界観は、案外、現実的なものである。


私のことを書いても詮無いため、少しだけ。
私の、自分だけしか知らない・他人と共有しない精神世界の景色はこうだ。
くもり空の少し寒い海辺。やや風がある。草はベージュ色でカサカサと鳴っている。白い木造の家が建っている。私の私だけの心はそこに住んでいる。バルコニーがある。私はそこに立って海をながめている。

「生きめやも」だと、「生きるのかな。いや、生きないよな」的なニュアンスになる。メイン・メッセージをとりこぼしているようなものであるため、誤訳と呼ばれるのも理解できる。
だが。たった数言しか出さないのでは、詩全体のどこか悲しげな雰囲気は一切表現できない。そんな状態で「いざ生かむ!」などとしたところで、世界観に矛盾する。よって、これが最適解だと思う。
サナトリウムで死をむかえる若い男女の残された静謐(せいひつ)な日々。これのどこに、よっしゃ!いっちょ生きてったろ!こんな雰囲気があるというのだ。いくら死と向きあえているとしても、それはさすがに違うだろう。
生きめやもでいい。
〆に、『風立ちぬ』の中で、私が一番ささるシーンの話をする。
菜穂子の容態が悪化したという電報を受信した二郎。
彼は、すぐさま、彼女のもとへ行こうとする。
10分でバスがやってくる。
① 畳や床板の上を走ってすべり部屋着をぐちゃぐちゃに脱ぎ捨て、急ぐが。
② カバンに仕事の書類をつめることにした。その行為に時間を費やした。
①と②の間だ。二郎が大粒の涙をこぼしたのは。
仕事をもっていこう・道中で飛行機の設計をしようと、思いついた瞬間だったのではないか。僕は仕事がしたいんだと、思い知った瞬間だったのではないか。
菜穂子、大好きだ。自分は人に恋をしている。素晴らしい人生だ。仮に、夢を捨てれば菜穂子が助かるとしよう。僕は僕は……どちらを選ぶのだ……。号泣。こうだったのではないか。
大丈夫だよ、二郎。あんたが仕事を選んでも、菜穂子があんたを選んでくれるから、一緒にいれるよ。
時代のせいだろうか。現代では女にはいろいろな選択肢があるから、全てを捨てて男を選ぶなんて “愚行” に、私たちは走らないだろうか。
男は女の狂気を何だと思っている。愛だよ。
女は男の狂気を何だと思っている。夢だよ。
私にはどうしても、これが、自己重要感がどうこうで説明しきれるもの/その内の相違な気がしない。見当違いなどと言わずに、私に、空想する自由を許してほしい。


この記事が参加している募集
- #仕事
- #詩
- #恋愛
- #日本
- #未来
- #成長
- #映画感想文
- #世界
- #夢
- #物語
- #アメリカ
- #自由
- #生きる
- #選択
- #考察
- #時代
- #戦争
- #ドイツ
- #平和
- #恋
- #アニメ感想文
- #飛行機
- #ディズニー
- #決断
- #選択肢
- #日本文化
- #死
- #ジブリ
- #著作権
- #昆虫
- #スイス
- #軽井沢
- #第二次世界大戦
- #男と女
- #宮崎駿
- #狂気
- #君たちはどう生きるか
- #スパイ
- #アカデミー賞
- #ハリウッド
- #ナチス
- #忘れる
- #婚約
- #スタジオジブリ
- #運命の出会い
- #雪山
- #成人
- #千と千尋の神隠し
- #ソ連
- #ヒトラー
- #もののけ姫
- #航空機
- #魔女の宅急便
- #転換期
- #風の谷のナウシカ
- #関東大震災
- #海外の反応
- #人生は一度きり
- #ファシズム
- #ニヒリズム
- #徳間書店
- #高畑勲
- #言論弾圧
- #自己重要感
- #結核
- #紅の豚
- #大人になる
- #世界恐慌
- #指輪物語
- #オスカー
- #風立ちぬ
- #どうしようもないこと
- #継母
- #モダニズム
- #男と女の違い
- #ウォルトディズニー
- #デモクラシー
- #歴史は繰り返す
- #鈴木敏夫
- #零戦
- #世界大戦
- #激動
- #イニシエーション
- #ロード・オブ・ザ・リング
- #仕事人間
- #堀辰雄
- #ゼロ戦
- #魔の山
- #王蟲
- #堀越二郎
- #サナトリウム
- #止められない
- #変えられない
- #ポール・ヴァレリー
- #第一次大戦
- #行きて帰りし物語
- #菜穂子
- #ハンス・カストルプ
- #カプローニ