
アメリカの深刻なチップ問題
チップの語源について、いわゆる俗説だが、以下の話が有名である。
ーー18世紀のロンドンのコーヒーハウスには、箱が置いてあった。サービスを早く受けたい人はそこに少額のお金を入れた。箱には “To Insure Promptness”「迅速さを確保するため」と書かれていた。そのイニシャルをとって、TIPとなった。ーー
これだけでは、結局、何もわからない。
今回は、過去から現在まで続くチップの話。最新の話題はラストに。
1850~60年代に、裕福なアメリカ人たちがヨーロッパ旅行をしていた。アメリカ人たちはヨーロッパのチップの習慣を目にした。
アメリカ人旅行者たちは、それをまねて貴族気分を味わおうとした。旅行から帰った後に、自分たちの国でも同じことをし出したのだ。
また。逆に、ヨーロッパからアメリカへ移民たち(第一波ではない)が渡っていた時代だ。チップに慣れた人たちがアメリカに流入もしたのだ。
(ヨーロッパのチップの文化は中世からあるもので。貴族などは使用人などの働きぶりを見て、追加の報酬を与えていたのだ)
かと言って、アメリカでもチップの習慣がすぐに根づいたりはしなかった。
一般的なアメリカ人たちはこう思った。なぜ上乗せして払わなければならないのか。比較的裕福なアメリカ人たちはこう思った。階級差別的ではないか……白人種どおしで?……。
よって、当初チップは、全体からかなりの反対を受けた。
しかし。チップの習慣は、奴隷制廃止後に、アメリカ南部を中心に広まっていった。
解放された奴隷たちが就いた仕事には、サービス業や接客業が多かった。彼ら彼女らにまともに賃金を払わない雇用主たちが、南部には大勢いた。一切払わない者もいた。ついこの間まで奴隷だった人たちだからと。労働者たちは、必然的に客からのチップを欲した。
鉄道の発展とともに、チップ文化はさらに広まった。黒人男性の多くが、列車のポーターや給仕係として雇われていた。またわずかな賃金しかもらえなかった彼らは、チップで稼ぎを補填した。そんな列車が国中を走り、チップのやりとりを定着させていった。

(1877年)

寝台車ポーター友愛会を設立。彼らの賃金の値上げ(彼らがチップに頼らないこと)に尽力。差別に抗議して政府に圧力をかけ、その他複数の成果をあげた。敵対視する勢力から「最も危険な黒人」と呼ばれた。
こうして、低い賃金 × チップの構図が、アメリカに浸透していった。
1938年。公正労働基準法は、連邦最低賃金と週40時間労働を定めた。児童の労働も禁じた。チップ労働者はその最低賃金法に含まれなかった。
1966年。連邦議会は、チップが最低賃金を超すことを容認した。チップ労働者の最低賃金を時給$2.13に固定した。
チップの合計額が連邦最低賃金(時給$7.25)に達する場合、雇用主は従業員に時給$2.13しか支払わなくていいと。
これが最低賃金規定と呼ばれるもの。現在でも、43の州で、この状態のままである。
2018年。米国労働省は、チップ・プール法を更新した。サービサーがもらったチップは、料理人や皿洗いスタッフにもわけられるようになった。(サービサーからしたら、何もうれしいことではないだろう。わけたかったら自分で勝手にわけるだろうし)
どこまでも、雇い主が利益から従業員に給料を支払うのではなく、客が直接的に従業員に給料を支払うような仕組み。なのがわかるだろうか。
調査の結果、最低賃金規定のある州のチップ労働者は、米国平均の2倍の貧困状態にあるとわかった。
全米レストラン協会の報告によると。飲食業界は、パンデミック前に比べ、多くの働き手を失ったままである。
彼ら彼女らにまた働いてもらうためにも、今こそ改革の時ではないかと、議論になっている。
皮肉なことに。アメリカのチップ習慣の親であるヨーロッパでは、チップはそこまでの社会問題になっていない。
ヨーロッパでは。サービス料として会計に含まれている・カジュアル店ではチップは不要かあってもごく少額。(コロナ禍は額に変化があったかもしれない)
一方、アメリカでは。カジュアル店でも、朝食と昼食に平均15%・夕食に平均20%のチップ。
コロナ禍では。この割合はさらに上がり・持ち帰りにも同等のチップ・宅配のチップも値上げ・フードコートでもファストフードでもドライブスルーでもチップとなっていた。

まぁ、私たちにも、旅館のなかいさんへの心づけなど実際にはあるが。そういう話ではない。
「ギルティ・チッピング」
店員の前でチップを払わないのは、相当気まずい。感謝やサポートの気持ちからでなく罪悪感からも、客はチップを払ってしまう。
店で苦言を呈せなかった客たちは、SNSに愚痴を書く。高額なチップを表示したスクリーンを向けてきた店員たちへの、文句を書く。
これが、いきすぎたチップ文化への人々の本音だろう。
全体の内容で伝わると思うが。店員のせいでも客のせいでもない。これらの問題は、基本的に、一般大衆の人々のせいではない。